ツヴァイハンダーの儀礼剣

ウサギ様

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そんなことしていいの? 少女はそう尋ねた。

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 銀白の刃が人の首に当たった。 そう視認した次の瞬間には、そのまま流れるように首をすり抜けていき、空に赤を振り撒きながら、元の鞘へと収まった。
 美しい。 僕の少ない語彙では、そう感想を抱くだけで終わった。 それ以外に感じる物がなかったのは語彙が足りないだけではなく、人の死への忌避感が足りないという人間性の欠如のせいかもしれない。

 どちらにしろ、どちらにしたところで変わりはしなかった。
 表現するための語彙が足りないという頭の悪さも、人の死を嘆くことも出来ない愚かさも、どちらも一つの根源的な事実から成ることだからだ。

「……子供。 奴隷じゃないな。 盗賊の子か」

 盗賊を退治しに来た白銀の騎士が口から洩らすように呟いた。
 学もない、人道もない、哀れな野盗の哀れな子供。 野盗が攫ってきた女性、奴隷の一人が産んだ子供が僕という存在だった。
 他の子供は兄妹は死んでいった。 僕だけは生き残った。 
 頭の上に付いている耳と、尻の近くから生えている尾。
 野盗という集団にだって長はいる。 その長にも僕と同じくそれが生えていた。

 明確に長の血を引いている。 当然のように長は僕を可愛がり、周りの男達もそれに倣うように、僕を丁重に扱った。

「……殺すか」

 騎士が小さく、目を外に向けながら、そう言った。
 大仰に白銀の剣をチラつかせて、わざわざ「今から殺すよー」等と間抜けな宣言をして。
 美しい剣筋を持っていても、その剣筋のような歪みのない人間ではないらしい。

「逃げてほしいの?」

 騎士の瞳が揺れた。 哀れな僕は子供ゆえに、この騎士に哀れまれて逃がされようとしているのだろう。 怖くて、仕方がなかった。
 感情を隠すのが下手な尻尾を自分で掴んで、感情を見せないようにして騎士に向かって言った。

「ごめんね。 僕は今からやるべきことがあるんだ」

 死んだ野盗達に目を向けて、他の騎士に保護された母がいる方を一瞥してから、口を開く。

「お墓ぐらい、作ってあげないとね?」

 まるで人道を説くようにそう言うと、騎士は口を開けて小さく声を洩らそうとしてから、噤んだ。
 情けない、野盗に育てられた子供が人らしい事を口走るのが、それほど珍しいのか、ちぐはぐに見えるのか。
 性格の良さそうな、実直な蒼い瞳が大きく揺らめいて僕の眼を見た。

「……手伝おう」

 そのまま騎士の男は拠点の外に出て、他の騎士に話を通しに行った。
 獣人の優れた聴覚によって、その騎士が怒られているのと、僕を生かし、その上盗賊の墓を作る行いが認められたことが分かる。
 いつの間にか、僕の足元にまで来ていた血の水たまりを避けて、騎士の元に向かった。

 僕と騎士が墓にすると決めたのは、拠点のすぐ近くに生えている立派な木の下だった。
 森の中の柔らかい土、獣に踏みしめられた程度の硬度はあったものの、落ち葉が腐って積もったような土は道具がなくても多少は掘ることが出来る。

「……これぐらいだと、獣に掘り返されるかもしれないな」

 騎士は手で掘ることを諦めて、立派な剣を鞘ごと持って土に突き刺した。
 手では掘ることが難しい固い地面も、その騎士の体力も合わさって軽々と掘られていく。

「そんなことしていいの?」

「……いいに決まっている」

 美しい白銀の剣を仕舞っている、同じく白銀の綺麗な鞘は、土くれの中に混じる石で傷つけられ、泥混じりの土に汚されていく。
 騎士の額から汗が流れ垂れ落ちて、白銀の鞘に落ちた。

 人を十人だったか、十一人だかを埋める穴だ。 そんな一瞬で掘れる筈もなく、日が暮れて夜になる。
 他の騎士達は律儀に待っているのか、遠くに火の灯りが見えた。
 騎士に比べると少しだけとは言え、土を掘った疲れが出てきて、うつらうつらと舟を漕いでしまう。 騎士が声をかけることもせずに僕の身体を抱き上げて、近くの木の根元にまで置いて、他の騎士の元に向かった。

 怒号が聞こえ、聞き慣れた人が殴られる音を聞いた。 騎士が戻ってきた。
 僕に薄い布を被せ。腫れあげた顔を地面に向けて黙々と掘り進めている。

 次に目を覚ました時には、しっかりと地面が掘り終えていて、丁寧に野盗達の死骸が並べられていた。 恐怖で醜く歪んでいたはずの顔は、ほんの少しだけ見れる顔になっている。
 掘った土で出来た土の小山の麓で騎士は座ったまま目を閉じていて、僕が毛布を押しのけると目を開けて立ち上がった。

「おはよう」

 僕がそう言うと、騎士は目を逸らして返す。

「おはよう」

 さあ、死骸を埋めようとなった時に、騎士は僕の顔を見た。 ずっと逸らしていた視線を真っ直ぐに向けて、何かを思ったのか、その視線を死骸が納められている穴へと移した。

「こんなことしていいの?」

「……いいに決まっている」

 似たような話は、昨日した覚えがあった。
 軽く手を払って乾いた土を払ってから、もう一度騎士に尋ねた。

「本当に?」

「……ああ」

 野盗の拠点に目を向けて、僕は小さく息を吐き出した。

「やっぱり、駄目だよ」

 僕は騎士から目を離して、近くにまた穴を掘り始める。
 日が出てきて、腹が減っているのを感じてきて、それを隠すために騎士から離れるようにする。
 
「何が駄目なんだ」

 僕は騎士から目を逸らして、拠点を見つめる。

「僕は、お父さん達が罪もない人を殺したのを知っているよ」

 騎士は何も言わずに、その瞳を震わした。

「その人達には、お墓がないんだよ。
なのに、悪い人にはお墓があるのは」

「だが、それでも……」

「作らせておいて、ごめんね。 お墓を作るのは、多分悪いことだから一人で作るよ」

 僕が新しい穴を掘り始めると、騎士は黙って僕の隣に立って、泥だらけの剣の鞘を地面に突き刺した。

「そんなことしていいの?」

「……悪いに決まっている」

 間違いを掘り進めて、僕と騎士て新しい穴に野盗を並べた。 しっかりと埋めた時にはもう昼が過ぎていて、他の騎士が呼びにきてしまう。

「何しているんだ」

「……大したことではない」

 大したことではないのに、これほど人を待たせたのか、と背を叩かれる。 もう一人の騎士は僕を一瞥して、騎士を見た。

「馬鹿なことをしたな」

「……ああ」

 騎士は僕の手を取って、歩き始めた。 馬鹿な盗賊に甘やかされて育った馬鹿な僕にだって分かる、歓迎されているようには見えない。
 小さく息を吐き出せば、騎士は僕を寄せて小さな声で尋ねる。

「母に、会いたいか?」

 僕は首を横に振った。

「会いたいよ。 でも、駄目だよ。
お母さんは会いたくないはずだから」

 馬車に乗せられて、柔らかい椅子に座らされる。 騎士は所定の持ち場に戻り、馬車の中で一人になった。
 石や地面の小さな窪みに当たる度に馬車は小さな音を立てて揺れる。 そんな揺れも気にならなくなった頃、一人でに涙が溢れてきてしまう。
 他の人間の思いを踏みにじる、最低で自分勝手な涙だ。

 馬車の揺れが泊まったかと思うと、馬車の中に日の光が入り込んできた。

「泣いて、いたのか」

 騎士の手が僕の顔に近づく。

「止めて。 汚れるから」

「汚れてなど、いない。 ……いたとしても」

 騎士の手が涙を掬った。 そのまま僕の頭を撫でて、泣いてもいいと言ってくれた。
 碌でもない父親と碌でもない父親の部下達。 死が理解出来たのは、丸一日経ってからになった。

「うあ……ぅあああ……ぁぁぁ…………」

 泣いていいはずがなかった。 お父さん達は、こんな悲しみを振りまいていたんだ。 色んな人をこんな気持ちに、これ以上辛い気持ちにさせていて、なのに、悲しむなんて。

「泣いちゃ、駄目なのに……。 なのに、僕は……僕は……」

 騎士に抱きしめられた。 硬い胸板が、父親の物に似ていて、もっと泣き出してしまう。
 悪だ。 これは悪の所業で、僕は悪い奴である。

「あああああ!! お父さん! お父さん! お父さん!」

 無茶苦茶に泣き腫らして、泣き出して、泣き暴れて、疲れ果てて身体から力が抜けた。

 僕は所詮、盗賊の子供でしかない。 善人ぶっても、偽善でしかなく、すぐに剥がれ落ちて悪人の顔を出した。
 悪人がいなくなって、幸せを奪われる人が減って、なのに悲しくて仕方がない。 人は死ぬなんて事実、とっくの昔に分かっていた筈で、それでも僕は……死を理解出来ていなかった。
 苦しくなればなるほど、父親達の罪の深さは増していくように感じる。

「……すまない」

 騎士が謝った。 何に、父親を殺したことにだ。
 なんで謝る、父親が悪かったから死んだことぐらい、僕にだって分かるのに。
 その謝罪で、騎士の誇りが失われるというのに、なんで、なんで。

「謝らないでよ……。 正しいことした癖に、なんで、そんなに悲しそうなの」

 物語の騎士様は、もっともっと潔癖な人だった。
 正しいことをずっと、人助けを変わらず、迷うことなく正義のために動き続けていた。
 僕は、その騎士様に憧れていたのに。

「すまない。 許されることではないことを、理解している」

 悪人を殺すことは、それほどまでに間違っているのだろうか。 そんなことはない、それはそれ以上に人を救うことになるのだ。
 悪人にとってだって、これ以上罪を犯すことなくこの世を去れるのだから、きっとそちらの方がいいに決まっている。

 皆、誰もが幸せではないか。

「謝らないでよ。 自信満々に、笑ってよ。
いいことをしたんだから」

 世界中の誰もが優しく微笑んでいる中で、僕と騎士だけが二人ぼっちで泣いているように見えた。

「……悪いに、決まっている」

 騎士はそう言って、僕には見えないように気を使いながら涙を流す。 ゆっくりゆっくり、騎士は僕の身体を抱き締めようとして、逃げるように離れていく。
 幼い僕は、この男の人があまりに愚かで、哀れに見えた。


 一人ぼっち、二人ぼっち。
 可哀想な騎士は、僕を寄宿舎に連れ込んで睡眠を取った。

 僕にはする気もないが、仇討ちだ! なんて気を起こしたらどう思うのだろうか。
 近くに武器になりそうな物を置くこともせずに、仰向けに転がり、目を閉じている。
 騎士の目から涙が零れ落ちた。 何を思っての涙だったのか、僕の父親のことを、悪人のお父さんのことを思ってくれての涙だとしたら、僕は一人ではないように思えた。

 二人ぼっちの夜に、僕は目を閉じた。 泣き叫んだせいか、やけに疲れている。
 僕は間違っているのだろう。 分かりきったことだった。 ゆっくりと涙が零れ落ちた。 涙が零れ落ちた。 涙が零れ落ちた。
 許されない涙が二つ、二人ぼっちの布団の中に沈み込んでいく。
 部屋の隅に見える泥の付いた剣。 それを見ながら寝転んでいたら、いつの間にか眠っていたらしい。

 朝日に照らされて目が開いた。

「泣いていたのか」

「いや、泣いてない」

 目が赤く腫れていたのか。 違ったとしたら目ヤニが付いているのだろうか。
 泣いていて良いわけがないから、泣いていないのだ。
 誰もが喜ぶべきことで、一人泣き喚く。 多くの人の幸せを嘆く。
 そんなこと、いいはずがなかった。

「泣きたいときは、泣けばいい」

「泣きたくなんかないよ。 みんなと一緒に喜びたいの」

 騎士は「喜びたい・・のか」と唇を小さく動かした。 それが僕の中の心を暴くようで、僕の中の悪を見抜かれたようで怖い。 何かを言おうとした唇が震えるだけで終わる。

「悪かった。 お前の大切な人達を殺して」

 騎士は、小さな僕に頭を下げた。
 ここは頭を下げるような場ではない。 人を殺し、犯し、奪う、そんな悪党を根絶やしに出来たことを喜び、褒美を賜って人に褒められながら美味しい料理を摘みながらーー。

 そんな愉快な場所を、想像するだけで、吐きそうになった。

「そんなことしていいの?」

 みんなの憧れの騎士様が、盗賊を殺したことを謝り、頭を下げる。
 尋ねるまでもなかった。 騎士の口は少しだけ動く。

「私はーー」

 そこから何かが続くわけでもなく、重たい空気が部屋を包む。 僕は小さく息を吐き出す。

「ごめん」

「いや……。 朝食、もらってくる」

 一人ぼっち、部屋に残していていいのだろうか。 無造作に剣が転がされている。
 それに手を伸ばす。 綺麗な剣の鞘は泥に汚れている父親達を斬り裂いた刃を引き抜いて、指を沿わした。

 開くように切れた指先から血が流れ出た。
 僕にも赤い血が流れているのか。 そんな当然が不思議で仕方ない。

「剣に興味があるのか?」

 いつの間にか開かれていた扉から盆を持った騎士が現れた。 剣を勝手に触っているのに、警戒されていないのか。
 信用されているのか、それとも僕が暴れてもどうにもならないから……。

「ううん」

 首を横に振って、切れた指先を隠しながら否定する。

「じゃあ、騎士にか?」

 僕は問いに答えられない。 まさか、盗賊の娘が頷くわけにもいかなかった。
 抜き放たれている剣を両手に持って、騎士に向ける。

「こうされるって、思わなかったの?」

「……思っていた。 いや、私はそれをーー」

 望んでいた。
 騎士の言葉を聞いて僕は非難の声をあげる。

「なんで。 悪いことなんてしてないのに。
悪いのは僕で、正しいのは正義なのは貴方なのに」

 騎士は小さな机に盆を置いた。 強く握った手から、血が流れ出る。
 その匂いか、僕に染み付いた匂いか、騎士の匂いか、剣の匂いか。 鉄臭い。 この部屋はあまりに鉄臭く、不快な匂いがしていた。

「正しい……。 ああ、その通りだろう」

 騎士は今にも泣き出しそうな顔を隠す。 納得したのならば、笑ってほしい。
 僕を愚かと笑って、剣を奪い、白銀を閃かせて、赤い花を咲かせる。
 そんな望みを、騎士は叶えてくれなかった。

「すまない」

 なんで、謝る。 嫌だった。 謝られたくない。
 目を逸らして、剣を下げる。

「なんで殺して、くれなかったの。 それが正しかったのに」

 なのに、殴られながら僕を庇った。 その行いは間違いだった。

「……死にたかったのか」

 散々、人に迷惑を掛けて手に入れたご飯でお腹を膨らませていた。 人から奪った本をもらい、文字や言葉を学んだ。
 悪事を見ていて、それを止めなかった。

「死ぬべきだった」

 騎士は首を横に振る。 僕の言葉を否定して、下がっている剣の先に合わせるように跪く。
 剣の先を手で持ち上げて自らの喉元に押し付けた。

「すまなかった。 許してくれ、などと言えるはずもない」

 本で読んだことがある。 罪を犯した者が処刑される姿だ。
 自分の体勢も、騎士の体勢も本で読んだ通り。
 違うのは、罪人は僕で、裁くべきは騎士だったことだけだろうか。

 いや、処刑剣ではなく、式典などで使われることもありそうな美しい剣という点でも違うか。
 それも両手に持っているのも違う。

「……止めてよ。 こんなの」

 僕はそう言って剣を降ろす。 剣を投げ出して、後ろに倒れ込んだ。

「全部、僕が悪なのに……。 貴方は正義なのに、なんでこんなの」

 人の不幸を喜ぶな。 人の幸福を嘆くな。
 そんな人としての「当然」は僕の心を穿つようだ。

「泣いて、いいだろう。 私を恨んで当然だ」

「違う。 貴方はいいことをした。
だから、僕は喜び感謝してーー。 そして、殺されるべきだった」

 騎士は何も言わずに僕の手を引いて椅子に座らせる。

「……食べておけ」

「いらないよ」

 食べられる訳がない。 父が死んだのだ。
 喜ぶべきことのはずだから、泣きはしない。 悲しみも、辛いのも我慢するけれど、それでも口は動いてくれなかった。

 多くの人の気持ちよりと、自分を優先する。 悪人の死を悲しむ。
 その悪が、僕の本質なのだろうか。

 時間が流れる。 騎士も朝食を食べようとはしなかった。

「……悪かったな。 食えるような気分でもないか」

「……謝らないでよ」

 騎士は仕事に行く、と言い残して出て行った。
 昼には一度戻ってくるらしい。 しばらく呆然としたあと、扉が開くことを確認する。
 騎士以外の男の足音が聞こえ、急いで扉を閉めた。

 窓もあって、開くと柔らかい風が入り込んだ。
 あまりに不用心だ。 すぐに抜け出せるではないか。

「信用されているのかな」

 それとは違うだろう。 水面に映った自分の眼を見たことがある。
 騎士と同じ、茶黒い眼をしていた。
 だから、きっとそういうことなのだろう。

 窓から見える太陽はあまりに眩しかった。 それでもカーテンを閉めることは出来ずに、ザラザラと塩気の含まれた枕に顔を埋めて日様から逃げる。

 父親達を殺した、騎士の匂いがした。
 汗のような匂いに混じって、仄かに鉄臭い。

 昼に騎士は戻ってきた。 礼儀としての挨拶を除けば何も話さない。 朝食を回収されて、昼食が置かれ、そして仕事に出て行った。
 今まで食べていた物よりも、遥かに美味しいだろうことが見ただけで分かる。

 喉の奥から胃液が逆流してくる感覚。 部屋にあったトイレに入り、酸っぱい液を口から吐き出す。
 水を一杯、口に含んだ。

 夜になった。 少しやつれた表情と、拳型に晴れている目元。
 僕はそれから目を逸らして、騎士に手を引かれて外に出た。

 獣人が珍しいのか、あるいは盗賊の子供だからだろうか。 僕は奇異の目で見られながら歩いた。

「……どこに行くの?」

「夕飯でも食べに行こう」

 丸一日食べていなければ、幾ら心労していても腹は減る。
 僕の腹は期待するように鳴ってーー。 それが嫌で涙が出てきた。

「いらないよ」

「食わないと、死ぬぞ」

「そうだよ」

「……そうだな」

 悲しい悲しいと、嘆いていても食べたくなる。 その浅ましさに、反吐が出そうだ。
 不意に、手を引く騎士のお腹から、僕と同じ音が聞こえた。

「貴方も、食べてないの?」

「腹が、減ってなかった」

「そうだね」

「そうだな」

 僕に合わせてだろうか。 いや、違うだろう。
 期待を抱いてしまって、口から必要のない言葉が漏れ出る。

「……嫌な気分でも、お腹は空くんだね」

「私はーーあぁ……。 人のことも考えずに、自分の欲を満たそうとする」

 食欲なんてなんであるのか。なければ、もう少し正しくあれたかもしれないのに。
 期待通りの言葉。 ゴツゴツと無骨な男の手を握り返した。

「僕は、食べるよ。
だって、悪い人がいなくなったんだから、喜ばないと」

「私は、食べない。
大切な人を失った人の前で、醜態を晒せるものか」

 騎士に連れられてきた食堂では、丁度夕飯時でも人気は少なかった。
 だからだろうか、すぐに出されたご飯を見て、頭を下げる。
 水の入ったコップを手に持って、空に向かって動かす。 水が少し溢れて手にかかる。

「乾杯」

 騎士は僕の様子を見て、悲しそうに頭を下げた。 そして神への祈り、天国へと導いていただくための言葉を幾度か。

「そんなことして、いいの?」

 父達が天国なんかに行ってしまえば、また色々な人に迷惑がかかってしまう。
 だから、悪人のために祈ることは禁じられているのに、騎士は祈った。

「悪いに決まっている」

 柔らかい肉を頬張った。 以前、父が大きく金が入ったからと食べさせてくれたお肉と同じ味がした。
 野菜を口に含んだ。 クズ切れの野菜と違って、どこかに甘みを感じる。
 喉の奥から、肉と野菜が逆流してきそうだ。

「悪いに決まっているのに、するんだ」

「ああ、祈らせてくれ。 少しの間だけでも」

 馬鹿な人だ。
 何故、こんなつまらないことをするのだろうか。 善人ならば善人らしく笑えばいいのに。

 けれど、悪人なのに、悪人らしく死なない僕もいることに、騎士の瞳の中を覗き込んで、思い出させられた。



 盗賊討伐から数日後、僕は正式に騎士の娘として引き取られた。
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