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第十七謎:ジュクジくんはソロにはなれない IQ100(一話完結)
安須那さんからの出題
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電話も鳴らない事務所でひとり留守番をしていると時間は極端に遅く流れていく。
朝から始めた掃除もとっくに終わってしまい、ただぼおっとマウスをクリックしながらパソコンに向かっていた。
この探偵事務所の所長、武者小路 耕助さんは朝からいない。いつもならどこに行くのか教えてくれるのだけれど、何か急いだ様子で出掛けていった。
まぁすべてを助手の僕へ話す必要はないし、先輩だっていい大人なんだから心配することもない。そう、不満になんか思っていない。
先輩がいないということは、そのフィアンセを自称している豪徳寺 美咲さんも今日は事務所に来ないだろう。
つまり、話す相手もいない僕は途方に暮れている。
「あの時計、何年くらい前のものなんだろう。高いのかな」
わざと声に出してみた。
壁に掛かる時計は文字盤の周りを透かし彫りの木枠が囲んでいる。僕がここで働くようになったときにはもうそこにあったから、先輩が用意したものには違いない。
この百済菜市を本拠とする全国有数の商社、エムケー商事の御曹司である先輩ならば家にあんな立派な時計があってもおかしくない。もしかしたら、ミステリー好きだというおじい様からの開業祝いかもしれない。
そんなことを考えているうちに十二時を過ぎていた。
お昼ご飯を食べに外へ出る。
薄曇りの空を見上げながら煙草屋の角を曲がって、古民具喫茶 笥吽に入った。
ここは今年に入ってオープンしたばかりのお店で、美咲さんに教えられて先輩と三人で来たことがある。先週からランチを始めたと、チラシが入っていた。
入り口わきの大きな水瓶や壁に掛かった土器の写真を見ながらカウンターに座った。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。たしか武者小路先生の事務所の方ですよね」
「鈴木です」
「今日はお一人ですか」
そう言いながらマスターの安須那さんがお水とおしぼりを出してくれた。彼は先輩の大ファンらしく、この場所を選んだのも近くにウチの事務所があるからと言っていた。
今日も白いシャツに黒のエプロン、僕と同じくらいの歳みたいだけれど落ち着いた印象がある。背の高いイケメンなのにちょっと変わった人で、古民具を集めているのもそうだし、ダジャレというか語呂合わせが好きみたい。
店名もcoming soonに掛けたらしい。
「紅茶だけじゃなくランチも始めたと聞いて、来てみました」
「ぜひ召し上がってください」
出されたメニューを見て驚いた。すべて漢字で書いてある。
軽簿奈良に亜羅美阿多、裸座近って……ひょっとしてパスタかな? カルボナーラに、アラビアータか。でも三番目が分からない。
「この三番目は何ですか」
メニューを指さしながらたずねると、カウンターの向こうで安須那さんがニヤリとした。
「お分かりになりませんか? ラザニアですよ。近はnear、でしょ」
やられた。でも、さすがに裸座近でラザニアと読ませるのは無理があると思うけれど。
それは口に出さず、アラビアータとミルクティーのセットを注文した。
十分も待たずに料理が出された。
半円形で大き目にカットされた茄子と短冊状の厚切りベーコンが濃厚なトマトソースとともにパスタと絡み、その頂上には真っ赤な唐辛子が。これは映える。
一口食べると、トマトの酸味だけでなく唐辛子の辛さが結構効いていて美味しい。
やるなぁ、安須那さん。黙々と一気に食べ終えてしまった。
「いかがでしたか」
「とっても美味しかったです」
「それはよかった。今度はぜひ先生もご一緒にお越しください」
お皿を片付けたあとに、ミルクティーを出しながら安須那さんが話し掛けてきた。
「今日はお時間はあるんですか」
「えぇ、まぁ」
「よかったら食後の謎解きをしていきませんか。ソロ茶、ソロ飯、ソロ謎解きなんてどうです?」
この前もそうだったけれど、たまに意地の悪いところが見えるんだよなぁ。
ま、いいか。どうせ暇だし。
「安須那さんも謎解きが好きなんですね」
「いえ、私は謎出しが好きなんです。悩んでいるところを思い浮かべるだけで楽しくなりますね」
涼しい顔をしている。やっぱり変わった人だな。
「それでは、これをどうぞ」安須那さんがカウンターの下から紙を取り出した。
「作り置きしてある謎です。ヒントは、そろばんはサン、いなりはニ、さつきはゴ。さぁどうぞ」
渡された紙には『つわもの、しわす かや じゅうしまつ かかし かたず』と書いてある。句点とスペースの使い分けに意味があるのかも。一文字分あいたところには何か別の文字が入るとか。
ヒントも五月が五なのはわかるけれど、他の二つが分からない。
まずは基本の変換をしてみよう。
かや、ってどういう漢字だっけ。スマホで調べながら他の言葉も漢字に変換してみた。
強者、師走 蚊帳 十姉妹 案山子 固唾 となる。どれも読み方が変わった単語だけれど何か共通したルールは……。
二文字もあれば三文字もあるし、ひらがなを逆から読んでも意味はない。
やっぱりヒントに頼るしかないか。
漢字で稲荷は分かるけれど、そろばんを漢字で書くと確か――算盤、合ってた。スマホって便利だよなぁ。
ん、まてよ。
もう分かっちゃったかもしれない!
僕の考えが正しければ、強、走 帳 妹 案山 唾。これの読み方を考えればいいはずだ。
「分かりましたよ」
「え、もう分かったんですか⁉ 早いなー」
「いつも先輩に鍛えてもらっているので」
「では答えをどうぞ」
安須那さんが片手を胸にあててうやうやしく頭を下げた。
「強、走 帳 妹 案山 唾、つまり『今日、早朝 妹安産だ』 ですよね」
「素晴らしい! 正解です。さすが武者小路先生のお弟子さんだけありますね」
「ありがとうございます」
ヒントを変換してすぐにピンときた。
算盤がサン、稲荷はニ、五月はゴ。いずれも本来の読み方とは異なる使い方をしている文字を、本来の読み方で読んだときの音だ。
問題文の強者、師走 蚊帳 十姉妹 案山子 固唾を抜き出して、意味が通るように本来の音で読み替えればいい。
「安須那さんは当て字が本当に好きなんですね」
「これは当て字ではなく、熟字訓というんです」
「ジュクジくん?」
「複数の文字を特定の組み合わせで使うときだけ、本来の読み方と異なる読み方をする言葉のことです。身近なものだと『大人』とか『時計』とか」
あぁ確かに。『大人』なんて、どこまでが『お』なのか『おと』なのか分からない。『時計』も時を『と』と読むのは、この組み合わせだけだ。
まだまだ知らないことが多いなぁ。
暇だなんてぼやいていないで、色々なことを勉強しなきゃ。
―第十七謎:ジュクジくんはソロにはなれない 終わり―
朝から始めた掃除もとっくに終わってしまい、ただぼおっとマウスをクリックしながらパソコンに向かっていた。
この探偵事務所の所長、武者小路 耕助さんは朝からいない。いつもならどこに行くのか教えてくれるのだけれど、何か急いだ様子で出掛けていった。
まぁすべてを助手の僕へ話す必要はないし、先輩だっていい大人なんだから心配することもない。そう、不満になんか思っていない。
先輩がいないということは、そのフィアンセを自称している豪徳寺 美咲さんも今日は事務所に来ないだろう。
つまり、話す相手もいない僕は途方に暮れている。
「あの時計、何年くらい前のものなんだろう。高いのかな」
わざと声に出してみた。
壁に掛かる時計は文字盤の周りを透かし彫りの木枠が囲んでいる。僕がここで働くようになったときにはもうそこにあったから、先輩が用意したものには違いない。
この百済菜市を本拠とする全国有数の商社、エムケー商事の御曹司である先輩ならば家にあんな立派な時計があってもおかしくない。もしかしたら、ミステリー好きだというおじい様からの開業祝いかもしれない。
そんなことを考えているうちに十二時を過ぎていた。
お昼ご飯を食べに外へ出る。
薄曇りの空を見上げながら煙草屋の角を曲がって、古民具喫茶 笥吽に入った。
ここは今年に入ってオープンしたばかりのお店で、美咲さんに教えられて先輩と三人で来たことがある。先週からランチを始めたと、チラシが入っていた。
入り口わきの大きな水瓶や壁に掛かった土器の写真を見ながらカウンターに座った。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。たしか武者小路先生の事務所の方ですよね」
「鈴木です」
「今日はお一人ですか」
そう言いながらマスターの安須那さんがお水とおしぼりを出してくれた。彼は先輩の大ファンらしく、この場所を選んだのも近くにウチの事務所があるからと言っていた。
今日も白いシャツに黒のエプロン、僕と同じくらいの歳みたいだけれど落ち着いた印象がある。背の高いイケメンなのにちょっと変わった人で、古民具を集めているのもそうだし、ダジャレというか語呂合わせが好きみたい。
店名もcoming soonに掛けたらしい。
「紅茶だけじゃなくランチも始めたと聞いて、来てみました」
「ぜひ召し上がってください」
出されたメニューを見て驚いた。すべて漢字で書いてある。
軽簿奈良に亜羅美阿多、裸座近って……ひょっとしてパスタかな? カルボナーラに、アラビアータか。でも三番目が分からない。
「この三番目は何ですか」
メニューを指さしながらたずねると、カウンターの向こうで安須那さんがニヤリとした。
「お分かりになりませんか? ラザニアですよ。近はnear、でしょ」
やられた。でも、さすがに裸座近でラザニアと読ませるのは無理があると思うけれど。
それは口に出さず、アラビアータとミルクティーのセットを注文した。
十分も待たずに料理が出された。
半円形で大き目にカットされた茄子と短冊状の厚切りベーコンが濃厚なトマトソースとともにパスタと絡み、その頂上には真っ赤な唐辛子が。これは映える。
一口食べると、トマトの酸味だけでなく唐辛子の辛さが結構効いていて美味しい。
やるなぁ、安須那さん。黙々と一気に食べ終えてしまった。
「いかがでしたか」
「とっても美味しかったです」
「それはよかった。今度はぜひ先生もご一緒にお越しください」
お皿を片付けたあとに、ミルクティーを出しながら安須那さんが話し掛けてきた。
「今日はお時間はあるんですか」
「えぇ、まぁ」
「よかったら食後の謎解きをしていきませんか。ソロ茶、ソロ飯、ソロ謎解きなんてどうです?」
この前もそうだったけれど、たまに意地の悪いところが見えるんだよなぁ。
ま、いいか。どうせ暇だし。
「安須那さんも謎解きが好きなんですね」
「いえ、私は謎出しが好きなんです。悩んでいるところを思い浮かべるだけで楽しくなりますね」
涼しい顔をしている。やっぱり変わった人だな。
「それでは、これをどうぞ」安須那さんがカウンターの下から紙を取り出した。
「作り置きしてある謎です。ヒントは、そろばんはサン、いなりはニ、さつきはゴ。さぁどうぞ」
渡された紙には『つわもの、しわす かや じゅうしまつ かかし かたず』と書いてある。句点とスペースの使い分けに意味があるのかも。一文字分あいたところには何か別の文字が入るとか。
ヒントも五月が五なのはわかるけれど、他の二つが分からない。
まずは基本の変換をしてみよう。
かや、ってどういう漢字だっけ。スマホで調べながら他の言葉も漢字に変換してみた。
強者、師走 蚊帳 十姉妹 案山子 固唾 となる。どれも読み方が変わった単語だけれど何か共通したルールは……。
二文字もあれば三文字もあるし、ひらがなを逆から読んでも意味はない。
やっぱりヒントに頼るしかないか。
漢字で稲荷は分かるけれど、そろばんを漢字で書くと確か――算盤、合ってた。スマホって便利だよなぁ。
ん、まてよ。
もう分かっちゃったかもしれない!
僕の考えが正しければ、強、走 帳 妹 案山 唾。これの読み方を考えればいいはずだ。
「分かりましたよ」
「え、もう分かったんですか⁉ 早いなー」
「いつも先輩に鍛えてもらっているので」
「では答えをどうぞ」
安須那さんが片手を胸にあててうやうやしく頭を下げた。
「強、走 帳 妹 案山 唾、つまり『今日、早朝 妹安産だ』 ですよね」
「素晴らしい! 正解です。さすが武者小路先生のお弟子さんだけありますね」
「ありがとうございます」
ヒントを変換してすぐにピンときた。
算盤がサン、稲荷はニ、五月はゴ。いずれも本来の読み方とは異なる使い方をしている文字を、本来の読み方で読んだときの音だ。
問題文の強者、師走 蚊帳 十姉妹 案山子 固唾を抜き出して、意味が通るように本来の音で読み替えればいい。
「安須那さんは当て字が本当に好きなんですね」
「これは当て字ではなく、熟字訓というんです」
「ジュクジくん?」
「複数の文字を特定の組み合わせで使うときだけ、本来の読み方と異なる読み方をする言葉のことです。身近なものだと『大人』とか『時計』とか」
あぁ確かに。『大人』なんて、どこまでが『お』なのか『おと』なのか分からない。『時計』も時を『と』と読むのは、この組み合わせだけだ。
まだまだ知らないことが多いなぁ。
暇だなんてぼやいていないで、色々なことを勉強しなきゃ。
―第十七謎:ジュクジくんはソロにはなれない 終わり―
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