My fair darling!

ヒャク

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第10話「料理」

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「広ーい!!」

入山の一言に全員が頷く。予想以上に広い藤崎の部屋、マンションの2階にある彼の家に到着した。

「どこでも座って」

綺麗なフローリング。靴箱、トイレ、風呂場のある短めの廊下を抜け、入ってすぐ左側がキッチン。繋がってリビング。リビングの左奥にもう一室がある。おそらく寝室だろう。

「うぜえくらい広い」
「それ褒めてる?」

持っていたレジ袋をドサッと置いて靴を脱いでから、また拾いあげてリビングに進む義人。女子達は固めて荷物をはじの方に置き、くるくると部屋の中を見回している。

「テレビ見てていいよ。俺作ってるから」

暖房はいらないくらいに室温は適温だった。テレビの電源を入れ、目の前にある折り畳み式の小さいローテーブルにリモコンを置くと、藤崎はレジ袋をキッチンに持って行ってしまった。

「手伝うよ!」

すかさず入山がキッチンに入ろうとする。

「大丈夫大丈夫」
「?」

それを止めると、藤崎はにっこりと義人に笑いかけた。

「佐藤くんが手伝うから」
「はあ!?」

作る気なんて毛頭なかった。だがこっちを向いている藤崎は、得意のニヤリとした笑みを浮かべる。

「手伝えよ~、佐藤くん」
「しゃーねーな」

一応お邪魔させてもらっている身だ。人参を切るくらいならできる。そう思って、藤崎に続いてキッチンに立つ義人。彼は料理はからっきしにできない上、まったくやろう思ったことがないたちの人間だった。
リビングとの境目として、流しに向かうとその向こうにくっついてカウンターがある。藤崎の持っていたレジ袋からお茶とオレンジジュース、チューハイとサワーの缶3本を出してそのカウンターに乗せ、次に義人の持っていた袋からビールの缶を5本程、ガロガロと出して並べた。

「飲み物飲んでていーよ」

義人が声をかけると、片岡と西野が飲み物を持って行く。買っておいた紙コップとお菓子類も手渡しておいた。
それにしても、使われている形跡はあるものの、キッチンは片付いていて清潔感がある。

「あんまり見回さんでよ。恥ずかしい」
「は?キモ」

ニヤニヤしながら藤崎が言うもので、ついそう返してしまった。義人のそんな態度は気にもせず、ふ、と目を細めてから冷蔵庫に向かう。何とも、藤崎がやるとそういう仕草が様になるから腹立たしいものだった。

「では、作り始めます」
「はいはい」

カレーパーティだ。




「あー、食べた食べた!」
「お腹いっぱい」
「男子2人料理うまいねー!めっちゃ美味かった!」
「ありがとう。佐藤くんの犠牲は無駄じゃなかったなあ」

さらりと涼しげにそう言う藤崎の隣で、義人はぎろりと奴を睨む。

「ははは。ごめんて、まさかあんなに包丁遣うの下手だとは」
「うるっせえ、言うな」
「怒るなよ佐藤くん」

正直、包丁を持ったのは料理実習くらいのもので、義人は言わば料理未経験に近い。そんな状態で、藤崎も藤崎で義人を疑いもせず包丁を握らせた。結果が、この指の絆創膏だ。少女漫画でもあるまいし、これだけボロボロの手になるとは、料理をなめていた。そして割とサクッと指は切れるものだと学んだ。

「痛い?」
「ここ、この、親指の傷だけジンジンする」
「バイ菌殺して治ってる証拠だね」
「どう言うフォローだよ」

ぐっさりと刺した親指の傷だけ、熱を帯びてジンジンと痛む。他の傷は、痛いのかかゆいのか分からない程度だった。
そして、確かに藤崎は料理がうまかった。さすがは一人暮らし。作り慣れているし、隠し味だのスパイスだの、ルーを使わないカレーを義人は初めて家庭で食べた。無論、スパイス類は全て藤崎の家に元から置いてあったものだ。

「今度練習しにくる?何か教えようか」

先程から飲み始めて、藤崎は3本目のビールを飲んでいるところだが顔が全く赤くならない。アルコールにはめっぽう強いようだ。

「余計なお世話だ」
「そう?彼女さんにたまに作ってあげたりしたら?」
「は?」

彼女に。麻子に料理を作る。
そんな発想は今まで義人にはなかった。大体、麻子も麻子で義人に料理を作った事は無い。付き合ってまだ5ヶ月というのもあるだろうが、何にせよ、料理を作るなんて面倒だろう。彼女は時間をかけることがあまり好きなタチではないから、作るよりも買ってくるか食べに行く方を選ぶのも分かっている。
そこまで考えてふと、では藤崎はどうなのかと考えた。

「お前って彼女に作った事あんの?」

聞きたくなったらもうどうしようもない。手に持ったレモンサワーの缶を回しながら、いつの間にか質問していた。

「あるよ」

女子達はテレビに映っている流行りのイケメン俳優にキャーキャーと黄色い歓声をあげている。
ソファに座っている自分達がどことなく違う世界にいるように思えたのは、義人自身がアルコールに弱く、1本目の半分まで飲んだあたりから頭がふわふわしてきているからだろうか。

「ふーん。何作ったの?」
「んー、シュウマイとか。和食も結構作ったし、ビーフシチューとかも」
「あは、レパートリー多いな、お前」
「飽きちゃうでしょ。色々自分で調べて作んのよ」

片岡は義人と同じようにアルコールに弱いらしい。入山にひと口だけサワーをもらっていたが、そのひと口でボッと顔が赤くなってしまい、中々治らない。何杯も烏龍茶を飲んでいるが改善されないでいる。

「作るの好きなんだ」

見下ろした、女子達が座っているラグがふかふかで柔らかそうに見えた。
ソファも、モス、と身体が適度に沈み込む弾力をしている。藤崎は家具のセンスがいいな、とまたレモンサワーに口をつける義人。ぽわんとした表情を隣から盗み見て、藤崎はどうしたものかと軽く息をついた。

(可愛いなー、、、)

末期だな、と自覚する。コロコロと変わる表情の、全部を見たいと思ってしまう相手。こんなに興味が出るのは、相手が男だからだろうか。藤崎自身も分からない程、彼の中の「本気の恋」は熱く、ゆっくりと激しく燃えている。
義人は自分では気がついていないけれど、明らかに藤崎に程よい飴と鞭を与えてくる。
警戒心が強くて慎重に近づかなければならなかったり、こうして隙だらけの顔を見せられたり。

「うん、、好きだよ」

まだまだ理解されないだろうと思うその感情を、ぶつけても嫌われないのではないかと錯覚させられる時すらある。

(なんて、調子乗りすぎか)

藤崎の耳には、まるで義人と2人だけの世界のように、テレビの音も、女子達の声も、携帯のバイブの音も遠くに聞こえた。
ただ義人の声と自分の声、それから、心臓の音だけがバクバクと大音量で聴こえる。

「んー、、、ふふ。好きなことしてるときって、楽しいもんなあ」
「、、うん」

赤くなってきた顔は、見事にへなりとした笑顔を作った。最近やっと見られるようになってきた安心した笑みとはまた違い、警戒心なんて微塵もない表情。

「また一緒に作ってよ」
「あー、いいよ。工作みたいで、結構楽しかったから」

その答えを聞くと藤崎は義人に笑い返し、食器を片そうと立ち上がる。

「あ、片付けは女子がやりまーす」
「キッチンお借りしまーす」
「え、いいの?」

今度は入山が藤崎を止め、食器を重ね始める。

「良いよ。おいしいもの食べさせてもらったし、部屋にまでお邪魔しちゃったからね」

入山が機敏に動き、他の3人も食器を持ってキッチンに向かう。途中、台拭きを持った片岡がテーブルを拭いていった。

「おお、、皆んな家でやってる感がすごい」
「佐藤くんマジで手伝いとかしないんだ」
「しない」

カウンターのせいで、女子達が騒いでいても、何に盛り上がっているのかは分からない。
ついているテレビから笑い声が聞こえて、丸テーブルを前に、義人は本当に藤崎とリビングに2人きりになっていた。

「、、なあ」
「ん?」

無言になるのも気まずいと、いっそもっと質問しようと身を乗り出した。アルコールの回った身体がぽかぽかと暖かく、そして少し気怠い。
テレビの中のイケメン俳優は22時からのドラマに出ているらしい。4月頭から始まった医療関係のドラマは何度かCMを見た覚えがあったが、リアルタイムでドラマとして見るのは初めてだった。

「お前の好きな人って、西野?」

一瞬目を見開いて、次の瞬間には見た事も無いぐらいに眉間に皺をよせ、不愉快ですとでも言いたげに、藤崎は口を開いた。

「はあ?」

無論、女子に聞こえないよう小声で会話している。

「いや、何となく、だけど」
「佐藤くんはバカですか」
「お前はどうしてそうむかつくんですか」

持っていた缶ビールをテーブルに置き、ソファに座り直しながら踏ん反り返り、浅めに腰をかけてこちらを向く藤崎はため息をつきながら腕組みをする。座り直した事によって少し近くなった距離に、何となく違和感が湧いた。

「あのねぇ佐藤くん。どこをどうすれば俺が西野さんを好きになるの」

きちんと座っている義人が藤崎を見下ろすことになる。いつもと逆の視線に、あちらから見る自分はいつもこんな風に写るのか、と考えていた。

「電車で楽しそうに話してたし」

藤崎の眉間の皺が更に険しくなる。

「それだけですか」
「それだけです」
「俺は別に、片岡さん達とも仲良く話してると思いますけど」

呆れた、とでも言いたげにため息までつかれた。
確かに、藤崎が誰にでも等しく優しいのはわかっている。けれど、電車で見た2人の身長差が義人の頭を離れなかったのだ。

「、、、、」
「なに不機嫌そうな顔してんの」
「うるせーよ生まれつきだ」

不機嫌そうな顔になっていたのか?
改めて藤崎と視線を合わせる。見上げてくる顔が新鮮で、どこか緊張してソファに足をあげて体育座りをする。膝を抱えると、何故だか少し落ち着いた。

「お前、何人と付き合った事あんの?」
「どしたの急に。俺に興味湧いた?」
「きもちわりーよ言い方が。まあでも、無言でいんのもあれだから、何か話題と思って」

ニヤリ。ほらまたその笑い方だ。
おちょくるような視線に、楽しそうに歪んだ口元。綺麗な顔だった。こんな性格の悪そうな笑い方をしても、やはり彼の顔の優秀さは損なわれない。

「8人」
「多くねッッ!?」

さすがに驚いて叫んでいた。カウンターの奥から「どうかしたー?」と入山の声が飛んでくる。

「なんでもない!、、、え、8人て」
「何かダメな訳?」
「ダメとかじゃないけど、いや、うーん」

レモンサワーをテーブルに置き、また体育座りをする。
義人は麻子と付き合っているが、その前にも2人、彼女がいた事がある。連絡はもうどちらとも取っておらず、正直なところ向こうに呆れられての喧嘩別れの過去2件だ。
人付き合いもあまり得意ではない義人からすると、特定の誰かと恋愛関係になると言うのはかなり難しい話で、ほぼほぼ流されて付き合ったようなものだった女の子達を特に特別扱いする訳でもなく過ごしていた結果、もっと楽しいと思った等言われそのままお別れしたのだ。
付き合うのも別れるのも、義人自身はあまり好きではない。感情の起伏がなく、作業のように思えていた。
麻子はその分一緒にいて気が楽だった。強く求められる事も、束縛もあまりない。向こうも好き勝手過ごす人間だ。ただ予備校時代、気はあったし一緒にいる事が多かった。お互い妥協と甘えで付き合ったようでいて、反りが合う感覚が愛しくて今まで過ごしてきた。
何故付き合ったかと言われれば、何となく好きだと感じたような気がしたから、だ。
熱く、苦しく、切ないほどに、利益がなくても気まずくてもタイプじゃなくても、この人が好き。
そう言う感覚と義人はほぼ無縁で生きてきた。

「そんだけ元カノいるとあれだよな」
「ん?」
「なんか、、、次付き合う子、すごい苦労しそう」
「なんで?」

少し意外な発言だったのか。藤崎が微妙に目を見開いて、驚いた、と表現してくる。

「なんと言うか~、、その8人よりいい女ってしないと、お前のこと好きー!ってならないと、お前にフラれるかもしれないじゃん。そしたら何かさ、荷が重いよな」
「、、、」
「悪いとかどうこうじゃなくて。お前に選ばれたい側からすると、緊張しそう。あの子達よりお前に似合ってて、愛されないと不安になりそう」

こんなに人気が高く、見た目が良くて、女の子に対しては別段いい人間で優しい藤崎の隣。
決して自分がそこに立つ事などないが、想像すると胸がギュッとなった。そこはきっと、自分よりも綺麗かもしれない、可愛いかもしれない色んな子が望む場所で、不安になる事や想いが揺らぐ事がたくさんあるところなのだ。
誰かよりも藤崎の側にいないと、藤崎が過去に愛してきた人間達よりも優っていないと危ぶまれる地位。
そんなもの考えた事もなかった義人からすれば、恐ろしい場所のように思えた。

「お前が今好きな子って、そういうの気にしそうじゃないのかな」

手術シーンが終わり、ゲスト出演の有名な子役が病室のベッドで目を覚ますシーン。彼の両親は泣き、父親が例のイケメン俳優に謝罪とお礼を述べている。テレビに向いていた目を、言い終わると同時に藤崎に戻した。
義人はあまり、医療系のドラマは好きではない。

「藤崎?」

なんだ?

いつかの時のように、強い視線だった。黙ったまま、踏ん反り返っていた姿勢はいつの間にか普通に深くソファに腰掛けていて、いつも通りの視線の位置関係。
感情の濁ったような瞳の奥が、見えない。藤崎の雰囲気が、このときはどうしてか怖く感じた。

「自信あるよ」
「は?」

一瞬テレビを見てからまた視線が帰って来て、体育座りをしている義人の方へ、藤崎がソファな手をついて身を乗り出す。
ジッと見つめる目の色は、日本人離れした濃い茶色。

(顔、ちか、、)

恥ずかしくなる程の距離に、思わず心臓が跳ねた。

「なに、」
「俺が今好きな子」

見れば見るほど整った顔立ち。
1人だけバクバクと脈がうるさい気がして、聞こえるのではないかと恥ずかしくなって、義人は一瞬身体を離しそうになる。

「今まで付き合って来たどんな子よりも、綺麗で可愛いんだ」

先程の緊張感とは違う、ニッ、と無邪気な笑顔が見えた。

「え?」
「だからきっと、元カノなんかに引けは感じないと思う。あと、俺がそんなもの感じさせないし」
「あ、、ああ、そう、、」

こんな風にも笑うのだ。
普段ひどく憎たらしい藤崎が。自分よりも大人びて、歳上に見える彼が。
今は手が届きそうな程、唇が触れ合いそうな程、近くにいて純粋に嬉しそうに笑ってる。ドキンドキンと激しく動く心臓に頭がついていけない。アルコールのせいなのか、この妙な距離感のせいなのか分からない。

(キス、、しそう)

最後に麻子としたのはいつだっけ?
ドラマのエンディングが遠くで聞こえる。

「佐藤くん」
「は?」

けれど途端に、いつもの憎たらしい笑みに戻ってしまった。

「顔、赤い」
「ッ、うるせえ近いんだよ変態!!離れろ!!」
「怒るなよ、佐藤くん」

おちょくるように呼ばれた名前。カウンターの奥から、近所迷惑だと女子全員から怒られた。
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