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やる気のある無能
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「いえ……そのような事実がどうしてありましょうか。当家の主人は畏れ多くも王家の姫君に求婚し、婚約という栄誉を授かった身。心を捧ぐ相手は婚約者である姫様ただお一人のみにございます。最愛などという存在が他にいるはずもありません」
流石にそれを認めるわけにもいかず、夫人は話を逸らそうとする。
彼女の立場ならそれもやむを得ないのは分かる。認めてしまえば自分達もそれを知っていた共犯者だと認めたようなものだし、何より王家の姫に求婚しておきながら実は最愛の女性がいましたはよろしくない。相手が王家でなくとも馬鹿にしているも同然だ。
「もう全て分かっているから気を遣って頂かなくて結構よ。とはいえ、夫人の立場では認めることも難しいことは分かっているわ。だからこれはわたくしの独り言……。いくら戦勝の褒美といっても、こんな無意味な結婚をしても互いに利益は無いと思うの。王族と縁を結ぶことが意味のないことだというのではなく、ダニエル卿本人がその価値を理解していない。価値の分からない者が価値のあるものを得ても無駄でしょう?」
夫人は何も言えずただじっとジュリアーナの話に耳を傾けていた。
価値の分からない者が価値のあるものを得ても無駄、というのは夫人の方がよく分かっているはず。当主の座、王女の伴侶という立場、それらがどれだけ価値があるかを分かっていない者に与えられるのはおかしいことだと。
「ときに夫人のご子息はとても優秀だそうね?」
「え? い、いえ……過分なお言葉にございます……」
急に自分の息子を褒められたことに動揺するラティーシャ夫人。
余計な事は言わず、ただ話の流れがどこに帰結するのかを探っている。
「わたくしが聞いた話によると、ご子息は夫人に似て品行方正、眉目秀麗、そしてお父君譲りの剣の才を持った俊才とか。国境を守る辺境伯家の長がそういった文武共に優れた人徳者であれば……国も安寧を保てるのでしょうね」
夫人はジュリアーナが何を言いたいのかに気づき、ハッとした表情を見せた。
「部外者であるわたくしが言うのは憚られるのだけど……国を守る王の娘としてこの地のあり方には少々不安を覚えてしまうの」
「それは……大変申し訳ございません。殿下を不安にさせてしまうなど不甲斐のうございます……」
「ところで、夫人はこんな話を聞いたことがあって? とある偉人が遺した話なのだけど、人は大まかに四つの素質に振り分けることが出来るそうよ」
「え? いえ……浅学で申し訳ございません」
話が飛ぶことに夫人は困惑している。しかしそれを気にせずジュリアーナは話を続けた。
「その偉人によると人は“利口”か“愚鈍”か、そして“勤勉”か“怠慢”で四つに分類されるそうよ。一つ目が『利口で勤勉』、二つ目が『利口で怠慢』、三つ目が『愚鈍で勤勉』。四つ目が『愚鈍で怠慢』。で、この中で最も上に立つに向いていないのは三つ目の『愚鈍で勤勉』。これは無能なのにやる気だけはあるし、人の意見も聞かないで間違った方向へと突き進むから周囲に害しか及ぼさないの。迷惑でしょう? 巻き込まれた者はたまったものじゃないわよね」
「……確かにそうですね! 勤勉にせよ怠慢にせよ、利口であれば下の者は安心してついていこうと思えます。愚鈍でも怠慢であるなら有能な配下が上手く操れば物事が円滑に進むことでしょう。しかし、愚鈍……つまりは利口でもないくせに行動力だけはある人間が上については下の者は『次は何をやらかすのだろう』という不安が常に付きまといます。それでは組織そのものがいずれは崩壊する恐れがありますね」
「そうでしょう? ちなみにこれ……今のオーガスタ辺境騎士団の状態を表しているとわたくしは思うのよ。今しがた夫人が言ったように、いずれは団そのものが崩れゆく恐れがあるのではなくて? 実際、わたくしが騎士団にお邪魔した時には配下の騎士達の不満は無視できないところまで来ているように感じたわ」
夫人は強張った顔で俯き唇をキュッと噛みしめた。
それは夫人もよく分かっていることだが、王女にまでそれを悟られてしまったことを恥ずかしく思ったのだろう。
王族相手にそんな態度を見せるなど、と騎士団の者達の態度を言語道断ととる一方で彼等の不満はもうそこまで来ているのかという不安が胸をざわつかせる。
「わたくしはこのままダニエル卿と婚約を続けるつもりはありません。以前から彼の態度には思うところがあったけれど……ここに来てそれが一層強くなりました。王族と縁づくことを上手く利用してくださる方でないと、王女であるわたくしが嫁ぐ意味がありません。わたくしとの婚約が解消された後は……この地の未来についてよくよく話し合った方がよろしいかと思うわ」
夫人は胸元で握りしめた拳を強く握り、何かを決意した表情で顔を上げる。
「殿下のご配慮に深い感謝を。この地のことをそこまで考えてくださってありがとうございます。そして不安にさせてしまったことを大変申し訳なく思います……」
ジュリアーナは夫人が自分の子を辺境伯家の当主に据えたいと考えていることを知っていた。そして彼女の夫である子爵は甥のダニエルが改心してくれることに期待していることも知っている。どちらかといえば夫に遠慮ぎみの夫人だが、王族から「ダニエルは当主に向いていない。国防も不安だ」と言われたら遠慮なく事を進めるだろう。
これでいい。流れさえ作ってやればダニエルはそのうち当主の座を下ろされるはずだ。あの男が当主の座を失ってしまえば後は簡単……とジュリアーナは昏い笑みを浮かべるのだった。
流石にそれを認めるわけにもいかず、夫人は話を逸らそうとする。
彼女の立場ならそれもやむを得ないのは分かる。認めてしまえば自分達もそれを知っていた共犯者だと認めたようなものだし、何より王家の姫に求婚しておきながら実は最愛の女性がいましたはよろしくない。相手が王家でなくとも馬鹿にしているも同然だ。
「もう全て分かっているから気を遣って頂かなくて結構よ。とはいえ、夫人の立場では認めることも難しいことは分かっているわ。だからこれはわたくしの独り言……。いくら戦勝の褒美といっても、こんな無意味な結婚をしても互いに利益は無いと思うの。王族と縁を結ぶことが意味のないことだというのではなく、ダニエル卿本人がその価値を理解していない。価値の分からない者が価値のあるものを得ても無駄でしょう?」
夫人は何も言えずただじっとジュリアーナの話に耳を傾けていた。
価値の分からない者が価値のあるものを得ても無駄、というのは夫人の方がよく分かっているはず。当主の座、王女の伴侶という立場、それらがどれだけ価値があるかを分かっていない者に与えられるのはおかしいことだと。
「ときに夫人のご子息はとても優秀だそうね?」
「え? い、いえ……過分なお言葉にございます……」
急に自分の息子を褒められたことに動揺するラティーシャ夫人。
余計な事は言わず、ただ話の流れがどこに帰結するのかを探っている。
「わたくしが聞いた話によると、ご子息は夫人に似て品行方正、眉目秀麗、そしてお父君譲りの剣の才を持った俊才とか。国境を守る辺境伯家の長がそういった文武共に優れた人徳者であれば……国も安寧を保てるのでしょうね」
夫人はジュリアーナが何を言いたいのかに気づき、ハッとした表情を見せた。
「部外者であるわたくしが言うのは憚られるのだけど……国を守る王の娘としてこの地のあり方には少々不安を覚えてしまうの」
「それは……大変申し訳ございません。殿下を不安にさせてしまうなど不甲斐のうございます……」
「ところで、夫人はこんな話を聞いたことがあって? とある偉人が遺した話なのだけど、人は大まかに四つの素質に振り分けることが出来るそうよ」
「え? いえ……浅学で申し訳ございません」
話が飛ぶことに夫人は困惑している。しかしそれを気にせずジュリアーナは話を続けた。
「その偉人によると人は“利口”か“愚鈍”か、そして“勤勉”か“怠慢”で四つに分類されるそうよ。一つ目が『利口で勤勉』、二つ目が『利口で怠慢』、三つ目が『愚鈍で勤勉』。四つ目が『愚鈍で怠慢』。で、この中で最も上に立つに向いていないのは三つ目の『愚鈍で勤勉』。これは無能なのにやる気だけはあるし、人の意見も聞かないで間違った方向へと突き進むから周囲に害しか及ぼさないの。迷惑でしょう? 巻き込まれた者はたまったものじゃないわよね」
「……確かにそうですね! 勤勉にせよ怠慢にせよ、利口であれば下の者は安心してついていこうと思えます。愚鈍でも怠慢であるなら有能な配下が上手く操れば物事が円滑に進むことでしょう。しかし、愚鈍……つまりは利口でもないくせに行動力だけはある人間が上については下の者は『次は何をやらかすのだろう』という不安が常に付きまといます。それでは組織そのものがいずれは崩壊する恐れがありますね」
「そうでしょう? ちなみにこれ……今のオーガスタ辺境騎士団の状態を表しているとわたくしは思うのよ。今しがた夫人が言ったように、いずれは団そのものが崩れゆく恐れがあるのではなくて? 実際、わたくしが騎士団にお邪魔した時には配下の騎士達の不満は無視できないところまで来ているように感じたわ」
夫人は強張った顔で俯き唇をキュッと噛みしめた。
それは夫人もよく分かっていることだが、王女にまでそれを悟られてしまったことを恥ずかしく思ったのだろう。
王族相手にそんな態度を見せるなど、と騎士団の者達の態度を言語道断ととる一方で彼等の不満はもうそこまで来ているのかという不安が胸をざわつかせる。
「わたくしはこのままダニエル卿と婚約を続けるつもりはありません。以前から彼の態度には思うところがあったけれど……ここに来てそれが一層強くなりました。王族と縁づくことを上手く利用してくださる方でないと、王女であるわたくしが嫁ぐ意味がありません。わたくしとの婚約が解消された後は……この地の未来についてよくよく話し合った方がよろしいかと思うわ」
夫人は胸元で握りしめた拳を強く握り、何かを決意した表情で顔を上げる。
「殿下のご配慮に深い感謝を。この地のことをそこまで考えてくださってありがとうございます。そして不安にさせてしまったことを大変申し訳なく思います……」
ジュリアーナは夫人が自分の子を辺境伯家の当主に据えたいと考えていることを知っていた。そして彼女の夫である子爵は甥のダニエルが改心してくれることに期待していることも知っている。どちらかといえば夫に遠慮ぎみの夫人だが、王族から「ダニエルは当主に向いていない。国防も不安だ」と言われたら遠慮なく事を進めるだろう。
これでいい。流れさえ作ってやればダニエルはそのうち当主の座を下ろされるはずだ。あの男が当主の座を失ってしまえば後は簡単……とジュリアーナは昏い笑みを浮かべるのだった。
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