フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

文字の大きさ
39 / 84

非常識

「まさか王族に対する礼儀も弁えない愚か者が、我がヨーク公爵家に紛れていたとはね……」

 フランチェスカが帰った後のヨーク公爵家では、侍女一同が公爵夫人の命により広間に集められていた。

 場は非常に緊迫した空気が漂っており、侍女は皆頭を下げ、お辞儀の姿勢を保ったままだ。
 彼女達の顔は一様に青褪め、視線はある一人の侍女の元へと注がれている。

「名前は何と言ったかしら……。ああ、別に知らなくとも構わないわね。お前が今後、呼ぶ機会もないもの」

 冷たく圧の込められた声がその場に響き渡る。
 特別大きな声でもないのに、その言葉は部屋中の者の耳に一言一句漏らすことなく届いた。

から侍女のお仕着せを剥ぎなさい。そして下女の服を着せて下働きの間へ」

 この娘、と夫人が目線をやった先には痛々しく頬の腫れた一人の若い侍女が床に直接座らされていた。
 
 彼女は先ほどフランチェスカに無礼を働いた侍女であり、その場で年嵩の侍女に頬を張られた以外にも、それを聞いた夫人によって何度も頬を張られた。

 体に受けた痛みと、と混乱する彼女はずっと体を小刻みに震わせている。

「当家に仕える侍女は皆、貴族の身分にある者です。貴族とは王家の家臣、すなわち王族に首を垂れる身。家臣の身でありながら主君の一族に無礼を働くような不忠者は我がヨーク公爵家には。わたくしはたとえ我が子といえども王族に盾突いた者を許しはしない。それを心に刻み、日々の職務に励みなさい」

 公爵夫人の言葉に、その場にいる侍女達は皆体を震わせた。

 実際に自分の息子を平民の身分に落とすことを決めた夫人。実の子にさえ容赦はしないのだから、他人である侍女に情けをかけるはずもないと分かる。

 後のことを侍女長に任せその場を去る夫人の後ろ姿と、床に座る女の姿をその場にいる者たちは交互に眺めた。
 自分達も礼儀に反した行いをすれば、この女と同じ末路を辿る。
 それを嫌というくらい心に刻んだ。

「……それでは皆、奥様の仰ったことをゆめゆめ忘れぬように。貴族令嬢の身でがどれだけ不名誉か、聡明な貴女達なら分かるでしょう? では各自持ち場にお戻りなさい」

 夫人に後処理を任された侍女長の一言で、その場にいる侍女達はやっと一息つき持ち場に戻った。



 持ち場に戻った公爵家の侍女達は、皆口々に先ほどの事を話し始めた。

「奥様怖かったわ~。あの侍女……確か名前をジェーンといったかしら? ルイ様があちらの邸から連れてきた者よね。いったい何をやらかしたの?」

「それがね、なんと王女殿下に向かって直接声をかけたらしいわよ?」

「は? 王族に声をかけたですって? 嘘でしょう!?」

「あり得ないわよね。貴族令嬢なのに王族に直接声をかけることがどれだけ無礼か知らないのかしら?」

「いや、知らないわけないでしょう。平民だって知っている常識よ?」

「じゃあ、何でそんなことしたのかしら……?」

「さあ? あわよくば王女殿下に取り立ててもらおうと思ったとか?」

「うわ、図々しい……。でもさ、それだけで下女に格下げなんてされるかしら? 侍女が下女に格下げなんて前代未聞よ?」

「確かにそうよね。よほど失礼な言葉でも吐いたのかしら? それにしても貴族令嬢の身で下女に格下げされただなんて恥よ、恥。もし私がそんなことになれば間違いなくお父様から勘当されるわ!」

 彼女達は知らない。ジェーンという名の侍女が王女の婚約者ルイに懸想していることも。
 王女を恋敵と見做してマウントを取ったことも。

 王女の婚約者に懸想している者がヨーク公爵家内にいるなんてことを知られたくないと、夫人が居合わせた者にきつく口止めをしたからだ。幸い、その場に居合わせた年嵩の侍女はこの邸の侍女長だったので、口外出来ないことをすぐに理解した。むしろ自分がその場にいながら止められなかったことを深く反省し、自ら「自分にも罰を」と夫人に申し出たほどだ。

 侍女と下女は仕事内容も持ち場も違う。
 彼女達はその後、顔をみなくなったジェーンのことを思い出すこともなかった。



「お前は本日より洗濯の場に移動となります。分かっているとは思いますが、下女は主人一家と口を利くことも出来ません。いくらルイ様と既知の間柄とはいえ、今後は一切関わることのないように」

 侍女長がうんざりした顔でジェーンにそう告げる。
 
 あちらの邸で仕えていた者が何名かルイの世話役としてついてきたのだが、その中の一人がとんでもない常識知らずだった。よりにもよって、王族相手に喧嘩を売るような真似をするなんて信じがたい。

「ひっ……ひどいっ! アタシは何も悪いことなんてしていないのに!」

 未だに自分が犯した罪の重さを理解していないジェーンを侍女長は嫌悪丸出しの顔で睨みつける。

「お黙りなさい! 何が”悪いことをしていない”ですか! 姫様相手に何をしたか分からないの!?」

「何って……別にお菓子を勧めただけじゃないですか? それの何が悪いんです?」

「嘘仰い! お前は姫様相手に自分の方が優位であると示そうとしたわね? 自分の方がルイ様をよく知っていると。そしてルイ様の名を呼び捨てにするような仲だと誤解させたわよね!? それでなくとも王族相手に許可もなく勝手に声をかけるなど許されない行為よ! 貴族令嬢のくせにそんなことも分からないの!?」

 あまりの常識の無さに侍女長は淑女らしさをかなぐり捨てて声を荒げた。

 許可なく王族に声をかけたこと。
 主人であり、王女の婚約者であるルイを呼び捨てにしたこと。
 何より王女相手にマウントをとったこと。

 これだけの不敬を犯しておいて、その罪の重さを理解していないところが心底嫌になる。

 セレスタンといい、この侍女といい、ヨーク公爵家にはどうしてこうも規格外に非常識な奴が集まるのかと。

 

あなたにおすすめの小説

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜

まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。 愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。 夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。 でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。 「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」 幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。 ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。 夫が全てを失うのはこれからの話。 私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

婚約者は妹のような幼馴染みを何より大切にしているので、お飾り妻予定な令嬢は幸せになることを諦めた……はずでした。

待鳥園子
恋愛
伯爵令嬢アイリーンの婚約者であるセシルの隣には『妹のような幼馴染み』愛らしい容姿のデイジーが居て、身分差で結婚出来ない二人が結ばれるためのお飾り妻にされてしまうことが耐えられなかった。 そして、二人がふざけて婚姻届を書いている光景を見て、アイリーンは自分の我慢が限界に達そうとしているのを感じていた……のだけど!?