My fair darling!

ヒャク

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第7話「片恋」

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「んで。どーいうわけよ」
「イチゴパフェとトリプルチョコレートパフェどっちがいいと思う?」
「そりゃお前、トリプルチョコ、じゃなくて、話を逸らすな!」

たまたま時間の合った滝野と藤崎は、大学帰りにファミレスに寄っていた。互いに夕飯は食べておらずちょうどいいからと、食べながら、藤崎の新しく出来た好きな人の話をすることになった。

「まさか好きな子ができたから弥生ちゃんフったっつってたけど、相手、男!?」

滝野洋平と言う男は人の事をきちんと考えられる人間だ。取り乱していない普段なら周りに気を遣って声のボリュームを変える。今は余裕が無いのか結構な大声でそう言ってくれたが、夕飯時で周りも賑やかになっている店内ではあまり目立ちはしなかった。しかしながら、数人の目がこちらを向く。それらを何も考えず藤崎が眺め返すと、サッと視線は逸らされていった。

「んー」

藤崎は目立つ事には慣れているので気にする程度のことでもなかった。
日の落ちきった窓の外を眺め、テーブルに頬杖をつきながらフゥ、と息をつく。藤崎がそれをやるとまるでCMか映画のワンシーンだが、彼が顔が良いと言う事に十数年来付き合っている滝野はそんな事では動揺せず、両肘をテーブルに置きながら、グイ、と。外を見つめる彼の方へ体を乗り出した。

「お前、いや、だって考えろよ!お前の親御さんだって!!、、、ああ、お前の親なら許すか」
「それな」

家族ぐるみで付き合いの長い滝野は、楽天家な藤崎の親のことは充分理解していた。「やりたいようにやれ。生きたいように生きろ」。生まれたときから言い聞かされて来た藤崎家の家訓だ。
藤崎が義人を好きだと言う事は、一般的に表現するならば藤崎は「ゲイ」になる。近年ジェンダーレスなども注目されている中で言えば、同じように、やっと少しずつ社会に受け入れられるようになってきた存在だろう。無論、大学生ともなれば周りに同性愛者がいる環境にも、その人が友達だと言う事にもさほど驚きはしないし受け入れも早い。
ただ滝野的には小さい頃から知っている藤崎が、1度も好きになった事がない同性を好きになったと言う事実に心底驚いているだけだった。その変化がどうして急に起きたのか、それとも別段昔から言わないだけでどちらもいける人間だったのか。自分の親のように思っている藤崎の両親がそれを知っているのか、受け入れているのか。
しかし、小さい頃から何でも好きなようにさせて来てくれた彼の親だ。すぐに滝野も納得が行った。あの人達は藤崎久遠が幸せになるのなら、それ以外は多分なにも望んでいない。

「、、、あの子と付き合ったら、俺の親友はゲイになるんだな」

そして同様に滝野もまた、藤崎が幸せになれるのならばそれを後押ししない理由は特にない。

「いや?」

ぐるりと回った藤崎の目が、滝野にピントを合わせる。

「いや、別に。びっくりしたけど、お前だし。どうせお前だし。っていうか何かお前らしいし」
「ははは」

言いながら、藤崎は呼び出しのボタンを押す。

「決まってねえよ」

ピンポーンと遠くで音がした。
レジ近くの天井に付いている掲示板に、20と言う数字の電子文字が浮かぶ。
メニューを開いたまま怪訝な顔でそう言った滝野を気にせずに一番近くにいる店員の方を向くと、予想通り、掲示板を見たその店員がこちらに向かって歩き始めた。

「先頼むわ。腹減った」

呆気ない言葉を聞きながらメニューに視線を落とす。「人気No.2!」という文字の下に人気No.1のトリプルチョコレートパフェと同じくらいの大きさをした緑色のパフェの写真がある。

「宇治抹茶パフェ、、」

夜はまだ寒く、窓際の席の方だけは少し暖房が入っていたが、結露するほどには中と外の温度の変化はない。薄手のコートを着た人達が窓の外からこちらを覗きながら通り過ぎて行った。犬の散歩をしているらしい。

「さっきの選択肢にないやつかよ。ていうか俺の意見聞いたのに、、?」

席に着くと「ご注文をお伺いします」と丁寧な笑顔を浮かべる店員に、先に藤崎が「トリプルチョコレートパフェ」と頼む。「結局か」と小声が聞こえてから、同じ滝野の声で頼んだのはチーズハンバーグのサラダセット。サラダとライスのついているものだ。

「あと、ドリンクバー2つ」
「畏まりました」

パタン、と藤崎がメニューを閉じた。

「ここの店員、注文繰り返さねえのな」

注文を聞いただけで遠ざかっていく店員を見送りながら、滝野が怪訝そうな顔をした。

「滝野ってそーゆーとこ厳しいな。昔っから」
「ちょっと気になっただけだよ」

スッと立ち上がった滝野に「何にする?」と言われ、藤崎は「ジンジャーエール」と一言返した。席を離れて戻ってきた滝野の手にはジンジャーエールとウーロン茶の入ったグラスがあり、コト、とテーブルの上に置かれたそれにもらったストローを刺す。

「で、あの子、誰なん?」

ジュ、と吸い上げたジンジャーエールが口に入る前に滝野は藤崎に問いかけた。

「え、知り合いじゃねえけど」
「いやいやいや、ウェイトレスじゃなくてな」
「あ?あー。写真の子?」

鞄からスマホを取り出す。
そのまま写真のフォルダを開いて、義人の隠し撮り写真を画面に映した。滝野といるときに撮った、入山と話していたときの義人の写真だ。

「はい」
「いやいや。だから、誰だよ。もう顔は覚えたって」

と言いつつ、ちゃんとスマホを受け取って画面を見つめる。

「同じ学科の、同じクラスの。佐藤義人くん」

何故かスマホの画面に触れて、義人の顔を少し拡大している。滝野は目は悪くない筈だが、そんなにまじまじと見たかったのだろうか。
また頬杖をつき直した藤崎は、滝野の瞳に反射する携帯の画面を見つめた。

「よしとって、良い人って書く?」
「違う。義理人情の義に、人で、義人」
「ははあ。えらい顔がいいな」

スマホをこちらに返しながら、滝野が一瞬窓の外を見る。真っ暗な事に変わりはなかった。受け取りながら藤崎もそちらを向くと、街頭の明かりの下に蜘蛛の巣が張ってあるのが見えた。

「美人だよな」
「え、、、いや、可愛い系だろ」

滝野は基本、滅多な事では引かない。そう言うところも付き合いやすい長所だった。
昔から藤崎の突発的な行動や奇妙な発言には慣れており、それを馬鹿にもしない。表面だけ聞いてからかってくる人間とは違い、軽口にすら真剣に向き合うときもある程、真面目で硬派な人間だ。

「でも何でいきなり男?」

焦った様子は無く、逆に好奇心と、慣れきった呆れたような視線がこちらを向いた。
滝野の目は、茶色と言うより黒っぽい瞳をしている。義人と同じだ。

「ん?」
「それに、ほら。お前が弥生と別れたのって、大学始まる前じゃん。その時にはもう好きな子いた、みたいな。でも、義人くんとの出会いは大学始まってからだろ?」
「ああ、それな」

運ばれて来た滝野のセットのサラダがテーブルに置かれる。店員は先程の女の子だった。「セットのサラダです」と冷たい声がする。

「トマト」
「やる」
「いえーい」

サラダの中央に乗せられていた半分に切られたミニトマトを、フォークで差して口に入れる。滝野はトマトが嫌いで、藤崎は野菜の中ではダントツでトマトが好きだった。

「で、なんで」
「ん?あー、、試験の、入学試験のときに、隣だったんだよ、佐藤くん」

噛み潰したトマトの味が舌の上に広がる。飲み込んでからそう言うと、

「はあ」

気のない返事をしつつ、「それでどうなった」と言いたげに、滝野はサラダをつつきながらこちらを見る。

「ほら、俺、実技試験の時に鉛筆全部忘れただろ?」
「ああー!あったあった、そんなこと!」

もう懐かしいとも言える記憶を甦らせながら、サラダにがっつく滝野を見た。手に持ったフォークを指揮棒のように振ると、嫌そうな顔をされる。

「汚ねえわ。なんか飛んだら嫌だからよせ」

礼儀や作法に厳しいのが滝野の長所であり、たまにうるさく思う短所だった。

「ん。そんなときに、隣の席だった佐藤くんが、なんと予備のデッサンセット貸してくれたわけ」
「おー。運命的」

滝野が自分のフォークを咥える。先をガジガジと噛むのはアイツのくせだった。

「で、一目惚れした」
「って早!!一目惚れ早!!いや、一目惚れってそう言うもんか」
「そうそう」

次に運ばれて来たのも滝野の頼んだもの。ライスとハンバーグの鉄板。いい加減藤崎も腹が減って来たのだが、パフェはまだ来そうには無い。

「お先」

滝野が食べ始めようとしたところに藤崎がフォークを伸ばす。

「ポテトくれ」

プス、と刺したのは1番小さく切られたポテトだった。先程滝野がかけたソースがブシュブシュ言いながら鉄板の上を跳ね回る。

「えー!ポテトはあかんやろ、ポテトは!って食ってるしー」
「あっち!!」

ひょいと口に放り入れたポテトは、鉄板の上で充分に熱くなっていた。

「ばーか。バチ当たったな」
「あー、火傷した」

端をかじっただけでポテトを滝野のライスの皿に置く。舌がジンジンして痛い。席に着いた時に運ばれて来ていたグラスに入った水を急いで飲むと、ほんの少しそれが治った。それでも、舌先だけが妙にザラついてピリピリと痛い。

「口ん中はすぐ治る。で、義人くんは鉛筆貸してくれたの覚えてんの?」
「覚えてない、多分。俺あんときほら、髪」
「ああ!長かったときか!」
「そ」

高校3年生の時、何故かダラダラと髪を伸ばしていた藤崎は、小さく後ろで結べる程の長さになっていた。そのまま試験を受けていたため、今と大分印象が変わる。色もミルクティ色ではなく、海苔でも付けているかのような染めたての黒髪だった。

「色はお前明るいの似合うけど、何で切ったの?気づかれたくなかったの?長いのも似合ってたのにな」

ライスを口につめながら滝野が不思議そうな目で藤崎を見た。
藤崎的にはできれば覚えていて欲しかった。覚えていてくれさえすれば、会話の始まりもきっともっと自然で、もう少しいい雰囲気で、今現在の義人と一緒にいられただろう。自分の教室に初めて入った瞬間に、もう1度出会えたのだと歓喜した事を忘れられない。眠っている義人の隣にわざと音を立てて座ったことも。
けれどあの日から1度も、受験の時の話は出てこなかった。藤崎は何度もアピールしたが義人は全く覚えておらず、馴れ馴れしい藤崎に引くばかりでお互い未だに距離感が掴めないでいる。
1度しか会っていなかったのだ。そんな事は仕方ないんだと踏ん切りをつけ、何とか義人に近づこうとしたが今のところ全て裏目に出ている。

「いや、まあ、色々と」
「はあ、、?」

「お待たせ致しました、トリプルチョコレートパフェになります」

先程とは違うウェイトレスが藤崎の頼んだパフェを運んで来た。
やっときた自分のチョコレートパフェ。パフェと共に小さめの皿の上に置かれていた、冷えた長いスプーンを手に取る。

「あんだけ食ったんだから上のチョコケーキよこせ」

伝票を置きながら、「ごゆっくりどうぞ」とウェイトレスの声。
滝野のフォークが藤崎の目の前に置かれたパフェの頂上にあるチョコレートケーキを刺そうとして来た。

「しばくぞ」
「はー!?」

ばく、と滝野のフォークが届くより早くチョコケーキをうまくすくって口に入れる。そのまま、チョコアイスをすくって口に入れた。舌の火傷にはちょうどいい冷たさだった。

「心狭いなお前は、、それってよー、本気なわけ?」

真剣な声で滝野は質問した。
ケーキはもういらないらしいが、チョコアイスをさっとすくってパクリと食べている。

「そうだよ」

これ以上は譲れない、とパフェのグラスが乗った皿を少し自分の方へ引く藤崎の声だった。

「まー、いいけど。お前が誰好きになろうと、俺がでしゃばる事じゃないし」
「まあ、個人の自由だな」

相変わらず受け入れるのが早いなあ、と滝野を見ながら思った。もしも本当に義人と付き合えたとしても、滝野は変わらず義人のいない方の藤崎の隣にいるだろう。何も変わらず。ただ、義人の事も不自然なく受け入れ、波立たせることなく笑いかけ、こうやって一緒に夕食を食べたりするのだろう。
藤崎には容易にそんな想像ができた。
まだ付き合っても、告白しても、特別仲良くなったわけでもないが、何があったとしてもこの友人は何ら変わりないのだ。
それが小さい頃からの彼らである限り。

「ふーん、、、お前って、前からゲイ?」
「弥生の前に女の子何人と付き合ったと思ってんの?」

付き合いが長いくせに、何を言っているんだか。
はは、と目尻にシワを寄せて藤崎が笑う。その顔は、滝野が見慣れた小さい頃から変わらない笑顔だった。

「7人」
「ご名答」

藤崎久遠は、結構取っ替え引っ替え女を変えている。

「でも今回の相手は男だし?遊びで手ぇ出しちゃダメだろ」
「わかってるよ、そのくらい」

滝野が言う事も分かる。別段、今までの恋愛全てがあそびかと言うとそう言うことでもないが、しかし、今回の藤崎は本気だった。

(やっと落ち着くのかな。この馬鹿も)

ふらふらしてきた藤崎を知る分、滝野はどこかほっとしたような顔をした。
遠くで、注文を繰り返す店員の声が聞こえる。
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