魔王と姫君

空原 らいあ

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第一章 ー魔王と出会い編ー

第28話 ―王女と報酬―

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 …ファーブル砦の戦いから数日後、ファーニア王国は戦後処理に追われていた。
ルザード大臣とその一派の粛清から始まり、白竜帝国との休戦協定、捕虜の身柄受渡しと賠償交渉、さらには白竜帝国以外の隣国から友好条約を結びませんかという打診まであった。
 要するに一国で白竜帝国軍を打ち破り、その王族まで捕虜にしたファーニア王国と敵対せず、あわよくばその実績ある武力に肖ろうとする国だ。

これらの中でも特に問題となったのが白竜帝国との交渉だったのだが、フィリオナのもたらした解毒剤により復帰した国王とフィリオナを中心にした奮闘により、大国である白竜帝国から少なくない賠償金を得る運びとなった。

フィリオナはルザード元大臣の毒が完全に抜けている訳ではないが徐々に復調している。
ただ彼女を知る者からすると身体的というよりも精神的に強くなった印象だった。
以前より民を想い国を想う優しい人柄ではあったが今回の一件で、そこに確固たる意志が加わったようだ。

「姫様、少し御休憩下さい。朝から働き詰めではありませんか」
「ありがとう、ミリア。でも今は大変な時だから私が少しでも頑張らないと」

常にこの調子である。
ミリアとしては気が気でなかった。

実際、ルザード元大臣が抜けた穴は小さくなく、更に戦後処理がやってきたものだからフィリオナは自室も書類に埋もれている状況だ。
武官であるミリアが手伝える訳もなく、ただ見守るしかできないことが歯痒く感じていた。

「それはそうと、ミリア」
「なんでしょうか?」

書類から顔を上げ、フィリオナが傍に立つミリアの顔を見つめる。
「ラース様はどうしていますかね?」
「彼なら都の安宿に滞在しているとのことです」
「そうですか。…遊びに来て下さったり…しないですよねぇ」
「ちょ…姫様!」
ミリアは慌てて顔を寄せて小声で話始める。
「(私以外の者もいるのです!ラースの事であまりそういう発言はなさらないでください)」
「そんなに気にすることはないと思いますけど…」
「(姫様が気にしなくても周りは気にするのです!)」
「そうですか…わかりました」

そう言いつつもフィリオナはどこか上の空だった。
その様子にミリアは頭を抱える。
白竜帝国との戦いの後からラースの名前が出ると毎回この感じである。
フィリオナがラースの事を気に入っているのは薄々感じ取ってはいたミリアだが、此処まで露骨に態度に出るものだとは思っていなかった。
王女としての職務がおざなりになっている訳ではないが、ラースの話をするフィリオナは楽しそうにしていたかと思えば不意に憂いを帯びた瞳に変わる。

これは話に聞く『恋する乙女』と何ら変わらない症状ではないか。

「…それはそうとそろそろ考えなければいけませんね」
先程の忠告が効いたのかフィリオナの声はやや抑え目だ。
「?何をです?」
「ラース様の報酬です」
「ーーーっ。…それは…やはり必要ですか?お金なら白竜帝国からの賠償金がたんまりと入るのですし、それで何とかごまかせませんかね…」

「それは無理だと思いますよ?ミリアも分かっていると思いますがあの通りの方ですから」
ニッコリと微笑みながら、フィリオナは告げる。
そういう交渉は既に行っており、かつ断られていた。

「…姫様は、よく、平然としていられますね。私は姫様の事を想うと今でもあの男を消してやりたくなりますが…」
「私は出来るだけ考えないようにしています。幸いそんなことは忘れられるほどの仕事もありますし…それに…」
フィリオナの頬が仄かに染まる。
「あまり、そういった事ばかり考えているのではラース様にはしたない女だと思われてしまいそうですし…」

……………あぁ、もう手遅れなのか………。

ミリアの頭の中に諦念と呼べる気持ちが生まれる。
それが悟りなのか諦めなのかは本人にも分からない。

一体何が悪かったのだろう。
ラースという自称魔王が産まれてきたのが悪かったのか、
それとも彼をこの都に招き入れる形になってしまった自分がいけないのだろうか、
それとも……。

「…ミリアはどうするつもりですか?」
「何がです?」
「1人で大軍を打ち破るその実力を間近で見たのでしょう?何か思うところはありませんか?」
「それは……」

ラースの戦果は一個人というレベルでは収まらない。
少なくともファーニア王国程度の国と対等に戦える戦力である。
先日の戦いではフィリオナの依頼によってこちらの味方だったが、これが立場が逆だったら……。

ミリアの顔に若干の恐怖が浮かぶ。

「そうですね、出来るなら今後もこの国の味方…せめて敵対しない関係である必要があるかと。あの男の戦力は一国に匹敵します。」
「そうですね。私も同感です。ラース様のお力は味方であれば心強いですがもし逆の立場になるとするとこの国は滅ぼされてしまうでしょうね」

重い沈黙が降りる。

「では、姫様はどのようにすれば良いとお考えですか?」
「そうですね。やはり友好的な関係を作っておいて、出来れば国内に居てもらうのが良いかと思います。それだけで他国…特に白竜帝国は警戒するでしょうから」
「仰るとおりです」
「…その為には報酬を追加する必要があります。住居を用意して……お父様に言って非公式でも報酬を与える場を設けてもらいましょう」
「陛下に謁見させると!?」
「そうです。お父様も随分と気にされているようでしたからちょうどいいはずです」
「それは、その……大丈夫でしょうか?」

あの尊大な態度のラースである。
問題にならないはずがない。
フィリオナも流石に苦笑浮かべていた。

「勿論全てラース様次第なのでしょうけど。ミリアにはその時にはまたラース様を呼びに行ってもらうことになると思いますのでよろしくお願いします」
「畏まりました」

フィリオナは仰々しく返事をするミリアを見てふと閃いた。
そう、ラースをつなぎ止めるための策を。
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