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第二王子

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「だ、だがっ! お前は今まで王妃になるべく努力を重ねてきたのだろう? 私と婚約を破棄してしまえばそれが台無しになってしまうではないか! そうだろう?」

 いい案出したとばかりにドヤ顔をするギルベルトに苛立ちを感じ、反論しようとしたクローディアの背後から涼しい声がかかった。

「お待たせ、クローディア。ごめんね? 迎えに来るのが遅かったせいで兄上に絡まれてしまったようだね。不快な想いさせてすまない」

「ルードヴィヒ!? どうしてお前がここにいる? いや、それよりも私の婚約者に触るんじゃない!」

 クローディアの肩を抱きよせ手の甲に口付ける黒髪美少年。彼はこの国の第二王子殿下でありギルベルトの異母弟のルードヴィヒである。

 今年社交界デビューを果たしたばかりの初々しい14歳の美少年と、黙っていれば深窓の美姫のクローディアが並ぶ姿はとても絵になる。

? はあ……兄上は自分でクローディアと婚約破棄したんじゃないか。 何? 若いのに健忘症でも患ってるの?」

「ルードヴィヒ様、第一王子殿下はご自分の都合のいいように記憶を改竄するのはいつものことですわ」

「ああ、そうだったね。猿より話が通じないから疲れるんだよね。放っておいて行こうかクローディア、母上もお待ちだ」

 ルードヴィヒは兄を無視し、そのままクローディアの手を引いて歩き出した。

「待てっ! ルードヴィヒ、お前はどうしてそんなにクローディアと親し気なんだ!? まるで婚約者同士みたいじゃないか!」

「まるで、じゃなくて実際そうなんだよ兄上。クローディアと僕は先日婚約を結んだ立派な婚約者同士だよ」

 しれっとした顔でそう言うルードヴィヒにギルベルトは愕然とした。
 そして何を思ったのか縋るような眼差しをクローディアに向ける。
 元婚約者からそのような視線を向けられたクローディアは心底嫌そうな顔を向けた。

「さきほど貴方も言っていたではありませんか、私が王妃になるべく努力をしてきたと。そんな私が次期国王となるルードヴィヒ様と婚約を結ぶのは何もおかしなことではありませんわよね?」

 クローディアは多少令嬢らしからぬ部分はあれど、家柄も容姿も能力も次期王妃として申し分ない。
 何よりミュラー公爵家の謀反を防ぐためにも王家としてはどうしてもクローディアを未来の王妃にしたい。

「なっ!? お、お前は私に婚約破棄されたのだぞ!? 世間的には傷物だろう? そんなのが王妃になるというのか!?」

「はあ……先ほどの発言とと矛盾していますわよ、お馬鹿。頭お花畑な阿呆王子に婚約破棄されたくらいで傷がつくほど私の土台はヤワじゃありませんわよ。 ああもう、貴方とまともに会話するのは疲れますわ。話す度に好感度がガンガン下がっていってもうマイナスなんですけど……こんな方って他にいるかしら? 相手するだけでどんどん嫌いになっていくのよ。仮にいいところがあっても悪い所がそれを上回るわ。なんで王家は今までこんなのを王太子にしていたのよ?」

 心底不思議だという視線をルードヴィヒに向けると、彼は優しく微笑みながらも辛辣な台詞を吐いた。

「うん、そうだよね。側妃様可愛さに陛下がゴリ押しさえしなければ、兄上が王太子になることはなかったのにね。陛下は公爵に土下座までして婚約をお願いしたのにさ、そんな父親の涙ぐましい努力を無視して今回の婚約破棄騒動じゃない? クローディアとの婚姻なしで王太子のままでいられるわけないのに馬鹿だよね~」

「なっ・・・! 口が過ぎるぞルードヴィヒ!! だいたい父上がそんなことしていたなんて私は知らなかったんだ!!」

 ギルベルトのこの発言に、ルードヴィヒは凄みのある冷たい視線を向ける。

「兄上はいっつもそうだね。人が自分のためにしてくれることを何も知ろうとしない。父上は兄上を王太子にしたいがためにミュラー公爵家まで巻き込んだんだよ? そのせいでクローディアは何年間も兄上の婚約者として縛られ続けたんだ。分かる? 長い間自分を蔑ろにする男の婚約者という不名誉な称号をずっと抱えていた彼女の気持ちが? 分からないよね~、だって兄上ってちっとも人の気持ちを理解できないもんね。だからクローディアに再婚約だなんて恥さらしで相手を馬鹿にした行動がとれるんだね」

「第一王子殿下、何度も言いますが私が貴方と再度婚約を結ぶなど生涯あり得ぬことです。だって私、貴方のことが大嫌いですもの! 初めて会った時からずっと嫌いでしたわ。初対面で挨拶一つまともに出来ないし、婚約者としての必要最低限の義務すらこなさなかった。このままそんな最低野郎の妻になるのかと沈んだ気持ちでいましたので、婚約破棄してくれたことはとっても嬉しかったですけどね! ただ、あんな公衆の面前で婚約破棄はありえませんわ。私を何だと思ってらしゃるの? 当然、報いは受けてもらいますわよ」

 クローディアは蔑んだ眼をギルベルトに向け、積もり積もった鬱憤を晴らすかのようにそう言った。
 何年もの間に溜まりに溜まった想いはこんなものではないとばかりに責め立てる。

「それに貴方には謝罪する気持ちもありませんの? 婚約者を長年にわたり蔑ろにし、公衆の面前で婚約破棄をして申し訳ないとは思いませんの? 思わないのだとしたら人として終わっていますわね。猿でも反省くらいはできますのよ?」

「う……す、すまなかった……」

「まあ今更ですけどね。貴方の謝罪に何の価値もありませんし、謝罪だけで許されるはずもないのですから」

「そんな……王子である私がこんなに謝っているのに許してくれないのか?」

「そんな適当な謝罪で何で許されると思うんですか!? それに王子だからなんだっていうんですか? そういう傲慢なところも嫌いなんですよ! そもそも謝って反省するくらいなら最初からやらなきゃいいじゃないですか! 長年蔑ろにするわ公衆の面前で婚約破棄するわ……とてもじゃないけど謝罪だけで許される案件じゃないでしょうが! といいますか、貴方には愛しのミアさんがいましたでしょう? 彼女がいながらまた私にすりよるなんてみっともないですわ!」

「ミアはその……あの夜会の後から所在が分からないんだ……」

 どうやらギルベルトは愛しの君に逃げられてしまったようだ。
 確かに愛しの君はあの場でギルベルトを完全に見限った顔をしていた。
 だが、貴族令嬢の所在が分からないとはどういうことだろう。
 
「え? ミアさんは自分のお屋敷に戻っていないということですの?」

 それが本当なら大変なことじゃないか、とクローディアは目を丸くして驚いた。
 
 誘拐か、失踪か、はたまた事件に巻き込まれたか……。
 
 一人で行方をくらますことが困難な貴族令嬢が行方不明とはそういうことになる。

 だが、純粋に彼女を心配するクローディアにかけられたギルベルトの言葉はとても予想できないものだった。

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