茶番には付き合っていられません

わらびもち

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聞きたくもない恋話と甘いお菓子

「ヘレンは亡くなったハスリー子爵夫妻の遺児ではないのですか?」

「父親はそうだけど、母親はこのわたくしよ!」

 あー……やっぱり。なら“イアン”はハスリー子爵の名前で間違いないわね。
 それにしてもちょっと挑発したくらいで自分の不貞を暴露するなんて……堪え性がないわ。不味い事を聞いたとばかりに女官や護衛が青い顔をしているわよ?

「つまり王妃様はハスリー子爵と不貞を働き、ヘレンを産み落としたと……。そういうことでしょうか?」

「不貞!? 失礼な事を言わないで頂戴! わたくしとイアンは真実の愛で結ばれた仲なの! ヘレンはその愛の結晶よ!!」

 真実の愛(笑)、と思わず吹き出しそうになるのを堪えていると、勢いづいた王妃がそのままべらべらと語りだした。

「わたくしとイアンは幼い頃から互いだけを想い合ってきたわ。大きくなったら結婚しようね、と約束したのに……」

 どこか遠い目をして語りだした……。これはきっと長くなるやつだ。
 他人が語る昔の恋とか興味ないし、お菓子でも食べながら聞き流すか。

「お父様が『あんな斜陽貴族の次男坊になぞ嫁がせても旨味が無い』なんて言って、わたくしを王家になど嫁がせなければ……今頃はイアンと仲睦まじい夫婦として過ごせていたのに!」

 あ~……この、フルーツたっぷりパウンドケーキ最高だわ。
 濃厚なブランデーの香りもたまらない。お茶との相性も抜群ね。

「好きでもない男に嫁ぎ、その男の子を産むことがどれだけ屈辱か……。辛かったわ、イアンではない男に体を暴かれるのは……。初めてはイアンに捧げたかったのに……!」

 次は……この苺味のシフォンケーキにしましょう。
 クリームもスポンジもピンクで可愛い~! それにふわふわで美味しい~!

「わたくしは跡継ぎを産むという義務を果たしたのよ。だから今度は愛するイアンの子を産みたいと願うのは当然でしょう? イアンもわたくしのことをずっと想ってくれていたの。わたくしとの関係が外に漏れないようにまで娶ってくれたのよ」

 口の中が甘くなっちゃったからフルーツで舌を休めようっと。
 酸味のあるもの……オレンジと苺がいいかな。
 うん、さっぱりして美味しい!

「イアンとの愛の結晶……ヘレンが産まれた時は本当に嬉しかったわ。わたくしが育てられないことは悲しかったし、あんな卑しい女の子として届け出なければならないのは屈辱だった。でも、わたくし達の関係が外に漏れたら大変な事になるから我慢したのよ。それなのに……あの女! あろうことか見当違いの悋気を起こしてイアンと無理心中して……許せないわ! これだから身分卑しい醜女は嫌なのよ! イアンから少し優しくされただけで勘違いして……!」

 次は……あ、桃のタルトがある! 
 はあ~……甘―い桃とカスタードクリームが塩気のあるタルトとぴったり、美味しいわ。

「イアンが亡くなったと聞いた時、わたくしも後を追いたかった……。でも、アレクセイとヘレンを残しては逝けなかった。だってわたくしはあの子達の母親だもの……」

 お茶のお代わり欲しいな……。あ、キャシーありがとう、気が利く~。
 でも無言で「食べ過ぎですよ」と圧をかけるのは止めて!
 だって仕方ないのよ、公爵家の菓子職人の腕がいいから……どれもこれも美味しすぎるの。それとババアの昔語りが長すぎてしんどいのよ。甘い物でも食べないとやっていられないの。

「周囲の制止を振り切ってわたくしはヘレンを手元へ置いたわ。最愛の娘の成長を傍で見たかったもの。アレクセイもヘレンを気に入って……まるで幼い頃のわたくしとイアンを見ているようだった。共に過ごす男女の間に恋心が芽生えるのは自然なことなの。だから貴女はあの二人が結ばれるのを助けないといけないのよ。そこをきちんと自覚しているかしら?」

 えーっと次は……色とりどりのフルーツが入ったゼリーにしようかな。
 カラフルなフルーツが宝石みたいで綺麗だわ……! 
 それとチョコレートも……あ、キャシーの目が怖い! 太りますよ、と目で訴えてくる!

「ちょっと聞いているの!?」

「え? あー……はい、聞いておりますよ? 突っ込みどころが満載ですが、敢えて一言いわせていただきます。……王妃様は頭がお腐りあそばしておりますね」

「は、はあああ!? なんですって? 小娘が! 今、何と申したか!!」

「貴女の頭が腐っていると申しました。堂々と不貞を告白する考え無しなところも、異父とはいえ兄妹の間に“恋心”が芽生えて喜ぶところも、周囲への影響全てを考えていないその空っぽな頭に驚いております」

「な、な、な……こちらが大人しくしていればつけあがりおって……!」

「ふふ……貴女のどこが大人しくしているのです? 畏れ多くも国王陛下の妃となり、国の母となった身で簡単に他の男に体を許す阿婆擦れが!」

 声に圧を込めれば王妃はビクッと体を震わせた。
 相当甘やかされて育ったであろう彼女はこんな風に叱られる経験が少なかったのかもしれない。この程度でそんなに怯えられては困る。まだまだ言いたいことはたっぷりあるのに。

「あ、阿婆擦れですって……? このわたくしに向かってお前……」

「阿婆擦れが嫌なら色ボケとでも言いましょうか? 妃が不貞を働けば一族郎党死罪だと理解しておられます? 貴女の生家やお相手のハスリー家、そして貴女の血を引くアレクセイ王子とどちらの血も引くヘレンも対象となります。貴女が大切だと言える人間すべてを巻き込む覚悟はあったのですか?」

「どうしてそこまで話が飛躍するのよ! 話を大袈裟にしないでちょうだい!」

なんですよ、この色ボケが! 誰が聞いても貴女が陛下以外の男と通じたという告白ですよ。こんな場所でそんな話をするなんて頭が湧いているとしか思えません!」

 ああ、もう……ヘレンの母親がアンタだという明確な証拠は無かったのに、どうして自分から暴露しちゃうのよ? そしてどうして他家で暴露するのよ? せめて自分の宮で言え!! こっちはあんたの生家とハスリー家の両方を潰すつもりなんてないんだよ!

「なんて生意気な小娘なの……! こちらが下手に出ていればつけあがって……!」

「いつ、どこで貴女が下手に出ましたか? 認知機能に障害でもあるのでは? ああ、もう……貴女がご自分の発言の重さをちっとも理解していないことは分かりました。ご理解頂けるまで説明する気もありませんので、ひとつだけお聞きします。先ほどヘレンとアレクセイ王子が結ばれる手助けを云々申しておりましたが、それはいったいどういう意味です?」

「まあ! 賢しらに言う割には貴女だって頭が悪いじゃない! どういう意味も何も、ヘレンの身分ではアレクセイの妃にはなれないのよ。だからのようにお飾りの妻という名目で王妃にさせてあげると言っているの。それが貴女の役目なのよ?」

「なるほど、つまりはわたくしに体裁を整えるためだけに王妃になれと。ちなみにお世継ぎはどうするおつもりで?」

「そんなのに決まっているじゃない。アレクセイは幼い頃からヘレン唯一人を一途に愛しているのよ。貴女なんかに手出しをするわけがないでしょう?」

「……異父とはいえ兄妹間で子を成させるつもりですか? 倫理観壊れておりますね」

「そんなの知らなければどうとでもなるわよ! 愛し合う二人が子を成すことは自然で尊いことなの!」

「いや、現在進行形でわたくしやわたくしの家の者、そして王妃様に仕える者に知られておりますけど……?」

 この場に何人の人間がいると思っているのよ、この王妃は。
 もしかして自分より格下は目に入らないタイプ? 
 そういうタイプってその性格が原因で痛い目を見るよね。

「王妃様の倫理観が悲しいほどに壊れているうえに口が軽いことは分かりました。もういいので帰っていただけます?」

 ヘレンが王妃の娘であることが確定した今、もうこの女に聞きたいことはない。
 それに王妃の背後に控える女官がヤベエ情報を聞いてしまったと可哀想なほど震えている。こんな自分の主人が失脚するような情報聞きたくなかったよね。

「帰ってほしければ婚約破棄を取り下げなさい。これは命令よ!」

「ふっ……ふふ、やだ、王妃様ったら……笑わせないでくださいな?」

 あまりにも滑稽な言葉を吐くものだから思わず吹き出してしまった。
 笑顔で王妃の方に顔を向けたら「ひっ……」と小さく悲鳴を上げられたよ。
 乙女の笑顔に怯えるなんて失礼なババアだわ。

「今の貴女がわたくしに命令を下せるほどの権威がありまして? 己の立場を弁えてからおっしゃってくださいな」

「なんですって……!? このっ……散々よくしてあげた恩を忘れたの? この恩知らずが!」

「よくしてもらった覚えなど一つもないのですが? 貴女はいつもヘレンを褒めてはわたくしを貶めておりましたよね?」

「はあ? そんなの覚えていないわよ! それにヘレンはわたくしの実の娘でお前は他人なの! 立場を弁えるのはそっちでしょう!」

「あら、覚えていないだなんて……もう痴呆が始まっているようですわね? それと勘違いしているようですが、わたくしはアレクセイ王子の後ろ盾になれる有力貴族出身の婚約者、ヘレンは何の権力もない平民です。どちらを優先すれば玉座につけたかは分かり切ったことです。貴女も息子を王にしたかったのならヘレンではなくわたくしを尊重すべきだった。王妃ともあろう御方がそんなことも理解していなかったなど可笑しなことですわ」

 あの王子がヘレンを愛していようが、王妃にとってヘレンが実の娘だろうがどうでもいいことだ。息子を王にしたかったのなら、ミシェルという家柄も才能も揃っている最高の婚約者を丁重に扱わなければいけなかった。間違っても見下して暴言を吐いていい相手ではない。それを理解せず、愛だの肉親だのにこだわっている時点で王族として終わっている。

「なんで……なんで今更そんな事を言うのよ!? お前は何を言われても怒らなかったでしょう? どうして今になって反抗するのよ! 意味が分からないわ!」

「まあ……! 勘違いさせたようで申し訳ございません! まさか王妃様ともあろう御方が怒らない相手になら何をしてもいい、などとをお持ちだとは露にも思いませんでしたわ!」

「なっ……幼稚ですって……!?」

「ええ、幼稚で非常識です。わたくしも長い間ずっと疑問に思っていたのですよ。アレクセイ王子を諫めるべき立場にある王妃様がむしろヘレンとの仲を擁護する理由をね。てっきり貴女は息子を王にしたくないのだと思っていましたよ」

「はあ? そんなわけがないでしょう! ごちゃごちゃと喧しいことを言わずに黙ってヘレンとアレクセイの仲を受け入れればよかったのよ! お前さえ従順にしていれば全て丸く収まったというのに……!!」

「はあ……つまり、目の前で繰り広げられる実の兄妹の乳繰り合いを容認しろと? そんな茶番には付き合っていられませんよ、気持ち悪い……」

 嫌悪感むきだしの目で睨めば王妃はまたびくりと身を震わせた。
 まったく、怯えたり怒ったりと忙しいわね。

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