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あの時の兵士
「それにしても災難でしたね。まさか嫁ぎ先のお屋敷が焼失するなんて……。わたくしもその報せを聞いた際には、あまりの出来事に言葉を失ったものです」
「お気遣いありがとうございます。確かに災難ではございましたが、屋敷のものを誰一人として失わずに済んでよかったと思っておりますの。伝統や思い入れのある品が灰となってしまったのは哀しいですが……人の命に勝るものはありませんので」
「ふふ、その通りですね」
華やかに微笑む王太子妃を前に、セシリアは緊張した面持ちで深く頭を下げた。
「殿下、あの時はご助力を賜り、心より感謝申し上げます。焼失したガーネット侯爵邸の跡地に現れた怪しい兵を巧みに対処してくださったこと、そしてオニキス子爵邸を調査してくださったこと、本当にありがたく思っております」
「あら、お礼を言うのはこちらですわ。あなたがこちらに送った兵士の証言と、オニキス子爵家の件があったからこそ王女を捕らえることが出来たのだもの」
あの事件の主犯である王女を捕らえた功労者は王太子妃とされ、社交界での評価は格段に上がっていた。
反面、国王に対する風当たりは強い。王女を留学として迎え入れたこと、そして王妃が催した馬鹿げた夜会の責任を問う声が強まっていた。
「……そのおかげで、”即位”の道のりが格段に近くなりましたもの」
目を細め、呟いた王太子妃の姿を見てセシリアは確信した。王が代わる時は近いのだと。
あの頼りない王太子が次代の王というのは不安しかないが、この賢く美しい人が国母となり、さらにはアレキサンドライト公爵家が支えるならその不安も払拭される。むしろ次代の王が公爵家の傀儡となってくれた方が国は平和だろう。どう考えてもあれでは暗愚にしかならなそうだし。
「そうそう、その兵士を他の兵たちに捕らえさせた時のあなたの口上は王宮でも有名なのですよ? あまりにも勇ましく、堂々としたお姿でいらしたと」
「え? まあ……いやですわ、恥ずかしい……」
「ご謙遜なさらないで。わたくしも兵士たちからあなたのご活躍を耳にした時、思わず惚れ惚れいたしましたのよ」
「活躍だなんて……そんな大したものではございません。周囲の兵を焚き付けて怪しい兵を捕縛させ、殿下へお任せしただけですのに……」
「それが最善で最短の方法ですよ。その兵を拷問……失礼、尋問したことによって、王女に命令されたとの証言を得たのですから」
今、可憐な王太子妃の口からは似つかわしくない乱暴な言葉が漏れたような気がした。
まあ、それは聞かなかったことにして、セシリアには彼女に尋ねたいことがあった。
「ときに殿下、その王女の命令を受けた兵士というのは王宮の兵だったのですよね? しかもどうやら隊長格だったようで、そのような者が何故他国の王女の命令を受けたのでしょうか……?」
ずっと不思議だったのだ。何故、我が国の兵士──しかも隊長格ほどの者が我が国では何の権限もない王女の命令に従ったのだろうかと。すると王太子妃は「ああ、あれは……」と顔を顰めながら話し始めた。
「我が王家の兵の恥を申すようで恐縮ですが、どうやらあの兵は王女に篭絡されたようでして……」
「え? 篭絡、とは……」
「どうやら王女は、あの兵士を色仕掛けで骨抜きにしたようです。他国の兵士を誘惑するなど汚らわしい……。まさか王族の姫君がそこまで身持ちが悪いとは思いませんでした。まるで娼婦ですわ」
心の底から嫌そうに顔を歪める王太子妃に少しだけ驚いた。淑女の鑑と謳われる彼女がここまで感情を表にしてしまうほど、王女の行動は嫌悪すべきものだったようだ。無理もない。世話になっている他国の王宮で兵士を誘惑し、自分の傀儡とするなどという倫理観のない行動をする姫など前代未聞だ。そういえば王太子も誘惑されていたようだし、あの王女は何しにこの国に来たのやら。勉学の為ではなく男を誘惑しに来たのか。
「それで何の根拠もないうえに、捕縛命令も下っていない状況で私を捕まえようとしたわけですか。越権行為に加えて、高位貴族に冤罪をかけるとは――なんとも愚かしい。色香に惑わされ、やっていい事と悪い事の区別もつかなくなってしまったようですね」
そもそもあの兵士の行動は変だ。王女の企みだとあの火災はセシリアを葬る目的でなされたものなのに、建物が完全に焼けた後で亡くなったであろうセシリアを実行犯として捕縛するなど不可能なはず。遺体に縄でもかける気だったのか。
それとも焼け落ちた建物の前でセシリアが実行犯だったと騒ぎ、死後の名誉までも落とすつもりだったのか。もしくは──生きていた場合、捕縛して連行するようにとでも命じたのか。いずれにしてもセシリアをとことん貶めてやろうという気概は感じる。
「その通りですわ。まったく、王家の名に泥を塗る愚かしい行為です。あのような愚か者は早々に処分いたしましたわ」
汚らわしい、とばかりに王太子妃は吐き捨てた。
「お気遣いありがとうございます。確かに災難ではございましたが、屋敷のものを誰一人として失わずに済んでよかったと思っておりますの。伝統や思い入れのある品が灰となってしまったのは哀しいですが……人の命に勝るものはありませんので」
「ふふ、その通りですね」
華やかに微笑む王太子妃を前に、セシリアは緊張した面持ちで深く頭を下げた。
「殿下、あの時はご助力を賜り、心より感謝申し上げます。焼失したガーネット侯爵邸の跡地に現れた怪しい兵を巧みに対処してくださったこと、そしてオニキス子爵邸を調査してくださったこと、本当にありがたく思っております」
「あら、お礼を言うのはこちらですわ。あなたがこちらに送った兵士の証言と、オニキス子爵家の件があったからこそ王女を捕らえることが出来たのだもの」
あの事件の主犯である王女を捕らえた功労者は王太子妃とされ、社交界での評価は格段に上がっていた。
反面、国王に対する風当たりは強い。王女を留学として迎え入れたこと、そして王妃が催した馬鹿げた夜会の責任を問う声が強まっていた。
「……そのおかげで、”即位”の道のりが格段に近くなりましたもの」
目を細め、呟いた王太子妃の姿を見てセシリアは確信した。王が代わる時は近いのだと。
あの頼りない王太子が次代の王というのは不安しかないが、この賢く美しい人が国母となり、さらにはアレキサンドライト公爵家が支えるならその不安も払拭される。むしろ次代の王が公爵家の傀儡となってくれた方が国は平和だろう。どう考えてもあれでは暗愚にしかならなそうだし。
「そうそう、その兵士を他の兵たちに捕らえさせた時のあなたの口上は王宮でも有名なのですよ? あまりにも勇ましく、堂々としたお姿でいらしたと」
「え? まあ……いやですわ、恥ずかしい……」
「ご謙遜なさらないで。わたくしも兵士たちからあなたのご活躍を耳にした時、思わず惚れ惚れいたしましたのよ」
「活躍だなんて……そんな大したものではございません。周囲の兵を焚き付けて怪しい兵を捕縛させ、殿下へお任せしただけですのに……」
「それが最善で最短の方法ですよ。その兵を拷問……失礼、尋問したことによって、王女に命令されたとの証言を得たのですから」
今、可憐な王太子妃の口からは似つかわしくない乱暴な言葉が漏れたような気がした。
まあ、それは聞かなかったことにして、セシリアには彼女に尋ねたいことがあった。
「ときに殿下、その王女の命令を受けた兵士というのは王宮の兵だったのですよね? しかもどうやら隊長格だったようで、そのような者が何故他国の王女の命令を受けたのでしょうか……?」
ずっと不思議だったのだ。何故、我が国の兵士──しかも隊長格ほどの者が我が国では何の権限もない王女の命令に従ったのだろうかと。すると王太子妃は「ああ、あれは……」と顔を顰めながら話し始めた。
「我が王家の兵の恥を申すようで恐縮ですが、どうやらあの兵は王女に篭絡されたようでして……」
「え? 篭絡、とは……」
「どうやら王女は、あの兵士を色仕掛けで骨抜きにしたようです。他国の兵士を誘惑するなど汚らわしい……。まさか王族の姫君がそこまで身持ちが悪いとは思いませんでした。まるで娼婦ですわ」
心の底から嫌そうに顔を歪める王太子妃に少しだけ驚いた。淑女の鑑と謳われる彼女がここまで感情を表にしてしまうほど、王女の行動は嫌悪すべきものだったようだ。無理もない。世話になっている他国の王宮で兵士を誘惑し、自分の傀儡とするなどという倫理観のない行動をする姫など前代未聞だ。そういえば王太子も誘惑されていたようだし、あの王女は何しにこの国に来たのやら。勉学の為ではなく男を誘惑しに来たのか。
「それで何の根拠もないうえに、捕縛命令も下っていない状況で私を捕まえようとしたわけですか。越権行為に加えて、高位貴族に冤罪をかけるとは――なんとも愚かしい。色香に惑わされ、やっていい事と悪い事の区別もつかなくなってしまったようですね」
そもそもあの兵士の行動は変だ。王女の企みだとあの火災はセシリアを葬る目的でなされたものなのに、建物が完全に焼けた後で亡くなったであろうセシリアを実行犯として捕縛するなど不可能なはず。遺体に縄でもかける気だったのか。
それとも焼け落ちた建物の前でセシリアが実行犯だったと騒ぎ、死後の名誉までも落とすつもりだったのか。もしくは──生きていた場合、捕縛して連行するようにとでも命じたのか。いずれにしてもセシリアをとことん貶めてやろうという気概は感じる。
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汚らわしい、とばかりに王太子妃は吐き捨てた。
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