初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
99 / 165

二人の予想外の言葉

しおりを挟む
「さすがに何の詫びも受け入れないというのはガーネット家にとって不名誉なことだと公爵様がおっしゃったので、それならばとお金ではなく物で頂くことにいたしましたの」

「その、物とは……いったいなに?」

 イザベラが息をのむように喉を鳴らす。セシリアはそれに応えるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「お義母様が先代様との思い出の場所とおっしゃった、あの別荘です。あれを私名義にしていただくことになっております。そして名義の変更が完了しましたら、お義母様にはそこに住んでいただきたいのです」

「えっ………!?」

 予想だにしなかったその提案に、イザベラは驚きのあまりただ唖然とするばかりだった。

「どうして……なぜ、貴女がそんなことを?」

 セシリアと親しくなったのは確かだ。いろいろあって距離も縮まった。
 でも、彼女にここまで尽くされるようなことをした覚えはない。

「そうですね……。強いて申し上げれば、領地復興の手助けをしていただいたことと……あの夜のお礼でしょうか」

「あの夜……? それって、結婚式の日のこと?」

「はい。邸の者すべてが私をどうでもいい存在として扱い無視していたあの夜に、お義母様ひとりだけが私を案じてくださいました。そのことが、どれだけ私の心を救ったか……」

 あの時も、あの後も、セシリアはまるで何も気にしていないかのように振る舞っていた。
 だが、俯いたその顔を見てイザベラは彼女が実は悲しい思いをしていたのかもしれないと気づく。

「平常心を保ってはいたものの、やはりどこかで不安を感じてはいたのです。エリオット様が来ない理由も分かりませんし、あのまま朝を迎えたとしたらやはり惨めで悲しくなったと思います。それに怒りでエリオット様お呼び邸の使用人全員を再起不能にしてしまったかもしれませんし……」

 あのとき声をかけておいて本当によかったーと、イザベラは胸の奥で強くそう思った。
 悪女ぶって格好つけた態度で寒い台詞を吐いてしまったという彼女の中では黒歴史となりつつある思い出だが、結果的にガーネット侯爵家が物理的に再起不能になるのを防ぎ、なおかつセシリアの心を守ったことになった。
 
 心中を明かすにはあまりに場の空気が重すぎる。イザベラは努めて神妙な表情を作り、そっとセシリアに視線を向けた。

「私はいつか必ずあの時お義母様から受けた恩に報いると、心に誓っておりましたの。貴女が私を救ってくれたように、私もいつか必ず貴女を助けてみせると」

「セシリア……。貴女のその気持ち、とても嬉しく思うわ。ただ、それでは価値が釣り合わないわよ。あの夜のわたくしの行動も、領地の復興の手助けも、別荘を貰えるほど価値あるものとは思えない。それに領地の復興は先代の妻として当然の責務よ。貴女が必要以上に恩を感じる必要などないわ」

「いいえ、そのようにおっしゃらないでください。私にとっては別荘を差し上げるに値するほど価値のある行動です。それに、もとはといえばあの別荘は本来はお義母様の物だったはず。ならばこれは正当な権利者の元に戻す行為です。お義母様が遠慮なさる必要がどこにありましょうか」

「それは……そうだけど、でも……」

「どうか受け取ってください、お義母様。それに……お義母様がそこに住まわれれば、離婚後もいつでも遊びにいけるでしょう? 流石にガーネット侯爵邸に住まわれていたら遊びになどいけませんもの」

 その言葉にイザベラは一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を緩め、ふふっと小さく笑った。

「まあ……ふふっ、貴女ったら離婚後もわたくしと縁を繋ぐおつもり?」

「ええ、勿論です。私がここまで心を許し、信頼できる友はお義母様……いえ、イザベラ様だけ。不用意に相手を信用すればたちまち足元を掬われるような、権謀術数の渦巻く社交界においてここまで気を許せる相手に巡り合えるのは奇跡に近いと思うのです。この家に嫁いでからはずっと嫌な想いばかりして、しなくともいい苦労ばかり。そんな中で唯一の幸運といえば貴女に出会えたこと。出来ればこの先もずっと、義母と嫁という関係でなくなった後も友人として付き合っていけたらどんなに嬉しいか……」

「セシリア……」

 思いがけない言葉にイザベラは胸を打たれた。まさか、そこまで自分を想ってくれているとは――嬉しさに涙がこぼれそうになる。

「ありがとう、嬉しいわ……」

 指で涙を拭うイザベラを見つめながらセシリアは静かに微笑んだ。
 どこか優しい温もりが滲んでいる笑みにイザベラも自然と笑顔になる。

「セシリア、わたくしからもひとつ聞かせてちょうだい。貴女はエリオットと離婚した後、再婚はなさるの? ほら、あのカジノで会った、貴女が婚約するはずだった令息と……」

 イザベラの質問にセシリアは一瞬虚を突かれたように目を見開いた。
 しかし、その後そっと目を逸らして静かに口を開く

「いいえ、そのつもりはございません。私の都合で彼とお別れしたというのに、離婚したからと再び縁を繋ごうという勝手な真似など出来ません。……これ以上、彼を振り回したくないのです」

 セシリアが悲しそうに眉を下げたのを見て、イザベラは彼女の心に未だあの令息が残っていると察した。

「そう……。でも、あの令息は今でもあなたのことを想っていらっしゃるみたいよ」

「……ッ! そんなことはありません……。彼より家を選んだ女のことを、まだ想っているはずないじゃありませんか……!」

 いつも冷静で余裕を崩さないセシリアが声を荒げるなど見たことがない。
 その動揺が、彼女の想いが今も途切れていないことを静かに物語っていた。

「いいえ、彼は今も貴女を忘れられずにいるそうよ。これは嘘や推測などではないわ。だって、本人の口から直接聞いたのだもの」

「えっ…………?」

 イザベラの思いもよらぬ発言に、今度はセシリアが目を見開き言葉を失うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

処理中です...