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第肆章 切り札対切り札
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『さあ、ニンゲンよ! 絶望の中で逃げ惑うが良い! 我が切り札『マリオネット・アームズ』から逃れた者はおらぬ!!』
殺気の群れが私に向かって迫ってくる。
私は殺気の一つに向けて跳躍し、それを足場にして更に跳んだ。
「チッ!」
私は殺気の群れから距離を取ると意識を眉間に集中する。
かつて体験した事のない攻撃に私の想像力が追いつかず、脳裏に像を作ることは出来なかったけど、おおよそスタローグの位置は掴めた。
「せいっ!」
真横から迫る鋭い殺気に気づいて、それに合わせて大真典光勢を振るうと甲高い音を立てて何かが落ちた。
「これは……矢?」
『そぅらそぅら! 矢だけではないぞ!!』
背後に生まれた巨大な殺気に半ば無意識に跳ぶと、元いた位置から重たい物が落ちたような音と同時に衝撃が届いた。
「そうきたか! バラバラになった体を『影渡り』で変幻自在に飛ばす事もできるなんて!」
私に状況を伝える為だろう、少し離れた場所からアランドラ皇子が叫んだ。
「いったい、どんな仕組みで!」
私は立ち上がりながら悪態をつく事しかできなかった。
『グフフフフフ!! 逃げろ逃げろ! ほれ、そこに行くと危ないぞ!!』
四方八方から襲いかかってくる巨大な拳、矢、火炎に私は翻弄される。
深手こそ負ってはいないものの少しずつ傷つけられていく状況に、最早、勝機がないと悟った私は諦めるよりなかった。
「月夜! 後の事は任せたわよ!」
私は月夜の返事を待つことなく迫り来る殺気の一つへと駆け出した。
『グフフフフフ! 自棄を起こしたか、ニンゲン!』
私が向かっていた殺気が恐ろしい勢いで突っ込んできた。
「そう思う? なら貴方の負けよ!!」
私は迫り来る殺気を出来得る限り引き付けてから横に跳んでかわす。
間を置かずに私の真横で床を重たい何かが抉る音と衝撃が走った。
「雪子姉様、行ったよ!!」
桜花の言葉を受けて私は近くにいるアランドラ皇子の気配に向かって走り、彼を突き飛ばして伏せた。
刹那後、背後で凄まじい爆発音と爆風が起こり、私と皇子を弾き飛ばした。
「うぐ!」
予想以上の爆風に私は誤って舌を少し噛んでしまったけど、皇子は怪我を負った様子は感じられなかった。
「ゆ、ユキコ殿……い、今のは」
アランドラ皇子が半ば呆然とした様子で云う。
「先程の爆発は月夜の作った炸裂弾です」
先程の作戦はまず私が囮になってスタローグを引き付けて寸でのところでかわす。
そして攻撃直後でこちらに対応出来ない状況を作り、死角にいた月夜が手製の炸裂弾を投げて敵を討つ。
これぞ戦国時代より伝わる霞流の兵法『火術の型・不知火』。
卑怯? 生き残る為よ。
「炸裂弾?! ツキヨ殿はいったい……」
月夜は幼い頃から体が弱く剣術の稽古はおろか基礎体力作りの鍛錬にすら耐えられなかった。
しかし天はそれを補って余りある明晰な頭脳を彼女に与えた。
私や桜花が修練に明け暮れる外で、月夜は霞家に伝わる兵法書や古文書を解き明かし、火術や投毒術を始めとする兵法の奥義をこの世に復活させ吸収していった。
無論、炸裂弾も奥義の一つに過ぎず、月夜は常にその身に火術や暗器を仕込んで有事に備えている。
本当ならスタローグは私一人で倒し、切り札たる月夜の炸裂弾はまだガルスデントには秘密にしておきたかったのだけど仕方がないわね。
「なんと凄まじい……スタローグのガントレットがあんなにも崩れて」
『お、おのれ、ニンゲンがぁ!!』
激昂したスタローグの殺気が一斉に襲い掛かってきた。
「これは……?」
私は迫るスタローグの殺気に乱れと云うか、違和感を感じた。
「なるほど、そういう事ね」
カラクリを見抜く事ができた私は皇子に後ろに退くように云うと再び殺気の一つに向かって駆け出した。
「月夜! 五つ数えた後にスタローグ達の中央に音の大きな炸裂弾を!!」
最早、スタローグを『視』る必要はない。
仮に影から影へと渡るという不可思議な術を使おうとも恐れるに足らない。
「五……」
『潰れろォ!!』
私の真上から殺気が降ってくるが難なくかわす。
「四……」
私は月夜の炸裂弾で潰れた籠手を掴むと殺気の一つに向かって投げる。
大陸に伝わる気功術を手がかりとして、曾祖父が編み出した特殊な呼吸法により人の持つ潜在能力の一部を一瞬だけ引き出す『闘鬼の術』を持ってすれば容易い事。。
「三……」
『ぐおぅ?!』
巨大な籠手を女の手で投げるとは予想もしていなかったのだろう。躱し切れず殺気の一つに籠手がぶつかった大きな音がした。
「二……」
『いかん! 何という事だ!』
殺気の群れが一箇所に集まる。
「一……」
『大丈夫か? まだ飛べるか?』
『なんのこれしき!』
気遣う言葉のやり取りに私の中で推理が確信に変わった。
「今!」
私は固まっているスタローグに背を向けると全力で駆けた。
背後で爆発音が起こり、弾き飛ばされた巨大な気配の一つを横っ飛びにかわした。
「勝負あり、ね」
私は先程よけた物体に近づいていく。手を触れ、撫で回した感じでそれが巨大な脛当てだと判った。
「出てきなさい」
脛当ての中に手を入れると、ぬめっとした肉と寒天の中間のような感触がする物が詰まっていた。
構わず腕を進めていくと、人の手と思しきモノに触れたので引っ張り出す。
「ごめんなさいね……これは……」
引き出したモノの全身を撫で回すと、弓を持った小柄な男の子だと知れた。
「これが絡繰りね」
「そうみたいだね」
同じく巨大な防具の中から人、否、魔族とやらを引っ張り出しているだろう桜花が私の推理を肯定した。
先程、激昂したスタローグの気配は一つ一つが違って感じた。つまりスタローグは一人ではなく数人の魔族が鎧の中に入って操っていたのではと疑いを持った。
そこを一箇所に集めて、破壊力は無いけど音だけは凄まじい炸裂弾(月夜曰く、『失神雷』という名だそうな)で気絶させたという訳。
この広い空間でも耳鳴りがするほどの音だ。狭い鎧の中にいた彼らには堪らなかっただろう。
(決まりましたね。『火術の型・不知火・絶』)
「ええ、よくやってくれたわね。月夜がいてくれて良かったわ」
私は気を失っている魔族の少年に膝枕をしながら隣に座った月夜の頭を撫でた。
「手強い相手だったわ。よもや初日で月夜の火術を披露する事になるなんてね」
私は膝の上の少年の顔を撫でた。私は触れる事で大体の造作を知る事ができる。
世間で美人と評判の月夜と桜花の顔を基準にすると、とても整っていてかなり幼い顔立ちをしている事が分かった。
「お見事でした。僅かな情報で敵の技を見抜き、もっとも効果的な方法で斃す。これほどの人物は初めて見ました」
「いえ、今日の勝利は平時であろうと万全を期している月夜の手柄です」
アランドラ皇子の称賛を月夜に向ける。
事実、月夜が炸裂弾を常備していなければ勝てなかっただろう。
勝つ事が出来たとしても深手を負っていたに違いない。
(そんな、私は常に矢面に立たされている姉様の戦いに茶々を入れているだけです)
恥ずかしいのか、いつもより早い月夜の指の動きがくすぐったくて私は思わず笑みを浮かべてしまった。
しかし、聖剣の事を思い出してしまい笑みが引っ込んだ。
「それより聖剣の儀は残念でした」
「それは仕方がありませんね。しかし、いつかは勇者の資格を持つ者が現れて聖剣を使いこなしてくれるでしょう」
アランドラ皇子は優しげな声でそう云ってくれた。
「キャア!」
突然上がったアリーシア様の悲鳴に私達は何事かと振り向いた。
「ゆ、ユキコ様……」
「アリーシア様?!」
苦しげなアリーシア様の声に私は思わず声が裏返った。
『お、おのれ……ユキコと申したな? 貴様のお陰で拙者の面目は丸潰れだ!』
「この声はスタローグ?」
慌てる私の背に月夜の指が滑る。
(姉様、髭を生やした巨漢がアリーシア様を拘束しています。しかも、右手には短刀が握られ、アリーシア様の喉元に……)
私は少年の頭をそっと膝から降ろすと、立ち上がってスタローグと対峙した。
『その通りよ! スタローグよ! まさか『マリオネット・アームズ』をあのような方法で破られるとは不覚であったわ!!』
スタローグの憎悪をのんだ声が響き渡る。
『あ、兄者! 何をなさるおつもりか?』
初めて聞く若い女性の声だ。
スタローグの仲間か。
『知れた事!! 最早、我らはヴェルフェゴール閣下に合わせる顔がない! ならば、せめて星神教の巫女頭と勇者、そして聖剣を道連れに果てるのみ!!』
そう云うやスタローグから妖気が漂い始めた。
『やめよ、兄者! 汚名は武功で雪げば良いではありませぬか!』
『もう遅い! 我らがスタローグ家の奥義『マリオネット・アームズ』を破られ、父の形見の甲冑も破壊されたのだ。貴様もスタローグ家の一員ならば生き恥を晒さず共に散れぃ!』
状況はかなり不味い。恐らくスタローグはなんらかの方法で我々を道連れに死ぬつもりなのだろう。
アリーシア様を人質に取られ、スタローグの妖気は今にも炸裂弾のように爆発しそう程に体内で荒れ狂っていた。
焦らず考えろ。この危機をどのようにして打破すべきか。冷静になって考えなければ我々は敵諸共全滅だ。
『我が体内に残る全ての魔力を暴走させ、全てを無に還してくれるわ!』
スタローグから溢れる妖気はますます強くなっていく。
「待ちなさい! ここにはまだ幼い貴方の仲間がいるのよ?」
私は足元にいる少年を指す。
『フン、見縊るなよ? 戦場に出る以上、そやつも死を覚悟しておるわ!』
駄目だ。既にスタローグの声には狂気が宿っている。
「せめてアリーシア様だけでも!」
私はスタローグに向かって突進するが、妖気に阻まれ進めなくなってしまう。
身を焦がすように熱いのに、同時に凍えるほどの冷たさも感じる不思議な壁がそこにあった。
『グフフフフフ! ユキコよ、我らは死して魔界に名を遺すぞ!』
「キャアアアアアッ!」
妖気の渦に弾かれて私は遥か後方の壁に叩きつけられた。
「グッ!」
衝撃と同時に内臓まで痛めたのか、大量の血を吐き出してしまった。そのまま倒れ、近くの水路に頭から落ちるなんて無様を晒す。
「ユキコ殿!」
すぐさまアランドラ皇子に水路から引き上げられたものの、かなりの痛手を受けたせいで、ろくにお礼も云えない有様だった。
遠くなりつつある意識の端で、アランドラ皇子が何度も私の名前を呼んでいるのが聞こえる。
「テメェ、今、自分が何をしたのか分かってンだろうな?」」
次の瞬間、はっきりと聞こえたドスの利いた声に私は頭を抱えたくなった。
むしろ、そのまま気絶できたらどれだけ楽だったか。
「よくも雪子姉ををやったな。スタローグ…テメェが今ので誰を敵に回したのか教えてやる」
「お、オウカ様?!」
桜花の豹変振りにアリーシア様が素っ頓狂な声であげる。
そう、今の地の底から響くような声は桜花のものだった。
否、桜花の兄か弟になるはずだった者の声と云うべきか。
「雪子姉を傷つける野郎は例外なく潰す」
「久々に出たか、巴の怒りが……このややこしい状況で」
私は額に手を当てて嘆息した。
アリーシア様を拘束し、我々を道連れに自爆しようするスタローグ。
最悪の状況の中で轟く怒りの声。
それはこの状況を打破する救いの手となりうるのか?
桜花の姿でありながら『弟』と呼ばれた巴とは何者なのか?
それは次回の講釈にて。
殺気の群れが私に向かって迫ってくる。
私は殺気の一つに向けて跳躍し、それを足場にして更に跳んだ。
「チッ!」
私は殺気の群れから距離を取ると意識を眉間に集中する。
かつて体験した事のない攻撃に私の想像力が追いつかず、脳裏に像を作ることは出来なかったけど、おおよそスタローグの位置は掴めた。
「せいっ!」
真横から迫る鋭い殺気に気づいて、それに合わせて大真典光勢を振るうと甲高い音を立てて何かが落ちた。
「これは……矢?」
『そぅらそぅら! 矢だけではないぞ!!』
背後に生まれた巨大な殺気に半ば無意識に跳ぶと、元いた位置から重たい物が落ちたような音と同時に衝撃が届いた。
「そうきたか! バラバラになった体を『影渡り』で変幻自在に飛ばす事もできるなんて!」
私に状況を伝える為だろう、少し離れた場所からアランドラ皇子が叫んだ。
「いったい、どんな仕組みで!」
私は立ち上がりながら悪態をつく事しかできなかった。
『グフフフフフ!! 逃げろ逃げろ! ほれ、そこに行くと危ないぞ!!』
四方八方から襲いかかってくる巨大な拳、矢、火炎に私は翻弄される。
深手こそ負ってはいないものの少しずつ傷つけられていく状況に、最早、勝機がないと悟った私は諦めるよりなかった。
「月夜! 後の事は任せたわよ!」
私は月夜の返事を待つことなく迫り来る殺気の一つへと駆け出した。
『グフフフフフ! 自棄を起こしたか、ニンゲン!』
私が向かっていた殺気が恐ろしい勢いで突っ込んできた。
「そう思う? なら貴方の負けよ!!」
私は迫り来る殺気を出来得る限り引き付けてから横に跳んでかわす。
間を置かずに私の真横で床を重たい何かが抉る音と衝撃が走った。
「雪子姉様、行ったよ!!」
桜花の言葉を受けて私は近くにいるアランドラ皇子の気配に向かって走り、彼を突き飛ばして伏せた。
刹那後、背後で凄まじい爆発音と爆風が起こり、私と皇子を弾き飛ばした。
「うぐ!」
予想以上の爆風に私は誤って舌を少し噛んでしまったけど、皇子は怪我を負った様子は感じられなかった。
「ゆ、ユキコ殿……い、今のは」
アランドラ皇子が半ば呆然とした様子で云う。
「先程の爆発は月夜の作った炸裂弾です」
先程の作戦はまず私が囮になってスタローグを引き付けて寸でのところでかわす。
そして攻撃直後でこちらに対応出来ない状況を作り、死角にいた月夜が手製の炸裂弾を投げて敵を討つ。
これぞ戦国時代より伝わる霞流の兵法『火術の型・不知火』。
卑怯? 生き残る為よ。
「炸裂弾?! ツキヨ殿はいったい……」
月夜は幼い頃から体が弱く剣術の稽古はおろか基礎体力作りの鍛錬にすら耐えられなかった。
しかし天はそれを補って余りある明晰な頭脳を彼女に与えた。
私や桜花が修練に明け暮れる外で、月夜は霞家に伝わる兵法書や古文書を解き明かし、火術や投毒術を始めとする兵法の奥義をこの世に復活させ吸収していった。
無論、炸裂弾も奥義の一つに過ぎず、月夜は常にその身に火術や暗器を仕込んで有事に備えている。
本当ならスタローグは私一人で倒し、切り札たる月夜の炸裂弾はまだガルスデントには秘密にしておきたかったのだけど仕方がないわね。
「なんと凄まじい……スタローグのガントレットがあんなにも崩れて」
『お、おのれ、ニンゲンがぁ!!』
激昂したスタローグの殺気が一斉に襲い掛かってきた。
「これは……?」
私は迫るスタローグの殺気に乱れと云うか、違和感を感じた。
「なるほど、そういう事ね」
カラクリを見抜く事ができた私は皇子に後ろに退くように云うと再び殺気の一つに向かって駆け出した。
「月夜! 五つ数えた後にスタローグ達の中央に音の大きな炸裂弾を!!」
最早、スタローグを『視』る必要はない。
仮に影から影へと渡るという不可思議な術を使おうとも恐れるに足らない。
「五……」
『潰れろォ!!』
私の真上から殺気が降ってくるが難なくかわす。
「四……」
私は月夜の炸裂弾で潰れた籠手を掴むと殺気の一つに向かって投げる。
大陸に伝わる気功術を手がかりとして、曾祖父が編み出した特殊な呼吸法により人の持つ潜在能力の一部を一瞬だけ引き出す『闘鬼の術』を持ってすれば容易い事。。
「三……」
『ぐおぅ?!』
巨大な籠手を女の手で投げるとは予想もしていなかったのだろう。躱し切れず殺気の一つに籠手がぶつかった大きな音がした。
「二……」
『いかん! 何という事だ!』
殺気の群れが一箇所に集まる。
「一……」
『大丈夫か? まだ飛べるか?』
『なんのこれしき!』
気遣う言葉のやり取りに私の中で推理が確信に変わった。
「今!」
私は固まっているスタローグに背を向けると全力で駆けた。
背後で爆発音が起こり、弾き飛ばされた巨大な気配の一つを横っ飛びにかわした。
「勝負あり、ね」
私は先程よけた物体に近づいていく。手を触れ、撫で回した感じでそれが巨大な脛当てだと判った。
「出てきなさい」
脛当ての中に手を入れると、ぬめっとした肉と寒天の中間のような感触がする物が詰まっていた。
構わず腕を進めていくと、人の手と思しきモノに触れたので引っ張り出す。
「ごめんなさいね……これは……」
引き出したモノの全身を撫で回すと、弓を持った小柄な男の子だと知れた。
「これが絡繰りね」
「そうみたいだね」
同じく巨大な防具の中から人、否、魔族とやらを引っ張り出しているだろう桜花が私の推理を肯定した。
先程、激昂したスタローグの気配は一つ一つが違って感じた。つまりスタローグは一人ではなく数人の魔族が鎧の中に入って操っていたのではと疑いを持った。
そこを一箇所に集めて、破壊力は無いけど音だけは凄まじい炸裂弾(月夜曰く、『失神雷』という名だそうな)で気絶させたという訳。
この広い空間でも耳鳴りがするほどの音だ。狭い鎧の中にいた彼らには堪らなかっただろう。
(決まりましたね。『火術の型・不知火・絶』)
「ええ、よくやってくれたわね。月夜がいてくれて良かったわ」
私は気を失っている魔族の少年に膝枕をしながら隣に座った月夜の頭を撫でた。
「手強い相手だったわ。よもや初日で月夜の火術を披露する事になるなんてね」
私は膝の上の少年の顔を撫でた。私は触れる事で大体の造作を知る事ができる。
世間で美人と評判の月夜と桜花の顔を基準にすると、とても整っていてかなり幼い顔立ちをしている事が分かった。
「お見事でした。僅かな情報で敵の技を見抜き、もっとも効果的な方法で斃す。これほどの人物は初めて見ました」
「いえ、今日の勝利は平時であろうと万全を期している月夜の手柄です」
アランドラ皇子の称賛を月夜に向ける。
事実、月夜が炸裂弾を常備していなければ勝てなかっただろう。
勝つ事が出来たとしても深手を負っていたに違いない。
(そんな、私は常に矢面に立たされている姉様の戦いに茶々を入れているだけです)
恥ずかしいのか、いつもより早い月夜の指の動きがくすぐったくて私は思わず笑みを浮かべてしまった。
しかし、聖剣の事を思い出してしまい笑みが引っ込んだ。
「それより聖剣の儀は残念でした」
「それは仕方がありませんね。しかし、いつかは勇者の資格を持つ者が現れて聖剣を使いこなしてくれるでしょう」
アランドラ皇子は優しげな声でそう云ってくれた。
「キャア!」
突然上がったアリーシア様の悲鳴に私達は何事かと振り向いた。
「ゆ、ユキコ様……」
「アリーシア様?!」
苦しげなアリーシア様の声に私は思わず声が裏返った。
『お、おのれ……ユキコと申したな? 貴様のお陰で拙者の面目は丸潰れだ!』
「この声はスタローグ?」
慌てる私の背に月夜の指が滑る。
(姉様、髭を生やした巨漢がアリーシア様を拘束しています。しかも、右手には短刀が握られ、アリーシア様の喉元に……)
私は少年の頭をそっと膝から降ろすと、立ち上がってスタローグと対峙した。
『その通りよ! スタローグよ! まさか『マリオネット・アームズ』をあのような方法で破られるとは不覚であったわ!!』
スタローグの憎悪をのんだ声が響き渡る。
『あ、兄者! 何をなさるおつもりか?』
初めて聞く若い女性の声だ。
スタローグの仲間か。
『知れた事!! 最早、我らはヴェルフェゴール閣下に合わせる顔がない! ならば、せめて星神教の巫女頭と勇者、そして聖剣を道連れに果てるのみ!!』
そう云うやスタローグから妖気が漂い始めた。
『やめよ、兄者! 汚名は武功で雪げば良いではありませぬか!』
『もう遅い! 我らがスタローグ家の奥義『マリオネット・アームズ』を破られ、父の形見の甲冑も破壊されたのだ。貴様もスタローグ家の一員ならば生き恥を晒さず共に散れぃ!』
状況はかなり不味い。恐らくスタローグはなんらかの方法で我々を道連れに死ぬつもりなのだろう。
アリーシア様を人質に取られ、スタローグの妖気は今にも炸裂弾のように爆発しそう程に体内で荒れ狂っていた。
焦らず考えろ。この危機をどのようにして打破すべきか。冷静になって考えなければ我々は敵諸共全滅だ。
『我が体内に残る全ての魔力を暴走させ、全てを無に還してくれるわ!』
スタローグから溢れる妖気はますます強くなっていく。
「待ちなさい! ここにはまだ幼い貴方の仲間がいるのよ?」
私は足元にいる少年を指す。
『フン、見縊るなよ? 戦場に出る以上、そやつも死を覚悟しておるわ!』
駄目だ。既にスタローグの声には狂気が宿っている。
「せめてアリーシア様だけでも!」
私はスタローグに向かって突進するが、妖気に阻まれ進めなくなってしまう。
身を焦がすように熱いのに、同時に凍えるほどの冷たさも感じる不思議な壁がそこにあった。
『グフフフフフ! ユキコよ、我らは死して魔界に名を遺すぞ!』
「キャアアアアアッ!」
妖気の渦に弾かれて私は遥か後方の壁に叩きつけられた。
「グッ!」
衝撃と同時に内臓まで痛めたのか、大量の血を吐き出してしまった。そのまま倒れ、近くの水路に頭から落ちるなんて無様を晒す。
「ユキコ殿!」
すぐさまアランドラ皇子に水路から引き上げられたものの、かなりの痛手を受けたせいで、ろくにお礼も云えない有様だった。
遠くなりつつある意識の端で、アランドラ皇子が何度も私の名前を呼んでいるのが聞こえる。
「テメェ、今、自分が何をしたのか分かってンだろうな?」」
次の瞬間、はっきりと聞こえたドスの利いた声に私は頭を抱えたくなった。
むしろ、そのまま気絶できたらどれだけ楽だったか。
「よくも雪子姉ををやったな。スタローグ…テメェが今ので誰を敵に回したのか教えてやる」
「お、オウカ様?!」
桜花の豹変振りにアリーシア様が素っ頓狂な声であげる。
そう、今の地の底から響くような声は桜花のものだった。
否、桜花の兄か弟になるはずだった者の声と云うべきか。
「雪子姉を傷つける野郎は例外なく潰す」
「久々に出たか、巴の怒りが……このややこしい状況で」
私は額に手を当てて嘆息した。
アリーシア様を拘束し、我々を道連れに自爆しようするスタローグ。
最悪の状況の中で轟く怒りの声。
それはこの状況を打破する救いの手となりうるのか?
桜花の姿でありながら『弟』と呼ばれた巴とは何者なのか?
それは次回の講釈にて。
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