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プロローグ
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とある国のとある場所、そこを治める領主は侯爵という高い身分を国より戴いていた。
しかし侯爵は三十を過ぎても未だ独身のまま。それは平民の恋人を愛するあまり長く妻を娶ろうとしなかったからである。
血統を重んじるこの国では貴族と平民の結婚は許されていない。
世継ぎはどうするのかという問題が重要視され、此度とうとう正式に貴族の娘と婚約を結ぶこととなった。
相手はさる子爵家の娘。当主よりも一回りは年下の娘は王命により本人の意志とは無関係に婚約を結ぶことを定められた。
せっかく王命により若い娘が嫁にきてくれるというのに、侯爵は何を勘違いしたのか平民の恋人を侍らせながら花嫁候補の到着を待っていた。
「変に期待させぬよう最初に釘を刺しておかねばならない。僕の愛を期待するな、と」
この勘違いも甚だしい発言を諫める者はこの邸にはいない。皆似たような者ばかりだからだ。
この婚約は王命で、令嬢の意志とは関係なく結ばれたもの。
なのにどうして令嬢が愛を求めているのだと勘違いできるのか。
どうして十代の娘が父親程の年齢の男に愛を求めていると勘違いができるのか。
悲しいことにそう忠告する者など誰もいやしないのだ。
そうこうしている間に邸の門前に馬車が到着した。
きっと件の子爵令嬢が乗る馬車だろうと侯爵は傍らの恋人を抱き寄せる。
女を侍らせながら花嫁候補を迎えるという横柄な態度の公爵。しかし、そんな彼も馬車の中から出てきた人物を見て衝撃を受け体を強張らせるのであった。
「は……? え……? な、なんだそいつは!?」
「そいつ? まあ……まさか、こちらの娘のことを言っているのですか? 嫌ですわ、彼女は貴方様の婚約者候補の一人でしてよ」
馬車の中から出てきた人物は二人。
片方の少女が唖然とする侯爵の問いかけに平然とした態度で答えた。
何を驚くことがあるのか、と言わんばかりに少女は侯爵の発言に小首を傾げる。
その拍子に彼女の艶やかなストロベリーブロンドが風に揺れた。
可憐な仕草も、風になびく髪も、思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗なのに彼女の横にいる得体の知れない人物のせいで台無しだ。
どうして、どうしてそういう姿をした者を連れてきているのか……。
侯爵には全く理解できない。戸惑った末に彼は少女に向かって問いかけた。
「………………僕は王家より本日我が家に“婚約者候補”が来ると報せを受けている。候補は二人いるからどちらかを選ぶように、とも……。一人は君で合っているか?」
「はい、さようでございます。フロンティア子爵家が長女、アリッサにございます。以後お見知りおきを」
ドレスの裾を摘まみ、恭しくお辞儀をするストロベリーブロンドの少女。
優美な仕草に一瞬見惚れた侯爵だが、すぐに彼女の隣にいる人物が視界に入り我に返る。
「……それで、まさかもう一人は君の隣にいる人物ではなかろうな?」
「いえ? こちらが貴方様のもう一人の婚約者候補にございます。これから一週間ほどこちらでお世話になりますので、その間に私と彼女のどちらが伴侶として相応しいかを判断なさってください」
「……彼女? いやいやいや! ふざけているのか!? 何をどう比べろと言うんだ!」
「どう……と申されましても、侯爵家の女主人に相応しい能力を持つのは私か彼女かを判断してくださいとしか言えませんわ」
「女……主人だと? 君はそれを本気で言っているのか……?」
侯爵は信じられないという目で少女を見た。
しかし少女はしれっとした顔で肯定する。
「? そうですが? ……ああ! 貴方様には既に愛する方がいらっしゃいましたね? そちらの……貴方に腰を抱かれているご婦人がそうですか?」
侯爵はこの瞬間、隣にいる愛しい存在を思い出した。
いや、忘れていたわけではないのだが、どうにもストロベリーブロンドの少女アリッサの隣にいる強烈な人物の衝撃が強すぎた。案の定彼の愛しい存在も唖然とした顔でその人物をただ見つめていた。
「マ、マクス……何、あれ……? どういうこと?」
侯爵に腰を抱かれている女性は絞り出すような声でそう尋ねた。
先程まで勝ち誇ったような表情を浮かべていたのに、今は顔を強張らせて隣にいる侯爵に縋りついている。
「いや、僕にも何がなんだか……」
二人は驚愕の表情のままその人物から目を逸らせない。
いったい何がどうしてこういう状況になっているのか全く理解が出来ない。
今日は王命により婚約者の指名を受けた令嬢が来訪するという話だったはず。
フロンティア子爵家より娘が二人来るとは聞いていたが……ストロベリーブロンドの隣にいる人物を娘と称してよいものか。少なくとも侯爵はその人物をそうは呼びたくなかった
おかしい……何だこの状況は?
自分と彼女の真実の愛を裂こうとする悪女を罵倒してやろうと思い、わざわざこうして出迎えたのに……とてもじゃないがそれどころではない。
「まあ、とにかくこれからお世話になります。ちなみにこの婚約は王命ですので、拒否は許されませんからね?」
やたらすごみのある声音で告げる少女に侯爵は小さく悲鳴をあげた。
おかしい、なんで自分は今この少女に脅されているのだろう………?
脅すのは少女の方ではなくて自分だったはず。
王命の婚約なのだからしっかりと“お飾りの妻”を務めろと言ってやるつもりだった。
何が何だか状況が良く分からないが、これだけは分かる。
とんでもない女が来てしまったのだと───。
しかし侯爵は三十を過ぎても未だ独身のまま。それは平民の恋人を愛するあまり長く妻を娶ろうとしなかったからである。
血統を重んじるこの国では貴族と平民の結婚は許されていない。
世継ぎはどうするのかという問題が重要視され、此度とうとう正式に貴族の娘と婚約を結ぶこととなった。
相手はさる子爵家の娘。当主よりも一回りは年下の娘は王命により本人の意志とは無関係に婚約を結ぶことを定められた。
せっかく王命により若い娘が嫁にきてくれるというのに、侯爵は何を勘違いしたのか平民の恋人を侍らせながら花嫁候補の到着を待っていた。
「変に期待させぬよう最初に釘を刺しておかねばならない。僕の愛を期待するな、と」
この勘違いも甚だしい発言を諫める者はこの邸にはいない。皆似たような者ばかりだからだ。
この婚約は王命で、令嬢の意志とは関係なく結ばれたもの。
なのにどうして令嬢が愛を求めているのだと勘違いできるのか。
どうして十代の娘が父親程の年齢の男に愛を求めていると勘違いができるのか。
悲しいことにそう忠告する者など誰もいやしないのだ。
そうこうしている間に邸の門前に馬車が到着した。
きっと件の子爵令嬢が乗る馬車だろうと侯爵は傍らの恋人を抱き寄せる。
女を侍らせながら花嫁候補を迎えるという横柄な態度の公爵。しかし、そんな彼も馬車の中から出てきた人物を見て衝撃を受け体を強張らせるのであった。
「は……? え……? な、なんだそいつは!?」
「そいつ? まあ……まさか、こちらの娘のことを言っているのですか? 嫌ですわ、彼女は貴方様の婚約者候補の一人でしてよ」
馬車の中から出てきた人物は二人。
片方の少女が唖然とする侯爵の問いかけに平然とした態度で答えた。
何を驚くことがあるのか、と言わんばかりに少女は侯爵の発言に小首を傾げる。
その拍子に彼女の艶やかなストロベリーブロンドが風に揺れた。
可憐な仕草も、風になびく髪も、思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗なのに彼女の横にいる得体の知れない人物のせいで台無しだ。
どうして、どうしてそういう姿をした者を連れてきているのか……。
侯爵には全く理解できない。戸惑った末に彼は少女に向かって問いかけた。
「………………僕は王家より本日我が家に“婚約者候補”が来ると報せを受けている。候補は二人いるからどちらかを選ぶように、とも……。一人は君で合っているか?」
「はい、さようでございます。フロンティア子爵家が長女、アリッサにございます。以後お見知りおきを」
ドレスの裾を摘まみ、恭しくお辞儀をするストロベリーブロンドの少女。
優美な仕草に一瞬見惚れた侯爵だが、すぐに彼女の隣にいる人物が視界に入り我に返る。
「……それで、まさかもう一人は君の隣にいる人物ではなかろうな?」
「いえ? こちらが貴方様のもう一人の婚約者候補にございます。これから一週間ほどこちらでお世話になりますので、その間に私と彼女のどちらが伴侶として相応しいかを判断なさってください」
「……彼女? いやいやいや! ふざけているのか!? 何をどう比べろと言うんだ!」
「どう……と申されましても、侯爵家の女主人に相応しい能力を持つのは私か彼女かを判断してくださいとしか言えませんわ」
「女……主人だと? 君はそれを本気で言っているのか……?」
侯爵は信じられないという目で少女を見た。
しかし少女はしれっとした顔で肯定する。
「? そうですが? ……ああ! 貴方様には既に愛する方がいらっしゃいましたね? そちらの……貴方に腰を抱かれているご婦人がそうですか?」
侯爵はこの瞬間、隣にいる愛しい存在を思い出した。
いや、忘れていたわけではないのだが、どうにもストロベリーブロンドの少女アリッサの隣にいる強烈な人物の衝撃が強すぎた。案の定彼の愛しい存在も唖然とした顔でその人物をただ見つめていた。
「マ、マクス……何、あれ……? どういうこと?」
侯爵に腰を抱かれている女性は絞り出すような声でそう尋ねた。
先程まで勝ち誇ったような表情を浮かべていたのに、今は顔を強張らせて隣にいる侯爵に縋りついている。
「いや、僕にも何がなんだか……」
二人は驚愕の表情のままその人物から目を逸らせない。
いったい何がどうしてこういう状況になっているのか全く理解が出来ない。
今日は王命により婚約者の指名を受けた令嬢が来訪するという話だったはず。
フロンティア子爵家より娘が二人来るとは聞いていたが……ストロベリーブロンドの隣にいる人物を娘と称してよいものか。少なくとも侯爵はその人物をそうは呼びたくなかった
おかしい……何だこの状況は?
自分と彼女の真実の愛を裂こうとする悪女を罵倒してやろうと思い、わざわざこうして出迎えたのに……とてもじゃないがそれどころではない。
「まあ、とにかくこれからお世話になります。ちなみにこの婚約は王命ですので、拒否は許されませんからね?」
やたらすごみのある声音で告げる少女に侯爵は小さく悲鳴をあげた。
おかしい、なんで自分は今この少女に脅されているのだろう………?
脅すのは少女の方ではなくて自分だったはず。
王命の婚約なのだからしっかりと“お飾りの妻”を務めろと言ってやるつもりだった。
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