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二人の予想外の言葉
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「さすがに何の詫びも受け入れないというのはガーネット家にとって不名誉なことだと公爵様がおっしゃったので、それならばとお金ではなく物で頂くことにいたしましたの」
「その、物とは……いったいなに?」
イザベラが息をのむように喉を鳴らす。セシリアはそれに応えるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「お義母様が先代様との思い出の場所とおっしゃった、あの別荘です。あれを私名義にしていただくことになっております。そして名義の変更が完了しましたら、お義母様にはそこに住んでいただきたいのです」
「えっ………!?」
予想だにしなかったその提案に、イザベラは驚きのあまりただ唖然とするばかりだった。
「どうして……なぜ、貴女がそんなことを?」
セシリアと親しくなったのは確かだ。いろいろあって距離も縮まった。
でも、彼女にここまで尽くされるようなことをした覚えはない。
「そうですね……。強いて申し上げれば、領地復興の手助けをしていただいたことと……あの夜のお礼でしょうか」
「あの夜……? それって、結婚式の日のこと?」
「はい。邸の者すべてが私をどうでもいい存在として扱い無視していたあの夜に、お義母様ひとりだけが私を案じてくださいました。そのことが、どれだけ私の心を救ったか……」
あの時も、あの後も、セシリアはまるで何も気にしていないかのように振る舞っていた。
だが、俯いたその顔を見てイザベラは彼女が実は悲しい思いをしていたのかもしれないと気づく。
「平常心を保ってはいたものの、やはりどこかで不安を感じてはいたのです。エリオット様が来ない理由も分かりませんし、あのまま朝を迎えたとしたらやはり惨めで悲しくなったと思います。それに怒りでエリオット様お呼び邸の使用人全員を再起不能にしてしまったかもしれませんし……」
あのとき声をかけておいて本当によかったーと、イザベラは胸の奥で強くそう思った。
悪女ぶって格好つけた態度で寒い台詞を吐いてしまったという彼女の中では黒歴史となりつつある思い出だが、結果的にガーネット侯爵家が物理的に再起不能になるのを防ぎ、なおかつセシリアの心を守ったことになった。
心中を明かすにはあまりに場の空気が重すぎる。イザベラは努めて神妙な表情を作り、そっとセシリアに視線を向けた。
「私はいつか必ずあの時お義母様から受けた恩に報いると、心に誓っておりましたの。貴女が私を救ってくれたように、私もいつか必ず貴女を助けてみせると」
「セシリア……。貴女のその気持ち、とても嬉しく思うわ。ただ、それでは価値が釣り合わないわよ。あの夜のわたくしの行動も、領地の復興の手助けも、別荘を貰えるほど価値あるものとは思えない。それに領地の復興は先代の妻として当然の責務よ。貴女が必要以上に恩を感じる必要などないわ」
「いいえ、そのようにおっしゃらないでください。私にとっては別荘を差し上げるに値するほど価値のある行動です。それに、もとはといえばあの別荘は本来はお義母様の物だったはず。ならばこれは正当な権利者の元に戻す行為です。お義母様が遠慮なさる必要がどこにありましょうか」
「それは……そうだけど、でも……」
「どうか受け取ってください、お義母様。それに……お義母様がそこに住まわれれば、離婚後もいつでも遊びにいけるでしょう? 流石にガーネット侯爵邸に住まわれていたら遊びになどいけませんもの」
その言葉にイザベラは一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を緩め、ふふっと小さく笑った。
「まあ……ふふっ、貴女ったら離婚後もわたくしと縁を繋ぐおつもり?」
「ええ、勿論です。私がここまで心を許し、信頼できる友はお義母様……いえ、イザベラ様だけ。不用意に相手を信用すればたちまち足元を掬われるような、権謀術数の渦巻く社交界においてここまで気を許せる相手に巡り合えるのは奇跡に近いと思うのです。この家に嫁いでからはずっと嫌な想いばかりして、しなくともいい苦労ばかり。そんな中で唯一の幸運といえば貴女に出会えたこと。出来ればこの先もずっと、義母と嫁という関係でなくなった後も友人として付き合っていけたらどんなに嬉しいか……」
「セシリア……」
思いがけない言葉にイザベラは胸を打たれた。まさか、そこまで自分を想ってくれているとは――嬉しさに涙がこぼれそうになる。
「ありがとう、嬉しいわ……」
指で涙を拭うイザベラを見つめながらセシリアは静かに微笑んだ。
どこか優しい温もりが滲んでいる笑みにイザベラも自然と笑顔になる。
「セシリア、わたくしからもひとつ聞かせてちょうだい。貴女はエリオットと離婚した後、再婚はなさるの? ほら、あのカジノで会った、貴女が婚約するはずだった令息と……」
イザベラの質問にセシリアは一瞬虚を突かれたように目を見開いた。
しかし、その後そっと目を逸らして静かに口を開く
「いいえ、そのつもりはございません。私の都合で彼とお別れしたというのに、離婚したからと再び縁を繋ごうという勝手な真似など出来ません。……これ以上、彼を振り回したくないのです」
セシリアが悲しそうに眉を下げたのを見て、イザベラは彼女の心に未だあの令息が残っていると察した。
「そう……。でも、あの令息は今でもあなたのことを想っていらっしゃるみたいよ」
「……ッ! そんなことはありません……。彼より家を選んだ女のことを、まだ想っているはずないじゃありませんか……!」
いつも冷静で余裕を崩さないセシリアが声を荒げるなど見たことがない。
その動揺が、彼女の想いが今も途切れていないことを静かに物語っていた。
「いいえ、彼は今も貴女を忘れられずにいるそうよ。これは嘘や推測などではないわ。だって、本人の口から直接聞いたのだもの」
「えっ…………?」
イザベラの思いもよらぬ発言に、今度はセシリアが目を見開き言葉を失うのだった。
「その、物とは……いったいなに?」
イザベラが息をのむように喉を鳴らす。セシリアはそれに応えるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「お義母様が先代様との思い出の場所とおっしゃった、あの別荘です。あれを私名義にしていただくことになっております。そして名義の変更が完了しましたら、お義母様にはそこに住んでいただきたいのです」
「えっ………!?」
予想だにしなかったその提案に、イザベラは驚きのあまりただ唖然とするばかりだった。
「どうして……なぜ、貴女がそんなことを?」
セシリアと親しくなったのは確かだ。いろいろあって距離も縮まった。
でも、彼女にここまで尽くされるようなことをした覚えはない。
「そうですね……。強いて申し上げれば、領地復興の手助けをしていただいたことと……あの夜のお礼でしょうか」
「あの夜……? それって、結婚式の日のこと?」
「はい。邸の者すべてが私をどうでもいい存在として扱い無視していたあの夜に、お義母様ひとりだけが私を案じてくださいました。そのことが、どれだけ私の心を救ったか……」
あの時も、あの後も、セシリアはまるで何も気にしていないかのように振る舞っていた。
だが、俯いたその顔を見てイザベラは彼女が実は悲しい思いをしていたのかもしれないと気づく。
「平常心を保ってはいたものの、やはりどこかで不安を感じてはいたのです。エリオット様が来ない理由も分かりませんし、あのまま朝を迎えたとしたらやはり惨めで悲しくなったと思います。それに怒りでエリオット様お呼び邸の使用人全員を再起不能にしてしまったかもしれませんし……」
あのとき声をかけておいて本当によかったーと、イザベラは胸の奥で強くそう思った。
悪女ぶって格好つけた態度で寒い台詞を吐いてしまったという彼女の中では黒歴史となりつつある思い出だが、結果的にガーネット侯爵家が物理的に再起不能になるのを防ぎ、なおかつセシリアの心を守ったことになった。
心中を明かすにはあまりに場の空気が重すぎる。イザベラは努めて神妙な表情を作り、そっとセシリアに視線を向けた。
「私はいつか必ずあの時お義母様から受けた恩に報いると、心に誓っておりましたの。貴女が私を救ってくれたように、私もいつか必ず貴女を助けてみせると」
「セシリア……。貴女のその気持ち、とても嬉しく思うわ。ただ、それでは価値が釣り合わないわよ。あの夜のわたくしの行動も、領地の復興の手助けも、別荘を貰えるほど価値あるものとは思えない。それに領地の復興は先代の妻として当然の責務よ。貴女が必要以上に恩を感じる必要などないわ」
「いいえ、そのようにおっしゃらないでください。私にとっては別荘を差し上げるに値するほど価値のある行動です。それに、もとはといえばあの別荘は本来はお義母様の物だったはず。ならばこれは正当な権利者の元に戻す行為です。お義母様が遠慮なさる必要がどこにありましょうか」
「それは……そうだけど、でも……」
「どうか受け取ってください、お義母様。それに……お義母様がそこに住まわれれば、離婚後もいつでも遊びにいけるでしょう? 流石にガーネット侯爵邸に住まわれていたら遊びになどいけませんもの」
その言葉にイザベラは一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を緩め、ふふっと小さく笑った。
「まあ……ふふっ、貴女ったら離婚後もわたくしと縁を繋ぐおつもり?」
「ええ、勿論です。私がここまで心を許し、信頼できる友はお義母様……いえ、イザベラ様だけ。不用意に相手を信用すればたちまち足元を掬われるような、権謀術数の渦巻く社交界においてここまで気を許せる相手に巡り合えるのは奇跡に近いと思うのです。この家に嫁いでからはずっと嫌な想いばかりして、しなくともいい苦労ばかり。そんな中で唯一の幸運といえば貴女に出会えたこと。出来ればこの先もずっと、義母と嫁という関係でなくなった後も友人として付き合っていけたらどんなに嬉しいか……」
「セシリア……」
思いがけない言葉にイザベラは胸を打たれた。まさか、そこまで自分を想ってくれているとは――嬉しさに涙がこぼれそうになる。
「ありがとう、嬉しいわ……」
指で涙を拭うイザベラを見つめながらセシリアは静かに微笑んだ。
どこか優しい温もりが滲んでいる笑みにイザベラも自然と笑顔になる。
「セシリア、わたくしからもひとつ聞かせてちょうだい。貴女はエリオットと離婚した後、再婚はなさるの? ほら、あのカジノで会った、貴女が婚約するはずだった令息と……」
イザベラの質問にセシリアは一瞬虚を突かれたように目を見開いた。
しかし、その後そっと目を逸らして静かに口を開く
「いいえ、そのつもりはございません。私の都合で彼とお別れしたというのに、離婚したからと再び縁を繋ごうという勝手な真似など出来ません。……これ以上、彼を振り回したくないのです」
セシリアが悲しそうに眉を下げたのを見て、イザベラは彼女の心に未だあの令息が残っていると察した。
「そう……。でも、あの令息は今でもあなたのことを想っていらっしゃるみたいよ」
「……ッ! そんなことはありません……。彼より家を選んだ女のことを、まだ想っているはずないじゃありませんか……!」
いつも冷静で余裕を崩さないセシリアが声を荒げるなど見たことがない。
その動揺が、彼女の想いが今も途切れていないことを静かに物語っていた。
「いいえ、彼は今も貴女を忘れられずにいるそうよ。これは嘘や推測などではないわ。だって、本人の口から直接聞いたのだもの」
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