鬼嫁物語

楠乃小玉

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一話 天女降臨

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 佐久間左京亮さきょうのすけの一族は、武芸最強と世に言われた三浦一族の末裔ながら
 代々小柄だった。

 本家筋である御器所の佐久間盛重もりしげは主君織田信秀の元で武勲を重ね、
 織田家中で名を轟かせていた。

 それに比べてこちらの頭である佐久間信盛のぶもりは飄々として手柄はなくとも
 平気な顔をしていた。

 おかげで佐久間の領地の中でも最もへき地の山崎に一族は追いやられていた。

 山崎は海に面した山崎川の河口にあたる土地である。

 昔より、上流階級、下流階級というように、
 水は上流ほどキレイで飲み水になる。

 下流にいくほど水はよごれ、上流に住む者共の洗い流した汚物が流れてくる。
 飲み水にできたものではない。

 そのうえ、海が近いと海水が混じって灌漑の水としても使えぬ。
 米が作れない。

 浜に塩田を作り、生活の足しにするしかないが、塩は安く買いたたかれ、
 生活は苦しい。

 こんなへき地に追いやらせたのも、兄の信盛が勇ましい性格ではなく、
 合戦でも死を恐れず前に出ることをせず、常に身の安全を考える行動をとっていたため、
 手柄が立てられず、世間の物笑いになっていたかだら。

 「はぁ、どうしたものか」

 海辺に腰を下ろしながら左京亮は小さくため息をついた。

 と、海のみなもが日の光を照り返してキラキラと光る。

 まばゆくて、よく見えない。

 寄せては返す波の音ではなく、あきらかに誰かが泳いでいるような音がした。

 ジャバジャバと跳ねる水のほうに目をやると、
 水の中に薄い着物を着たままの姿で飛び込み、跳ねる少女の姿があった。

 「ははははは、このような暑い日であっても、海の水は冷たくて気持ちがよいなあ」

 「おやめください、姫様はしたない」
 「よいではないか」

 「いけませぬ、羽城の姫様がそのような事」

 水にぬれてぴったりと体に張り付いた薄い桜色の着物、まるで天女のような美しい顔立ちの少女。

 まばゆい光の中、よくは見えねど、左京亮はそのあまりの美しさにあっけにとられた。

 が、少女の動きが急に止まる。

 こちらを見ている。

 少女はズカズカとこちらに歩いてくる。

 「あ、わわわ」

 左京亮はどうしていいかわからず、その場であおむけにのけぞった。

 「何を覗き見ておる、この知れ者め! 」
 そう言うが早いか少女は左京亮の顔を平手打ちにした。

 何が起こったのか。
 どうしたことか。
 これは何だ。

 そうだ、このような美しい少女がこの世のものであるはずがない。

 これは天女様だ。

 そうに違いない。

 左京亮はそうガテンして慌ててその場に平伏した。


  「こ、これは申し訳しだいもございません。どうぞおゆるしを」

 「ふん、殊勝に謝るなら此度ばかりは許してやろう。二度とこのような
 不埒な真似はするでないぞ、その場にしばしはいつくばっておるがよい」

 そう言うと天女様はどこかへ足早に去っていった。

 「姫様ああああ」

 おつきの者が後を追う。

 いったいあれは何だったのだろう。
 
 夢か幻か

 左京亮には未だにとんと区別がつかぬ次第であった。
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