僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第9話「人間の病」

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荘次郎がテキトーに開いたメッセージは、Oと言う登録名の32歳のサラリーマンとのやりとりだった。

ミミ[会いたいなあ~!Oさんは都内住みなんだよねー?]
O[そうだよ。今度の休みにレストランに行かない?いいお店予約するよ!]

ご丁寧に可愛らしい絵文字まで使い、泰清はアプリの中では完全に「ミミちゃん」になりきっている。
相手の男から多種多様なハートマークを送られており、Oにしろ泰清にしろ何とも趣味が悪かった。

「へえ。これも行くって返事するの?」
「するする!そいつのSNS見たら、めちゃくちゃ男アイドルとか叩いてんだわ。めっちゃキモかった」
「ふうん。この人が提案してるお店、麻布とか恵比寿の店ばっかだよ。銀座もある。すごいねー、仕事何してんの?」
「忘れた。でも金余ってるらしいよ。ミミちゃんには結婚したらすぐ仕事辞めて家庭に入って欲しいんだって。どうなるか楽しみだなあ。予約した店に一向に女が来なくて、結局2人分飯食べたりしてな!!」
「ふふ。お前、性格悪いなあ」

未だにテーブルに胸から上を乗せて項垂れている芽依の上で、2人は顔を見合わせてケタケタと悪びれて笑っている。
VIPルームには香水のような強い人工的な「いい匂い」がふわふわと漂っていて、初めに店に入ったときは頭がクラクラしたが、今はもう慣れて匂いが分からなくなっていた。
こんな事をして本当に何になるのか、と考えながらも、芽依もとうとう泰清の携帯電話の画面を触り、色んな人間とのメッセージのやり取りを眺め始めてしまった。

(うわ、泰清の悪口吹き込んでる奴もいる、、芸能人も大変なんだっつーの。表に出さないだけで苦労してるやつも多いのに、、ん?)

「あ、メイ、それは」

ケンスケ、と言う23歳の若い男とのやりとりが目についた。

「何だこれ!!俺の悪口じゃねえかよ!!」
「わあ、びっくりした」
「あー、、だから見るなってそいつのは、もう切ったやつだし」

たまたま見つけてしまったケンスケとミミちゃんのやりとりには、泰清の悪口から始まり、話が逸れ始めて「竹内メイはもう終わりだと思う」などと言うメッセージが来ていた。
泰清の手から携帯電話を奪い取り、飛び起きて立ち上がった芽依は立ったままそのやりとりを読み始めた。

「なんっだこれ、、な、!!」

物凄い速さで芽依の目が文章を追っていく。

ケンスケ[ドラマで見たときから思ってたけど、正直あんまり格好良くなくない?ああ言うのがタイプだったりする?趣味悪いよ~??それに男は見た目じゃないんだよ]
ケンスケ[あれ?図星?人の中身見ないとかどうかと思う。俺の友達に竹内メイの友達いるんだけど、あいつめちゃくちゃ性格悪いって言ってたよ?中学のときに同級生の女の子を妊娠させたとか言う噂もあるし]
ケンスケ[怒ったの~?返事ちょうだいよ~!ヒマだよ~!]

「こいつプロフに好きなタイプ・菊田美寿って書いてあんじゃん!!性格クソ悪い枕営業アイドルだぞ!!何が見た目じゃないんだよ!!友達って誰だ!!妊娠させたことねえよ!!知らねえぞ俺は!!」
「おーちついてーメーイ」

どうどう、と荘次郎が芽依の背中に手を伸ばして叩くが、興奮した彼は歯軋りしながら顔を歪めて画面を睨み、更に他の人間達とのメッセージにも目を通している。

(エゴサ始めると止まらなくなるタイプだもんね、メイ、、)

呆れた荘次郎は芽依を止める事を諦め、またカクテルを飲んでソファの背もたれに寄り掛かると、テーブルに置いていた箱からタバコを取り出して口に咥え、先端に火をつけた。

「メーイー、やめろって。もういいって、な?ごめんごめん、俺が悪かっ」
「俺もやる、これ」
「え?」

泰清が目を見開く。
芽依のひと言は予想できていなかったらしく、荘次郎もタバコを咥えたまま目を丸くして彼の背中を見上げた。

「あ、、いや、まあ最初から一緒にやろうぜって進めようとはしてたんだけど、マジで?」
「やる」

苛立った芽依は目元をひくつかせながら泰清を見下ろし、低い声で返事を返した。

(頑張ってんのに俺ばっかりこんなこと言われるのはマジで許せねえ!!表舞台に出る勇気もないくせに、人の悪口ばっかズラズラ並べやがって!)

普段、もう少し余裕があれば彼自身こんな事をしようとは思わなかった。
しかし、スキャンダル後にやっと取って来てもらえたドラマの仕事ですら周りに迷惑をかけ続け、現場で怒られ続け、影では「ほら、あのグラドルに裏切られた可哀想な俳優」「一緒にアイドル活動してた相方にも捨てられたんでしょ?」とたびたびコソコソ話しをされている。
もう何も楽しくなかった。

(俺はこいつらの悪口言ってないっつうの!!)

そう言う仕事を選んだのだから仕方がないのは重々理解している筈なのに、このときの芽依は自分を止められなかった。
広く知られているかいないかの違いであって、同じように仕事をして飯を食っている人間同士の筈なのに。
彼ら一般人は自分に注目されない事を良い事に、こうやって芸能人を蔑んでくる。

何もいい事がなかった。

別れた彼女は結局、小さくて力のなかった元の事務所を辞め、どう言うツテが出来ていたのか知らないが、大きくて力の強い別の事務所に入り直し、最近はCMにも出始めている。

(俺ばっかり、、!!)

思い込み、被害妄想、客観視の欠落。
余裕のない芽依は何も考えず、怒り、焦り、悲しみを募らせ続け、いつからか自分を病気にしてしまっていた。

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