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一章 結成!自警団
13話 落ちぶれた貴族
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「あっ、ゼレーナ帰ってきたぞ!」
地面に座っていたアロンがぴょんと立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄った。
「遅かったな。大丈夫か?」
ニールの問いにゼレーナの瞳が少し揺れた。
「ええ……向こうで蜂の魔物を見かけました」
「そうか、やっぱりこの森にいるんだな」
依頼主であるシエラは色々と不自由がないようにはからってくれているが、彼女の手を煩わせるわけにはいかない。街の商人たちのためにも、できるだけ早く魔物の巣を見つけたいところだ。
「日が暮れる前に魔物の巣を見つけたいところだな。皆、行こう」
ニールは仲間たちを促し、再び森を進み始めた。
***
その後、森の中を進んでしばらく経つが蜂の魔物も、他の魔物も現れる気配がなかった。
「もういっそのこと、この辺りを全部焼き払えばいいんじゃないですか?」
生い茂る木々を見ながらゼレーナが面倒そうに言った。彼女の魔法なら難しくないのだろう。
「いや、さすがにそんなのは駄目だろ……」
ニールの後方で、アロンとギーランが話す声が聞こえる。
「おれ、つかれてきたぞー。おっさん、肩車してくれ。おんぶでもいいぞ」
「俺はてめぇの馬じゃねえ。自分で歩け」
「ん……?」
歩き続けていたニールたちの前を横切るかたちで、一本の道が森の奥へ続いていた。獣道ではなく人の手によってつくられたように見えた。エンディが道の先を目で追った。
「こんなところに道? どこに繋がっているんだろう」
知らぬ間に街の近くまで戻ってきてしまったのだろうか。
「気になるな。行ってみるか」
ニールたちは道をたどり、その先へ進んでいった。人がいるなら何か情報を聞けるかもしれない。
道の先にあったのは、一軒の古びた屋敷だった。その前に据えられたレンガの塀は崩れてその役割を果たしていない。表門はなく、そのまま進んでいけば屋敷の扉までたどり着いてしまう。屋敷は二階建ての石造りだが壁にはひびが入っており、手入れが行き届いているとはいえない。
今は住む者がいない廃墟なのだろうかと思ったニールだったが、それにしては不自然な点があった。屋敷の前と両脇の開いた場所一面に、花が咲いている。特に目立つのが薔薇で、色は赤、ピンク色、白色と様々だ。剪定されており自然に生えてきたものには見えなかった。寂れた建物と生命力に溢れた美しい花々の取り合わせは、何とも奇妙だ。
「薔薇……」
ゼレーナが呟いた。どうかしたのかとニールが問うと、彼女は何でもないと首を振った。
エンディは謎めいた屋敷に興味深々のようだ。
「不思議なところだね。誰か住んでるのかな……幽霊とか、不老不死の怪人とか?」
「すげー! よし、おれが確かめてくる!」
屋敷の扉を目指してアロンが駆け出そうとする。
ニールは慌てて止めようとしたが、アロンを制止したのは別の声だった。
「何者です!」
ニールたちが振り返ると、険しい顔の青年がそこに立っていた。帽子を被り身ぎれいな恰好をしていて、杖を手にしている。
「げっ!」
ゼレーナが声をあげ、彼女の方を見た青年の顔が少し揺らいだ。しかし再びニールたちをきっと睨んできた。
「あんたの家なのか? 勝手に近づいてごめん、悪さをするつもりはない。ただ少し聞きたいことが……」
青年はニールの言葉に耳を貸さず、近づいてくると杖の先端を向けた。
「即刻、お引き取りください」
口調は丁寧だが、刺々しい言い方だ。ニールがどう弁解しても警戒を解いてくれそうにない。
「分かった……本当にごめん。皆、行くぞ」
森に住み着いた魔物について何か聞ければ良かったが、ニールはそれを諦め仲間たちとともにその場を後にした。
***
「ゼレーナ、さっきのあの人のことを知ってるのか?」
再び木々の間を歩きながら、ニールはゼレーナに尋ねた。
「……先ほど一人で傷を洗いにいった時に会って、魔法で傷を治してくれました」
ゼレーナは答え袖をまくって見せた。もともと怪我などしていなかったかのように、傷は綺麗に治っている。
「じゃあ、良い人なのかな? もしかして妖精とか……」
エンディは森の中の屋敷に住む者が、ただの人間ではないという期待を捨てていないらしい。
「もう会うことはないだろうと思ってあなたたちには言わなかったんですが……まさかこんな場所に家があるなんて」
「そうか……何か事情がありそうだったけど、あんまり深追いはしない方がいいだろうな」
賑やかな街を離れて住んでいること、ニールたちに警戒心をむき出しにして接してきたことから、あの青年は人間が嫌いなのかもしれない。特に困った様子がないのなら関わらない方が互いのためだろう。
「おい大将、まだ魔物のねぐら探しは続けんのか?」
ギーランの問いにニールは首を振った。
「いや、いったん戻って明日出直そう」
日が暮れる前に森を抜けなければ危ない。幸いまもなく森を抜け、大きな街道に出ることができた。
***
そして翌日。
ニールたちは、賑やかなベルセイムの街を歩いていた。あちらこちらに興味を持つアロンをたしなめながら、向かう先は街はずれの森だ。
店が多く並ぶ区域まで来たところで、急に周りの空気が変わった。談笑する人々や呼び込みをする商人が一様に黙って、向こうからやってくる人影を見つめる。
通りを歩いてきたのはニールたちが昨日会った、貴族然とした青年だった。
「昨日、おれたちを怒ってきたやつだ」
アロンが言った。
ニールは改めて周りを見渡した。ベルセイムの人々が皆、青年を横目にひそひそと何かを話している。冷ややかな視線を彼に向ける者もいた。
青年はそれに反応することなく、帽子を深く被って歩いていく。手にした籠には花が入っていた。薔薇も混じっている。
青年が黙ってニールたちの隣を通り過ぎてすぐ、二人の子供たちが彼を指さして大声で言った。
「悪徳貴族の息子だ!」
「落ちぶれ貴族が物乞いに来たぞ!」
その言葉を聞いて、青年が立ち止まった。彼らを叱る大人は誰もいない。
この街を訪れる際、シエラがニールたちに話をしてくれた。かつてここは民を顧みない領主によって悪政がしかれていたが、民の一斉蜂起によりその領主は処刑され、その家族は貴族の身分を取り上げられた――あの青年は、かつてのベルセイム領主の子なのだ。
ニールは子供たちの方へ大股で歩み寄った。
「人に向かってそんなことを言っちゃ駄目だ」
子供たちは悪びれもせず口を尖らせた。
「だって本当のことだもん」
「父さんが言ってたんだ! 悪徳貴族が悪さしたから、皆が苦しんだんだって」
「関係ない」
ニールが低い声で言うと、子供たちがびくりと肩を震わせた。
「あの人が直接、お前たちに何か意地悪をしたのか? 何もされていないなら、お前たちはあの人のことを悪く言うことはできない。たとえ真実でも、すでに終わったことや人から聞いただけのことを振りかざして、何でもしていいわけじゃない!」
シエラから聞いた話では、ベルセイムで領主が変わったのは十数年前のことだ。この子供たちは生まれていないし、あの青年だってまだ小さかっただろう。当事者でない青年が悪く言われるのを、ニールは見過ごすことができなかった。
子供たちはばつが悪そうに黙って走り去った。ニールが顔を上げると、青年の姿は消えていた。
「あの人は……」
「行っちゃった」
エンディが答えた。周りも青年のことなどもう忘れてしまったかのように、賑わいを取り戻しつつある。
「ニールさん、どうなさいました?」
偶然通りかかったらしきシエラが、ニールの元にやって来た。
「ああ、いや、何でもない……」
大きな騒ぎになっていたら、シエラに迷惑をかけてしまうところだった。しかしどうしても気になって、ニールはシエラに問うた。
「シエラさん、前の領主の子供がこの近くに住んでいるのか?」
「……ルメリオ・ローゼンバルツですね」
シエラの表情が少し険しくなった。
「前領主が処刑される時、まだ幼いからという理由で遠方へ連れていかれたのですが六年程前に戻ってきて、今はかつての屋敷に住んでいますわ。とはいっても財産はその屋敷以外はほぼ無くて、時々、ここまで花を売りに来たりしますが……」
私たちと接することはほとんどありません、とシエラは締めくくった。
ルメリオから歩み寄ることもなく、街の人々が彼を受け入れることもなく、といった状態がずっと続いているらしい。
「そうか、教えてくれてありがとう。俺たちはまた森の方に行ってくるよ」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
あの青年、ルメリオのことをいつまでも気にしていても仕方がない、ニールは気持ちを切り替え、森の方へ急いだ。
地面に座っていたアロンがぴょんと立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄った。
「遅かったな。大丈夫か?」
ニールの問いにゼレーナの瞳が少し揺れた。
「ええ……向こうで蜂の魔物を見かけました」
「そうか、やっぱりこの森にいるんだな」
依頼主であるシエラは色々と不自由がないようにはからってくれているが、彼女の手を煩わせるわけにはいかない。街の商人たちのためにも、できるだけ早く魔物の巣を見つけたいところだ。
「日が暮れる前に魔物の巣を見つけたいところだな。皆、行こう」
ニールは仲間たちを促し、再び森を進み始めた。
***
その後、森の中を進んでしばらく経つが蜂の魔物も、他の魔物も現れる気配がなかった。
「もういっそのこと、この辺りを全部焼き払えばいいんじゃないですか?」
生い茂る木々を見ながらゼレーナが面倒そうに言った。彼女の魔法なら難しくないのだろう。
「いや、さすがにそんなのは駄目だろ……」
ニールの後方で、アロンとギーランが話す声が聞こえる。
「おれ、つかれてきたぞー。おっさん、肩車してくれ。おんぶでもいいぞ」
「俺はてめぇの馬じゃねえ。自分で歩け」
「ん……?」
歩き続けていたニールたちの前を横切るかたちで、一本の道が森の奥へ続いていた。獣道ではなく人の手によってつくられたように見えた。エンディが道の先を目で追った。
「こんなところに道? どこに繋がっているんだろう」
知らぬ間に街の近くまで戻ってきてしまったのだろうか。
「気になるな。行ってみるか」
ニールたちは道をたどり、その先へ進んでいった。人がいるなら何か情報を聞けるかもしれない。
道の先にあったのは、一軒の古びた屋敷だった。その前に据えられたレンガの塀は崩れてその役割を果たしていない。表門はなく、そのまま進んでいけば屋敷の扉までたどり着いてしまう。屋敷は二階建ての石造りだが壁にはひびが入っており、手入れが行き届いているとはいえない。
今は住む者がいない廃墟なのだろうかと思ったニールだったが、それにしては不自然な点があった。屋敷の前と両脇の開いた場所一面に、花が咲いている。特に目立つのが薔薇で、色は赤、ピンク色、白色と様々だ。剪定されており自然に生えてきたものには見えなかった。寂れた建物と生命力に溢れた美しい花々の取り合わせは、何とも奇妙だ。
「薔薇……」
ゼレーナが呟いた。どうかしたのかとニールが問うと、彼女は何でもないと首を振った。
エンディは謎めいた屋敷に興味深々のようだ。
「不思議なところだね。誰か住んでるのかな……幽霊とか、不老不死の怪人とか?」
「すげー! よし、おれが確かめてくる!」
屋敷の扉を目指してアロンが駆け出そうとする。
ニールは慌てて止めようとしたが、アロンを制止したのは別の声だった。
「何者です!」
ニールたちが振り返ると、険しい顔の青年がそこに立っていた。帽子を被り身ぎれいな恰好をしていて、杖を手にしている。
「げっ!」
ゼレーナが声をあげ、彼女の方を見た青年の顔が少し揺らいだ。しかし再びニールたちをきっと睨んできた。
「あんたの家なのか? 勝手に近づいてごめん、悪さをするつもりはない。ただ少し聞きたいことが……」
青年はニールの言葉に耳を貸さず、近づいてくると杖の先端を向けた。
「即刻、お引き取りください」
口調は丁寧だが、刺々しい言い方だ。ニールがどう弁解しても警戒を解いてくれそうにない。
「分かった……本当にごめん。皆、行くぞ」
森に住み着いた魔物について何か聞ければ良かったが、ニールはそれを諦め仲間たちとともにその場を後にした。
***
「ゼレーナ、さっきのあの人のことを知ってるのか?」
再び木々の間を歩きながら、ニールはゼレーナに尋ねた。
「……先ほど一人で傷を洗いにいった時に会って、魔法で傷を治してくれました」
ゼレーナは答え袖をまくって見せた。もともと怪我などしていなかったかのように、傷は綺麗に治っている。
「じゃあ、良い人なのかな? もしかして妖精とか……」
エンディは森の中の屋敷に住む者が、ただの人間ではないという期待を捨てていないらしい。
「もう会うことはないだろうと思ってあなたたちには言わなかったんですが……まさかこんな場所に家があるなんて」
「そうか……何か事情がありそうだったけど、あんまり深追いはしない方がいいだろうな」
賑やかな街を離れて住んでいること、ニールたちに警戒心をむき出しにして接してきたことから、あの青年は人間が嫌いなのかもしれない。特に困った様子がないのなら関わらない方が互いのためだろう。
「おい大将、まだ魔物のねぐら探しは続けんのか?」
ギーランの問いにニールは首を振った。
「いや、いったん戻って明日出直そう」
日が暮れる前に森を抜けなければ危ない。幸いまもなく森を抜け、大きな街道に出ることができた。
***
そして翌日。
ニールたちは、賑やかなベルセイムの街を歩いていた。あちらこちらに興味を持つアロンをたしなめながら、向かう先は街はずれの森だ。
店が多く並ぶ区域まで来たところで、急に周りの空気が変わった。談笑する人々や呼び込みをする商人が一様に黙って、向こうからやってくる人影を見つめる。
通りを歩いてきたのはニールたちが昨日会った、貴族然とした青年だった。
「昨日、おれたちを怒ってきたやつだ」
アロンが言った。
ニールは改めて周りを見渡した。ベルセイムの人々が皆、青年を横目にひそひそと何かを話している。冷ややかな視線を彼に向ける者もいた。
青年はそれに反応することなく、帽子を深く被って歩いていく。手にした籠には花が入っていた。薔薇も混じっている。
青年が黙ってニールたちの隣を通り過ぎてすぐ、二人の子供たちが彼を指さして大声で言った。
「悪徳貴族の息子だ!」
「落ちぶれ貴族が物乞いに来たぞ!」
その言葉を聞いて、青年が立ち止まった。彼らを叱る大人は誰もいない。
この街を訪れる際、シエラがニールたちに話をしてくれた。かつてここは民を顧みない領主によって悪政がしかれていたが、民の一斉蜂起によりその領主は処刑され、その家族は貴族の身分を取り上げられた――あの青年は、かつてのベルセイム領主の子なのだ。
ニールは子供たちの方へ大股で歩み寄った。
「人に向かってそんなことを言っちゃ駄目だ」
子供たちは悪びれもせず口を尖らせた。
「だって本当のことだもん」
「父さんが言ってたんだ! 悪徳貴族が悪さしたから、皆が苦しんだんだって」
「関係ない」
ニールが低い声で言うと、子供たちがびくりと肩を震わせた。
「あの人が直接、お前たちに何か意地悪をしたのか? 何もされていないなら、お前たちはあの人のことを悪く言うことはできない。たとえ真実でも、すでに終わったことや人から聞いただけのことを振りかざして、何でもしていいわけじゃない!」
シエラから聞いた話では、ベルセイムで領主が変わったのは十数年前のことだ。この子供たちは生まれていないし、あの青年だってまだ小さかっただろう。当事者でない青年が悪く言われるのを、ニールは見過ごすことができなかった。
子供たちはばつが悪そうに黙って走り去った。ニールが顔を上げると、青年の姿は消えていた。
「あの人は……」
「行っちゃった」
エンディが答えた。周りも青年のことなどもう忘れてしまったかのように、賑わいを取り戻しつつある。
「ニールさん、どうなさいました?」
偶然通りかかったらしきシエラが、ニールの元にやって来た。
「ああ、いや、何でもない……」
大きな騒ぎになっていたら、シエラに迷惑をかけてしまうところだった。しかしどうしても気になって、ニールはシエラに問うた。
「シエラさん、前の領主の子供がこの近くに住んでいるのか?」
「……ルメリオ・ローゼンバルツですね」
シエラの表情が少し険しくなった。
「前領主が処刑される時、まだ幼いからという理由で遠方へ連れていかれたのですが六年程前に戻ってきて、今はかつての屋敷に住んでいますわ。とはいっても財産はその屋敷以外はほぼ無くて、時々、ここまで花を売りに来たりしますが……」
私たちと接することはほとんどありません、とシエラは締めくくった。
ルメリオから歩み寄ることもなく、街の人々が彼を受け入れることもなく、といった状態がずっと続いているらしい。
「そうか、教えてくれてありがとう。俺たちはまた森の方に行ってくるよ」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
あの青年、ルメリオのことをいつまでも気にしていても仕方がない、ニールは気持ちを切り替え、森の方へ急いだ。
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