最上恋愛

ヒャク

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第9話「ハルの放課後」

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「ウシ」

晴也を呼び止めたのは猪田だった。
練習終わりの時間が被り、着替え終わったハンドボール部1年とアメフト部の猪田は校門でバッタリと鉢合わせる。
相変わらずデカ過ぎる程デカい身体をした猪田は自転車で帰る準備をしている他のアメフト部の1年をそこで待っているらしい。

「猪田じゃん。帰り?」
「帰り~、ウシご飯食べに行かね?」
「お前が腹いっぱい食べれるとこあんの?」

ギャハハ!と隣にいた御手洗の笑い声が真っ暗な校舎に反響している。

「ゼリツェン行くべ」

ゼリツェンとは安いイタリア料理が揃ったファミレスで、食べ盛りの男子高校生でも手頃な価格で十分にお腹いっぱいになれるところだった。
御手洗は部活メンバーの中では特に晴也と一緒にいる事が多い。その繋がりで、他クラスで部活が同じでもない猪田や多田、弘也とも友人になりそれなりに仲が良かった。
晴也が誘われたのに対して、後ろから晴也の肩に腕を回し、御手洗がニッと笑って答える。

「お前に聞いてねーよ!」

猪田もニシシ!と笑って返す。

「秋津も行こーぜ?」

巨体がぐるりと後ろを振り返り、自転車を校門の中に留め置きつつ、何故か一度エナメル鞄の中身を全部出してコンクリートに置いて整理整頓して詰め直している男に話し掛ける。

「え、俺はいいよ」

気弱そうな奴だった。

「誰?アメフト部?」
「入学式してから先週までずっと不登校だった秋津」
「不登校じゃない!家庭の事情だって言ってるだろ!!」

ギャッと尖った八重歯をむき出しにして秋津は気弱そうに怒る。
アメフト部のエナメル鞄を持っているからアメフト部なのだろうが、大丈夫かと問いたい程細くて直ぐにでも折れそうな手足をしている。
晴也はアメフトに詳しくはないが、多分めちゃくちゃ走るポジションにつくタイプなのだろうと思いながら彼を眺めていた。

「そんな休んでたの?成績とかどーなってんの、それって」
「ああ、いや。本当に家庭の事情で色々あっただけだし、授業とかは追い付けてるから大丈夫なんだよ」
「お前、頭だけはいいもんなっ」
「うるさいな!!」

猪田がニシシ!と笑う。
御手洗は興味津々に秋津を見つめ、晴也はどこかぼんやりとしていた。

(何食べよう)

彼は今日の練習でもふざけた3年生にこってりと扱かれ、身体はもうクタクタで疲れ切り、着替えながら部室であまり好きではない饅頭を御手洗から貰って食べた程にお腹が空いている。

「ハル」

ふざけて秋津をからかう猪田と、猪田の腹を揉みながら秋津に話しかけ続ける御手洗。校門付近でぐだぐだと収拾のつかない状態になり始めた矢先に、晴也の名前が凛とした声に呼ばれて全員が校舎の方を振り向いた。

「友梨」

ダンス部の練習が終わった友梨が、部活仲間だろう数人の女子を連れて晴也達男子の元へ駆け寄ってくる。
ダンス部は女子の部活でも花形で、スタイルの良い美人ばかりが揃っている事で知られている。無論1年生も例外はなく、晴也にとっては友梨が一番に変わりはないが彼女が連れて来た後ろの女子達も見事に脚が細い。
暗闇でもよく分かる色白の肌をしていた。

「待っててくれた?」

今日はダンス部が長引きそうだから先に帰ってて、と部活前に彼女から連絡が来ていたのだが、結局帰りが被ってしまった。

「んー、いや、猪田達とご飯食べようかーって言ってたら遅くなった。見てこのぐだぐだ状態」
「おー、友梨じゃん。晴也と飯食い行かねー?」

御手洗は友梨と同じクラスだ。
分け隔てなくコミュニケーション能力を発揮する彼はへらへらと笑いながら友梨達の方を向く。
背も高く顔も男らしく整っている御手洗にはファンが多く、現に友梨の後ろにいる女子達は少し色めき立っている。

「ハルが行くなら行く」

友梨はパッと笑顔になり、後ろにいる友達にも行くかどうかを確認している。
晴也と友梨は毎日一緒にいる訳ではない。ほぼ一緒にいるようなものだがお互い友人を優先したいときはそう言い合って片方は了承して我慢する。お互いに異性と2人きりで出掛けたり会ったりやたらと仲良くしたりしないと言う約束以外は特に何も言い合った事もなかった。

「美嘉も行っていい?」

連れて来た友人達の内の1人も一緒に行くようだ。
強制的に秋津を参加させ、猪田、御手洗、晴也、友梨、その他1人の女子が加わり、6人で隣の駅のファミレスに行く事になった。




「秋津鎮太郎(あきつしんたろう)。特進クラスです」
「え、特進!?めっちゃ頭いいんじゃん!!」

御手洗がテーブルを挟んで対面にいる御手洗に向かって身体を突き出し、目を輝かせる。
御手洗は見た目は良いが頭が悪い。秋津が特進クラスだと分かり、その秋津と友達になったと分かった瞬間に目を輝かせ、これでテストは安泰だと言う顔をした。

「テスト前!勉強!教えて!!」
「いや、皆んながやる範囲と特進の範囲って違うから、、」
「そうなの!?」

御手洗が慌てる中、晴也は秋津は本当に頭がいいのだと思った。
何故なら先週まで学校に来ていなかったと言うのに特進クラスから晴也達の進学クラス(普通のクラス)に落ちて来ていないからだ。約2ヶ月分の勉強を彼は確実に間に合わせて、その上アメフト部に入っているのは、相当頭が良い奴でないと成り立たない。

「あ、でもわかる範囲でなら教えられるかも。言ってくれれば」
「マジで!?サンキュー、超嬉しい!!」

御手洗は明るくて良い。
甘い食べ物が好きで身体が巨大でありながらもキャッキャとはしゃぐ姿は少女のように愛らしかった。
高校の最寄駅、壱沿江町駅から一駅移動して電車を降り、2、3分歩いたところにゼリツェンがあった。
6人で店に入ると4人掛けと2人掛けのテーブルを店員がガタンとくっ付け、6人掛けになったそこに通された。
無論、体の大きい猪田は1番端に座り、どっかりと身体をテーブルからはみ出させている。

「荻野美嘉(おぎのみか)です。友梨と同じダンス部だよ~」

初めてこのメンバーに入った秋津と美嘉の自己紹介が終わると、2人に対しての周りの自己紹介が始まった。

「じゃあとりあえず全員やるか。御手洗晃です!こっちのウシと同じハンドボール部です!」
「牛尾晴也です!ウシって呼ばれてます!御手洗と同じ部活で猪田と同じクラスです!あと友梨と付き合ってます!」
「はい!栄友梨です!晴也と付き合っててダンス部で晃と同じクラスです!」

調子の良い3人はふざけながらバーっと自己紹介を終わらせる。
追い付けていない秋津は「うん?うん?」と3人の顔を交互に見て慌てていた。

「俺、猪田悠太。アメフト部。秋津と同じ」

猪田はニコリと笑って簡潔に美嘉に説明すると、運ばれて来たフライドポテトに手を伸ばす。
そこからは各々の頼んだ食事を待ちながら、クラスや部活、勉強と夏休みの話をし始めた。
秋津は話し始めると堅苦しさや自信のなさは段々と抜け、人見知りしていただけなんだな、と晴也はドリンクバーで自分のコップに注いだコーラを飲みつつ考える。
高校に上がってから、こうして友人達と行く食事や遊びが晴也にとっては楽しくて仕方なかった。

「あれ、ウシくんじゃね?」
「え?」

他愛のない会話を繰り返し、猪田のポテトを食べる速さに笑っていた矢先、ベンチではなく独立した椅子に腰掛けていた晴也の背後から、少し前に聞いた声が聞こえて来た。

「あー!光瑠くんじゃん」
「よっ!あ、友梨ちゃんもいる」

相変わらず背が高い。自分の周りには容易に180センチを超えた男が溢れているな、とちらりと御手洗と彼を見比べてから、晴也は席に案内されている途中で友人達の群れから離れ、こちらに歩いて来た光瑠を見上げた。

「夕飯?」
「そうだよ」

晴也の腰掛けている椅子の背もたれに腕をかけ、突然現れた光瑠はニコリと晴也に笑いかける。

「、、、」
「ん?」

晴也はそんな光瑠に笑い返しながら、背後の彼が歩いてきた方を見つめていた。
先程から、遠いと言うのにバチっと目が合っている。
浮いたように、夕飯時のファミレスの中でそこに周りの人間の視線が集まっていた。

「、、ああ、トモか」

ギロ、とこちらを睨んでいる鋭い視線を見つめ返し、黙ったまま晴也はそこに佇む智幸と視線を絡めている。
ポケットに突っ込んだ手と、180センチ後半の高身長のくせに曲がった背中。目にかかる黒髪といくつも空いたピアスは派手で、人目を引くのも頷ける。
キュッと引き結ばれた口元が頻繁に笑っていたのはもうかなり前の話だ。

「ユキ」

名前を呼ぶと、無表情のまま智幸は晴也のそばへ来た。

「、、ヒカル」
「んあ?」

晴也と智幸を眺めていた光瑠は突然名前を呼ばれ、ヒョイと顔をそちらに向ける。
智幸の視線はずっと晴也と絡んでいた。
目つきの悪いまま彼を見下ろしている。

「戻るぞ」
「あ、はいはい。ウシくん、後でまた来て良い?」
「全然いいよ」

それだけ言うと、智幸は一瞬晴也の頬に手を伸ばした。

「ん?」
「、、ゴミ」

パタパタと目元をはたかれ、ついていた睫毛か何かを払うと智幸は何も言わずに踵を返して席に案内された他の友人達の元へと戻ってしまった。

「、、、」

友人、と言うのは憶測だ。
何故なら智幸と光瑠が戻って行った席には、先日見た女の子とは違う制服を着た女の子が2人、先に腰掛けている。
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