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第一章 魔闘技場の殺人
第五話 六人の晩餐
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陽が沈み始めると、急速に熱気は去っていく。
明り取りからは心地よい風が少しの砂と共に吹き込んでいる。
食堂の壁に掛けられた古武具の前にエクスが立っていた。
様々な形の武具がいくつも並んでいる。
「熱心に見ているようだけれど、何か興味があるのかい」
彼の肩越しにアーサが声を掛けた。
「これって、昔は戦いの道具として使われていたんですよね」
「そうだよ。魔道が戦で使われるまでは、武具が主だったらしい」
「どう使うんだろう。何となく想像は出来るけれど」
「詳しく知りたいなら、ディカーン殿に聞くのが一番だよ」
「あの人は僕のことを良く思っていないから」
「ほぉ、ちゃんと分っているじゃないか」
いつの間にか、後ろにディカーンが立っていた。
「だからと言って、貴様を無視するほど度量は狭くないつもりだ」
そう言って、二人の間を割って壁に近づく。
ちょうど食堂へ入ってきたウエンも興味深そうに、近くの椅子へ腰掛けた。
「左から順に、短剣、長剣、弓という。短剣は一対一の戦いで使い、主に切ったり突き刺すのに適している」
壁から外して手に取りながら説明を始めた。
「長剣も対人用の武器だが駱駝に乗ったまま使うこともある。弓は弦を張って矢を飛ばし、遠くにいる相手を攻撃するものだ。これを使いこなすのは難しい」
「宮中では女官も短剣の練習をするのですよ。護身のために」
「私がそばにいれば守って差し上げますぞ」
「あら。あなたから身を護ろうと思っていたのに」
「これは手厳しい」
思わずディカーンは苦笑した。
「魔力が適わない相手にも、これを使えば倒すことが出来るんでしょうか」
「どうでしょう。わたくしはあくまでも防御の一つとして教えられています」
「貴様も使えるようになりたいなら、軍へ入ることを勧めるぞ」
小馬鹿にしたようにエクスへ言う。
それでも彼は真剣な表情を崩さない。
「僕は武器を使いません。魔道だって、攻撃ではなく防御に使うものだと思うんです」
「それも一理ある。だが『守るにはまず攻めよ』という諺もあるぞ」
「使う人次第、じゃないかな」
「何やら難しい話をしておるのぉ」
最後に食堂へやってきたブリディフが四人の横を通り過ぎた。
「もう食事じゃぞ」
中央のテーブルには薄焼きパンと深い器が並べられている。
「いい匂いだ。僕、お腹減っちゃって」
先ほどまでとは打って変わり、少年のようなあどけなさを見せている。
「この白いものは何だ? スープのようだがとろみもある」
「干し肉と野菜で作ったシチューというものです」
クウアはディカーンに教えた。
「わたくし、何度かいただいたことがあります。確かトゥードムの料理でしたよね」
「美味しい! 僕好みの味だ」
「懐かしいな」
「貴様に合わせて作っているわけがなかろう。しかし、確かに旨い」
「クウアの料理の腕は一級じゃの」
みなが口々に料理を褒めている。
「これはウェン様から頂きました」
皿に乗せて運ばれてきたものへ、アーサが手を伸ばす。
「干し肉とも異なる食感ですね」
「ムーナクト湖で採れた姫鱒の血合いを燻製にしたものです」
「これは日持ちもするし、噛めば噛むほど味が出る。軍の遠征にも持っていくが、旨いぞ」
そう言いながらディカーンも一切れを手に取った。
決戦の前夜とは思えぬ、ゆったりとした時が流れていく。
お腹も満たされ、茶のひと時となった。
「陽も落ちて涼しげな風が入りますね」
「まさか、これは貴様の仕業ではあるまいな」
ウエンの言葉に、ディカーンは笑いながらエクスを見る。
「これは、あの明り取りに工夫があるのじゃよ」
「モスタディアでは、このような細長いものを見たことはありませぬ」
「あそこはムーナクト湖のおかげで緑も多く、ナディージャよりずっと涼しいからの」
「この暑さゆえの形、ということですか」
アーサの問いかけを聞き流し、エクスの方を向いた。
「息を強く吹くなら、口をすぼめるじゃろ」
吟遊詩人は自ら口をすぼめて試している。
「はい」
「それと同じじゃ。明り取りを狭くすることで、風が奥まで届く。強い陽射しも壁で遮ることが出来、理に適った造りなのじゃ」
みなが納得の表情を浮かべた。
「ところで、ブリディフ殿。個の人を直接攻撃する魔道というのはあるのでしょうか」
「先ほどの話の続きか」
今度はアーサの問いにも応える。
「魔道の礎は自然の力だ。自然に起こりえぬことは魔道でも出来ぬ。例えば、儂が一瞬のうちに他の場所へ現れるなどといった魔道はない」
「では、その逆も然りで、自然に起こりえることは魔道でも可能ということでしょうか」
アーサの言葉にエクスも身を乗り出す。
「生きておれば人は病にもかかるであろう。それが自然の理ならば、魔道ともなる」
「確かに出来うる話かもしれぬ」
「古にはあったのじゃよ、ディカーン殿。今では禁忌の魔道として封印されておるがな」
「魔道杖を使って禁忌の魔道を唱えたならどうなってしまうのでしょう」
自らの想像が怖ろしく、ウエンは肩を抱き身震いした。
場を変えようとしたのか、いつもの朗らかな声でエクスが切り出した。
「ところで、みなさんはどんな魔法杖を使っているのですか」
「なんだ、いきなり」
「僕、魔道杖を見るのが大好きなんです。色々なものを集めたいと思っていて」
「私はこれだよ」
アーサが腰帯に差していた魔道杖を取り出す。
「うわぁ、これは珍しい。黒檀ですね」
「師から譲り受けたものだよ」
「ウエン様は白檀かぁ。これはいい香りがするし、とてもお似合いです」
彼らしい、歌うかのような言葉が流れ出す。
「ブリディフ様のこれは? 沙羅双樹ですか! なんと……これを目にすることがあるとは思いませんでした。気品が感じられ、素晴らしい」
「あの、ディカーン様のもよろしければ……。これも珍しい。神獣の骨ですか? 麒麟! 流石ですね、見事な魔法杖です」
こうして、みなが穏やかな顔となった所で、ブリディフの声を合図にそれぞれが部屋へと戻っていった。
明り取りからは心地よい風が少しの砂と共に吹き込んでいる。
食堂の壁に掛けられた古武具の前にエクスが立っていた。
様々な形の武具がいくつも並んでいる。
「熱心に見ているようだけれど、何か興味があるのかい」
彼の肩越しにアーサが声を掛けた。
「これって、昔は戦いの道具として使われていたんですよね」
「そうだよ。魔道が戦で使われるまでは、武具が主だったらしい」
「どう使うんだろう。何となく想像は出来るけれど」
「詳しく知りたいなら、ディカーン殿に聞くのが一番だよ」
「あの人は僕のことを良く思っていないから」
「ほぉ、ちゃんと分っているじゃないか」
いつの間にか、後ろにディカーンが立っていた。
「だからと言って、貴様を無視するほど度量は狭くないつもりだ」
そう言って、二人の間を割って壁に近づく。
ちょうど食堂へ入ってきたウエンも興味深そうに、近くの椅子へ腰掛けた。
「左から順に、短剣、長剣、弓という。短剣は一対一の戦いで使い、主に切ったり突き刺すのに適している」
壁から外して手に取りながら説明を始めた。
「長剣も対人用の武器だが駱駝に乗ったまま使うこともある。弓は弦を張って矢を飛ばし、遠くにいる相手を攻撃するものだ。これを使いこなすのは難しい」
「宮中では女官も短剣の練習をするのですよ。護身のために」
「私がそばにいれば守って差し上げますぞ」
「あら。あなたから身を護ろうと思っていたのに」
「これは手厳しい」
思わずディカーンは苦笑した。
「魔力が適わない相手にも、これを使えば倒すことが出来るんでしょうか」
「どうでしょう。わたくしはあくまでも防御の一つとして教えられています」
「貴様も使えるようになりたいなら、軍へ入ることを勧めるぞ」
小馬鹿にしたようにエクスへ言う。
それでも彼は真剣な表情を崩さない。
「僕は武器を使いません。魔道だって、攻撃ではなく防御に使うものだと思うんです」
「それも一理ある。だが『守るにはまず攻めよ』という諺もあるぞ」
「使う人次第、じゃないかな」
「何やら難しい話をしておるのぉ」
最後に食堂へやってきたブリディフが四人の横を通り過ぎた。
「もう食事じゃぞ」
中央のテーブルには薄焼きパンと深い器が並べられている。
「いい匂いだ。僕、お腹減っちゃって」
先ほどまでとは打って変わり、少年のようなあどけなさを見せている。
「この白いものは何だ? スープのようだがとろみもある」
「干し肉と野菜で作ったシチューというものです」
クウアはディカーンに教えた。
「わたくし、何度かいただいたことがあります。確かトゥードムの料理でしたよね」
「美味しい! 僕好みの味だ」
「懐かしいな」
「貴様に合わせて作っているわけがなかろう。しかし、確かに旨い」
「クウアの料理の腕は一級じゃの」
みなが口々に料理を褒めている。
「これはウェン様から頂きました」
皿に乗せて運ばれてきたものへ、アーサが手を伸ばす。
「干し肉とも異なる食感ですね」
「ムーナクト湖で採れた姫鱒の血合いを燻製にしたものです」
「これは日持ちもするし、噛めば噛むほど味が出る。軍の遠征にも持っていくが、旨いぞ」
そう言いながらディカーンも一切れを手に取った。
決戦の前夜とは思えぬ、ゆったりとした時が流れていく。
お腹も満たされ、茶のひと時となった。
「陽も落ちて涼しげな風が入りますね」
「まさか、これは貴様の仕業ではあるまいな」
ウエンの言葉に、ディカーンは笑いながらエクスを見る。
「これは、あの明り取りに工夫があるのじゃよ」
「モスタディアでは、このような細長いものを見たことはありませぬ」
「あそこはムーナクト湖のおかげで緑も多く、ナディージャよりずっと涼しいからの」
「この暑さゆえの形、ということですか」
アーサの問いかけを聞き流し、エクスの方を向いた。
「息を強く吹くなら、口をすぼめるじゃろ」
吟遊詩人は自ら口をすぼめて試している。
「はい」
「それと同じじゃ。明り取りを狭くすることで、風が奥まで届く。強い陽射しも壁で遮ることが出来、理に適った造りなのじゃ」
みなが納得の表情を浮かべた。
「ところで、ブリディフ殿。個の人を直接攻撃する魔道というのはあるのでしょうか」
「先ほどの話の続きか」
今度はアーサの問いにも応える。
「魔道の礎は自然の力だ。自然に起こりえぬことは魔道でも出来ぬ。例えば、儂が一瞬のうちに他の場所へ現れるなどといった魔道はない」
「では、その逆も然りで、自然に起こりえることは魔道でも可能ということでしょうか」
アーサの言葉にエクスも身を乗り出す。
「生きておれば人は病にもかかるであろう。それが自然の理ならば、魔道ともなる」
「確かに出来うる話かもしれぬ」
「古にはあったのじゃよ、ディカーン殿。今では禁忌の魔道として封印されておるがな」
「魔道杖を使って禁忌の魔道を唱えたならどうなってしまうのでしょう」
自らの想像が怖ろしく、ウエンは肩を抱き身震いした。
場を変えようとしたのか、いつもの朗らかな声でエクスが切り出した。
「ところで、みなさんはどんな魔法杖を使っているのですか」
「なんだ、いきなり」
「僕、魔道杖を見るのが大好きなんです。色々なものを集めたいと思っていて」
「私はこれだよ」
アーサが腰帯に差していた魔道杖を取り出す。
「うわぁ、これは珍しい。黒檀ですね」
「師から譲り受けたものだよ」
「ウエン様は白檀かぁ。これはいい香りがするし、とてもお似合いです」
彼らしい、歌うかのような言葉が流れ出す。
「ブリディフ様のこれは? 沙羅双樹ですか! なんと……これを目にすることがあるとは思いませんでした。気品が感じられ、素晴らしい」
「あの、ディカーン様のもよろしければ……。これも珍しい。神獣の骨ですか? 麒麟! 流石ですね、見事な魔法杖です」
こうして、みなが穏やかな顔となった所で、ブリディフの声を合図にそれぞれが部屋へと戻っていった。
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