今更、話すことなどございません

わらびもち

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忠告を、お忘れかもしれませんが

「……貴様っ! 誰の為にこんな格好までしてここに来たと思っているんだ! すべてはお前の為にやっているんだぞ!」

「は……? 私の為?」

 訳の分からないことを言い出したアリオスにエセルは訝し気に眉を寄せた。
 女装してまで修道院に侵入することのどの辺が自分の為になるのか、皆目見当もつかない。

「そうだ! わざわざ。この私がお前を迎えにきてやったんだ。感謝こそされ、文句を言われる筋合いはない!」

「迎えに……? 意味が分かりません。あの屋敷に戻りたいなどとは少しも思わないのですから。だいたい、あなたは私が出て行って嬉しいのではありませんか? 嫌がらせをするほど私を追い出したかったのでしょうから」

「そんなわけがあるか! あれは私なりの愛情表現だ。なぜ、それくらいのことも分からないんだ!」

「愛情表現……? 何ですか、それ。嫌がらせが愛情表現だなんて、随分と歪んでいるのですね。気持ち悪い……」

「気持ち悪いだと……! 貴様……誰に向かってそんな口を利いている! 貴族の身分を捨てた一介の修道女ごときが伯爵家嫡男の私に盾突いていいと思っているのか!?」

「お言葉ですが……その一介の修道女ごときと話をするために、伯爵家の嫡男ともあろう御方が何という格好をしていらっしゃるのですか。散々私を見下しておいて、愛情表現だのと綺麗ごとを言わないでくださる?」

「……うるさい! 黙れ! 修道女風情が……身の程を弁えろ!」

「弁えるのはあなたでしょうに……。はあ、もういいですから、さっさとお引き取りください」

 エセルは埒が明かないとばかりに王女へ顔を向けてそう言った。
 これ以上アリオスと話しても時間の無駄でしかない。
 彼がなぜ自分を迎えに来たのかは分からないが、そんなことはどうでもよかった。とにかく、早く目の前から消えてほしい。

「あ……あ、わ、わたくし……」

「殿下、このような場面を院長に見つかれば、あなたと彼との婚約も無かったことになりかねません。それでもよろしいのですか?」

 婚約者の変化に戸惑い、王女は震える身を抱くようにして俯いていた。どうすればよいのかも分からないのだろう。その心情は察せられた。だが、それでも――このままではいけない。
 院長に見咎められればアリオスは破滅する。そして、その破滅に最も巻き込まれるのは王女自身だ。
 そう理解していたからこそ、エセルはあえて厳しい言葉を投げた。

「……ッ!!? アリオス様、もう帰りましょう。お祖母様に見つからないうちに、早く……」

 王女が制止するも、彼の視線は微動だにせずエセルに固定されたままだった。

「ア、アリオス様……?」

「……ふざけるな。お前は私のものなんだよ……。歯向かうなど、許されると思っているのか──!!」

 次の瞬間。
 アリオスはいきなり服の内から刃物を抜き放った。

「キャッ!?」

 刃物を見て怯えた王女の口から叫ぶ声が漏れる。アリオスは鈍く光る刀身をそのまま力任せにエセルへと振り下ろした。

「……野蛮な」

 凶刃を目にしてもエセルは動じない。
 振り下ろされる軌道を見切り、身体をわずかに外へ逃がす。刃は空気を切り裂くだけに終わった。

「なっ……!?」

 エセルの動きに驚いたアリオスは間の抜けた声を漏らす。
 間髪入れずエセルの手が伸び、振り下ろされたままのアリオスの腕、その手首を正確に掴み取った。そうして勢いを殺さず、むしろ利用するように引き寄せる。そのまま手首を捻り上げ、体を半歩滑り込ませ、彼の体勢が前へ崩れる――その瞬間、彼女は腰を落とした。

「父から教わりましたの――“自分を守る術”」

 次の瞬間、空気が反転する。

 アリオスの体が宙を舞い、鈍い音とともに床へ叩きつけられた。肺の空気が一気に押し出され、彼の口から「ぐうっ……」とくぐもった声が漏れる。

 刃物が彼の手から離れ、カラン、と乾いた音を立てて転がった。
 彼女は乱れた裾を軽く払うと、静かに息を整える。

「――お引き取りを。これ以上騒ぐなら、今度は腕を折ります。──お忘れかもしれませんが、以前もそう忠告申し上げましたよね」

 冷ややかな一言が降り注いだ。
 頭上からの声を浴びながら、仰向けで床に転がるアリオスは凛としたエセルの姿を茫然と見上げていた。

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