25 / 64
針の筵のような茶会
温室の中庭には午後の柔らかな光が満ちている。
白いテーブルの周りには豪奢なドレスを身に纏った貴婦人たちが集まり、ゆったりと紅茶を楽しんでいた。
その輪の中でベネディクト伯爵夫人エリザベートは緊張した面持ちで座っている。
本人は優雅に振る舞っているつもりなのだろうがその所作はどこかぎこちなく、周囲の貴婦人たちは失笑を誘っていた。
というのも、この茶会に招かれているのはいずれも伯爵家以上の家柄の夫人や令嬢ばかりだからである。
身分の高い貴婦人ほど礼儀作法には厳しい。自らにも、そして他者にも容赦なく。
そんな中、伯爵夫人という地位を得ながらも所作に優雅さを欠くエリザベートに向けられる視線が厳しくなるのは当然のことだった。
そんな空気の中、一人の貴婦人がひそやかに嘲笑を浮かべ、そっとエリザベートに話題を振った。
「ベネディクト伯爵夫人、新しいお屋敷での暮らしはいかがです?」
声は柔らかく、誰が聞いても親切な気遣いにしか聞こえない。
けれど、周囲の貴婦人たちの視線が好奇心を帯びてわずかにエリザベートへと集まる。
「え、ええ……とても快適に過ごしておりますわ」
ぎこちなく答えるエリザベートに貴婦人は「まあ、それは結構ですこと」と返し、紅茶のカップに砂糖を一つ落とした。
「ただ、あのお屋敷は歴史ある名家でしょう? 代々の方々の習わしも多いと聞きますの。慣れるまで少し大変なのではなくて?」
砂糖が溶けた紅茶を優雅に口に運びつつ、貴婦人は再度質問を投げかける。
すると、向かいに座る別の貴婦人がくすりと笑いながら話に混ざった。
「そうですわね。使用人の数も多いでしょうし。すべてを把握するのは、最初は戸惑われる方も多いとか……」
わずかに意味ありげな笑みを浮かべ、二人はエリザベートに目を向ける。
「そういうお家に嫁ぐには相応のご苦労もあるのでしょうね」
「ええ。新しい家に馴染むのは、どなたでも簡単ではありませんもの」
「まあ、でも伯爵様はとても寛大なお方だとか」
エリザベートに問いを向けておきながら返答を待つこともなく、二人だけで会話しているかのように話を続ける。
いつの間にか、周囲からくすくすと忍び笑う声が漏れ始めた。
「未亡人でも、前の夫の子がいても、気にされないなんて」
「本当にお優しい方ですこと」
さすがのエリザベートも嫌味だと分かっていたが、「主人はとても理解のある方ですわ」と答えるしかなかった。
それ以外に反論する言葉が見つからなかったからだ。
だが、それは悪手でしかない。海千山千の貴婦人たちにとって、その程度の反論など揚げ足を取る材料に過ぎない。
「でしょうね」
「そうでなければ、あの名門の家に男爵家の方が嫁ぐなんて……」
あからさまに蔑んだ表情を浮かべる二人の貴婦人を見て、エリザベートの頬がカッと熱くなる。
怒りと恥辱が頭を支配し、衝動に駆られて怒鳴りつけたくなる。しかし、そんな真似をすれば逆効果なことくらいは分かっているので、なけなしの理性でぐっと抑えた。
貴婦人たちはそんなエリザベートの姿を目にし、扇子を口元に当ててくすりと笑った。
「それにしても、伯爵様ほどのお方でしたら初婚の若い令嬢などいくらでもお選びになれたでしょうに」
「本当に。あの御方、社交界でも大層人気がおありですもの」
テーブルの周りで控えめな笑いが起こる。
エリザベートは怒りに身を震わせながら必死に耐えるように俯いた。
絞り出すような声で「それでも、私を選んでくださいました」と、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。
「ええ、そうですわね」
同じテーブルの貴婦人が同意とも取れぬ曖昧な口調でそう返した。
扇子で隠された口元にはエリザベートを嘲るような笑みが浮かんでいる。
そうしているうちに別の夫人が「それにしても」と話題を変えるように呟いた。
「前のご主人とのお嬢様、最近お見かけしませんわね」
その言葉にエリザベートの肩がわずかに震えた。先ほどまで支配していた怒りはすっと消え、焦燥感が満ちる。
前の夫との子──エセルは先日家を出て修道院に行ってしまった。その事実はまだ外に漏れていないはず、と自分に言い聞かせながらも動揺は止まらない。
「え、ええ……部屋で本ばかり読んでおりますの。外に出るのが好きではない子なので……」
必死に作り上げた嘘を声を震わせながら口に出す。
そんなエリザベートの反応はそれだけで何かあることを物語っている。
貴婦人たちは顔を見合わせてわざとらしく「まあ、そうなの」と驚く。
まるで針の上に座っているかのような居心地の悪いお茶会。
エリザベートは耐えるように俯き、心の中で逃げ出したい衝動と戦った。
白いテーブルの周りには豪奢なドレスを身に纏った貴婦人たちが集まり、ゆったりと紅茶を楽しんでいた。
その輪の中でベネディクト伯爵夫人エリザベートは緊張した面持ちで座っている。
本人は優雅に振る舞っているつもりなのだろうがその所作はどこかぎこちなく、周囲の貴婦人たちは失笑を誘っていた。
というのも、この茶会に招かれているのはいずれも伯爵家以上の家柄の夫人や令嬢ばかりだからである。
身分の高い貴婦人ほど礼儀作法には厳しい。自らにも、そして他者にも容赦なく。
そんな中、伯爵夫人という地位を得ながらも所作に優雅さを欠くエリザベートに向けられる視線が厳しくなるのは当然のことだった。
そんな空気の中、一人の貴婦人がひそやかに嘲笑を浮かべ、そっとエリザベートに話題を振った。
「ベネディクト伯爵夫人、新しいお屋敷での暮らしはいかがです?」
声は柔らかく、誰が聞いても親切な気遣いにしか聞こえない。
けれど、周囲の貴婦人たちの視線が好奇心を帯びてわずかにエリザベートへと集まる。
「え、ええ……とても快適に過ごしておりますわ」
ぎこちなく答えるエリザベートに貴婦人は「まあ、それは結構ですこと」と返し、紅茶のカップに砂糖を一つ落とした。
「ただ、あのお屋敷は歴史ある名家でしょう? 代々の方々の習わしも多いと聞きますの。慣れるまで少し大変なのではなくて?」
砂糖が溶けた紅茶を優雅に口に運びつつ、貴婦人は再度質問を投げかける。
すると、向かいに座る別の貴婦人がくすりと笑いながら話に混ざった。
「そうですわね。使用人の数も多いでしょうし。すべてを把握するのは、最初は戸惑われる方も多いとか……」
わずかに意味ありげな笑みを浮かべ、二人はエリザベートに目を向ける。
「そういうお家に嫁ぐには相応のご苦労もあるのでしょうね」
「ええ。新しい家に馴染むのは、どなたでも簡単ではありませんもの」
「まあ、でも伯爵様はとても寛大なお方だとか」
エリザベートに問いを向けておきながら返答を待つこともなく、二人だけで会話しているかのように話を続ける。
いつの間にか、周囲からくすくすと忍び笑う声が漏れ始めた。
「未亡人でも、前の夫の子がいても、気にされないなんて」
「本当にお優しい方ですこと」
さすがのエリザベートも嫌味だと分かっていたが、「主人はとても理解のある方ですわ」と答えるしかなかった。
それ以外に反論する言葉が見つからなかったからだ。
だが、それは悪手でしかない。海千山千の貴婦人たちにとって、その程度の反論など揚げ足を取る材料に過ぎない。
「でしょうね」
「そうでなければ、あの名門の家に男爵家の方が嫁ぐなんて……」
あからさまに蔑んだ表情を浮かべる二人の貴婦人を見て、エリザベートの頬がカッと熱くなる。
怒りと恥辱が頭を支配し、衝動に駆られて怒鳴りつけたくなる。しかし、そんな真似をすれば逆効果なことくらいは分かっているので、なけなしの理性でぐっと抑えた。
貴婦人たちはそんなエリザベートの姿を目にし、扇子を口元に当ててくすりと笑った。
「それにしても、伯爵様ほどのお方でしたら初婚の若い令嬢などいくらでもお選びになれたでしょうに」
「本当に。あの御方、社交界でも大層人気がおありですもの」
テーブルの周りで控えめな笑いが起こる。
エリザベートは怒りに身を震わせながら必死に耐えるように俯いた。
絞り出すような声で「それでも、私を選んでくださいました」と、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。
「ええ、そうですわね」
同じテーブルの貴婦人が同意とも取れぬ曖昧な口調でそう返した。
扇子で隠された口元にはエリザベートを嘲るような笑みが浮かんでいる。
そうしているうちに別の夫人が「それにしても」と話題を変えるように呟いた。
「前のご主人とのお嬢様、最近お見かけしませんわね」
その言葉にエリザベートの肩がわずかに震えた。先ほどまで支配していた怒りはすっと消え、焦燥感が満ちる。
前の夫との子──エセルは先日家を出て修道院に行ってしまった。その事実はまだ外に漏れていないはず、と自分に言い聞かせながらも動揺は止まらない。
「え、ええ……部屋で本ばかり読んでおりますの。外に出るのが好きではない子なので……」
必死に作り上げた嘘を声を震わせながら口に出す。
そんなエリザベートの反応はそれだけで何かあることを物語っている。
貴婦人たちは顔を見合わせてわざとらしく「まあ、そうなの」と驚く。
まるで針の上に座っているかのような居心地の悪いお茶会。
エリザベートは耐えるように俯き、心の中で逃げ出したい衝動と戦った。
あなたにおすすめの小説
私が出て行った後になって、後悔した旦那様から泣きの手紙がもたらされました♪
睡蓮
恋愛
ミーシャとブラッケン伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるエリーナによって壊される。伯爵はミーシャの事よりもエリーナの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ミーシャは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ミーシャの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
【完結】あなたは、知らなくていいのです
楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか
セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち…
え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい…
でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。
知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る
※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)
身勝手だったのは、誰なのでしょうか。
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢になるはずの子が、潔く(?)身を引いたらこうなりました。なんで?
聖女様が現れた。聖女の力は確かにあるのになかなか開花せず封じられたままだけど、予言を的中させみんなの心を掴んだ。ルーチェは、そんな聖女様に心惹かれる婚約者を繋ぎ止める気は起きなかった。
小説家になろう様でも投稿しています。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
「静かで、退屈な婚約者だった」と切り捨てられたので、最後くらい全部言って去ることにしました
桃我タロー
恋愛
「静かで、退屈な婚約者だった」
婚約破棄のその日、王太子は広間でそう言い捨てた。
三年間、失言を隠し、場を整え、黙って支えてきたのに。
どうやら私に必要だったのは婚約者ではなく、“便利な人”という役割だけだったらしい。
しかも隣には、つい三日前まで殿下の従兄に求婚していた令嬢まで立っていて――。
ならばもう、黙っている理由はない。
これは、最後まで笑って終わるつもりだった令嬢が、自分の声を取り戻す話。
ここはあなたの家ではありません
風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」
婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。
わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。
実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。
そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり――
そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね?
※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)