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第参部 バッドエンド系魔法少女の世界に転生した男

第壱章 魔法少女の世界へようこそ

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「もう! 心配したんだから!」

「ッ?! ッ?!?!」

 目を覚ますと無機質な天井を見上げていた。
 だけど体は動かない。何とか視線を巡らせていると水色という有り得ない色をした髪を持つ女の子と目が合った。
 女の子は初めは目を丸く見開いて固まっていたが、次第に目尻に涙がたまっていき、零れたと思ったら飛び付くように抱きついてきたのだ。
 その瞬間、全身に激痛が走って声にならない悲鳴を上げてしまう。

「らいかッ! らいかッ! うわあああああああああああん!」

 見知らぬ女の子は俺に抱きついたまま大声で泣き続ける。
 俺は女の子を引き剥がそうとしたが全身の痛みに加えて腕に力が入らず動こうにも動けない。

「…ッ?!」

 そればかりじゃない。どういう訳か声すら出ない有り様だった。

「ちょっと、しずくちゃん、ここは病院ですよ? 何を騒いで…」

 痛みもあるが状況が掴めずに困惑していると部屋にまた一人の女の子が現れた。
 この子もまた派手な緑色の長髪をポニーテールにしている。

「らいかちゃんッ!」

 ブルータス、お前もか…
 緑の子も俺に抱きついてわんわんと泣き始めてしまったではないか。
 しかも首に腕を絡めているせいで地味に呼吸が苦しい。
 訳の分からない状況に、全身の骨が軋む痛み、呼吸困難の三重苦で俺は限界寸前となり、再び意識を失いそうになったその時だ。

「いい加減にせんか、莫迦もんがッ!!」

 この部屋そのものを揺さ振るような怒号を受けて俺は完全に意識を手放した。








「記憶喪失ぅ?!」

「ええ、どうやら、らいかちゃんは私達の事が分からないようです。そればかりか自分が何者かも理解していない様子です」

 再び意識を取り戻した俺は部屋の中にいるヤツらの会話に耳を傾けている。
 目を覚ますと目の前には紫色の緩くウエーブのかかった髪を持つ眼鏡の女にいくつか質問をされた。
 白衣を着ている事から医者なのだろうが胸元を広く開けすぎており、優しげな目をしていながらどこか妖艶な印象を受ける。
 縁日のカラーヒヨコじゃあるまいに、何で派手な髪のヤツばかりなんだ。

「まず彼女は自分の“らいか”という名前に反応しませんでした。自分がどこにいるか分かりますか、と質問をしても首を横に振るばかりで…」

「そんな…らいか? アタシの事を忘れちゃったの?」

 しずくというらしい女の子が涙目になって訊いてくるが俺には答えようがない。
 そもそも知らないのだから肯定も否定も出来ないというのが正解だ。

「私の事もですか? 柊みどりですよ? らいかちゃんの幼馴染みです」

 気の毒だが俺は辛うじて首を幽かに横に動かす事しか出来ない。
 二人の少女の嗚咽が部屋いっぱいに広がり居た堪れない気持ちになるがどうしようもない。
 と、云うか、さっきから俺の事をこいつらは“らいか”と呼んでいるが何なんだ?
 俺の名前は近藤源助といって、しがない三十代のヒキニートだ。
 昨夜も習慣のネットサーフィンに勤しんでいたが、そこから記憶が無い。
 いや、寝落ちはしょっちゅうだから夢でも見ているのだろうか?
 混乱の極みにいる俺を置いていくように会話は進んでいく。

「そもそも、あの将軍を相手と戦って生還しただけでも奇跡なのだ。今はその幸運を噛み締めよう。いや、今までも奇跡を起こしてきたらいかの事だ。記憶だっていつか戻るに決まっている。仲間であるお前達が信じなくてどうする」

 漆器のような艶やかな黒髪の女の子がしずくとみどりの肩に手を乗せて慰めているが、どうにも二人より背が低い為に様になっていない。
 だが言葉は届いたようでしずく達は泣くのをやめて頷いた。
 そこで思い至る。さっきのデカイ声はこの黒髪の子の声だと。
 それにしても戦っただの生還しただの物騒な言葉が飛び出してきたな。
 僅かに動く首と目を何とか視線を巡らせれば俺の体は包帯が巻かれていた。
 顔も包帯まみれという事は全身がこんな有り様であるらしい。
 さて、この状況をどうしたものかと思案を巡らせていると何者かが慌ただしく部屋に駆け込んできた。

「何ですか。そんなに慌てて、騒々しいですよ。ここは病院ということを忘れていませんか?」

 女医風の紫髪が窘めるが、飛び込んできた茶髪の兄ちゃんは早口で喚き散らす。

「それどころじゃないッスよ! 帝国がッ! ウンターヴェルト地下帝国が街で暴れてるんスよ! マオルヴルフ将軍を斃したらいかちゃんを差し出さないと日本を滅ぼすって、そりゃ凄い剣幕で! まさに総攻撃! 怒り心頭ってヤツッス!」

「そうか、やっぱり怪しいと思っていたが魔女王とマオルヴルフ将軍はデキてたか」

「えっ?! そうなの? そんな事が分かるなんて大人~」

 みどりが黒髪の子を褒めると彼女は“経験が違うよ”と得意げに胸を反らした。

「莫迦な事を云ってないで迎撃よ!」

「「「はいっ!!」」」

 すると少女達の体から光が放たれて思わず目を閉じる。
 数秒後、恐る恐る目を開けるた俺は目の前の光景にあんぐりと口を開けてしまう。
 何故なら、そこにいたのはワンピースとプロテクターが一体化したデザインの衣装を身に着けた三人の少女がいたからだ。

「水と癒やしのボーゲンヴァッサー!」

 水色の髪をツインテールにしたしずくが青いワンピース姿となり、波の意匠をした弓を持って珍妙なポーズを取っている。
 某フィギュアスケート選手のように仰け反りながら弓をこちらに構えて何故かウインクしているのだ。

「木と幸運のゲヴェーアバオム!」

 髪はポニーテールのままだが緑のワンピースを着たみどりが葉っぱの意匠の装飾を散りばめた小銃を肩に担いで銃に見立てた右手をこちらに向けて撃つ仕草をしているが、やはりこの子もウインクをした。

「闇と安らぎのズィッフェルケッテンフィンスターニス」

 長いな、名前?!
 黒髪の子は特にポーズは取らなかったが黒いワンピースに鎖鎌というミスマッチにも程がある姿となっていた。
 いや、もしかしたら鎖を首に巻いて舌を出しているのが彼女なりのポーズなのかも知れないけど……

「魔法少女デア・ベーゼブリック出動!!」

 紫髪の号令で三人は病室の窓から文字通り飛んで行った。
 何? 飛んだ? 魔法少女って本物?

「頼んだわよ。火と生命いのちのアクストフランメが戦えない今、苦しいでしょうけど貴方達だけが頼りなの」

 ふーん、もう一人いるのか。
 その子は何故か動けないと……ん? 何だ? 何を見てるんだ?

「今は傷を治す事だけを考えなさい。記憶だって、きっとすぐに戻るわよ」

「そうッスよ! それまで不肖、神崎がお守りするッス!」

 微笑む紫女医と胸を叩く神崎青年に俺は漸く状況を飲み込む事が出来た。
 まさか俺はネット小説とかで良くある転生をしていたのか?
 しかも選りに選ってバトル系魔法少女の世界にか?!
 と云うことはこの全身の傷は戦いで負ったものだったのか……
 いや待て、状況は非常にマズいだろう。
 転生して前世の記憶が蘇ったと仮定するとして何でこのタイミングなんだよ?!
 魔女王ってくらいだから敵のボスなんだろう。で、ボスとデキてる幹部を斃したせいで敵は完全にキレていると。
 そして前世の記憶ついでに思い出した事がある。
 これって俺の弟が昔に連載していたラノベの世界じゃないか、と。

「むう! むう!」

「らいかちゃん?! あの子達が心配なのは分かるけど興奮しないで! 神崎君! 鎮静剤を持って来て!」

「ラジャーッス!」

 冗談じゃない!
 これって出版したは良いが全く売れずに数巻で打ち切りになったヤツじゃないか。
 思い出したぞ。打ち切りになった事で不貞腐れた弟は最終巻で魔法少女と敵組織を相討ちにさせる全滅エンドにしたはずだ。
 だとしたら、このままでは主人公らいかは、俺は魔女王と壮絶に自爆するはずだ。
 そうなる前に逃げなければ。
 しかし怪我で動く事は叶わず、鎮静剤を打たれて意識を失う事となった。
 だが、俺はまだ知らなかったんだ。
 魔女王の復讐なんて比較にならない悪意が俺を狙っていただなんて…

「生まれ生まれ生まれ生まれてしょうの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりにくらし」
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