魔王と姫君

空原 らいあ

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プロローグ -魔王誕生編-

―魔王?と逃亡―

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街道から外れ、まだそれほど深くもない森の中を一人の青年が駆ける。
体中には大小の傷がつき、その多くの箇所から出血が見られる。

彼は小さく悪態を吐きながら走る。
既に方向感覚はない。
血を流しすぎたせいか指先の感覚もない。
いや、一部の指は既にない。
それは追われる最中に猟犬に噛まれ失われていた。
このままこの場で立ち止まれば間違いなく今以上にひどい目に逢うことは解りきっていた。
それ故に彼は止まらず走り続ける。

やがて息も切れ頃、彼は後ろから近付いてくる鳴き声に気付いた。
思わず振り向くとそこには彼を追っていた二匹の猟犬と離れてついてくるその飼い主が見える。
追い付かれる。
そう思った焦りからか目の前に迫っていた藪に気づかず、さらには足がもつれ転んでしまった。
藪から転がりでるとそこには川が流れていた。
背後から迫る追っ手。
目の前には川。
犬に臭いを追われている以上、走って逃げるのは至難の業だ。

では戦うか。

ただの野犬ならまだしも相手は訓練された猟犬が二匹。
しかも背後にはその飼い主まで迫っている。
二匹の猟犬に狩人、
獲物は言うまでもなく彼だ。
それだけならばまだ良い。
場合によっては彼に追っ手を放った領主の私設軍が迫っている可能性もある。
やはり逃げなければ。

彼は一瞬で覚悟を決めると目の前の川へと飛び込んだ。

その数瞬後に猟犬がその場に追いつき、彼のにおいを探す。
が、流石に川の中にまでは飛び込まずに飼い主を待った。
飼い主は愛犬の様子を確認すると「逃がしたか」と舌打ちをしながら木々の闇に消えていった。


……………………
………………
…………
彼が意識を取り戻したのは奇跡的と言えるだろう。
飛び込んだ場所からかなりの時間をかけて流れ着いた先は小さな砂地だった。
川はそこから大きくうねって方向を変えている。

逃げ切れたのだろうか?

痛む体を動かし仰向け倒れる。
痛みの感覚は既になかったが右腕と左足は力が入らない。
左足は目に見えておかしな方向に曲がっていた。

目が霞む。
既に指一本動かす体力も残っていない。

音も聞こえない。
追っ手の気配が無いのは当然だが木々が葉を擦る音も、虫達の合唱も彼にはもう聞こえなかった。

「っ……こんなことで」
諦めるものか。

後半は声にならなかった。
代わりに血が口から零れる。
邪魔になったそれを吐き出そうと息を吸い込んだ途端、胸に激痛が走る。
思わず咽せかえるがそれが更に痛みを呼び込み悶絶する。
彼の顔が苦痛にゆがむ。

だがー

「諦める、ものかッ!」

彼は天に向かって吠える。
刻一刻と迫る死の影など関係なく、彼の眼は強い意志を放っていた。
そして、

『力が欲しいですか?』

彼の瞳に大きな鳥影が映った。
その鳥は大きく旋回した後、彼の目の前まで降りてきた。

『…力が、欲しいのですか?』

再度の問い。
彼は「なぜ鳥が喋っている?」「なぜ他の音が聞こえない状況にも関わらずこの鳥の声だけ聞こえる?」といった疑問が頭を掠めるが言葉には出さなかった。
…実際は出そうと思っても出せないのだが。

鳥は鴉に似ている。
夜闇より深い黒の羽。
先程までの飛んでいる姿から翼を広げると1メートルは優に超えるサイズである。
頭に比べて大きめの嘴は声が聞こえたときも閉ざされている。
だが彼は先の言葉がこの鴉から発せられた言葉であること確信している。

鴉は鳥らしく首を傾けながら彼を見ている。

『力を望むなら意思で答えるのです。力が欲しいのですか?』

彼は首を振る。
違う、と。

『では生を望むのですか?』

鴉の問いかけは淡々としている。
感情などは感じられない。
彼は再び首を振った。

『ではその死にかけの身体で何を望むのですか?』

彼は再び吐きそうになる血反吐を無理やり抑え込み、鴉へとハッキリと告げた。

「美女と好き放題やる!それだけだっ!!」
『でそれには相応しい力を与えましょう』

鴉がそう言葉を発した刹那、
彼の体を黄金の光が包み込む。

『部位欠損、確認。…魔甲による補修完了。
 骨折および内臓の損傷を確認。治癒及び魔甲による補強…完了』

矢継ぎ早に告げられる報告。
それと同時に彼の体の傷が消えてゆく。

『欲望の満ちたる魂を確認。最終行程に移行します』

体の痛みはすっかりなくなり、ぼやけていた視界もハッキリと見える。
彼は自分の手足に収束していく光を眺めていた。

『…完了。』

全ての光が収まった後、傷の完全に癒えた彼に鴉は翼を大きく広げこう告げた。

『おめでとうございます。貴方様は第346代目魔王に選ばれました』
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