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シュタンツファー市
#23 不謹慎な辛さ
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「何?なんか用?」
近づいてきた私を背にリツロが声を発した。少しだけ震えている。
「リツロさんがここに居たから来ただけだよ。」
「あっそ…。」
いつものように冷たい態度を取るのに、何故かこの場から立ち去ろうとしない。少し様子がおかしいなと感じていると、リツロは躊躇いながら話を始めた。
「私ね、小学五年と三年の弟がいるの。この前暗い顔で家に帰ってきたわ。何があったか聞いても答えないから、そのままにしておいたの。だけど三日が経っても様子がおかしいから、リーヌさんのとこのライヤくんに昨日聞きいたの。そしたら貴方が関わってた。」
「そういうことだったんだ。」
「ごめんなさい。弟たちに代わって謝るわ。」
リツロは立ち上がり、肩に力を入れ、震えた声で謝った。
「いいよ。弟さんたちも悪いって分かってくれたんでしょう?だったら別に気にしないよ。それに私は避難民だし。」
「それどいうこと?」
「え…だって、リツロさんは私が避難民だから嫌いなんでしょう?避難民は街を変えてしまったから嫌いなんでしょう?」
「何それ。街なんてどうでもいいわよ。貴方本当に何も考えてないのね。私がそんなこといつ言ったの?噂で聞いて呆気なく信じてるなんてお気楽な人ね。」
リツロは震えていた声から一転、いつもの冷たい声に戻った。私は恐る恐るリツロが座るベンチの右隅に腰をかけた。リツロは少し動揺していたようだったが、やはりその場から離れなかった。
「じゃあ、どうして私のこと嫌いなの?」
「…しつこいわね、貴方。…いいわ。言うわよ。」
リツロは私の方に少し体を向け、視線は私の方に向けることはせず、右顔だけを私に向ける形で座り直した。その瞬間リツロの大きな瞳、長いまつげ、赤い唇に、白い肌、その横を流れるよに通る黒髪に見惚れてしまった。まるで童話の中のお姫様だ。しかしお姫様とは違って、彼女の横顔はどこか憂いを帯びていて、脆さが垣間見えるようだった。
「そもそも私は貴方を嫌いなんじゃない。貴方を見ていると自分に嫌気がさすのよ。」
「自分自身に?」
「そう。
私の家は片親でね。しかも束縛が激しいの。進学先も、就職先も、住む場所も決められてる。私も反抗したくてもできない。女で一つで育ててくれて、私たち子供のため、子供のためって頑張ってるもの。すごくありがたいし、幸せだとも思ってる。だけど、時々ここからいなくなりたい。どこか遠くに行きたいって思い始めたの。最初はただの反抗期だって思ってた。だけどその気持ちはどんどん膨れ上がっていった。だから親に相談したわ。だけど泣きながら怒鳴られた。私が泣きたかった。親に、土地に縛られてる感じがずっとしてた。幸せなのに、辛くて苦しくて。でも、この気持ちを打ち明けると大人は大体、『甘えている。』『もっと現実を見ろ。』って言うのよ。私はその時諦めたわ。所詮これが現実なんだって。でも、ワイル出現で親や家族を無くしたり、故郷を無くしている同い年くらいの子たちを見て思ってしまったのよ。
『あの子たちには縛られるものがない。自由な選択がある。』
あの子たちには不幸がある。不幸があって、縛られるものが何もない。どんな選択をしたって、怒られることもない。自由なんだって。その時、私は私の醜さを知ったわ。あの子達は苦しいはずなのに、羨ましいと思ってしまった。不謹慎にも程があるよね。」
淡々と話し始めていたはずのリツロの声は次第に力強さを増していった。同時に視線も下がり、瞳が赤く光った気がした。私はその目をずっと見つめていた。
冷静になったのか、リツロは視線をあげ、また遠くも見つめた。
「それから避難してきた子達を見るのが辛くなったのよ。貴方は不幸の証明があるから、どんなに打ちひしがれても涙を流しても周りに納得してもらえるのよ。でも私は違う。今辛いって言ったって、他人から見たら幸せな人間だから納得なんてしてもらえない。こんな世界だと尚更ね。……どう?くだらないでしょう?かっこ悪いでしょ?」
私は急にこちらに向けられた瞳に動揺して、逸らしてしまった。言葉がうまく出てこない。だが、私はリツロの言っていることに何となくだが、共感を持てた。
「私も同じだよ。故郷にいた時より、今はとても幸せなはずなのに何かがつっかえて苦しくて辛い。昔に戻りたいとか思ってるくらい。きっと側から見たら不幸ぶってる、甘えてるって思われてるのかも知れない。本当のところそれが事実なのかもしれない。自分の感覚が明確に意味を成してないから余計に分かんない。」
「私と一緒にしないで。それでも貴方は過去が免罪符になるじゃない。もしかしたら一生。でも、私には何もないのよ。
他人の辛さと自分の辛さを比較するなんて野暮だけど、正体の分かる辛さより、漠然とした辛さの方が慢性的で厄介だと思うのよ。」
「それは分かる気がする。」
「そうかしら?貴方のは分かってるけど向き合いたくないって感じがするけど。」
「え?」
「貴方、やっぱり何も分かってないのね。」
私に冷たい視線を送った後、再びリツロの瞳は私を映さなくなった。
近づいてきた私を背にリツロが声を発した。少しだけ震えている。
「リツロさんがここに居たから来ただけだよ。」
「あっそ…。」
いつものように冷たい態度を取るのに、何故かこの場から立ち去ろうとしない。少し様子がおかしいなと感じていると、リツロは躊躇いながら話を始めた。
「私ね、小学五年と三年の弟がいるの。この前暗い顔で家に帰ってきたわ。何があったか聞いても答えないから、そのままにしておいたの。だけど三日が経っても様子がおかしいから、リーヌさんのとこのライヤくんに昨日聞きいたの。そしたら貴方が関わってた。」
「そういうことだったんだ。」
「ごめんなさい。弟たちに代わって謝るわ。」
リツロは立ち上がり、肩に力を入れ、震えた声で謝った。
「いいよ。弟さんたちも悪いって分かってくれたんでしょう?だったら別に気にしないよ。それに私は避難民だし。」
「それどいうこと?」
「え…だって、リツロさんは私が避難民だから嫌いなんでしょう?避難民は街を変えてしまったから嫌いなんでしょう?」
「何それ。街なんてどうでもいいわよ。貴方本当に何も考えてないのね。私がそんなこといつ言ったの?噂で聞いて呆気なく信じてるなんてお気楽な人ね。」
リツロは震えていた声から一転、いつもの冷たい声に戻った。私は恐る恐るリツロが座るベンチの右隅に腰をかけた。リツロは少し動揺していたようだったが、やはりその場から離れなかった。
「じゃあ、どうして私のこと嫌いなの?」
「…しつこいわね、貴方。…いいわ。言うわよ。」
リツロは私の方に少し体を向け、視線は私の方に向けることはせず、右顔だけを私に向ける形で座り直した。その瞬間リツロの大きな瞳、長いまつげ、赤い唇に、白い肌、その横を流れるよに通る黒髪に見惚れてしまった。まるで童話の中のお姫様だ。しかしお姫様とは違って、彼女の横顔はどこか憂いを帯びていて、脆さが垣間見えるようだった。
「そもそも私は貴方を嫌いなんじゃない。貴方を見ていると自分に嫌気がさすのよ。」
「自分自身に?」
「そう。
私の家は片親でね。しかも束縛が激しいの。進学先も、就職先も、住む場所も決められてる。私も反抗したくてもできない。女で一つで育ててくれて、私たち子供のため、子供のためって頑張ってるもの。すごくありがたいし、幸せだとも思ってる。だけど、時々ここからいなくなりたい。どこか遠くに行きたいって思い始めたの。最初はただの反抗期だって思ってた。だけどその気持ちはどんどん膨れ上がっていった。だから親に相談したわ。だけど泣きながら怒鳴られた。私が泣きたかった。親に、土地に縛られてる感じがずっとしてた。幸せなのに、辛くて苦しくて。でも、この気持ちを打ち明けると大人は大体、『甘えている。』『もっと現実を見ろ。』って言うのよ。私はその時諦めたわ。所詮これが現実なんだって。でも、ワイル出現で親や家族を無くしたり、故郷を無くしている同い年くらいの子たちを見て思ってしまったのよ。
『あの子たちには縛られるものがない。自由な選択がある。』
あの子たちには不幸がある。不幸があって、縛られるものが何もない。どんな選択をしたって、怒られることもない。自由なんだって。その時、私は私の醜さを知ったわ。あの子達は苦しいはずなのに、羨ましいと思ってしまった。不謹慎にも程があるよね。」
淡々と話し始めていたはずのリツロの声は次第に力強さを増していった。同時に視線も下がり、瞳が赤く光った気がした。私はその目をずっと見つめていた。
冷静になったのか、リツロは視線をあげ、また遠くも見つめた。
「それから避難してきた子達を見るのが辛くなったのよ。貴方は不幸の証明があるから、どんなに打ちひしがれても涙を流しても周りに納得してもらえるのよ。でも私は違う。今辛いって言ったって、他人から見たら幸せな人間だから納得なんてしてもらえない。こんな世界だと尚更ね。……どう?くだらないでしょう?かっこ悪いでしょ?」
私は急にこちらに向けられた瞳に動揺して、逸らしてしまった。言葉がうまく出てこない。だが、私はリツロの言っていることに何となくだが、共感を持てた。
「私も同じだよ。故郷にいた時より、今はとても幸せなはずなのに何かがつっかえて苦しくて辛い。昔に戻りたいとか思ってるくらい。きっと側から見たら不幸ぶってる、甘えてるって思われてるのかも知れない。本当のところそれが事実なのかもしれない。自分の感覚が明確に意味を成してないから余計に分かんない。」
「私と一緒にしないで。それでも貴方は過去が免罪符になるじゃない。もしかしたら一生。でも、私には何もないのよ。
他人の辛さと自分の辛さを比較するなんて野暮だけど、正体の分かる辛さより、漠然とした辛さの方が慢性的で厄介だと思うのよ。」
「それは分かる気がする。」
「そうかしら?貴方のは分かってるけど向き合いたくないって感じがするけど。」
「え?」
「貴方、やっぱり何も分かってないのね。」
私に冷たい視線を送った後、再びリツロの瞳は私を映さなくなった。
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