39 / 87
聞きたくもない恋話と甘いお菓子
「ヘレンは亡くなったハスリー子爵夫妻の遺児ではないのですか?」
「父親はそうだけど、母親はこのわたくしよ!」
あー……やっぱり。なら“イアン”はハスリー子爵の名前で間違いないわね。
それにしてもちょっと挑発したくらいで自分の不貞を暴露するなんて……堪え性がないわ。不味い事を聞いたとばかりに女官や護衛が青い顔をしているわよ?
「つまり王妃様はハスリー子爵と不貞を働き、ヘレンを産み落としたと……。そういうことでしょうか?」
「不貞!? 失礼な事を言わないで頂戴! わたくしとイアンは真実の愛で結ばれた仲なの! ヘレンはその愛の結晶よ!!」
真実の愛(笑)、と思わず吹き出しそうになるのを堪えていると、勢いづいた王妃がそのままべらべらと語りだした。
「わたくしとイアンは幼い頃から互いだけを想い合ってきたわ。大きくなったら結婚しようね、と約束したのに……」
どこか遠い目をして語りだした……。これはきっと長くなるやつだ。
他人が語る昔の恋とか興味ないし、お菓子でも食べながら聞き流すか。
「お父様が『あんな斜陽貴族の次男坊になぞ嫁がせても旨味が無い』なんて言って、わたくしを王家になど嫁がせなければ……今頃はイアンと仲睦まじい夫婦として過ごせていたのに!」
あ~……この、フルーツたっぷりパウンドケーキ最高だわ。
濃厚なブランデーの香りもたまらない。お茶との相性も抜群ね。
「好きでもない男に嫁ぎ、その男の子を産むことがどれだけ屈辱か……。辛かったわ、イアンではない男に体を暴かれるのは……。初めてはイアンに捧げたかったのに……!」
次は……この苺味のシフォンケーキにしましょう。
クリームもスポンジもピンクで可愛い~! それにふわふわで美味しい~!
「わたくしは跡継ぎを産むという義務を果たしたのよ。だから今度は愛するイアンの子を産みたいと願うのは当然でしょう? イアンもわたくしのことをずっと想ってくれていたの。わたくしとの関係が外に漏れないようにお飾りの妻まで娶ってくれたのよ」
口の中が甘くなっちゃったからフルーツで舌を休めようっと。
酸味のあるもの……オレンジと苺がいいかな。
うん、さっぱりして美味しい!
「イアンとの愛の結晶……ヘレンが産まれた時は本当に嬉しかったわ。わたくしが育てられないことは悲しかったし、あんな卑しい女の子として届け出なければならないのは屈辱だった。でも、わたくし達の関係が外に漏れたら大変な事になるから我慢したのよ。それなのに……あの女! あろうことか見当違いの悋気を起こしてイアンと無理心中して……許せないわ! これだから身分卑しい醜女は嫌なのよ! イアンから少し優しくされただけで勘違いして……!」
次は……あ、桃のタルトがある!
はあ~……甘―い桃とカスタードクリームが塩気のあるタルトとぴったり、美味しいわ。
「イアンが亡くなったと聞いた時、わたくしも後を追いたかった……。でも、アレクセイとヘレンを残しては逝けなかった。だってわたくしはあの子達の母親だもの……」
お茶のお代わり欲しいな……。あ、キャシーありがとう、気が利く~。
でも無言で「食べ過ぎですよ」と圧をかけるのは止めて!
だって仕方ないのよ、公爵家の菓子職人の腕がいいから……どれもこれも美味しすぎるの。それとババアの昔語りが長すぎてしんどいのよ。甘い物でも食べないとやっていられないの。
「周囲の制止を振り切ってわたくしはヘレンを手元へ置いたわ。最愛の娘の成長を傍で見たかったもの。アレクセイもヘレンを気に入って……まるで幼い頃のわたくしとイアンを見ているようだった。共に過ごす男女の間に恋心が芽生えるのは自然なことなの。だから貴女はあの二人が結ばれるのを助けないといけないのよ。そこをきちんと自覚しているかしら?」
えーっと次は……色とりどりのフルーツが入ったゼリーにしようかな。
カラフルなフルーツが宝石みたいで綺麗だわ……!
それとチョコレートも……あ、キャシーの目が怖い! 太りますよ、と目で訴えてくる!
「ちょっと聞いているの!?」
「え? あー……はい、聞いておりますよ? 突っ込みどころが満載ですが、敢えて一言いわせていただきます。……王妃様は頭がお腐りあそばしておりますね」
「は、はあああ!? なんですって? 小娘が! 今、何と申したか!!」
「貴女の頭が腐っていると申しました。堂々と不貞を告白する考え無しなところも、異父とはいえ兄妹の間に“恋心”が芽生えて喜ぶところも、周囲への影響全てを考えていないその空っぽな頭に驚いております」
「な、な、な……こちらが大人しくしていればつけあがりおって……!」
「ふふ……貴女のどこが大人しくしているのです? 畏れ多くも国王陛下の妃となり、国の母となった身で簡単に他の男に体を許す阿婆擦れが!」
声に圧を込めれば王妃はビクッと体を震わせた。
相当甘やかされて育ったであろう彼女はこんな風に叱られる経験が少なかったのかもしれない。この程度でそんなに怯えられては困る。まだまだ言いたいことはたっぷりあるのに。
「あ、阿婆擦れですって……? このわたくしに向かってお前……」
「阿婆擦れが嫌なら色ボケとでも言いましょうか? 妃が不貞を働けば一族郎党死罪だと理解しておられます? 貴女の生家やお相手のハスリー家、そして貴女の血を引くアレクセイ王子とどちらの血も引くヘレンも対象となります。貴女が大切だと言える人間すべてを巻き込む覚悟はあったのですか?」
「どうしてそこまで話が飛躍するのよ! 話を大袈裟にしないでちょうだい!」
「大袈裟な話なんですよ、この色ボケが! 誰が聞いても貴女が陛下以外の男と通じたという告白ですよ。こんな場所でそんな話をするなんて頭が湧いているとしか思えません!」
ああ、もう……ヘレンの母親がアンタだという明確な証拠は無かったのに、どうして自分から暴露しちゃうのよ? そしてどうして他家で暴露するのよ? せめて自分の宮で言え!! こっちはあんたの生家とハスリー家の両方を潰すつもりなんてないんだよ!
「なんて生意気な小娘なの……! こちらが下手に出ていればつけあがって……!」
「いつ、どこで貴女が下手に出ましたか? 認知機能に障害でもあるのでは? ああ、もう……貴女がご自分の発言の重さをちっとも理解していないことは分かりました。ご理解頂けるまで説明する気もありませんので、ひとつだけお聞きします。先ほどヘレンとアレクセイ王子が結ばれる手助けを云々申しておりましたが、それはいったいどういう意味です?」
「まあ! 賢しらに言う割には貴女だって頭が悪いじゃない! どういう意味も何も、ヘレンの身分ではアレクセイの妃にはなれないのよ。だからあの女のようにお飾りの妻という名目で王妃にさせてあげると言っているの。それが貴女の役目なのよ?」
「なるほど、つまりはわたくしに体裁を整えるためだけに王妃になれと。ちなみにお世継ぎはどうするおつもりで?」
「そんなのヘレンが産むに決まっているじゃない。アレクセイは幼い頃からヘレン唯一人を一途に愛しているのよ。貴女なんかに手出しをするわけがないでしょう?」
「……異父とはいえ兄妹間で子を成させるつもりですか? 倫理観壊れておりますね」
「そんなの知らなければどうとでもなるわよ! 愛し合う二人が子を成すことは自然で尊いことなの!」
「いや、現在進行形でわたくしやわたくしの家の者、そして王妃様に仕える者に知られておりますけど……?」
この場に何人の人間がいると思っているのよ、この王妃は。
もしかして自分より格下は目に入らないタイプ?
そういうタイプってその性格が原因で痛い目を見るよね。
「王妃様の倫理観が悲しいほどに壊れているうえに口が軽いことは分かりました。もういいので帰っていただけます?」
ヘレンが王妃の娘であることが確定した今、もうこの女に聞きたいことはない。
それに王妃の背後に控える女官がヤベエ情報を聞いてしまったと可哀想なほど震えている。こんな自分の主人が失脚するような情報聞きたくなかったよね。
「帰ってほしければ婚約破棄を取り下げなさい。これは命令よ!」
「ふっ……ふふ、やだ、王妃様ったら……笑わせないでくださいな?」
あまりにも滑稽な言葉を吐くものだから思わず吹き出してしまった。
笑顔で王妃の方に顔を向けたら「ひっ……」と小さく悲鳴を上げられたよ。
乙女の笑顔に怯えるなんて失礼なババアだわ。
「今の貴女がわたくしに命令を下せるほどの権威がありまして? 己の立場を弁えてからおっしゃってくださいな」
「なんですって……!? このっ……散々よくしてあげた恩を忘れたの? この恩知らずが!」
「よくしてもらった覚えなど一つもないのですが? 貴女はいつもヘレンを褒めてはわたくしを貶めておりましたよね?」
「はあ? そんなの覚えていないわよ! それにヘレンはわたくしの実の娘でお前は他人なの! 立場を弁えるのはそっちでしょう!」
「あら、覚えていないだなんて……もう痴呆が始まっているようですわね? それと勘違いしているようですが、わたくしはアレクセイ王子の後ろ盾になれる有力貴族出身の婚約者、ヘレンは何の権力もない平民です。どちらを優先すれば玉座につけたかは分かり切ったことです。貴女も息子を王にしたかったのならヘレンではなくわたくしを尊重すべきだった。王妃ともあろう御方がそんなことも理解していなかったなど可笑しなことですわ」
あの王子がヘレンを愛していようが、王妃にとってヘレンが実の娘だろうがどうでもいいことだ。息子を王にしたかったのなら、ミシェルという家柄も才能も揃っている最高の婚約者を丁重に扱わなければいけなかった。間違っても見下して暴言を吐いていい相手ではない。それを理解せず、愛だの肉親だのにこだわっている時点で王族として終わっている。
「なんで……なんで今更そんな事を言うのよ!? お前は何を言われても怒らなかったでしょう? どうして今になって反抗するのよ! 意味が分からないわ!」
「まあ……! 勘違いさせたようで申し訳ございません! まさか王妃様ともあろう御方が怒らない相手になら何をしてもいい、などと幼稚な考えをお持ちだとは露にも思いませんでしたわ!」
「なっ……幼稚ですって……!?」
「ええ、幼稚で非常識です。わたくしも長い間ずっと疑問に思っていたのですよ。アレクセイ王子を諫めるべき立場にある王妃様がむしろヘレンとの仲を擁護する理由をね。てっきり貴女は息子を王にしたくないのだと思っていましたよ」
「はあ? そんなわけがないでしょう! ごちゃごちゃと喧しいことを言わずに黙ってヘレンとアレクセイの仲を受け入れればよかったのよ! お前さえ従順にしていれば全て丸く収まったというのに……!!」
「はあ……つまり、目の前で繰り広げられる実の兄妹の乳繰り合いを容認しろと? そんな茶番には付き合っていられませんよ、気持ち悪い……」
嫌悪感むきだしの目で睨めば王妃はまたびくりと身を震わせた。
まったく、怯えたり怒ったりと忙しいわね。
「父親はそうだけど、母親はこのわたくしよ!」
あー……やっぱり。なら“イアン”はハスリー子爵の名前で間違いないわね。
それにしてもちょっと挑発したくらいで自分の不貞を暴露するなんて……堪え性がないわ。不味い事を聞いたとばかりに女官や護衛が青い顔をしているわよ?
「つまり王妃様はハスリー子爵と不貞を働き、ヘレンを産み落としたと……。そういうことでしょうか?」
「不貞!? 失礼な事を言わないで頂戴! わたくしとイアンは真実の愛で結ばれた仲なの! ヘレンはその愛の結晶よ!!」
真実の愛(笑)、と思わず吹き出しそうになるのを堪えていると、勢いづいた王妃がそのままべらべらと語りだした。
「わたくしとイアンは幼い頃から互いだけを想い合ってきたわ。大きくなったら結婚しようね、と約束したのに……」
どこか遠い目をして語りだした……。これはきっと長くなるやつだ。
他人が語る昔の恋とか興味ないし、お菓子でも食べながら聞き流すか。
「お父様が『あんな斜陽貴族の次男坊になぞ嫁がせても旨味が無い』なんて言って、わたくしを王家になど嫁がせなければ……今頃はイアンと仲睦まじい夫婦として過ごせていたのに!」
あ~……この、フルーツたっぷりパウンドケーキ最高だわ。
濃厚なブランデーの香りもたまらない。お茶との相性も抜群ね。
「好きでもない男に嫁ぎ、その男の子を産むことがどれだけ屈辱か……。辛かったわ、イアンではない男に体を暴かれるのは……。初めてはイアンに捧げたかったのに……!」
次は……この苺味のシフォンケーキにしましょう。
クリームもスポンジもピンクで可愛い~! それにふわふわで美味しい~!
「わたくしは跡継ぎを産むという義務を果たしたのよ。だから今度は愛するイアンの子を産みたいと願うのは当然でしょう? イアンもわたくしのことをずっと想ってくれていたの。わたくしとの関係が外に漏れないようにお飾りの妻まで娶ってくれたのよ」
口の中が甘くなっちゃったからフルーツで舌を休めようっと。
酸味のあるもの……オレンジと苺がいいかな。
うん、さっぱりして美味しい!
「イアンとの愛の結晶……ヘレンが産まれた時は本当に嬉しかったわ。わたくしが育てられないことは悲しかったし、あんな卑しい女の子として届け出なければならないのは屈辱だった。でも、わたくし達の関係が外に漏れたら大変な事になるから我慢したのよ。それなのに……あの女! あろうことか見当違いの悋気を起こしてイアンと無理心中して……許せないわ! これだから身分卑しい醜女は嫌なのよ! イアンから少し優しくされただけで勘違いして……!」
次は……あ、桃のタルトがある!
はあ~……甘―い桃とカスタードクリームが塩気のあるタルトとぴったり、美味しいわ。
「イアンが亡くなったと聞いた時、わたくしも後を追いたかった……。でも、アレクセイとヘレンを残しては逝けなかった。だってわたくしはあの子達の母親だもの……」
お茶のお代わり欲しいな……。あ、キャシーありがとう、気が利く~。
でも無言で「食べ過ぎですよ」と圧をかけるのは止めて!
だって仕方ないのよ、公爵家の菓子職人の腕がいいから……どれもこれも美味しすぎるの。それとババアの昔語りが長すぎてしんどいのよ。甘い物でも食べないとやっていられないの。
「周囲の制止を振り切ってわたくしはヘレンを手元へ置いたわ。最愛の娘の成長を傍で見たかったもの。アレクセイもヘレンを気に入って……まるで幼い頃のわたくしとイアンを見ているようだった。共に過ごす男女の間に恋心が芽生えるのは自然なことなの。だから貴女はあの二人が結ばれるのを助けないといけないのよ。そこをきちんと自覚しているかしら?」
えーっと次は……色とりどりのフルーツが入ったゼリーにしようかな。
カラフルなフルーツが宝石みたいで綺麗だわ……!
それとチョコレートも……あ、キャシーの目が怖い! 太りますよ、と目で訴えてくる!
「ちょっと聞いているの!?」
「え? あー……はい、聞いておりますよ? 突っ込みどころが満載ですが、敢えて一言いわせていただきます。……王妃様は頭がお腐りあそばしておりますね」
「は、はあああ!? なんですって? 小娘が! 今、何と申したか!!」
「貴女の頭が腐っていると申しました。堂々と不貞を告白する考え無しなところも、異父とはいえ兄妹の間に“恋心”が芽生えて喜ぶところも、周囲への影響全てを考えていないその空っぽな頭に驚いております」
「な、な、な……こちらが大人しくしていればつけあがりおって……!」
「ふふ……貴女のどこが大人しくしているのです? 畏れ多くも国王陛下の妃となり、国の母となった身で簡単に他の男に体を許す阿婆擦れが!」
声に圧を込めれば王妃はビクッと体を震わせた。
相当甘やかされて育ったであろう彼女はこんな風に叱られる経験が少なかったのかもしれない。この程度でそんなに怯えられては困る。まだまだ言いたいことはたっぷりあるのに。
「あ、阿婆擦れですって……? このわたくしに向かってお前……」
「阿婆擦れが嫌なら色ボケとでも言いましょうか? 妃が不貞を働けば一族郎党死罪だと理解しておられます? 貴女の生家やお相手のハスリー家、そして貴女の血を引くアレクセイ王子とどちらの血も引くヘレンも対象となります。貴女が大切だと言える人間すべてを巻き込む覚悟はあったのですか?」
「どうしてそこまで話が飛躍するのよ! 話を大袈裟にしないでちょうだい!」
「大袈裟な話なんですよ、この色ボケが! 誰が聞いても貴女が陛下以外の男と通じたという告白ですよ。こんな場所でそんな話をするなんて頭が湧いているとしか思えません!」
ああ、もう……ヘレンの母親がアンタだという明確な証拠は無かったのに、どうして自分から暴露しちゃうのよ? そしてどうして他家で暴露するのよ? せめて自分の宮で言え!! こっちはあんたの生家とハスリー家の両方を潰すつもりなんてないんだよ!
「なんて生意気な小娘なの……! こちらが下手に出ていればつけあがって……!」
「いつ、どこで貴女が下手に出ましたか? 認知機能に障害でもあるのでは? ああ、もう……貴女がご自分の発言の重さをちっとも理解していないことは分かりました。ご理解頂けるまで説明する気もありませんので、ひとつだけお聞きします。先ほどヘレンとアレクセイ王子が結ばれる手助けを云々申しておりましたが、それはいったいどういう意味です?」
「まあ! 賢しらに言う割には貴女だって頭が悪いじゃない! どういう意味も何も、ヘレンの身分ではアレクセイの妃にはなれないのよ。だからあの女のようにお飾りの妻という名目で王妃にさせてあげると言っているの。それが貴女の役目なのよ?」
「なるほど、つまりはわたくしに体裁を整えるためだけに王妃になれと。ちなみにお世継ぎはどうするおつもりで?」
「そんなのヘレンが産むに決まっているじゃない。アレクセイは幼い頃からヘレン唯一人を一途に愛しているのよ。貴女なんかに手出しをするわけがないでしょう?」
「……異父とはいえ兄妹間で子を成させるつもりですか? 倫理観壊れておりますね」
「そんなの知らなければどうとでもなるわよ! 愛し合う二人が子を成すことは自然で尊いことなの!」
「いや、現在進行形でわたくしやわたくしの家の者、そして王妃様に仕える者に知られておりますけど……?」
この場に何人の人間がいると思っているのよ、この王妃は。
もしかして自分より格下は目に入らないタイプ?
そういうタイプってその性格が原因で痛い目を見るよね。
「王妃様の倫理観が悲しいほどに壊れているうえに口が軽いことは分かりました。もういいので帰っていただけます?」
ヘレンが王妃の娘であることが確定した今、もうこの女に聞きたいことはない。
それに王妃の背後に控える女官がヤベエ情報を聞いてしまったと可哀想なほど震えている。こんな自分の主人が失脚するような情報聞きたくなかったよね。
「帰ってほしければ婚約破棄を取り下げなさい。これは命令よ!」
「ふっ……ふふ、やだ、王妃様ったら……笑わせないでくださいな?」
あまりにも滑稽な言葉を吐くものだから思わず吹き出してしまった。
笑顔で王妃の方に顔を向けたら「ひっ……」と小さく悲鳴を上げられたよ。
乙女の笑顔に怯えるなんて失礼なババアだわ。
「今の貴女がわたくしに命令を下せるほどの権威がありまして? 己の立場を弁えてからおっしゃってくださいな」
「なんですって……!? このっ……散々よくしてあげた恩を忘れたの? この恩知らずが!」
「よくしてもらった覚えなど一つもないのですが? 貴女はいつもヘレンを褒めてはわたくしを貶めておりましたよね?」
「はあ? そんなの覚えていないわよ! それにヘレンはわたくしの実の娘でお前は他人なの! 立場を弁えるのはそっちでしょう!」
「あら、覚えていないだなんて……もう痴呆が始まっているようですわね? それと勘違いしているようですが、わたくしはアレクセイ王子の後ろ盾になれる有力貴族出身の婚約者、ヘレンは何の権力もない平民です。どちらを優先すれば玉座につけたかは分かり切ったことです。貴女も息子を王にしたかったのならヘレンではなくわたくしを尊重すべきだった。王妃ともあろう御方がそんなことも理解していなかったなど可笑しなことですわ」
あの王子がヘレンを愛していようが、王妃にとってヘレンが実の娘だろうがどうでもいいことだ。息子を王にしたかったのなら、ミシェルという家柄も才能も揃っている最高の婚約者を丁重に扱わなければいけなかった。間違っても見下して暴言を吐いていい相手ではない。それを理解せず、愛だの肉親だのにこだわっている時点で王族として終わっている。
「なんで……なんで今更そんな事を言うのよ!? お前は何を言われても怒らなかったでしょう? どうして今になって反抗するのよ! 意味が分からないわ!」
「まあ……! 勘違いさせたようで申し訳ございません! まさか王妃様ともあろう御方が怒らない相手になら何をしてもいい、などと幼稚な考えをお持ちだとは露にも思いませんでしたわ!」
「なっ……幼稚ですって……!?」
「ええ、幼稚で非常識です。わたくしも長い間ずっと疑問に思っていたのですよ。アレクセイ王子を諫めるべき立場にある王妃様がむしろヘレンとの仲を擁護する理由をね。てっきり貴女は息子を王にしたくないのだと思っていましたよ」
「はあ? そんなわけがないでしょう! ごちゃごちゃと喧しいことを言わずに黙ってヘレンとアレクセイの仲を受け入れればよかったのよ! お前さえ従順にしていれば全て丸く収まったというのに……!!」
「はあ……つまり、目の前で繰り広げられる実の兄妹の乳繰り合いを容認しろと? そんな茶番には付き合っていられませんよ、気持ち悪い……」
嫌悪感むきだしの目で睨めば王妃はまたびくりと身を震わせた。
まったく、怯えたり怒ったりと忙しいわね。
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~
まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。
夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。
それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。
娘にも、そうであってほしかった。
けれど──
その願いは、静かに歪んでいく。
夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。
そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。
「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」
その一言で、何かが壊れた。
我慢することが、母である証だと思っていた。
だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。
──もう、我慢するのはやめる。
妻であることをやめ、母として生き直すために。
私は、自分の人生を取り戻す決意をした。
その選択は、家族を大きく揺るがしていく。
崩れていく夫婦関係。
離れていく娘の心。
そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。
それでも私は問い続ける。
母とは何か。
家族とは何か。
そして──私は、どう生きるべきなのか。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。