My fair darling!

ヒャク

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第13話「嫉妬」

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「、、、、」

寝転がったのは黒いシーツの上。隣にいる人間の体温が遠い事を、しつこいぐらいに確認してしまう。

(何か、生々しい)

義人は初体験を終えていない。加えて、あまりそう言うものに興味が無い。童貞であることを気にしてはいるが特にそう言った事をしたいと思った試しもなかった。ただ、言われると気になるタチではある。

「あ」
「えッ!?」

突然藤崎が声を出すと、義人はそれにビビって声を上げた。暗闇の中だが、そっぽを向いていた顔が、一瞬向き合う。眠る準備は既に整っている。

「寒いとかあったら言ってね、遠慮なく」
「あ、ああ、うん」

(変に暑いんだけど)

そうとも言えず、またそっぽを向いた。
男同士で寝ているだけであって、別にやましい事はない。変に汗をかいている必要もないが、そう言った経験がない分あまりこうして人と眠った事もなかった為、義人は緊張していた。加えて、隣に寝ているのはあの藤崎だ。先程までしていた話の事もあり、妙に相手の息遣いに聞き耳を立ててしまう。

「佐藤くん」
「、、何だよ」

互いに背中を向け合ったまま、窓側にいる藤崎は窓に声をかけるように喋り、義人は逆にドア側にある棚の方に向かって喋りかけている。

「彼女さんのこと、好き?」

藤崎は、ほんの少しある胸のわだかまりで目が冴えていた。

「え?、、あー、うん」

何故か少し義人は答えを迷ってしまった。
好き。
自分の中にあるその感情が本物なのかどうかが、義人はたまに不安になるときがある。

「へえ、、いいね、お幸せ」

女子達の話し声はとっくに聞こえなくなっていた。先程誰かがトイレに行く足音がしたけれど、それも20分程前の事だ。

「お前だって、またすぐできるだろ」

寝室はカーテン越しにほんのり月明かりが差し込んでいる。電気は完全に消していたが、目が慣れてやっとその光を感じられるようになった為、お互いどこを向いているかなどはぼんやりと確認することができた。

「できないよ」
「はあ?」

モテるくせに何を言っているのか。
心の中でそう想ったものの、何故か真剣な声に聞こえた「できないよ」が、義人の頭の中で何回か再生される。寂しそうなぼやきにも思えた。

「、、、好きな子ができて別れたんだろ?」

寝室の出入り口の直ぐ横にある棚の上には、実家で飼っているのか、茶トラと真っ黒な猫の写真が数枚と、寝の体勢に入る前に設定された目覚まし時計が置かれている。

「そうだよ」
「弥生、さん?よりもいいなって思った?」

義人にはよく分からない。付き合っている子よりもあの子がいいだとか、そういう考えが。経験が少ないという事もあるかもしれない。
誰かが誰かよりも女性として優れている。愛しいと感じる。それはどう言うものだろう。
これまで一緒にいた人と離れ、応えてくれるかも分からない人を求める。何か物凄いものに、突き動かされるような感覚だろうか。逆らえない何かに。

「そう」

さらりと答えられた。

「、、どんな子?」
「んー、まだ良く分からない」
「え?」

ぐるり。何の気なしに仰向けになって、視線だけを藤崎へ向けた。背中。無駄な肉のない、義人からしても大きく見える筋肉質な作りをしている。

「一緒のクラス?」
「さあ」
「お前なあ、そこまで喋んなら教えろよ」
「いやだよ」
「じゃあヒント」
「いやだって」
「つまんな」

義人は振り向かない背中を睨んでやった。
藤崎は、当の本人にドカドカと質問をされて少し戸惑っている。それと同時に嬉しさがあった。
彼女のいる義人を好きになった。正直、奪う気満々であり、彼の彼女には申し訳なく思うが引くわけにもいかない。
こんなに胸が高鳴るのは初めてで、やっと本当の意味で人を好きになる、が分かりそうだった。
義人を求める気持ちを、熱を、止めたくはない。けれどやはり義人からすれば藤崎が自分の事をそう言う目で見ているとは想像すらできないだろう。彼女である麻子の話を聞くのは少し嫌だが、同時に義人が彼女に絆され切っているのかを知りたくもある。自分が入る隙があるのかどうかを計りたかった。
こうして聞き返されてしまうと、何と応えたらいいのかがよく分からないが、興味を持たれている事実は喜ばしい。

「、、、というか、戸惑ってる」

今までならここで、「君が好きだよ」と簡単に言えてしまう。けれど今は違う。
女の子のように言い寄ってこない義人。女の子のように気軽に口説けない義人。藤崎は今の自分の勝手が分からず、下手にから回ると止められなくなり、つい彼をからかってしまう。それで出会い頭から嫌われてしまった。
藤崎にとってこの恋は、彼の人生で初めて全くうまく進まない恋だった。

「え?」

義人の異常な警戒心の高さや卑屈さ、慎重さは、藤崎にとって今まで口説いたことのない人間の性格をしている。だからか、どうしても好きになって欲しいが、どうやって好きになってもらうかが分からないでいる面もある。

「ここまで好きになった子、いないから。対処に困って、あんまり相談もできない」

滝野以外の人間に、義人のことを話した事はない。義人にとって意外な答えが返ってきたが、それは本当らしく、少し余裕のない藤崎の声色と丸まったように見えた背中に切なく視線を置いた。

(そんなに人を好きになれるんだ、こいつは)

それを知ったら自分も、何か変われるのだろうか。狂おしい程に誰かを求めて心を痛めたりするのだろうか。
「ときめき」と言うものを義人は味わったことがなかったが、今の藤崎の声や発言からは、苦しい程に高鳴る彼の恋のときめきが感じてとれた。

「は、8人と付き合ったヤツでも、そういうこと言うんだな」

自分のしている恋愛が、果たして正解なのかが分からなくなった義人は誤魔化すように言った。
藤崎がしているのが「恋」なのは理解できる。何故だかこいつはきっと本物の「恋」をしているのだと信じられた。では、いつもどこか他人事のように思えてしまう、明らかに恋人への熱量が周りよりも足りない自分の今している事は、何なのだろうか。

「、、、」
「、、藤崎?」

問いかけに答えが返ってこない。
藤崎は、やたらと静かになってしまっていた。

「え、おい。寝た?」

身を起こしてそちらを覗き込む。
ミルクティベージュの前髪に隠れて目元は良く見えない。もしかして、先程の発言で気分を悪くしてしまったのか?、と義人は恐る恐る、寝ているのか不機嫌で黙っているのかを探るために右手を伸ばした。

(藤崎は悩んでるのに、馬鹿にしたような言い方したから、、?)
「ちょ、なあ、」

藤崎の左肩に伸びる手。

ブーッブーッブーッ!

「えっ?」

しかしその手が触れるほんの少し前に、義人のスマホが震えた。寝室に響く突然の振動に驚いて、急いで枕元にあるスマホに触れる。
電話がかかってきていた。

「はい、もしもし」

ディスプレイに表示された文字を確認してから、小声なら平気かと、一瞬藤崎の方へ視線を寄越してから通話ボタンを押した。

《義人?》

声の主は麻子だった。

「なに?」
《メール送っても返事来ないから》
「え?あ、ごめん。全然ケータイ見てなかった」
《何で小声?》
「友達ん家に泊まってて、もう皆寝てるから」

そう言うと、受話器の向こうで「ふーん」と少し不機嫌な対応。
最後に携帯を見たのはいつだったか思い出す。まだみんなでリビングにいるときだ。
これはまた喧嘩になると予想できる展開に、襲ってきている眠気を堪えてまず謝罪をしてしまおうと頭に浮かぶ。

「ごめんね。メールの内容何だった?」
《日曜日空いたから、会えないかなって》

淡々とした声。

「日曜?」
《まさか学校行く?そんなに課題忙しいの?》
「いや、まあ、、、うーん。流石に大丈夫だと思う」

進行状況は悪くない。これまで数日、休みの日も時間を決めて集まったりしていた分は余裕が出てきている筈だ。だが、真面目な入山のことを考えると日曜日も学校に集合と言われるような気がしない訳でもない。そうなったら、義人としては漏れずに作業に参加したかった。

「ドタキャンしたら悪いんだけど、多分大丈夫」
《えー、、1人ぐらい休んだっていいでしょ》
「怒んなよ。大丈夫だから」
《だって全然会ってないじゃん》
「俺も会いたいけど、課題なんだって。しかもグループだし、」
《だから1人ぐらいいなくたって支障ないでしょ?ちゃんとやってれば》
「いや、だから、一生懸命やってるからこそ、」

(あー、ダメだ喧嘩になりそう)

何を言い返そう。
どうすれば彼女は怒らないだろうか。気持ちよく過ごしたいと言うよりも、義人はこうやって自分と近しい人と何か言い合う事は面倒で苦手だった。藤崎を起こしかねない状況に、早く通話を切りたくもある。明日話し合うのでは駄目なのだろうか。

「うーんと、」

電話の向こうには、明らかに不機嫌な雰囲気がある。楽しかった今日1日の終わりがこれか、と何処か他人事のような事を考えた。

「ん」
「え?」

耳元で、漏れるような吐息。
いつの間にか離れていた筈の体温がすぐそこにある。

《え?》
「あ、いや、え?藤崎、ちょっ、!」

暗闇の中に見える表情は眠そうだった。
藤崎の手が義人に伸び、右手に持っていた携帯電話を奪い取っていく。

「起こした?ごめんすぐ終わるから、」
「んー、、、もしもーし、ごめんねー、寝たいし、うるさいし、切るねー」
「え!?」

麻子の声がする。
携帯と義人の距離が遠すぎて、何と言っているかまでは聞き取れなかった。
そして藤崎は眩しそうに義人の携帯の画面を見ると断りもなく通話終了のボタンを押した。ピポポポン、と音がして通話が終わる。

「藤崎おまえっ、て、わっ」

何も言わずに藤崎の体温が義人にのしかかり、体の硬さや重みがじわじわと伝わってくる。覆い被さられているのだと気がついた瞬間、ビクン、と義人の身体が揺れた。

「え、なに、なに?!」

眠くて高くなった体温は洋服越しにも分かる程暖かく、穏やかな呼吸すらすぐそこにある。
ブワッ、と顔が熱くなり、やたらと近い距離にドクドクと心臓がうるさくなってきた。

(いやだ、無理無理無理、何だよこれ!!)

「こっちに置くだけ」

眠そうに、吐息混じりにそう言われた。

「あ、、え、電話」
「切った」

2人の間ではなく義人が寝ている側のベッドの端、先程まで義人が置いていた位置に、ポス、と携帯電話が戻される。

「何で切るんだよ!まだ喋って、」
「うるさくて寝れないよ」

顔の横に手をついて、グッと義人を真上から見下ろす藤崎。暗闇でも、その妙に整った顔はよく見え、底知れない瞳の深さにグッと手を握りしめる。何かされる訳でもないと分かりつつ、緊張していた。

「もう寝ようよ。疲れた」

不機嫌。明らかにそんな声色だった。
義人の上から退くと、藤崎はまた元の体勢、窓の方を向いて寝始める。

「、、、っ、」

ドッドッドッと心臓が全身に血液を回し、義人の体は火照ったように暖かくなっていた。
誤魔化すようにそっと携帯電話を取り、恐らく自分からの電話を待っているだろう麻子に謝罪の連絡を素早く送る。確かに、まったく携帯電話を見ていなかった義人自身も悪いのだ。
打ち終わるとまた仰向けになり、枕元に携帯電話を置き直す。今度は電話がかかってきても鳴らないように設定しておいた。
チラリと、藤崎の方を見て耳を澄ませると、規則正しい寝息と棚の時計の秒針が揺れ動く音が聞こえた。

「、、、変なヤツ」

先程の体温を思い出し、また胸が騒ぎ始める前に義人はギュッと目を閉じる。今度はまぶたを閉じた暗闇の中に一瞬だけ、先程見下ろして来た藤崎の顔が思い出された。

「、、忘れよ」

見下ろされた時、何故ギクリと聞こえそうな程に緊張した自分がいたのか。考えるのも疲れた。びっくりしただけだと言い聞かせてフッと体から力を抜いた。




30分程経っただろうか。ゆっくりとした寝息が聞こえ始め、藤崎は相手が起きないように慎重に振り返る。

「、、、」

綺麗な寝顔が視界に入る。仰向けになって寝ている義人の胸は穏やかに上下していた。

「俺もバカだなぁ」

一瞬うたた寝した瞬間、突然聞こえてきた義人の声は誰かと電話しているものだった。自分を起こさないよう小声で喋る気遣いを嬉しく思う反面、こんな夜中にかかってくる電話と言ったら相手は彼の恋人だろう、とぼんやり嫌な感覚が胸を襲った。

『怒んなよ』

そんな優しいなだめ方と、いつも自分と言い合いをしているときの義人とは違う声に、嫌な感覚は大きくなった。そんなに優しい言い方を、自分の好きな人は他の誰かにしてしまう。そう言う関係性であったとしても、それを藤崎が理解できていても、どうしても悔しくなった。同時に、腹が立ってしまった。
寝ぼけているフリをして奪った義人の携帯電話の画面には、やはり「麻子」と表示されていて、藤崎は感情のままに通話を切った。

『義人きいてる!?』

最後に携帯から聞こえた声は、怒りに満ちた高くて綺麗な声をしていた。
佐藤義人の恋人、「麻子」とだけ聞いたことがあるその女性は気の強い印象を受ける。聞いていた通話の内容も義人が謝ってばかりだった。

「俺だったらもっと大事にするのに」

君の話を聞くし、色んな状況を分かり合って、分かち合って一緒に進もうと言えるのに。
それでも、義人が自分に靡いている風に見えたことは一度もなかった。まだまだ、彼を藤崎の恋に引き込むには時間がかかる。

「佐藤くん」

初めの頃とは違い、義人が自分に少しずつ興味を持ってきてくれていることは伺える。一進一退で、それを感じる日には必ず彼の恋人の影がちらつく。藤崎は今までにそう言った経験があまりなかった。いつでも、好きになった人間の1番近くには自分がいると言う確信を持てていた。だからこそ付き合えてきたのに、今はその確信が微塵も感じられない。

「対処に困ってるって、言ったじゃん」

小さな声で義人に呼びかける。もちろん答えは返ってこないまま、先程のように義人の顔の横に手をついて、グッと体を起こす。

「俺、君相手だと余裕がないんだ」

見下ろした顔は目を閉じていて、まつ毛が長く美しい。閉じられた唇は自分のものよりも少しぷっくりしている。

「、、、別れろよ」

収まらない虚無感に襲われて、八つ当たりとばかりに口づけた。

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