冒険者ギルド職員だって時として冒険する事もあるんだよ

若年寄

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受付嬢の場合

第伍章 六道将の目的

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 重たい金属同士がぶつかるような音がして、初めて私は少年の左上段蹴りをギルド長が大剣で防御していた事を理解した。
 速すぎる! 少年の動きが目に止まらなかったのもそうだけど、その蹴りを防いでみせたギルド長の技量もまた凄まじい。

『ひょう!』

 なんと左足を剣で受け止められながらも少年は右足のみで跳躍し、ギルド長の首を狙って振り抜いた。
 しかしギルド長は左足を引っ掛けたまま大剣を振り下ろして少年のたいごと遠ざける事で回避する。

「はっ! まずは左足を斬り落としてやったかと思ったが何で出来てやがる、そのインナー?」

『ああ? 単にテメェに俺様の足を斬るだけの力が無かっただけだろ? それよりも今の『陽炎かげろう』を善く躱しやがったな。大抵の間抜けは左蹴りのフェイントに引っ掛かって首の骨を折られるんだが、褒めてやるぜ』

「見え見えなンだよ。左の足からは殺気があまり感じられなかったからな」

 いやいや、あの左上段蹴りだってまともに喰らったら命を落としかねない威力があったように思えるんですけど?!

「いや、左の蹴りを防がれた瞬間にヌエとやらの殺気が膨らんだからの。すぐに本命の攻撃が別にあると思ったわい」

 どうやらギルド長、大僧正様クラスの実力者にだけ理解出来る領域の話のようだ。
 それにしてもヌエって直接的な攻撃しかしなさそうなイメージだったけど、フェイントを使うだけのテクニックも持っているみたいね。

『面白ェ。なら、ちょっとギアを上げていこうか? すぐに死ぬんじゃねぇぞ?』

 払う、突く、殴る、また払って突く。
 ヌエは様々な攻撃で息もつかせぬ見事なコンビネーションを繰り広げる。
 しかし、流石はギルド長ね。その悉くを剣で防ぎ、或いは躱していく。
 ただ大剣の刃を殴ってさえ傷一つつかないヌエの拳が怖い。

『良いぜ。これくらいじゃ死にそうにないな。じゃあ、もう一段ギアを上げるぜ』

 なんとヌエの攻撃のスピードが上がってしまう。
 ただでさえ人間離れしたスピードなのに更に速くなるなんて!

「おっとと! 確かに速いが昔、魔界の王子から受けた連続攻撃と比べたらまだぬるいぜ。俺を殺したかったら魔界の王族レベルの攻撃を繰り出せや!!」

 巧い! 振りかぶった左手を剣ではなく、ダメージ覚悟で右の裏拳で弾いた。
 ヌエの左手が大きく弾かれて体勢を崩した隙を見逃すギルド長ではない。

「きえぃっ!!」

 裂帛の気迫と共に大剣がヌエの脳天目掛けて振り下ろされる。
 勝ったと思った次の瞬間、ギルド長の体勢が崩れた。
 鞭で叩くような音と共にヌエの右足がギルド長の太腿を蹴り抜いていたのだ。

『戦いってのは頭を使ってやるもんだ。手技のみのコンビに慣れて俺様の蹴りを忘れていたようだな? それとも剣士に足蹴りは卑怯ってか?』

 なんて事! ヌエが手技のみで攻撃を組み立てていたのはギルド長の頭から蹴り技の存在を忘れさせる為だったのか!
 しかも、今の蹴りはギルド長のズボンを斬り裂くだけの威力があり、そこから見える太腿は一撃で肉が潰れたように変色して腫れていた。

「ま、まだだ。まだ一撃を貰っただけだぜ。」

 ギルド長はヌエを睨みつけるが、その顔は血の気が引いて脂汗が浮かんでいた。

『そうだろうとも。まだたったの一撃だ。これで終わりなんてつまらねぇよな?』

 ヌエが再び超高速のコンビネーションを繰り出す。
 しかし太腿のダメージは深刻なようで、防御しきれずギルド長の体には徐々に傷が増えていく。

『シャアッ!!』

 そこへ非情にも右の下段蹴りが今度は向こう脛を打ち抜いた。

『シャアッ!!』

 蛇の威嚇のような叫びを上げながらヌエは蹴り技を交えたコンビネーションでギルド長を追い詰めていく。

『少しは愉しめるかと思ったがテメェも冒険者と変わらなかったな。たった一発のローキックで追い込まれる自分の未熟を恥じながら死んでいけ!!』

 このままではギルド長が殺されてしまう!
 私は縋る思いで大僧正様を見るが、何故か大僧正様はギルド長の戦いにはご覧になってはおらず、どこか一点を見詰めて大汗をかかれていた。
 私は大僧正様の目線の先を追うけど、そこにはクレープ屋の屋台しか無い。

「未熟か。確かに俺はまだまだ鍛えようと思えば鍛えられた。引退なンかいつでも出来たのに、俺はクーア君を手に入れる土壌作りの為にしか動いていなかった。ギルドでの地位を上げ、クーア君を右腕のポストに据える為だけに、そばにいて貰う為だけに動いていた。これはそのツケか」

『泣き言か? 鍛えられる環境にいながらそれを放棄したテメェが悪い。覚えておけ。弱者ってのは強者に喰われても文句は云えないって事をな。それが自然の掟よ。
安心しろ。テメェも含めて今日、俺が狩った・・・冒険者共は骨の一本、髪の一筋も無駄にする事無く俺様の糧にしてやる。テメェらは余さず俺様の血肉になりやがれ』

 ヌエの姿が消えて、とんでもない打撃音と共にギルド長が吹き飛ばされた。
 その直後、ギルド長がいた位置にヌエが拳を突き出した格好で現れる。
 なんて威力! まるで虎の一撃だわ。

『強者からのせめてもの情けだ! これ以上、痛みを与えずに屠殺してやる! 今夜のメインディッシュはテメェで作ったステーキだ。光栄に思え!』

 倒れているギルド長の頭を踏み潰さんとヌエが右足を上げて踏みつける。

『往生際が悪いヤツだ』

 なんとヌエの足をギルド長が掴んで止めていた。

「なるほどな。云うだけあって善く鍛えられた良い足だぜ。しなやかで力強く、それでいて力を抜けば柔らかい。俺の剣を持ってしても斬れなかったのも頷けらぁ。足だけじゃない。腕も体も丹念に丁寧に時間をかけて鍛え上げられているな」

『なんだ? 褒め殺して命を助けて貰おうって魂胆か?』

 あからさまに侮蔑の色を声に乗せるヌエにギルド長は首を横に振った。

「けど、一つだけ鍛えられてねぇところがあるよな?」

『あ? 俺様の完璧な肉体にケチをつける気か? 負け惜しみにしても言葉を選べ。猫が鼠を甚振るように嬲り殺しにしてやっても良いんだぜ?』

 するとギルド長はニヤリと笑う。否、嗤う。

「はん! インナー越しでもくっきりと見えるぜ。可愛い可愛い唐辛子ちゃんがよ。いい肉喰って、鍛えに鍛えても強くなれねェところがあるって事だな」

『なっ?!』

 ヌエが思わず股間に目をやった隙を逃さずギルド長が水面蹴りでヌエの足を払う。
 動揺の為か、ヌエは無様に転び、その上にギルド長が馬乗りになる。

「あとな、どれだけ鍛えようと強くなれない箇所はいくらでもあってよ。例えばここだ!!」

『ぐがっ?!』

 なんとギルド長はヌエの眉間から鼻の当たりに強烈な頭突きを打ち込んだ。
 途端にヌエの顔を覆う布が真っ赤に染まる。
 どうやら鼻の軟骨が潰れたらしく、出血が激しいようだ。
 痛みも相当激しいようでヌエは身じろぎすら出来ない。

「一気に行かせて貰うぜ」

 ギルド長が剣を振り上げてトドメを刺そうとする刹那、動きを止めてしまう。
 何事かと思えば、ヌエの右手の爪がギルド長のお腹を貫いていた。
 剣に体重を乗せる為に腰を浮かせたのが一瞬の隙となってしまったのだ。

『考えて見たらサポーターを穿いてんのに形が浮くワケねぇよな』

「けど、反応したって事は可愛いってのは事実だって事だろ?」

『黙れ。臭ぇから、あんまやりたくねぇが内臓はらわたを引き千切ってやっても良いんだぞ』

 恐ろしくドスの利いた声でギルド長を脅す。

「やれや。だが道連れにテメェの頭を瓜のように割ってやる」

『勇ましい事だが、それがどれだけの痛みか知らねぇから云える事だ。その激痛たるやショック死だって有り得るからな』

「まるで体験したような口振りだな」

『おう、肉体の自己再生能力の実験で二度、三度、腹を割かれた事があるからな。地獄なんてもんじゃねぇぜ? むしろ再生能力を持った自分の肉体を怨んだものだぜ』

 どうしよう。私に出来る事は何か無い?
 大僧正様も何故か動けないみたいだし、この場で動けるのが私だけなのに、何も出来ない自分の無力さがもどかしい。

『さて、やってくれたな。面白い戦いは大歓迎だが、今のは頂けねぇよ。どうしてくれようか……ん?』

 どうやらヌエは右手の指を動かしているようだ。

『傷が塞がってきている? お前の体は……?』

 ヌエの困惑している様は素人目に見ても大きな隙があるように見えた。
 だったらギルド長を助けられるかも知れない。
 私は太腿に巻いた皮ベルトで止めてある棒手裏剣をそっと抜き取る。
 力を抜けば柔らかい肉体ってギルド長もおっしゃっていたし、困惑していて、元からかも知れないけど私が意識から外れている今ならいけるかも。
 もし、失敗してもギルド長なら脱出するに充分な隙を作れるだろう。
 私は棒手裏剣を大上段に構えると、ヌエの右腕を目掛けて打った。

『なんて考えていたか? 甘ェよ!』

 ヌエが腕の筋肉に力を込めただけで棒手裏剣が弾かれてしまう。
 それくらい分かっていた。棒手裏剣は威力がある分、軌道が真っ直ぐで迎撃しやすいのだ。だから大抵の手裏剣術は一投目に隠して二投目を打つ『影打ち』という技術が存在する。

「ありがとよ」

 ギルド長の手には二本目の棒手裏剣があり、大剣よりも軽い分、素早くヌエの眉間に突き刺す事が出来た。

『ぐっ……が……』

 だが、それでもまだ生きていたヌエが暴れてギルド長を振り落とす。
 あれだけ深々と眉間を貫かれているのに、なんて生命力!

巫山戯ふざけやがって! テメェら、楽に死ねると思うなよ?! 四肢をもいでダルマにした後、ハラワタを喰らいながら犯してやる!」

 ヌエが顔を隠している布に手をかけた。

『今から俺様の本当の姿を見せてやる。何故、俺様が『畜生道』と呼ばれているか、その意味を知り……そして絶望しながら死んでいけ!!』

『そこまでだ。威力偵察の任でも受けているのか思ったが、どうやら単に独断専行していただけのようだな。『餓鬼道』から貴様が姿を消したと連絡があったぞ』

『ゲッ?! 火車かしゃ姉?! 何故、ここに?』

 ヌエと同じく顔を隠した若い女が彼の腕を掴んで止めていた。
 問うまでもなくヌエの仲間に違いない。

『まったく喧嘩っ早いのは血気盛んって事で結構だが、皆で決めた作戦をご破算にするのは見過ごせぬぞ。帰ったら尻を叩いてやる。しかも九回だ、覚悟せい』

『姐さんもいたのか。相変わらず九以上は数えられないんだな』

 同じく顔を隠した大女(女よね?)に首根っ子を摘ままれて持ち上げられたヌエはがっくりと肩を落としている。
 これって考えたくもないけど、この二人はヌエよりも強いって事よね?
 あれ? そう云えばこの二人ってクレープ屋の店員じゃない?
 待って! 何で今の今まであの二人の姿を可笑しいと思って無かったの、私?!
 私もギルド員も冒険者達ですら何の疑問も抱かずにクレープを買ってたのだ。
 先程、大僧正様がクレープ屋を凝視されていたのは、敵であると見抜かれていたからだったのね。

「ああ、畜生。クソガキの爪のせいで一張羅がズタズタだ」

 ぼやきながらも警戒を緩める事なくギルド長はヌエ達を睨んでいる。
 すると『火』と書かれた布で顔を隠している女がギルド長の前で跪いた。

『お懐かしゅうございます。貴方様にはソフィアの名の方が通りが良いと思われますが、今は『地獄道』の火車将軍かしゃしょうぐんと名乗っておりまする』

「ソフィアぢゃと?」

 何故か大僧正様が愕然とカシャの本名らしき名を呟かれた。
 というかギルド長ってこいつと知り合いなワケ?!

「やめてくれ。アンタにそんな態度を取られたら身の置き場が無ェ。頭を上げてくれ、師匠・・

『確かに貴方様を鍛えましたが、それでも小生は御主おんあるじ様と貴方様にお仕えする従者にございまする。それは今も決して変わりませぬ』

 師匠?! って事は、やっぱりカシャはギルド長よりも強いって事か。
 ギルド長との関係は気になるけど、今はこの修羅場をどう切り抜けるかよね。
 冒険者のみならずギルド長すら圧倒するヌエだけでも厄介なのに、ヌエ以上と予想される敵が二人も増えたのだから……

「一体、何のつもりだ? アイツ・・・はやっぱり五十年前の復讐をしようとしているのか?」

『それは愚問というもので御座いましょう。五十年以上も過ぎた今、御主様を貶めた輩はもうこの世にいないか、老いさらばえておりましょう。一体、何に復讐をしろと仰せなのですか? 御主様の願いはそのような詰まらぬものではありませぬ。あの御方は我らの世界・・・・・を統一されたように、この世界・・・・を征服し、覇王となられる事を欲しておられまする。その上で覇王に相応しき伴侶としてクーア様を御迎えする事こそが御主様の願い。その一点のみこそが拳を握りしめ身悶えするまでに成就を望まれる大願なので御座いまする』

「やはり狙いはクーア君か」

 何でここにきて副ギルド長が?
 しかも復讐ってどういう事なのよ。

「そ、ソフィア様!!」

 吃驚した?!
 いきなり大僧正様が膝を折ってカシャの前に出られたのだ。

「顔を隠し、髪こそ銀から黒へと変わっておられるが、その気配、立ち振る舞い、間違うはずがない。懐かしや、ソフィア様、お会いしとうございました!」

『マトゥーザか。貴様は見違えたぞ。あの荒くれがよくぞ大僧正にまで登り詰めた。同じ大将軍麾下の騎士であった者として鼻が高いぞ』

「もったいなきお言葉!」

 カシャの優しげな言葉を受けて大僧正様が感涙に濡れている。

「しかし、五十有余年前、魔王討伐の凱旋パレードで勇者の乗る馬車の馭者を務められた貴方様は、上層部の罠により馬車ごと勇者が元いた世界へと送られたはず! 未知なる世界へと送られて、よくぞご無事で!」

 途端に先程まで優しげだったカシャは、別人と入れ替わったかのように凄まじいまでの怒気を発したではないか。

『莫迦な! 何が無事なものか! あの人間が生きるに過酷な世界で小生は幾度死に損なったか。彼の世界の国という国が覇権を争い、喰い合い、潰し合いをしているこの世の地獄で小生は幾度絶望した事か。あの地獄と比べれば魔王の侵略など子供の遊びでしか無かったぞ!』

「子供の…遊び?」

 大僧正様は呆然とカシャの言葉を繰り返された。

『遊びも遊びだ。あの人の尊厳すら失った地獄の中で、それでも生き抜いてこられたのは、御主様のお導きがあればこそ。そして御主様が覇王となる決意をされ、世界の統一という大望を抱かれたからこそ、小生は立ち上がれたのだ。人間を捨てる事が出来たのだ』

「人間を…捨てる?」

『人のままでは永遠の命を有する御主様にお仕えする事は出来ぬ。人のままでは屍山血河の覇道を歩む事は出来ぬ。人のままではこの世界に帰還する事は叶わなかった』

 愕然とされている大僧正様を押しのけてギルド長が前に出る。

「向こうの世界を統一して、今度はこっちの世界か。欲の深ェ事だな」

 侮蔑を込めたギルド長の言葉に激昂するかと思いきや、カシャは優雅な笑い声を上げた。

『本当は貴方様も理解しておられるはず。星神教、プネブマ教、慈母豊穣会、これだけ力のある宗教が衆生を導いても、魔王という共通の敵を斃す為に世界が一時的にとはいえ一つに纏まっていても、真の平和は訪れない。つまり、この世界もまた偉大なる羊飼いが求められているという事です』

「それが御主様と云いたい訳か?」

 ギルド長の言葉にカシャは首を横に振った。

『それだけでは不十分。それでは向こうの世界のことわりをこちらに押し付けるだけになりましょう。この世界と向こうの世界、双方を理解する指導者が必要となるのは明白。その指導者こそが御主様とクーア様の細胞を組み合わせて誕生させたUシリーズ型番774……肉体、魔力、頭脳、統率力、そして人格、全てが最高峰の素質を持ち、男女双方の生殖能力を有する究極の生命体、即ち、貴方様の事でございます。姫様・・

 カシャは跪き、ギルド長の手を恭しく、そして愛おしそうに取ったのだった。
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