君と取り戻す大晦日

鶏=Chicken

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ついに自らの手で、律を殺してしまった。
目が覚めた俺は、強い後悔と罪悪感に苛まれた。俺は律を助けるためにループしていたのに、その俺が律を殺すなんて…。
手には、律を刺したあの感触が残っている。律の最後の言葉が、脳内で何度も再生される。

吐き気を催しトイレに駆け込んだ。嘔吐しながら、何度も律に謝罪した。しかし、謝って許されることではない。この世界から、俺が殺人者である事実は消えたが、俺の中では永遠に、その事実は残り続けるのだ。

俺は泣きながら律に電話をかけた。
「もしもーし。早いね、どうしたの?」
「律っ、ご、ごめっ…、ごめんなさい…」
「えっ!?なにが?ていうか泣いてる?どうしたの…?」
電話の向こうで律が心配している。本当は、ループのことも、律を殺してしまったことも、全部打ち明けて楽になってしまいたかった。
でも、それはできない。それをしてしまえば、二度とループができなくなってしまうかもしれないからだ。俺は、今この瞬間もなお、律とループを天秤にかけてしまった。それにまた罪悪感が巻き起こる。

それから俺は、一時間近く律に謝り続けていたと思う。何かを察した律は、なにも聞かずに俺に寄り添ってくれた。律の優しさに触れるたび、涙が溢れてきた。

結局今回律は、俺を心配して家に来ようとしたところで、車に轢かれて死んだ。
しばらくは律に会えないまま、ただ律が死んでいく日々が続いた。


人間というのは、あまりに残酷で、醜悪な生き物だと思う。
俺はまた、あの花畑で律を刺殺した。今度こそ救うつもりだったのに、どうしても止められなかった。
そしてまた大晦日に戻り、そして気づいた。初めて律を殺した時のように、フラッシュバックが起こらない。前ほど罪悪感を感じることもない。

俺は二回目にして、律を殺すことに慣れてしまったのだ。

それに気づいてから、俺が堕落するのは早かった。いざとなったら律を殺してループできる。その事実が俺の理性を崩壊させた。
と言っても、犯罪に手を染めるようなことはしない。俺がやるのは律を殺すことだけ。
普通に楽しい大晦日を過ごし、最終的に律を殺す。ただそれだけを、ずっと繰り返した。

何度も何度も、ただ楽しいだけの大晦日を繰り返していくうちに、いつの間にか、なにもしなければ律が死ぬことは無くなった。それはきっと、俺に使命を与えた『何か』からの、やめたければいつでもやめられる、というメッセージなのだろう。そのメッセージに、俺は律を殺し続けることで応えた。


今回は律と一緒にテーマパークに遊びにいく。
「ここに来るの久しぶりだね。楽しみだなー」
純粋に俺との外出を楽しむ律を見て、俺は嘲笑した。これから俺に殺されるとも知らずに、呑気なもんだな。
「そうだ。ジェットコースター乗ろうぜ。このパークの目玉だろ?」
「うえー、俺めっちゃ苦手なんだけどー」
「乗ってみたら楽しいかもしれないだろ?」
「じゃあ一回だけだからね!」
そう言って弾むように列についた律を見て、今回はどうやって殺してやろうかと考える。
刺し殺すのは飽きてきた。だからと言って、絞め殺すのは時間も体力も消費してコスパが良くない。そういえば、ここは初めて律が死んだ場所、溺死した場所だ。それなら、今回は溺死させてやろう。あいつはカナヅチだから、どんな反応を見せるか楽しみだ。

「ねー、ちょっと、話聞いてる?」
そんな律の声によって現実に引き戻される。話は聞いていなかったが、ジェットコースターの待ち時間では、寿命を見てもらった話しかしないことを知っている。
「律の寿命はどのくらいなんだ?」
そう聞くと、律は満面の笑みに戻って話を続ける。
「俺はあと二万五千日なんだって。年に換算すると…」
「六十八年か」
遮るようにそう言うと、律は明らかに驚いていた。
「計算はっや!遥希、数学得意だっけ?」
「いや別に、そんなことないけど…」
お前の話なんてもう全部知ってる、飽き飽きした。そう思ったが、それは飲み込んでおいた。律の機嫌を損ねて、帰られても困るから。

ジェットコースターから降りてヘロヘロになった律をベンチに座らせ、俺はジュースを買いに行った。あの時と同じ。これで戻ったら律はいなくなっているはずだが、何事もなかったかのようにベンチに座って待っていた。
「ありがとう!んー、やっぱり冬はオレンジジュースに限る!」
「年中それしか飲んでないだろ」
適当に返事をしつつ、今回の出来事を頭に入れる。律が死ななくなったことで、前と同じ動きをしても起こる出来事が変わってきてしまった。それでも、死ななくなったあとの出来事は同じであるため、インプットしなおせば何の問題もない。

「ごちそうさま。次はどこ行こっか」
「そうだな、池でも見にいくか」
ジュースを飲み干した律を連れて、かつて律が溺死した池に向かう。今この時間はヒーローショーの真っ最中。池の周りにはほとんど人がいない。殺すなら今がチャンスだ。まあ、もし誰かに見られて、そいつが傍迷惑なことに律を助けようとしたとしても、俺が池に飛び込んで律を沈めてやるだけだ。

「この池って魚とかいたか?昔餌やりした気がするんだが…」
池を見ながらそう言うと、律は柵から身を乗り出す。
「どうかな?気配は見えないけど、底の方にいたらわかんないね。あっ、でも…」
そう言いかけたところで、俺は律の足を掴み池に突き落とした。
「遥希!?何で!?た、助けて!」
俺は溺れながら叫ぶ律を、意識を失うその時まで笑いながら見ていた。


あれから、おそらく何十年もの期間を、俺は律を殺しながら過ごしてきた。その中で俺も知恵をつけて、いろいろなことをした。二人で県外まで遊びに行った。全国制覇なんてとっくの昔で、今は何十周目だろうか。寒空の下、海に行ったり山に行ったり、キャンプをしたこともあった。
そして、それと同じだけたくさんの方法で、律のことを殺した。

今回は原点回帰。初めて律を殺したあの花畑に、再び行くことにした。
「律、おはよう」
律を迎えに行き、そう挨拶すると、
「あ、うん、おはよう…」
と、何だか浮かない返事が返ってきた。これはほとんど見たことのないレアパターンだ。今回はどんなことが起こるのかと、俄然興味が湧いてきた。

二人で並んで歩き、駅に向かう。いつもは饒舌な律が、今日は全然喋ってこない。
「どうした?なんか元気なくね?」
俺が聞くと、律は苦笑して首を横に振った。
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「ふーん、ならいいけど」
そっけない返事をしたものの、内心興奮が止まらなかった。これは初めてのパターンだ。いろいろな外出先を試してきたが、まさか身近にこんなものが眠っていたとは!
思わず笑みを浮かべた俺を、律が落胆したような顔で眺めていたことに、俺は気づかなかった。

公園に着くと、律はまず映画が見たいと言い出した。正直、今上映している映画は完璧にあらすじが言えるほど見てきたので退屈で仕方がなかったが、律はどうしても引かなかった。俺は諦めて映画のチケットを買ったが、開始五分で眠りに落ちたことは言うまでもない。
「やっぱり、そうなんだ…」
そんな律の声が聞こえた気がするが、俺は構わず眠り続けた。

それから時がたち、二十三時四十分。俺は律を花畑に連れて行った。
そろそろ律を殺さなくては年が明けてしまう。俺は鞄を地面に置き、中から包丁を出そうとした。その時、背中に鋭い痛みが走った。なにが起こったか分からず振り返ると、

律が、血のついた包丁を持って佇んでいた。

「律!?なにやってんだ!やめろ!」
俺の静止も聞かず、律は俺のことを何度も刺した。律の服が血で真っ赤になっていく。まるで、あの日の俺のように。

「遥希は本当に、俺のこと殺そうとしてたんだね。…嘘であってほしかったな」
律がふとそう呟いた。意味がわからなかった。律が、それを知る術はないはずなのに。聞きたいことはたくさんあるのに、声を出すことができなかった。

俺が倒れ込むと、律もそのそばにしゃがみ、花に優しく手を添えた。
「もう少しで年が明けるよ。新しい年が始まるね」
俺はもう体を動かすこともできず、目線だけを律に向ける。律は、構わず話し続ける。
「来年がどんな年か、俺には分からない。それどころか、明日がどうなるのかすら分からない」
律は花を一輪摘むと、俺のそばに置いた。
「でも、分からないからこそ、未来に進まなくてはいけない。立ち止まってはいられない」
律は立ち上がり俺に背を向ける。そして、絞り出すように言った。
「俺は、いや、俺たちは、前に進まなきゃいけない。遥希から、未来を取り戻さなきゃいけないんだ」
その瞬間、新年を告げる花火が上がった。俺の目には、もう光は見えない。耳障りな爆発音だけが、頭の中で響く。2024年12月31日が終わる音。俺の大晦日が消えていく音。
「あけましておめでとう、遥希」
そう言い残して、律は去っていった。

一人取り残された俺は、ようやく律が浮かない顔をしていた理由がわかった。
きっと律も、俺と同じように使命を与えられたのだ。
俺に与えられた使命を『律の未来を取り戻すこと』だとするならば、
律に与えられた使命はきっとこれだ。

『俺から全人類の未来を取り戻すこと』

救う側だったはずなのに、俺はいつから奪う側になってしまったのだろう。
…いや、そんなことわかっている。初めて律を殺した日から、俺の目的は律を救うことじゃなくなっていた。あの日に俺は、自分の未来をも殺してしまっていたのだ。
あの日、俺は与えられた三万日を、大晦日の一日で使い果たしてしまうことが、決まってしまったのだろう。

「ごめんな、律…」

この謝罪は何に対するものなのか。律を殺したことか、律を殺人者にしてしまったことか、それとも他の何かなのか…。もはや、俺自身にも分からなかった。

花の香りと爽やかな風に包まれながら、俺の意識は闇に堕ちていき、二度と目覚めることはなかった。



2025年1月1日。俺は何事もなく家のベッドの上で目覚めた。
親友がいないこと以外は、何も変わらない日常。

俺の殺しの事実はこの世界から消滅したようだが、親友から未来を取り戻した感触は残っているし、これから先も消えることはないのだろう。それが代償というものだし、忘れたいとも思わなかった。

結局、俺に親友を殺すよう差し向けた『何か』が何なのかは分からなかった。そしてそれは、考えても無駄なことなのだろう。

スマホの画面が2024年12月31日を示すことはもう二度とない。
そして、世界が前に進み続ける限り、俺は親友とともに生きていく。
「おはよう、遥希。今日はいい天気だね」
いつまでもこうして、二人で前に進んでいくのだ。
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