初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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動じない嫁

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「何ですって……? それは本当なの……?」
 
 執事の発言に動揺したのは姑であるイザベラで、妻であるセシリアは一切動揺することなく「ふーん」とどうでもよさげに食後の紅茶を嗜んでいる。

「はい、旦那様ご本人がおっしゃっておりましたので、間違いはないかと」

「なんてこと……。初夜に他の女のもとに行くなんて……最低じゃないの! 信じられない……なんという下劣な行為を……」

 怒りでわなわなと震えるイザベラとは対照的にセシリアはメイドに紅茶のお代わりを頼んでいた。当事者にも関わらず呑気な態度を崩さない嫁にイザベラは「ちょっと!」と声を荒げる。

「なんでしょうか、お義母様?」

「なんでしょうか、じゃないわよ! あんたの旦那の不貞の話をしているのに、何でそんな呑気にお茶なんて飲んでいるのよ!?」

 セシリアは二杯目の紅茶を優雅に一口飲み、カップをソーサーに戻した。

「いや、筆舌に尽くしがたいほどの屑野郎と結婚してしまったな……とは思いましたし、そのまま腹上死でもすればいいのにな、とも思いましたよ?」

「平然な顔しておきながらすっごい事を考えているわね!? いや……うん、でも、そのくらい考えても許されるわ」

「そうでしょう? とは言いましても、このまま放置もいけませんねぇ……。この婚姻はガーネット閣下がお纏めになったものですし、野放しにしていたら閣下のお顔に泥を塗ることになります」

「ガーネット公爵? それって確かエリオットの伯父にあたる方よね?」

「ええ、そうです。閣下のご希望により私達の縁談は整いました。私は夫の義務すら果たす気のないゴミ屑野郎とはさっさと離婚しても良いのですけど……閣下のご意向を伺ってからでないと良くないですね」

 面倒ですね、と再び紅茶のカップを手に取った。

「それで? ゴミ屑野郎はいつ邸に戻る予定なの?」

「はい、奥様。ゴミ屑野郎は夜には邸に戻ってくる予定です」

 執事までもが主を“ゴミ屑野郎”と言い始めた。ちょっと前までは悪事を黙っておくほど忠誠を抱いていたはずなのに、今はその欠片もない。セシリアを絶対に逆らってはいけない相手と身をもって知った彼は無意識に服従することを選んだのだ。

「というわけで、お義母様。今夜は何処かへ遊びに行きましょう! 朝帰りしてもいいですね!」

「何でそんな結論に至るのよ!? 自分のことを蔑ろにした旦那に会いたくない気持ちは分かるけど……話し合った方がいいんじゃないの、あんた達?」

「お断りです。非常識な男と言葉を交わすなど、時間の無駄でしかありません。ゴミ屑野郎は初日に私の時間を無駄にしたのです。これ以上あの男の為に私の時間を無駄に浪費するなど御免ですわ!」

 正論を突きつけられたイザベラはそれ以上何も言えなかった。
 初日に花嫁に何も言わず勝手に外出し、来ない夫をいつまでも待ち続けるという無駄な時間を過ごさせたのはエリオットの方。それなのにセシリアに再びエリオットの為に時間を割けというのは理不尽である。

 それにしても……とイザベラはセシリアの潔さというか切り替えの早さにかなり驚いた。

 普通、夫に対して「どうしてこんなことをしたの!」と問い詰めたくなるものではないだろうか?

 それなのにセシリアは自分がどうしたいかを優先し、早々に夫を駄目な男と切り捨てた。驚くべき損切の速さだ。

 あちらがこちらと関係を築くつもりがないなら、こちらもあちらと関係を築くつもりはない。実にシンプルで潔い考えだと感心する。分かっていてもそう簡単に気持ちを切り替えられる者はそう多くない。

「さあさあ、お義母様、夜に備えて日中は休みましょう! 今夜も寝かせませんよ!」

「そういう誤解を招く発言はしないでちょうだい! 昨夜だって一晩中チェスやカードゲームをしていただけですからね! わたくしとあんたはそういう関係じゃありませんからね!」

 周囲に言い聞かせるようにイザベラはわざと声を張り上げた。
 そうでもしないとあらぬ誤解を招きそうだからだ。実際、セシリアの発言に使用人の何人かは瞳を輝かせてこちらを見ていた。

 それにしても、いつの間にか自然と今日もセシリアの遊び相手を務めることになっていることをイザベラは気づかない。むしろ心の中は「それで夫に蔑ろにされたこの子の気が晴れるなら……」と同情でいっぱいだった。
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