初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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浮気した男ってこういう態度に出るのね

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 本邸へ戻ったセシリアは、食事の時間だけはエリオットと共に過ごしていた。これは、エリオットにそう頼まれたため、仕方なく応じたのだった。契約書に食事は別にとると明記しているわけでもないので、嫌だが仕方なく共にしている。

 しかし、ここ最近はそう嫌でもなくなってきた。なぜなら、夫の心境の変化が目に見えてわかるのが面白いからだ。

「………………」

「………………」

 互いに無言のまま食事を進めるのはいつも通りだが、最近のエリオットはどこか落ち着かない様子でいつもそわそわしている。視線は行き場をなくして泳ぎ、出された紅茶には一度も口をつけず、指先はカップの縁を無意味になぞる。膝が微かに揺れ、かすかな靴音が絨毯に吸い込まれていた。

「……エリオット様、最近ずいぶんとお忙しいようですね」

「……ッ!? あ、ああ、ちょっと……仕事が立て込んでいて」

 冷たい態度の妻が珍しく声をかけてきたことに対してか、それとも自分のやましい部分を指摘されたと思ったからか、エリオットの声がわずかに上ずる。その瞬間を見たセシリアは吹き出しそうになった。

 彼からふんわりと香水の香りが漂う。若くて、甘く、軽い香り――その違和感は、彼のそわそわとした挙動にぴったりと重なる。

「ふぅん……。あなたから、見知らぬ香りがするのは"仕事"のせいでしょうか? これは、最近若い令嬢の間で流行っている香水ですね」

 セシリアの思いがけない言葉に、エリオットは驚いて手にしていたカトラリーを思わず落とした。
 指先を震わせ、顔を青くしながら「な、なにを言って……」と告げる。その額にはかすかな汗の光が浮かんでいた。

 分かり易いにも程がある。そんな態度、何かやましいことをしていますと自供しているものじゃないか。
 セシリアは必死に笑いをこらえながら顔を逸らした。見ていると面白くて吹き出してしまいそうだ。

「……いえ、ただ……殿方がつけるにしては、甘すぎる香りだなと思ったまでです」

「…………ッ!!」

 それを言った途端、エリオットの視線が宙を泳ぎ、やがて食卓の何物にも焦点を結ばなくなる。

 彼は椅子を乱暴に引き、立ち上がった。背筋を伸ばす余裕もないまま、手袋も、ナプキンも、何もかも忘れて。ただ、追いつかれぬようにする逃亡者のように。

 椅子が床をこすり、不協和音を奏でる。彼は一度だけセシリアのほうを見た。だがその眼差しには、言い訳でも、怒りでもなく――ただ、ひたすら「不味さ」への嫌悪があった。食事の味ではない。状況そのものの、苦々しい味わいに。

「……失礼」

 かすれた声でそれだけを残し、エリオットは食堂を後にした。
 扉が閉まると、セシリアはそっとワイングラスを口元に運び、微笑んだ。

 ロベールからの報告で、二人の関係が急に深まったことは把握していた。
 エリオットの衣服にキャサリンの香水の香りが残っていたことで、それが一気に現実味を帯び、生々しく感じられた。

(それでいいのよ。だって、元々は結ばれるはずの二人だったのだもの。馬鹿な劣等感を拗らせなければ、最初からガーネット侯爵夫人となっていたのはキャサリン様だった。ほんとうに……余計なことさえしなければ、私が嫌な思いをせずにすんだし、無駄な苦労をしなくてすんだのに……)

 そう考えると余計な真似をして事態を拗れさせ、関係ないはずの自分を巻き込んだキャサリンに腹が立ってくる。
 元から腹立たしい思いを抱えていたセシリアは、さらに苛立ちを募らせ、グラスをドンと音を立ててテーブルに置いた。

「奥様!?」

「失礼、お代わりをちょうだい」

 セシリアがグラスをテーブルに叩きつけた音に、メイドは思わず肩をすくめた。不機嫌なのを悟り、彼女はおそるおそるワインを注ぐ。
 グラスに満たされたワインを一気に煽り、セシリアは改めて、この結婚がただの時間の浪費だと感じた。

(この結婚で良かったことは、お義母様に会えたことだけね……)

 この無意味な結婚で唯一得たものは、義理の母であるイザベラと知り合えたことに他ならない。
 こんなキッカケでもなければきっと出会わなかったであろう人。彼女との出会いは不幸でしかない結婚生活での唯一の喜びだった。

 エリオットとの離婚成立後も、彼女との親交は深めていきたいと思っている。
 自分が去った後の邸でキャサリンがイザベラに何か余計なことを言わないとも限らないから、やはり彼女には先代が遺した別荘に移住してもらったほうがよいかもしれない。
 優しい彼女がエリオットと遺産について再度争う事を好まないのから、自分が代わりに弁護士を派遣するなりしてもかまわないとセシリアは考えた。離婚の後に自分が案じているのは、ただイザベラのことだけ――それだけなのだ。
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