雪月花日月抄

若年寄

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第壱章 見参! 雪月花の三姉妹

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 私こと霞雪子かすみゆきこは怯える妹達を慰めるべくそっと腕の中に抱く事しかできなかった。
 まず状況からしてよく判らない。周りを大勢の人間に取り囲まれ、私達を品定めするかのような視線に晒されている事だけが判るだけ。
 だけど果たしてここがいったいどこなのか、周りの人間が何者なのかようとして知れない。先ほどから耳を澄ましてみても有益な情報は入ってこなかった。

「女だと?! 大司教様が命を捨てる覚悟で秘術を施されたというのに召喚されたのが……希望の勇者がこんな小娘三人だというのか?!」

 ヒジュツ? ショウカン? ユウシャ? 
 やけにはっきりと聞こえた吐き捨てるかのような声に聞き慣れない単語を拾い上げたのが却って私を混乱させた。
 “様”と敬称がつく以上、それなりの地位らしいダイシキョウという人の仕業で私達はここにいるのだろうか?

「雪子姉様……」

 下の妹の桜花おうかの不安げな声に私は抱きしめる手に力を込める事しかできない。なんて不甲斐無い姉なのだろう。
 思わず唇を噛み締める私の腰を何度も軽く指で突く感覚に私は上の妹、月夜つきよへと意識を向ける。

(姉様、この建物は驚くことに全て石で造られています。それを金銀とギヤマンで装飾されているようです)

 月夜は突く回数や速さの緩急をもって『言葉』として私に状況を教えてくれる。
 私は月夜の肩を抱いた手にある一定の緩急をつけて力の加減をする。

(周りの人達がどういう人か判る? そうね……例えば容姿とか)

(容姿ですか? 申し訳ないのですが、説明がしにくいです。初めて見る服を着ていますので……白を基調とした体には大きめの服を着ているとしか云いようが)

 月夜の小突く力が弱くなっているのは私に正確な情報を与えられない事を申し訳ないと思っているのだろう。
 私は月夜の肩に置いてある手を彼女の頭に乗せた。すると月夜は私の腰にしがみついてきた。やはりこの子も怖いのだろう。
 これ以上妹達を怯えさせる事が忍びなく思った私は状況を打破すべく口を開いた。

「貴方達はいったい何者なのですか? そして、ここはどこなのですか?」

 私の問いかけへの返事は動揺した様子がありありと判るどよめきだった。

「本当に勇者なのか? 勇者なら何故我々に希望をもたらす言葉を投げかけてくれない?」

 どよめきの中に聞き取れた声に私はすかさず反応する。
 今は少しでも情報が欲しかった。 早く妹達の不安を取り除いてやりたかった。

「ユウシャ? ユウシャとは何の事ですか? 私は霞雪子、この子達は妹の月夜と桜花、ユウシャと呼ばれる筋合いはありません」

「嘘だ! 大司教様が命懸けでお呼び下されたのだ! 勇者でなければ何だと云うのだ?!」

「そうだ! 光の魔方陣より現れたお前達……いや、貴女達は勇者でなければならないのだ!!」

 それを切っ掛けに周りの人達は私達をユウシャだユウシャだと、まるでそう思い込もうとするかのように叫び始めた。
 その声は石でできていると云う建物さえも揺るがす程のものだった。大きさではない、彼らの想いが地を揺るがしていた。

「雪子姉様……怖いよ」

 この異常とも云える雰囲気、いえ彼らの心の波動を感じ取って桜花が涙声で私を呼ぶ。
 同じく月夜も私と桜花から離れまいと必死に抱きしめてくる。

「勇者よ、いや勇者達よ。どうか我らの為に魔将軍ヴェルフェゴールを倒してくれ!!」

 私はその言葉に呆れた。状況は未だによく判らないけど、私達にマショウグンべる何某なにがしを何とかさせようとしている意図は伝わった。
 声から判断すると周りの人達は三十代から四十代くらいの男の人が十数人、それが私達に何者かと戦えと云ってきている。
 私は思わず激昂して叫んでしまっていた。

「これは何かの冗談ですか? ならば度が過ぎてます! 見てください、この子達を!!」

 私は震える妹達を彼らからかばうように抱きしめる。
 そして大切な妹達を怯えさせる人達を睨みつける振り・・をする。

「なんと! 勇者ともあろう者が震えているのか?! なんとも情けない……貴方達は我らに残された唯一の希望なのですぞ!!」

 眩暈がした。
 恐らくは私達に戦いを強要しようとして自分達は恐らく動くつもりもないだろうに、何故こんな事が云えるのだろう?
 気が付くと私は泣いていた。悔し涙だ。
 私達が、否、私はともかく妹達が何故こんな理不尽な目にあっているのか判らないし、それが許せなかった。

「勇者よ、泣いてくれるな。希望の光が涙に濡れるなどあってはならぬ!」

「黙って聞いていれば勝手な事ばか「これは何の騒ぎですか?」」

 私の怒りが爆発する寸前、凛とした声に遮られる形で爆発は抑え込まれた。
 同時に周りで一斉にかしずく気配がして、場は静まりかえった。静まったと云うよりむしろ清浄な気に洗われたと云った表現が合っていた。
 私の心から怒りが消えている事に気付いた時、妹達から伝わってきていた怯えまでもが無くなっていた。

「おお、姫巫女様。出迎えもせず、ご無礼仕りました」

 この雰囲気、気配はヒメヒコ様と呼ばれた人から発せられている事は容易に察せられた。
 そのヒメミコ様はしどろもどろに弁明する男の人の言葉を無言の圧力で黙らせると、一歩一歩ゆっくり私達に近づいてくる。
 ヒタヒタという足音に、「あ、裸足」と私は暢気な感想を持った。

「貴女達ですね? 大司教様が命を賭して召喚されたと云う「ユウシャではありません」」

 私は彼女を先制してユウシャという単語を封じた。
 よくは判らないけど、彼女にまでユウシャと認定されるのはたまらなく恐ろしい事ような気がした。

「私は霞雪子、そして月夜と桜花の二人は私の妹です。決してユウシャなんかではありません」

「解りました。ではユキコ様、ツキヨ様、オウカ様。まずはこの者達の無礼、貴女達を勝手に召喚しあまつさえ怯えさせてしまった事をお詫びさせてください」

 ヒメミコ様が侘びた直後、大きなどよめきが起こった。

「ひ、姫巫女様、なんという事を!!」

「勇者である事を否定する輩に頭を下げる事などありませぬ!!」

 言葉から察するとヒメミコ様が私達に頭を下げたらしく、周りの人達の動揺が伝わってくる。
 ヒメミコ様はそんな彼らに「鎮まりなさい」と一声をかけた。
 一喝ではなく静かな一声。それだけで彼らは鎮まった。

「あら、そう云えば私も名乗りを上げていない非礼をしていましたね」

 ヒメミコ様は私達の前でしゃがむ、いえ、跪く気配を見せて私の右手を取った。

「私は聖都『スチューデリア』の皇女にして星神教の巫女……名を『アリーシア=ウル=スチューデリア』と申します」

 チュッという音と共に私の右手の甲に柔らかい何かが触れる。
 それがヒメミコ様……アリーシア様の唇だと察した瞬間、私の顔がにわかに火照った。

「え? ま、まさか……く、口づけ?!」

 この世に生を受けて早十八年、しかし未だにそのような行為をした覚えがなく自分で云うのも情けないけど免疫の無い私は卒倒しかけた。
 私の意思がかろうじて飛ばずに済んだのは、アリーシア様に私の右手を奪われた格好の桜花が痛いくらいに私の腰を抱いているからに他ならない。

「それゆえに皆様から姫巫女と呼ばれておりますの」

 私の醜態に気付いているのかいないのか、アリーシア様は穏やかな口調で自己紹介を終えた。
 そして月夜と桜花にも同様にく、口……洗礼を与えている気配が伝わった。

「さあ、ここにいてもユキコ様達に利はないと思われます。申し訳ありませんが、私の私室までご足労願えますか?」

「は、はぁ……」

 私は生返事しかできない。
 スチューデリアなんて国に聞き覚えはないが、仮にも一国の国家元首のご息女らしい人に一介の道場師範がして良い態度ではないだろう。
 しかし、頭が巧く働いてくれなかったのだ。

「では、参りましょう」

「わかり……ぎょ、御意」

(姉様)

 我ながら礼節に不慣れな(一応、知識だけは身に付けているが)自分が情けなくなってくる。
 月夜の指も心なしか責めているようで私は更に恐縮した。

「まあ、ユキコ様は我が国の臣下では無いのですから、そのような畏まった言葉は私には必要ありませんことよ?」

 吃音混じりの私の返事にアリーシア様は気を悪くするわけでもなく、クスクスと笑うだけだった。

「さあ、お茶とお菓子を召し上がりながら我が国の事、そして私達の世界の事を聞いて頂ければ幸いです」

「はい、お言葉に甘えさせて頂きます」

 私はようやく得られた安心感を逃さぬようはっきりと答えた。

「月夜、桜花、行きましょう」

(はい、姉様)

「雪子姉様……はい」

 桜花が私に赤樫の六角杖を渡してくれる。

「ありがとう、桜花」

 私は桜花の頭を撫でた後、杖を先に出して障害物の有無を確かめながらアリーシア様の方へ一歩を踏み出す。

「まあ、ユキコ様……」

「お察しの通りです」

 私の瞼は常に閉じられている。そう私の目は生来光を宿していない。
 『無明の雪子』の二つ名を持つ私、霞流剣術師範・霞雪子は盲目だった。
 二つ名と云えば余談ながら、私の課す修行の厳しさからなのか、気性のせいなのか門下生達からは陰で『姫信長』などと不名誉な二つ名を頂戴していたりする。








 アリーシア様の私室へと通された私達は以前、陸蒸気に乗って行った横浜で一度飲んだだけの紅茶となんともバタ臭い湿気た煎餅のような食感の焼き菓子を振舞われた。
 私は一枚だけ頂いた後は紅茶の香りを愉しむだけにとどめた。紅茶にも口をつけていない。私は基本的に甘い物が苦手で砂糖を入れたお茶などとても飲めなかった。

「雪子姉様、このクッキーってお菓子、美味しいね♪」

 ただ桜花の嗜好には合っていたようで恐ろしい勢いで食べている事は咀嚼の音で察せられた。
 月夜が恐らく桜花を窘めたのだろう、「食べてる時に人を突くなんて月夜姉様、はしたないよ?」と逆に返されていた。

(姉様……)

(気持ちは解るけど何かを食べている桜花は何も聞こえないでしょ?)

(それはそうですが、長じて恥を掻くのは桜花ですし、ひいては霞家の恥に)

 私と月夜は別に突き合っているわけではなく、小さく奥歯を噛み合せた音で会話をしていた。
 十八の娘と十六の娘が突き合いなどお茶の席でしようものなら、いい歳して巫山戯ふざけ合う莫迦姉妹という不名誉な称号を受ける事請け合いだろう。

「あの……ユキコ様のお口には合いませんでしたか?」

 その時、アリーシア様がそう訊いて来た。
 ただ声は穏やかなので不安なのか不機嫌なのかは察せられなかった。

「あ、いえ……つい今の私達の状況を考え込んでしまって……折角、お茶会を催して頂いたというのに申し訳ありません」

 そう云って私は頭を下げた。
 間違っても、甘ったるい物のは苦手とは云わない。私とてそのくらいの処世術は身に着けている。

「まあ、私とした事が……こちらこそ胸中を察せず申し訳ありませんでした」

 前言撤回。
 相手に頭を下げさせて何が処世術か。私はアリーシア様に対して得もいわれぬ罪悪感に襲われた。

「そうですわね。そろそろ私の世界についてお話をさせて頂きますわ」

「宜しくお願いします」

 私はそう云いながら、私の分のクッキーを皿ごと桜花と月夜の席の間に置いた。








 聞いた話を纏めると次のような事が解った。
 まずこの世界は私達が住む世界とはまったく異なっていた。

 世界地図を見せて頂いた月夜の説明によると、この聖都スチューデリアが中心に位置する大きな大陸、ヴァールハイト大陸を初め4つの大陸で構成されていた。
 ヴァールハイト大陸はその4つの大陸の中でも一番巨大な大陸で、陸地の四割がこの大陸で占められているという。
 
 そのヴァールハイト大陸から大きく西に離れた位置に存在する菱形のアジトアルゾ大陸がある。そこが問題なのだと云う。
 そこにはかつて風光明媚にして天然の要塞とも呼べる険しい山や断崖絶壁に強大な軍事力を兼ね備えたスチューデリアとの同盟国フレーンディアがあったらしい。
 しかし突如現れた謎の軍隊ガルスデントとそれを率いる件の魔将軍ヴェルフェゴールによって滅ぼされてしまったそうな。
 その侵略の凄まじさは筆舌に尽くしがたいほどで、生き残った人間はほぼ皆無と云われ、女子供さえも無残に引き裂かれて死んでいったらしい。
 フレーンディアを滅ぼしたヴェルフェゴールは焼け崩れたフレーンディア城の跡地に醜悪な漆黒の城を築き、そこを居城とした。
 そこで彼は世界中に向けて宣言したと云う。 

『我は腐りかけたこの世界の浄化の為、ここを拠点として各国を、人間を攻め滅ぼす』と。

 宣言を受けて、まず同盟国であったスチューデリアがアジトアルゾ大陸に軍を派遣した。
 ちなみにスチューデリアの南には巨大な運河を挟んで強力な水軍を保有するカイゼントーヤという国があるそうだ
 外洋へ軍を派遣する事もあって彼の国に協力を要請し、快諾を得たスチューデリアはヴェルフェゴール城を幾重に包囲する事に成功した。
 いざ同盟国の仇討ちと一斉攻撃を仕掛けようとしたその時、アジトアルゾ大陸が黒い霧に覆われた。
 すると兵士達の間に全身が少しずつ腐っていくという恐ろしい疫病がにわかに流行り、まともに行軍することが叶わなくなった。
 その隙を突くように霧が形を成し、狼、烏、大蜥蜴といった姿に変じて兵士達に襲い掛かった。
 疫病が蔓延する中で戦えるわけもなく、スチューデリア・カイゼントーヤ連合軍は敗走を余儀なくされた。

 続いてスチューデリアの西に存在する強大な騎士団や魔術師(妖術使いの類か?)団を多数抱える軍事国家ガイラントがアジトアルゾ大陸を攻めた。
 スチューデリアは進軍の準備を進めるガイラント王に再三再四、黒い霧の警戒を呼びかけたそうだが、ガイラント軍は耳を貸さずに進撃したと云う。
 そして案の定、疫病を引き起こす黒い霧に進軍を阻まれ先のスチューデリアとカイゼントーヤの二の轍を踏む形で僅か半月でガイラント軍は撤退した。
 私が思うに、この戦いは己が軍事力に任せてスチューデリアの忠告を無視したガイラント王の慢心が最大の敗因だろう。
 そして第三陣を送る国は未だ無く、黒い霧対策に各国が四苦八苦しているのが現状だと云う。

「なるほど、この世界の状況は大まかではありますが理解できました」

 私は世界地図を空想しながらそう云った。

「私の拙い説明で巧く伝わるのか不安でしたが、そう云って下さって幸いです」

 アリーシア様は本当にほっとした様子で答えてから話を続けた。

「世界でも指折りの強さを誇るガイラントまでもが敗北して以降、二の足を踏む我々を嘲笑うかのようにヴェルフェゴールは世界中に『楔』を打ち込んだのです」

「クサビ?」

 私はその言葉に奇妙な忌まわしさを感じて鸚鵡返しに訊ねた。

「私達の世界には“悪しきモノ”を封じた禁忌の地『要』と云うモノがいくつか存在し、私達は敢えてその近くに町を、国を作り『要』を守護してきたのです。
 そしてヴェルフェゴールは『要』に『楔』という忌まわしい呪具を打ち込むことで封印を弱め“悪しきモノ”を解放しようとしているのです」

 アリーシア様の声は苦渋に満ちていた。

「今は僅かにできた隙間から害の少ない小型の魔物が這い出てくる程度ですが、長じれば人の手には負えない、いいえ、世界をも滅ぼしかねない強大な魔物までもが甦ることでしょう」

「世界を滅ぼすって……その『楔』というものは抜くなり壊すなり出来ないのですか?」

 私の問いにアリーシア様はしばらく無言だったが、衣擦れの音からして首を左右に振ったのだろう。
 ふと思い出したようにアリーシア様が慌てた様子で私の手を取った。

「も、申し訳ありません。私としたことが……」

 私は思わず苦笑する。
 私の目の事を忘れて、ただ首を振って見せただけだった事への謝罪だと判ったから。

「お気になさらないでください。今の沈黙が否定の意味であることは察しましたし、その……云い方は悪いですが、そう気を使われる方が辛いです」

「解りました。それでは、話を続けます」

 私は大きく頷いて見せた。

「ユキコ様の仰るように『楔』の除去や破壊を試みた者は少なくありません。しかし触れるどころか近づく事さえも叶わなかったそうです。何故なら『要』の隙間から彼のアジトアルゾ大陸を覆う黒き霧と同じモノが噴き出し、近づく者は全て彼のアジトアルゾ大陸を蝕む恐ろしい病に倒れてしまうのです」

 そもそも『楔』自体、下手な城くらいは軽く見下ろせるほどの巨大さで、強力な炸裂弾や大砲をもってしても破壊が困難な代物であるらしい。
 むしろ砲撃の爆発によって『要』の隙間が余計に広がってしまい状況を悪化させてしまった例がガイラントを初め、世界各地で多数報告されたそうだ。

「誰もが『楔』の破壊を諦め絶望しかけた時、私どもが教えを請うている星神教の大司教様が太陽神アポスドルファより希望の神託を賜ったと仰られたのです」

 私はどうしても星神教というものが気になり、掻い摘んだ説明を求めるとアリーシア様は要点だけを纏めて教えてくれた。
 まず夜空に輝く星一つ一つが神で、己が宿命を授けた者(一つの星につき一人の者が宿命を授かるが夜の闇で迷わないよう天空より見守っていると云う考え方であるらしい。
 星神教の最高神は先の話にもあった太陽神アポスドルファで、彼が昼間輝き続ける事で信徒は皆安心して生活できるので他の神々は昼間は休んでいると云う。
 続いてアポスドルファの補佐役にして彼の妻、月の女神アルテサクセスがいて、夜の間は神々の監視をしたり自ら輝いて彼らを激励しているということだ。
 星神教の教徒は日々の営みが出来るのは、昼に夜に自分たちを見守ってくれている神々が授けてくれた宿命のお陰だと感謝し、毎朝毎晩祈っている。
 また神々にも派閥があって『獅子』『狼』『虎』『亀』『龍』『不死鳥』の6つの組に分かれている。派閥といっても互いに争いはなく、『力』の質による組分けという事らしい。
 例えば『狼』の神々は『闇』と『安らぎ』を司り、『亀』ならば『水』と『癒やし』をという具合らしい。

 閑話休題それはさておき
 スチューデリアの星神教会で大司教を務めるアズメール=ガルディゴと云う人が受けた神託とは次のようになる。

 『我が子らの宿命を受けた者達では『楔』を砕くこと叶わぬ。宿命に囚われぬ者達の力を借り『楔』を砕き、『要』の傷を癒せ。『楔』砕きし者こそ勇者である』

 そしてアポスドルファより勇者を導く秘術を託され、大司教が命がけの苦行の末に身に着けた秘術によってこの地に呼ばれたのが私達という事らしい。
 自分達にそのような力があるとは信じられないけど、そこで私はふと疑問が浮かんだ。

「私達は『楔』の破壊ないし除去の為に呼ばれた……そう解釈して宜しいのですね?」

「はい、仰る通りです。『楔』さえ取り除ければ、あとは星神教の信徒によって『要』の隙間を塞ぐことができます」

「そこで感じた疑問なのですが、私達がショウカン…召喚ですか? あの時、私達の周りにいた人は魔将軍ヴェルフェゴールを倒してほしいと云っていたのですよ」

 すると私の手を握っていたアリーシア様の手が震えている事に気がついた。
 ついでに私の手がずっと握られたままであった事にも……

「そうです……それこそ私達が『楔』を砕く者を勇者と呼ぶ所以なのです」

 アリーシア様が声までも震わせている事に大よその検討がついた。
 言葉にする事さえ迷っているのだろう。沈黙を続ける彼女に私は恐らく正解だと思う考えを口にした。

「あれは……『楔』はヴェルフェゴールを倒さない限り破壊は不可能なのですね?」

 アリーシア様の全身が大きく震えた事で私は私の考えが正解だと確信した。
 しかし彼女は黙ったきりで肯定も否定の言葉も口にしない。

「アリーシア様? そうなのですね?」

 再度静かに問うと暫くして私の頭が温かいもので覆われた。席を立ったアリーシア様が私の頭を胸に抱いたことは察せられた。

「その通りです。『楔』はヴェルフェゴール自身の呪いが籠められています。つまり彼が健在である限り『楔』の破壊は不可能なのです」

 私の旋毛に暖かい雫が何度も落ちた。この雫が何であるかは今更述べるまでもないだろう。

「ヴェルフェゴールの強さは間接的とは云え、このスチューデリアにも伝わっています。フレーンディアに嫁いでいた姉が伝書鳩を使って教えて下さったのです。ヴェルフェゴールはフレーンディア国の王にして最強の騎士であるアルフォリア八世叔父様をまるで火の粉を振り払うように簡単に倒してしまったそうです。そしてお姉様の夫であるアルタロス王子さえも惨たらしい最期を遂げたと手紙にはありました。フレーンディアはたったの三日で落とされたのです」

 私は話すだけでも大きな苦痛を受けているだろうアリーシア様の告白を黙って聞いていた。
 すぐ近くで同情したのか桜花の啜り泣く声が聞こえた。

「お姉様はヴェルフェゴールに捕らえられ、幽閉されていましたが、何とか隙をついてフレーンディアの窮状を伝えようと伝書鳩を飛ばしてくれたのです。しかし満身創痍の鳩がスチューデリアに辿り着いた時には既にヴェルフェゴールの宣言が放たれ、世界中に『楔』が打ち込まれた後でした」

 しばらくアリーシア様の嗚咽が続いたが、彼女は気丈にも話を続けた。

「お姉様は恐らくもう生きてはいないと思います。あの手紙は『ヴェルフェゴールから求婚を受けている。しかし彼と結ばれるくらいなら』と締められていましたから」

「ヴェルフェゴールは貴女のお姉様の仇でもあるのですね」

 その時、私の心は既に決まっていた。どの道、私達には自力で元の世界に帰る方法は無いに等しいと思う。
 ならばアリーシア様に月夜と桜花を託し、私一人でヴェルフェゴールに戦いを挑んでみよう。 
 仮に失敗したとしても彼女なら月夜と桜花に非道はしまいという打算も無かったと云えば嘘になるけど。

「アリーシア様……」

 私が決意を伝えようとしたその時、月夜が私の背中を突いた。

(駄目ですよ姉様?)

 私は驚いて手を月夜に向けて彷徨わせた。
 月夜はそんな私の手を掴むと今度は手の甲を突いた。

(姉様の考えはすぐ解ります。私と桜花を置いていくことは許しません。私達はいつも……いつでも一緒だと誓ったはず)

 月夜の『言葉』に私はあの日の事を思い出す。
 あの戊辰戦争で父を亡くした日、今は亡き母の前で三国志の英雄、劉備、関羽、張飛の桃園の誓いを真似た、あの誓いを。

「雪子姉様、桜花も行くよ。それに一人でやるより三人でやる方がずっと良いよ」

 桜花がアリーシア様の反対側から力いっぱい抱きついてくる。
 その声や様子に怯えの影は見えない。

「桜花だって霞流の、霞家の一員だよ」

 その声には先程のような怯えは感じられなかった。
 この子もまたやはり剣客。霞流道場の四天王と呼ばれる四人の師範代に名を連ねるに相応しい風格がそこにあった。

「桜花……」

 私がどう言葉を投げかけたものか考えていると、抱擁を解いたアリーシア様が叫んだ。

「い、いけません! ただでさえご迷惑をおかけしているというのに、そんな危険な事を頼むわけには参りません!」

 しかし私は――多分、月夜と桜花も――小さく首を横に振った。

「いいえ、お引き受け致します。どの道、誰かがやらなければならない事です。ならば運命に導かれた私達が行くべきでしょう」

 そう、三人で行こう。
 生まれた月日は違えども、死す時は同じと誓ったあの日の為にも。

「しかし……」

「仮にアリーシア様の計らいで勇者の役を免じられたとしても、何もしなければそのまま世界の破滅に巻き込まれて死を迎えるばかりでしょう」

 さっきまで私がそうして貰ったように、今度は私がアリーシア様の華奢な体を抱きしめる。
 程良く脂肪のついた彼女の柔らかい体と微かなお化粧の匂い、緩やかな波を描く長い髪は優しかった母様を思い出させて郷愁にも似た切なさを覚えた。

「それに私達も簡単には負けません。霞流の名に懸けても」

 私はアリーシア様を解放すると赤樫の杖に仕込んだ刀身を抜いて眼前に掲げる。

「霞流剣術師範・霞雪子、霞流兵法皆伝者・霞月夜、霞流目録・霞桜花、異界の友の為、我らの未来の為……」

 私は人差し指を少し斬り、血を滲ませる。同じ事を月夜と桜花もしているはず。
 私達は血の滲んだ人差し指同士を合わせる。
 この儀式めいた仕草は別に演出ではない。否、ある意味においては演出には違いないのだけど。
 私達、霞家は只の剣術道場ではない。
 戦国の世から徳川の世となっても、平和な時代に適応できず悪事に走る者達がいた。世の中の仕組みを巧みに利用し、法の目を逃れて甘い汁を啜る悪党がいた。
 そんな輩に泣かされている弱き人々から決して安くはないお金で頼まれて、世の悪党を闇から闇へと葬り去る刺客としての顔を持っている。
 初めは道場運営の資金繰りの為に夜盗などを狩っていたそうだけど、いつしか悪党に苦しめられている人々の為と云う言い訳が付与されて、霞家当主には代々、恨みを持つ人からお金を受け取って代わりに仇 敵を地獄に堕とし、自らが死して後は依頼人の代わりに地獄へと堕ちる『地獄代行人』と云うお役目が引き継がれる事になった。
 それは徳川幕府の御代が終わり、明治と呼ばれる今の世となってなお続いている。
 即ち、私達は勇者である以前にヴェルフェゴール抹殺を目論む刺客として動く事になる。
 これは正義にあらず。
 どのような相手であろうと、どのような大義名分があろうと命を奪うは悪の所業。
 我ら霞家は悪である。
 命を奪うは剣客、兵法家の宿命。
 国を滅ぼし、数多の命を奪い、『楔』と云う呪いをばら撒く魔将軍ヴェルフェゴールの行為は正に悪と呼ぶべきもの。けれども、ヴェルフェゴールの身内の目線で見れば、彼の命を狙う私達こそが悪であろう。
 正義も悪も立場が違えば簡単に入れ替わる曖昧なものであるならば、所詮、この戦いは勇者ワル魔将軍ワルを殺す。只それだけと云う事になる。
 なるほど、我らは呼ばれるべくして呼ばれたのだ。ヴェルフェゴールを闇に葬り、生きてきた証すら消してしまう『地獄代行人』として。
 先程の互いの血を合わせる行為は、我らは血を交えた事で一つの存在となり、任務を全うするまで一丸となって当たると云う誓いとなる。
 やはり演出なのかも知れない。

「八幡大菩薩よ、ご照覧あれ。我ら雪月花の三姉妹、打倒ヴェルフェゴール及び『楔』の破壊をここに誓う」

 私は――私達は微笑みをアリーシア様に向ける。

「なんと美々しい……解りました。心苦しいですが、貴女達にこの世界の未来を託します。私達の未来を押し付けてしまった事、申し訳なく思います」

 私の目は光を映さない。だけど私はアリーシア様が微笑んだ事は判った。

「そして、私達の未来の為に戦う決意をしてくださった事に感謝致します」








 この日より私達の日常は終わりを告げ、魔将軍を殺す刺客として異世界を旅することになる。
 与えられし称号は『勇者』。金ずくで人を殺す悪しき一族が得るには過ぎたるモノ。
 これより私達を待ち受けるは如何なる冒険なのか?
 ヴェルフェゴール率いるガルスデントなる軍隊の実力は如何に?
 それは次回の講釈にて。
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