ピジョンブラッド

楠乃小玉

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第二十九話 犯人はあなただ!

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 この状況を打開するためいは、
 実況見分いおいて本当の状況を明かにしていくしかない。

 警察は実況見分をするにあたって、
 来栖王司の未亡人であるイオカステにも任意同行を求め、
 イオカステはそれに同意して現場に立ち会うことになった。

 「ねえねえ、生出布崇はわざと違うこと言って、
 警察から脅されて偽証したって後になって弁護士に告白し、
 反対に警察を告訴してくる手を使ってくるかもしれないから気をつけてね。
 甘粕が生出をそそのかしたのも、生出が犯人だと思っていたからこそだと思う。
 生出犯人説が崩れたら、そのままこの事件は自殺に持ち込めると思って、動いたんだよ」

 車で殺害現場のマンションに向かう途中、霞は涼子にアドバイスした。

 「そうね、日本の裁判は証拠主義。
 たとえ容疑者が犯罪を自白したからといって、
 それだけで有罪になることはあり得ない。
 いままでも、取り調べで自白した容疑者が、
 弁護士と面会すると一転して態度を豹変させ、警察を告発することは本当に多い」

 涼子は霞に一瞥してそう答えた。

 霞は軽く頷いて、背中担いでいるウサちゃんリュックを担ぎなおした。
 そこには今回の検証に必要な小道具一式が入っていた
 霞の体の横には大きな鉄製のカートが置いてあり、
 その上にはレンガほどの大きさのダーンボール箱が多数積み上げられ、
 セロハンテープで固定されていた。

 涼子は現場に到着した。
 立ち会っているのは涼子、霞、原寒、生出布崇、生出布崇が逃亡しないよう監視役の制服警官が三人。

 そして任意同行を求めたイオカステ。

 涼子はスーツのポケットに北井が翻訳してくれた
 イギリス軍情報局のスパイ教本をしのばせていた。
 ポケットに手をつっこみ、それに手を当てた。

 「我を守り給え」
  誰にも聞こえないような声で涼子はつぶやいた。

 その場に人々が揃うと涼子は解説を開始した。
 
 「それでは、実況見分にさいして、原寒さんに被害者役をやっていただきます」
 涼子は原寒を見る。
 「原寒さんよろしくお願いします」
 「はい」
 原寒は部屋の中央に立つ。
 「まず犯人は被害者である来栖王司氏と会話したあと、
 後方に回り込み、あらかじめ用意していた凶器、
 靴下で被害者の後頭部を殴打します」

 涼子が霞を見ると、霞はリュックの中に入った、
 中に砂糖がつまった靴下を出してくる。
 涼子はそれを手に取って、
 その靴下で軽く原寒の後頭部をたたく。

 原寒はその合図にしたがってその場に倒れた。
「今回はこの靴下の中には砂糖しか入っていませんが、
 実際にはここにビニール袋にくるんだ大量の百円硬貨が入っていたものと思われます。
 遠心力を使って後頭部を殴打すれば、
 力の弱い人間が使用しても、
 人の意識を失わせるほどの威力があります。
 凶器として使った靴下は、中身のうち
 、砂糖はバスルームの排水溝の上にタオルを置き、
 その上に置きます。ビニール袋に入った百円硬貨は自分のポケットなどに入れ、
後ほど近隣の金融機関に入金します。靴下は自分の足にはきます。これで凶器は消滅します。」

 涼子が霞を見る。霞は持ってきた鉄製のカートの上に積んであった、
 レンガくらいの大きさの数個の段ボール箱を床に置き、
 カートを引いて涼子の所までもってくる。
 涼子は原寒の横にそのカートを置いて、
 カートの上に原寒を乗せてバスルームの前まで引きずっていった。

 「今回はカートを使って運んだと仮定しましたが、
 転がせて運ぶこともできます。
 不可能ではありません。
 次にバスルームに入ってバスタブへお湯を流し込みます。
 流し込まれたお湯はいずれバスタブからあふれて外に流れますが、
 排水溝の上の砂糖と接触し、砂糖は熱と水分に溶けて水飴状になり、
 排水溝をふさぎます。行き場を失ったお湯はバスルームからあふれ、
 時間差をおいて、一時間か二時間後に外に流れ出します。」

 そこまで言うと涼子は霞のところに駆け足で近づき、
 レンガ大の段ボール箱をいくつも抱えてバスルームの前に行って、
 それをつみあげる。
「これは今回、段ボール箱ですが、事件当日は氷でした。
 犯人は氷を用意してバスルームの前に積み上げたのです」
 霞は息を切らせながら脱力して動かない被害者役をしているは原寒の体を一生懸命ひっぱり、
 段ボールの上に座らせる。
 「涼ちゃん、これこれ」
 霞がリュックからネクタイを出してきてヒラヒラと横に振る。
 涼子はそれに気づいて、霞の所まで走り、
 ネクタイを受けとってまた原寒の所まで行き、
 バスルームのドアノブにネクタイをかける。

 「今回はこのネクタイを首にかけませんが、
 犯行当日はネクタイが首にかけられていました。
 そしてバスルームからお湯が流れ出て被害者の臀部の下にある氷が溶けて崩れ、
 被害者は首が絞まって死亡したのです。これによって、タイムラグが生じ
 、被害者が死亡した時間に犯人はその場所に居る必要性が無くなる。
 これによって、犯人は犯行時間に犯行現場に居ないというアリバイを成立させたのです」

 涼子は霞の所まで歩いて行く。
 霞は自慢げに3Dアーケード格闘ゲーム鉄魂8のキャラクターアクセスカードを
 リュックから取り出して涼子に見せびらかした。

 「勝率89%だよ、すごいでしょ。
 ちなみに持ちキャラは肥った赤シャツの人」

 「何で今そんなもん持ち出しているんだ」
 「だからほら、部屋のカギを閉めるカードキーの代わりになるプラスチックカード
 もってこいって言ってたじゃん」
 「あ、そうか」
 涼子は霞からプラスチックカードを受け取った。

 「これはこの部屋のカードキーだと過程してください」
 涼子はそのあと、霞がもってきたリュックの中をさぐり、
 中からよれよれのトイレットペーパーで作った封筒を取り出してきた。
 封筒の端にはビニール紐が結びつけられている。ビニール紐はかなり長い。
 「これをですね」
 涼子はトイレットペーパーの封筒と繋がっている長い紐を持ちながら
 壁の方まで行く。壁には鹿の首から上の置物がかかっており、
 その下には水の入った水槽がある。そこには以前、
 ピラニアが飼われていたが、今は中のピラニアは水族館に寄贈されて居なくなっている。

 涼子は紐を鹿の置物の首にかけ、
 封筒を壁際の通気口のところまでもってゆき、
 紐で結ばれたトイレットペーパーの封筒を通気口から
 外い出したそして紐のもう一方の橋も通気口から外に出した。
 そして、涼子は部屋の外に出た。

「みなさん、こちらに来てくだささい」

 涼子の後ろいついて、部屋の中の人々は廊下に移動する。

「こうやって、カードキーをこのトイレットペーパーで作った封筒の中に入れるのです」

 涼子は封筒にカードキーと仮定したプラスチックカードを入れ、
 入れた封筒をまた通気口から部屋の中に戻した。
 「霞」
  涼子は霞に手招きする。
 「あなたはここに居て、そして、私が合図したら紐を引っ張ってね」
 「はい」
 「他の方は部屋の中に戻ってください」
  涼子は部屋の中に戻った。人々もあとに続く。
 「霞、紐を引っ張って」
 「はい」
 涼子の合図とともに霞はビニール紐を引っ張る。
 どんどん紐は引かれて床を這い、鹿の首の置物のとでカードは
 上に向かった。そして水槽に落ちる。
 「霞、今封筒が水槽に落ちたんだけど、感覚は変わったかしら」
 「変わったよ、だって、水を吸って重くなったもん」
 「そこでしばらく待ってね」
 「はい」
 しばらくすると封筒は水に溶けて中のカードが水槽の中に落ちた。
 「紐を引いてみて、軽くなったかしら」
 「はい、あ、軽くなったわ。カードが落ちたのが分かるよ」
 「そのままどんどん引いてね」
 「はい」
 霞はどんどん紐を引き、紐は排気口を通じて外に完全に出た。
 これで、自殺を装った密室殺人の完成です。
 「ふっ、とんだ天才犯罪者にしたてあげられたもんですね、
 私がこれを全部考えたってことですよね、とんだ茶番だ」
 生出布崇が脱力したようにつぶやいた。

 「単独で考えたということではないでしょう。
 タイのサンデーマーケットでは旧日本軍が接収した
 特務機関の教本など、欧米の色々な資料が二束三文で
 売られているそうですから。それをお手本にすることは可能だわ。
 ただし、家宅捜索をさせていただきましたが、
 生出布崇さんのお家からもお店からも戦前の物品は出てきたものの、
 その大部分は戦前の芸者や女優のブロマイド、レコードなどで、
 スパイ教本は見つからなかった」

「そんな事どうでもいいでしょう、
 どうせ警察はそんなもの勝手に自分達で作っちゃうんだろうから」
 「そんな事はしません」
 涼子は片手を自分のスーツのポケットに突っ込んだ。
 そこには北井から渡されたスパイ教本メモが入っていた。
 涼子は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「ここではっきりしておきましょう。この事件の犯人は……」
 涼子が指をさす。

「あなただ!」
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