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非常識
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「まさか王族に対する礼儀も弁えない愚か者が、我がヨーク公爵家に紛れていたとはね……」
フランチェスカが帰った後のヨーク公爵家では、侍女一同が公爵夫人の命により広間に集められていた。
場は非常に緊迫した空気が漂っており、侍女は皆頭を下げ、お辞儀の姿勢を保ったままだ。
彼女達の顔は一様に青褪め、視線はある一人の侍女の元へと注がれている。
「名前は何と言ったかしら……。ああ、別に知らなくとも構わないわね。お前が今後わたくしの前に顔を見せることはないのだから、呼ぶ機会もないもの」
冷たく圧の込められた声がその場に響き渡る。
特別大きな声でもないのに、その言葉は部屋中の者の耳に一言一句漏らすことなく届いた。
「この娘から侍女のお仕着せを剥ぎなさい。そして下女の服を着せて下働きの間へ」
この娘、と夫人が目線をやった先には痛々しく頬の腫れた一人の若い侍女が床に直接座らされていた。
彼女は先ほどフランチェスカに無礼を働いた侍女であり、その場で年嵩の侍女に頬を張られた以外にも、それを聞いた夫人によって何度も頬を張られた。
体に受けた痛みと、何故自分がここまでの扱いを受けねばならないのかと混乱する彼女はずっと体を小刻みに震わせている。
「当家に仕える侍女は皆、貴族の身分にある者です。貴族とは王家の家臣、すなわち王族に首を垂れる身。家臣の身でありながら主君の一族に無礼を働くような不忠者は我がヨーク公爵家には不要。わたくしはたとえ我が子といえども王族に盾突いた者を許しはしない。それを心に刻み、日々の職務に励みなさい」
公爵夫人の言葉に、その場にいる侍女達は皆体を震わせた。
実際に自分の息子を平民の身分に落とすことを決めた夫人。実の子にさえ容赦はしないのだから、他人である侍女に情けをかけるはずもないと分かる。
後のことを侍女長に任せその場を去る夫人の後ろ姿と、床に座る女の姿をその場にいる者たちは交互に眺めた。
自分達も礼儀に反した行いをすれば、この女と同じ末路を辿る。
それを嫌というくらい心に刻んだ。
「……それでは皆、奥様の仰ったことをゆめゆめ忘れぬように。貴族令嬢の身で下女に格下げされることがどれだけ不名誉か、聡明な貴女達なら分かるでしょう? では各自持ち場にお戻りなさい」
夫人に後処理を任された侍女長の一言で、その場にいる侍女達はやっと一息つき持ち場に戻った。
*
持ち場に戻った公爵家の侍女達は、皆口々に先ほどの事を話し始めた。
「奥様怖かったわ~。あの侍女……確か名前をジェーンといったかしら? ルイ様があちらの邸から連れてきた者よね。いったい何をやらかしたの?」
「それがね、なんと王女殿下に向かって直接声をかけたらしいわよ?」
「は? 王族に声をかけたですって? 嘘でしょう!?」
「あり得ないわよね。貴族令嬢なのに王族に直接声をかけることがどれだけ無礼か知らないのかしら?」
「いや、知らないわけないでしょう。平民だって知っている常識よ?」
「じゃあ、何でそんなことしたのかしら……?」
「さあ? あわよくば王女殿下に取り立ててもらおうと思ったとか?」
「うわ、図々しい……。でもさ、それだけで下女に格下げなんてされるかしら? 侍女が下女に格下げなんて前代未聞よ?」
「確かにそうよね。よほど失礼な言葉でも吐いたのかしら? それにしても貴族令嬢の身で下女に格下げされただなんて恥よ、恥。もし私がそんなことになれば間違いなくお父様から勘当されるわ!」
彼女達は知らない。ジェーンという名の侍女が王女の婚約者に懸想していることも。
王女を恋敵と見做してマウントを取ったことも。
王女の婚約者に懸想している者がヨーク公爵家内にいるなんてことを知られたくないと、夫人が居合わせた者にきつく口止めをしたからだ。幸い、その場に居合わせた年嵩の侍女はこの邸の侍女長だったので、口外出来ないことをすぐに理解した。むしろ自分がその場にいながら止められなかったことを深く反省し、自ら「自分にも罰を」と夫人に申し出たほどだ。
侍女と下女は仕事内容も持ち場も違う。
彼女達はその後、顔をみなくなったジェーンのことを思い出すこともなかった。
*
「お前は本日より洗濯の場に移動となります。分かっているとは思いますが、下女は主人一家と口を利くことも出来ません。いくらルイ様と既知の間柄とはいえ、今後は一切関わることのないように」
侍女長がうんざりした顔でジェーンにそう告げる。
あちらの邸で仕えていた者が何名かルイの世話役としてついてきたのだが、その中の一人がとんでもない常識知らずだった。よりにもよって、王族相手に喧嘩を売るような真似をするなんて信じがたい。
「ひっ……ひどいっ! アタシは何も悪いことなんてしていないのに!」
未だに自分が犯した罪の重さを理解していないジェーンを侍女長は嫌悪丸出しの顔で睨みつける。
「お黙りなさい! 何が”悪いことをしていない”ですか! 姫様相手に何をしたか分からないの!?」
「何って……別にお菓子を勧めただけじゃないですか? それの何が悪いんです?」
「嘘仰い! お前は姫様相手に自分の方が優位であると示そうとしたわね? 自分の方がルイ様をよく知っていると。そしてルイ様の名を呼び捨てにするような仲だと誤解させたわよね!? それでなくとも王族相手に許可もなく勝手に声をかけるなど許されない行為よ! 貴族令嬢のくせにそんなことも分からないの!?」
あまりの常識の無さに侍女長は淑女らしさをかなぐり捨てて声を荒げた。
許可なく王族に声をかけたこと。
主人であり、王女の婚約者であるルイを呼び捨てにしたこと。
何より王女相手にマウントをとったこと。
これだけの不敬を犯しておいて、その罪の重さを理解していないところが心底嫌になる。
セレスタンといい、この侍女といい、ヨーク公爵家にはどうしてこうも規格外に非常識な奴が集まるのかと。
フランチェスカが帰った後のヨーク公爵家では、侍女一同が公爵夫人の命により広間に集められていた。
場は非常に緊迫した空気が漂っており、侍女は皆頭を下げ、お辞儀の姿勢を保ったままだ。
彼女達の顔は一様に青褪め、視線はある一人の侍女の元へと注がれている。
「名前は何と言ったかしら……。ああ、別に知らなくとも構わないわね。お前が今後わたくしの前に顔を見せることはないのだから、呼ぶ機会もないもの」
冷たく圧の込められた声がその場に響き渡る。
特別大きな声でもないのに、その言葉は部屋中の者の耳に一言一句漏らすことなく届いた。
「この娘から侍女のお仕着せを剥ぎなさい。そして下女の服を着せて下働きの間へ」
この娘、と夫人が目線をやった先には痛々しく頬の腫れた一人の若い侍女が床に直接座らされていた。
彼女は先ほどフランチェスカに無礼を働いた侍女であり、その場で年嵩の侍女に頬を張られた以外にも、それを聞いた夫人によって何度も頬を張られた。
体に受けた痛みと、何故自分がここまでの扱いを受けねばならないのかと混乱する彼女はずっと体を小刻みに震わせている。
「当家に仕える侍女は皆、貴族の身分にある者です。貴族とは王家の家臣、すなわち王族に首を垂れる身。家臣の身でありながら主君の一族に無礼を働くような不忠者は我がヨーク公爵家には不要。わたくしはたとえ我が子といえども王族に盾突いた者を許しはしない。それを心に刻み、日々の職務に励みなさい」
公爵夫人の言葉に、その場にいる侍女達は皆体を震わせた。
実際に自分の息子を平民の身分に落とすことを決めた夫人。実の子にさえ容赦はしないのだから、他人である侍女に情けをかけるはずもないと分かる。
後のことを侍女長に任せその場を去る夫人の後ろ姿と、床に座る女の姿をその場にいる者たちは交互に眺めた。
自分達も礼儀に反した行いをすれば、この女と同じ末路を辿る。
それを嫌というくらい心に刻んだ。
「……それでは皆、奥様の仰ったことをゆめゆめ忘れぬように。貴族令嬢の身で下女に格下げされることがどれだけ不名誉か、聡明な貴女達なら分かるでしょう? では各自持ち場にお戻りなさい」
夫人に後処理を任された侍女長の一言で、その場にいる侍女達はやっと一息つき持ち場に戻った。
*
持ち場に戻った公爵家の侍女達は、皆口々に先ほどの事を話し始めた。
「奥様怖かったわ~。あの侍女……確か名前をジェーンといったかしら? ルイ様があちらの邸から連れてきた者よね。いったい何をやらかしたの?」
「それがね、なんと王女殿下に向かって直接声をかけたらしいわよ?」
「は? 王族に声をかけたですって? 嘘でしょう!?」
「あり得ないわよね。貴族令嬢なのに王族に直接声をかけることがどれだけ無礼か知らないのかしら?」
「いや、知らないわけないでしょう。平民だって知っている常識よ?」
「じゃあ、何でそんなことしたのかしら……?」
「さあ? あわよくば王女殿下に取り立ててもらおうと思ったとか?」
「うわ、図々しい……。でもさ、それだけで下女に格下げなんてされるかしら? 侍女が下女に格下げなんて前代未聞よ?」
「確かにそうよね。よほど失礼な言葉でも吐いたのかしら? それにしても貴族令嬢の身で下女に格下げされただなんて恥よ、恥。もし私がそんなことになれば間違いなくお父様から勘当されるわ!」
彼女達は知らない。ジェーンという名の侍女が王女の婚約者に懸想していることも。
王女を恋敵と見做してマウントを取ったことも。
王女の婚約者に懸想している者がヨーク公爵家内にいるなんてことを知られたくないと、夫人が居合わせた者にきつく口止めをしたからだ。幸い、その場に居合わせた年嵩の侍女はこの邸の侍女長だったので、口外出来ないことをすぐに理解した。むしろ自分がその場にいながら止められなかったことを深く反省し、自ら「自分にも罰を」と夫人に申し出たほどだ。
侍女と下女は仕事内容も持ち場も違う。
彼女達はその後、顔をみなくなったジェーンのことを思い出すこともなかった。
*
「お前は本日より洗濯の場に移動となります。分かっているとは思いますが、下女は主人一家と口を利くことも出来ません。いくらルイ様と既知の間柄とはいえ、今後は一切関わることのないように」
侍女長がうんざりした顔でジェーンにそう告げる。
あちらの邸で仕えていた者が何名かルイの世話役としてついてきたのだが、その中の一人がとんでもない常識知らずだった。よりにもよって、王族相手に喧嘩を売るような真似をするなんて信じがたい。
「ひっ……ひどいっ! アタシは何も悪いことなんてしていないのに!」
未だに自分が犯した罪の重さを理解していないジェーンを侍女長は嫌悪丸出しの顔で睨みつける。
「お黙りなさい! 何が”悪いことをしていない”ですか! 姫様相手に何をしたか分からないの!?」
「何って……別にお菓子を勧めただけじゃないですか? それの何が悪いんです?」
「嘘仰い! お前は姫様相手に自分の方が優位であると示そうとしたわね? 自分の方がルイ様をよく知っていると。そしてルイ様の名を呼び捨てにするような仲だと誤解させたわよね!? それでなくとも王族相手に許可もなく勝手に声をかけるなど許されない行為よ! 貴族令嬢のくせにそんなことも分からないの!?」
あまりの常識の無さに侍女長は淑女らしさをかなぐり捨てて声を荒げた。
許可なく王族に声をかけたこと。
主人であり、王女の婚約者であるルイを呼び捨てにしたこと。
何より王女相手にマウントをとったこと。
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