5 / 42
神龍殺しは少女のために
神龍殺しは少女のために⑤
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇
そして、指を離す。
スリングショットは存外に威力が高く、物によっては100メートル先から強化ガラスを打ち抜く威力を持つ物もある。
絶望的なことに龍の鱗は強化ガラスよりも硬いようだが、鱗に覆われていない目を傷つける威力ならばある。動いている龍の目に当たるはずもないが、俺のことを無視出来ない存在にするだけの力はある。
無視をさせない。という今回の作戦において最も重要な肝の部分は成功した。……が、後は……死なずに逃げ続ける必要がある。
まず、今行われている突進についてはほとんど対策が出来なかった。
単に体がデカく運動性能が高ければ非常に動きが速くなる。
一応気休めのような対策ではあるが、木々がある程度邪魔をしてくれるので、基本的に木の中に身を隠すように動き、勢いがつかないように真っ直ぐではなくクネクネと走って逃げる。
まぁ……気休めだ。想像した通り、呼吸器の違いのせいで俺が息を切らしているのに、この馬鹿でかい生き物は木をなぎ倒しながらでも余裕がある。
それでもひたすらに森の中を駆けずり回る。
こんな化け物、人間が百や千いても勝てる気がしないな。と思いながら、走っていると、急に龍が動きを止める。
来たか。来るぞ。
龍は力を溜めるように動きを止める。口の端から赤い光が漏れ出す。
龍が最強の生き物である所以。かつて地球にいた恐竜との相違点。
「……ッ! 火炎の咆哮ッ!」
一瞬で踵を返して、全力で龍の方に走る。一瞬でも遅れたら死ぬ。
木の根に引っ掛かり転げ回りながらも一直線に龍の足元に移動して、背後から迫る火炎から逃げ切った。
龍の火炎は辺り一帯を焼き尽くすが……龍の脚元までは届かない。何故ならば、そんなところまで焼けば自身も焼け死ぬからだ。
火を吐く生き物に火が効くのか……? そう思ったが、間違いなく、龍に炎は効く。
森が焼けていく轟音を聞きながら、脚を止めて、身体を伏せさせながら呼吸を整え、動物の肉を脂で固めた保存食を食べる。
龍は他の動物と同じタンパク質で出来ている。
生物の身体は複雑であり、炭素が様々な結びつきをする多くの種類のアミノ酸を作ることで複雑な機能を生み出している。
炭素以外の元素ならばケイ素でも似たようなことが出来るが、龍の身体を支えるだけのケイ素はこの辺りには存在していない。
つまりは炭素生物であることはほぼ確実であり、タンパク質で身体を構成していることは間違いない。タンパク質にも種類はあるが……そのどれも火と熱に弱い。
鱗に炎を防ぐような効果があるかもしれないと思ったが、断熱性のある鱗に全身が覆われていたら、いくら呼吸器による冷却が出来ようとも熱交換が間に合わずに何もせずとも歩くだけで蒸し焼きになる。
そして俺がこうやって息を整えて食事まで出来る理由だが……おそらく、火を吐いている時は何も見えていない。
顔の近くで高熱を発生させるため、何も対策をしなければ目が乾燥する。あるいは燃やしたことで爆ぜた物の破片が目に入る。
それらの対策をするために厚い瞼で目を塞ぐ必要があるからだ。そもそも、炎でほとんど見えなくなるのだから、無理をしてまで目を開けておく意味はない。
音や匂いに関しても炎で隠れることとなる。つまり、龍の最強の攻撃である火炎は龍にとっての脅威であり、俺にとっての休憩時間でもある。
……もちろん、この後……遮る木も燃えてなくなったまま、木のあるところまで逃げる必要があるが。
◇◆◇◆◇◆◇
なんだかんだと、ニエの家に世話になり続けている。
泊まってもニエは悪い顔をしないし、食料を取ってきて渡すのにも都合がいい。
ニエも少し俺に慣れてきてくれたみたいだが……。
「あっ……その……す、すみません」
たまたま同時に手を伸ばしたせいで指先が触れ合い、ニエの整った顔が真っ赤に染まる。
俺の「好き」という言葉がよほど耳に残っているのか、ずっとこんな調子である。
訂正しようかとも思ったが、この子をこの村から連れ出す際に「君のために出ていこう」と言うよりも「俺のためについてきてくれ」と言った方が成功しそうな気がするので訂正はしないでおく。
「……その短刀使うのか?」
「いえ、カバネさんが研いでないみたいなので、研いでおこうかと」
「あー、研ぎ方が分からなかったんだ」
「えっ……?」
ニエは不思議そうに俺を見る。この世界だと刃物を研いだりするのは普通なのだろうか。
ニエは俺にも見えるように砥石を持ってきて、赤らめた顔のままこてりと首を傾げる。
「教えましょうか?」
「あー、そうだな。頼む」
「えっと、ここをこう持って……」
「こうか?」
「いえ、それだと危ないのでこう……」
ニエの手が俺の手に重なり、ゆっくりと手を握る。子供らしい暖かく小さな手だ。
俺の手を握っていることに気がついて顔を再び真っ赤にしてバッと手を離す。
「し、失礼しました」
「いや、助かる。こんな感じで大丈夫か?」
「はい。……お上手です」
いや、上手じゃないだろ。
ゆっくりと研ぎながら……村人の言っていた『昏き夜の日』という言葉を思い出す。いつまでに出発しなければならないのかは知っておいた方がいいか。
「ニエ、昏き夜の日って知ってるか?」
ニエはびくっと身体を震わせて、赤い顔を元の色に戻していく。
「……どうかしたんですか?」
「いや、昏き夜の日ってのが分からないんだ」
「んぅ? ……えっ? ……薄暗い赤い夜の日のことですよ?」
「……いや、それがよく分からないんだが」
「え、ええっ……ほら、魔力が満ちるアレです。魔法の威力が上がる……」
「魔力? 魔法?」
「……あの、カバネさん……いくら石像とは言っても……びっくりです」
いや、俺の方が驚いているんだがな……。まぁ、龍やスライムがいるんなら魔法があるのも今更か。
「どんな物なんだ?」
「どんな物……と、言われましても、私は使えないので……魔力を用いて行う術が魔法でして、火が出たり水が出たり……みたいなものです。昏き夜の日は、空が薄らと赤くなって魔法の威力が上がるそうなんです」
「……なるほど」
魔法というのは気になる。俺も使えたりするのだろうか。
男心が惹かれる単語ではあるが、今重要なのはそれではない。
「その昏き夜の日ってのは、いつ来るんだ?」
「えっと、具体的な日付は分からないですが、多分夏の始まりぐらいなので……あと二十日後ぐらいですか」
……思ったよりも近いな。ニエの顔色はここ数日で格段に良くなったが……あと二十日で旅に耐えられるだけの体力を付けるのは難しいだろう。
まぁ……保存食を多めに用意して、ゆっくりと少しずつ動けばいいか。今のところ急ぐ必要があるわけでもない。
だが……そんなに旅立つ時間が近いのなら……今のうちに説得する必要があるか。
研ぎ終えた短刀を鞘に戻し、何故か不安そうな表情を浮かべているニエに目を向ける。
子供相手だ。変な分かりにくい言い回しではなく、単刀直入に言った方がいいだろう。
「ニエ、俺は村の奴から昏き夜の日までには出て行けと言われているんだが……」
「えっ……あっ……そうなの……ですか」
「一緒に行かないか? この村にいても食事にすら困るだろうし、ここまで冷遇している場所にいるのも嫌だろう」
そう言ってから、思い直して首を横に振る。
「いや、そうじゃないな。……一緒に来てくれると、俺は嬉しい」
手を取ってくれ。そう祈りながらニエに手を伸ばすと、ニエは赤らんだ顔を俺に向けて、嬉しそうににこりと笑みを浮かべる。
「……嬉しいです。とても、そう言っていただけると」
「じゃあ、一緒に……」
俺のその言葉は、ニエが頭を下げたことによって遮られる。
「ごめんなさい。一緒には、行けないです。でも、ありがとうございます。そんな風に言っていただけて、私は幸せ者です」
ストンと、何かが落ちる音を幻聴する。
断られるとは思っていなかったわけではない。……断られたら断られたで、まぁ……問題があるわけではない。
ニエがそうしたいなら、どうしても連れて行く必要があるわけでもなく……。むしろいない方が色々と楽だろう。
……なんで俺は、女の子にフラれた気分になっているのだろうか。
いや、フラれたのは間違いないが、別に恋愛感情から言い出したことではないし、そもそもニエは子供だ。
なのに……なんでこんなにショックを受けているのか。
落ち込んだ様子の俺に、ニエは慌ててパタパタと手を動かす。
「あ、あの! 嬉しいのは本当ですよ! こんなに嬉しいのは、生まれてはじめてです!」
「……ああ」
めちゃくちゃ気を使われているし……。気まずい。
思っていたよりも数倍は落ち込んでしまっている。
「……本当に、本当の本当に……嬉しいです」
「……そうか。……あー、ちょっと仕掛けを見てくる」
ゆっくりと立ち上がって、いつもの短刀と袋とスリングショットを持って外に出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした
むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。
配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。
誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。
そんなホシは、ぼそっと一言。
「うちのペット達の方が手応えあるかな」
それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる