今更、話すことなどございません

わらびもち

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伯爵の後悔

「エセルを最近見ていないと言われたけど……それは誤魔化したから大丈夫よ」

 妻の返答に伯爵は内心で「本当にそうか?」と疑った。うまく切り返すこともできないのなら誤魔化すのも下手に違いない。それに、わざわざそんなことを聞いてくるということは何かしら勘付かれているのかもしれない。

「エセルの友人からはやけに思わせぶりなことを言われたから驚いてしまったけど、どうせはったりよ。子供のくせに生意気だわ」

「なに? エセル嬢は高位貴族の令嬢に友人がいるのか?」

 今日の茶会の主催者は公爵家の夫人。
 そのため、招かれるのは高位貴族の婦人ばかりである。
 参加者の中にエセルの友人がいたということは彼女の友人は高位貴族の令嬢ということになる。下位貴族の令嬢が高位貴族の令嬢と親しいなどそうある話ではない。伯爵は怪訝な顔で妻に尋ねた。

「え? ええ……アッサム侯爵家のご令嬢よ」

「なに!? アッサム侯爵家だと?」

 その返答に伯爵はひどく驚いた。アッサム侯爵家といえば家門から王太子妃を輩出している王家の外戚。
 エセルがそんな名家の令嬢と親しくしているとは、にわかには信じがたい。

「旦那様……なにをそんなに驚いていらっしゃるの?」

「なにって……分からないのか? アッサム侯爵家といえば王家とも縁の深い名家だぞ……」

 妻は娘がそんな名家の令嬢と親しくしていることの意味を理解できないらしい。
 興味なさそうに「ふうん」と言う妻の様子に、伯爵は愕然とした。

(どうしてエセル嬢がアッサム侯爵家の令嬢と親しいのかはともかくとして……わざわざ思わせぶりなことを言ってくるということは、彼女は既にエセル嬢が屋敷にいないことを知っている可能性が高い。それに……サンディ家の義両親がそうだったように、アッサム侯爵令嬢の元にもエセル嬢からの手紙が届いていてもおかしくない)

 社交界で影響力のあるアッサム侯爵家の令嬢に、伯爵がエセルと養子縁組をしていないことが知られるのは相当の恥だ。しかもそれが原因でエセルが家を出たことまで知られれば、なおさら。
 それを想像した伯爵の顔から血の気が失せた。貴族にとって悪評は致命的だ。悪評が原因で没落することも珍しくない。伯爵は何度目か分からないほど自分の所業を深く後悔した。

(最悪だ……。こんなことになるくらいならアリオスの意見など聞かず、慣習に則ってさっさとエセル嬢を養女にしてしまえばよかった。いや……そもそも、再婚などしなければこんな事態に陥らすに済んだものを……」

 前妻を亡くして数年経ち、伯爵家の当主という立場上、再婚は必要だった。
 しかし跡継ぎはすでにいるため後継者問題が起こるのは困る。そのため若い令嬢ではなく、自分と同年代の未亡人を選んだ。それがエリザベートだ。男爵家の娘ということで伯爵家に嫁ぐには少々家格が足りないが、見目が良くて控えめで手がかからなそうだったのでと思った。

 だがそれは間違いだったと、伯爵の胸の奥に重い後悔が広がる。
 初対面の印象だけで判断した。控えめで物分かりのいい女性だと思った。
 だが実際は――思慮の欠けた空虚な女でしかなかった。
 手がかからなそうなどとんでもない。面倒ばかり持ち込んでくる。
 まるでそれが当然かのように、後始末はすべて夫がやるものだと思っている厄介な女だ。

 ただでさえ当主の務めは政治に領地経営、社交と多忙を極める。
 だからこそ面倒を起こさない妻を望んでいたのに、よりにもよって厄介事を引き起こす女性を選んでしまったことを伯爵は愕然とした。
 

(こんなはずではなかった……)

 再婚は合理的な判断のはずだった。
 見目が良く、問題など起こさないであろう控えめな妻。家の体裁を整えるだけでいい、それだけのはずだった。
 だが実際は自分がエセルが家出をしたの原因のひとつであっても責任を取ろうともせず、何もしようとしない無責任な女だった。

 伯爵はゆっくりと息を吐く。

(私がすべて面倒を見てやらねばならないなんて……まるで子供ではないか)

 胸の奥に深い失望が沈む。これほど伯爵家の女主人としての器がないと分かっていれば、再婚などしなかったのに。思えば結婚を決めた日、執事が心配そうに「本当にあのご婦人と再婚なさってよろしいのですか?」と忠告してくれたのに、それを笑って流してしまった。

「問題ない。大人しい女性だ」と。

(……愚かだったな)

 見た目だけで判断した。大人しい女性なら問題は起こさないと思った。
 だが、その判断は誤りだ。
 問題を避けたいのなら、大人しい女性ではなく聡い女性を選ぶべきだった。

 大人しい”だけ”では問題を解決できない。状況を判断して動ける聡さが必要だった。

(──私は妻選びを完全に誤った)

 その言葉が何度も頭の中で繰り返され、そのたびに後悔が胸の奥で渦巻いた。
 自分には人を見る目がないのだと痛感する。
 ――いや、女を見る目がないのか。そう思って伯爵は自嘲した。

「……しばらく社交は禁止だ。屋敷の中で大人しくしていてくれ」

「えっ……! そんな、だって社交は貴族として必要なことじゃない! 伯爵夫人が社交をしないなんて、そんな恥ずかしいことできないわ」

「その社交すら上手くこなせないのだろう? 恥の上塗りになるから余計な真似はしないでくれ」

「なっ……なにそれ、ひどい!」
 
 不満に喚く妻を無視し、伯爵はその場から立ち去り執務室へと向かった。
 とにかく今はエセルの件をどうにかすることが先決だ。その間、他所で余計なことを言うであろう妻には屋敷で大人しくしてもらわなくてはならない。

(この件が済めば、離縁も考えるべきか……。当家に利益のない相手をこれ以上屋敷に置いておく意味はない)

 そう考えたとき、伯爵の目に残っていたわずかな愛情さえ消えていた。

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