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第二章 ノア

12、逃亡計画は潰されました

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 「こちらの部屋をお使いください。直ぐにお着替えをお持ちします。」
 「ありがとうございます。・・・殿下、いい加減降ろして頂けませんかね?」
 
 侍女が着替えを取りに行き、周囲に誰も居なくなったのをいいことに私はぞんざいに言って身体を捻った。
 
 「本当は降ろしたくないのだけど。でも、このままじゃ着替えられないものね。」
 「何をふざけているのです。降りますよ!」
 
 やや無理やり身体を捻じり、王子の腕から落ちるようにしてフッカフカの絨毯の上に着地する。
 うちなんて客間も板張りだ。
 室内もさらっと高価な調度品が置かれていて全くもって触れるのが恐ろしい。
 
 横目で周囲を観察していたら、開けっ放しの扉から侍女が戻ってきた。仕事が早い。
 
 「あのね、実は丁度いいことに君に合わせたドレスを持ってきているから、これを着てみてほしいんだけど。」
 
 侍女がその手に捧げ持って来た服へ視線を向けながらクラウス王子が言った。その内容を脳が認識した途端、私の身体は壁際へ移動していた。
 
 なんでろくに面識のない男が私のドレスを用意しているんだ?!おかしすぎる、気持ち悪い、あり得ない!
 
 全部、私の顔に出ていたのだろう、王子の顔が引きつった。
 
 「ちょっと待って!変態扱いしないで。驚いただろうけどこれにはわけがあってね。男装の令嬢が今日ここに来ると聞いた母が、新作のドレスをもっと動きやすい物にしたいと言い出してね。まず君に合わせたドレスを作って意見を聞きたいということなんだ。協力してもらえるかな?」
 
 王子の母といえばドレスのデザインに定評がある王太子妃殿下。なるほど新しい方向に挑戦したくなったのか?
 
 しかし、協力してもらえるかな?って唯一の出口である扉の前に立ち塞がって言われてもな・・・窓の方に逃げればよかった。ここは壁に囲まれた隅っこだ。
 逃げようがないことを確認した私は、仕方なく首を縦に振った。
 
 「よかった、ありがとう。サイズは大体あってると思うけど気になるところがあったら遠慮なく言ってね。」
 
 王子は笑顔になり、ドレスを手にこちらへ近づいて来ようとした。
 
 「殿下、お嬢様のお着替えのお手伝いは私がいたします。殿下は廊下に出ていてください。」
 
 後ろに控えていた侍女がズバッと王子に意見した。さすが、ハーフェルト公爵家の侍女は王子相手でも遠慮がない。
 
 「ああ、そうだね。濡れたままは良くないし、あとの説明は着替えてもらってからにしよう。」
 
 王子はそのままドレスを侍女に渡し、廊下へ出て行った。
 
 そして、扉が確実に閉まったことを確認した私は窓の前に移動した。
 
 「王子を追い払ってくれて、ありがとうございました。それでは!」
 
 私はウータという侍女に礼を言うとすかさず窓を開け放って磨きこまれた木の枠に足をかけた。
 
 あんな無駄に権力のある変態男に付き合ってられるか!大体、王太子妃殿下が私のことなど気にかけるわけがない。サイズだってどうやって手に入れたんだか。怪しすぎる。
 
 「お嬢様?!それはちょっと!お待ちください!」
 
 慌てふためく侍女には悪いと思ったが、こればっかりは耐えられない。逃げるが勝ち、だ。イザベルの所まで戻って理由をつけて先に帰ろう。私がこれだけ逃げまわればプライドが高そうな王子だ、諦めてこれ以上近寄って来ないだろう。
 
 エイッと身体を窓枠の上に引き上げようとしたその瞬間。
 
 コンコンッ ガチャリ
 
 「ノア?殿下に『ちょっと時間置いてから来て』って言われたから来たんだけど着替え手伝いましょうか?」

 「イ、イザベル?!いや、ちょっと、なんで?!」
 
 私はドスンと尻もちをついて呆然と部屋に入ってきた親友を見上げた。
 
 大丈夫?!と駆け寄って来る彼女の後ろからニヤニヤとこっちを見てくる王子と目が合う。
 
 全部、読まれてた?!
 
 ムカつく!私は心の中で王子を思いっきり殴り飛ばした。
 
 ■■
 
 「ノア、とっっっても素敵よ!」
 
 私の側でイザベルが大騒ぎしている。彼女の前で捻くれた態度を取るわけにもいかず、私は引きつった笑顔で鏡に映った自分の姿を眺めた。
 
 全体的にストンとしたスタイルの黒に近い茶色のドレス。実は上下別パーツでスカート部分はゆったりした布をスラックスの周りに巻きつけてある。見た目はドレス中身は・・・というやつだ。
 
 最近このコルセットを使わない、真っ直ぐな形のドレスが帝国で流行りだしたからこそできる技だ。
 
 自分のドレス姿など一生見ることはないと思っていたから、鏡に映る姿も自分ではないような気がして私はただぼうっと眺めていた。
 
 「どう?その形なら動き易いかな?」
 「・・・はい。いつもとそう変わらないのに鏡に映る自分がドレスを着ているように見えるのが不思議です。」
 
 目を細めて尋ねてきた王子にうっかりと正直な感想を述べてしまい、我に返った。
 
 「これは後日綺麗にしてからお返しします。お城のどちらに届ければよろしいですか?」
 「いや、それは他に誰も着ないし君にあげる。卒業したら社交界に出るからドレスはいくらあってもいいでしょ。」
 「・・・ありがとうございます。」
 
 要らないと突っぱねたかったが、王子も引かないだろうし、ややこしくなりそうなのでこの場は一旦好意を受けておくことにした。
 
 借りをつくったようでたまらなく不快だ。いずれ必ずこのドレスは返そう、と心に誓う。
 
 
 「あらあら、まあ!素敵ねー!」
 「まー、先程の服装もよかったですけど、そちらのドレスもとても良くお似合いよ。」
 「え、王太子妃殿下のデザインですの?!まあ家の娘も似たようなの誂えようかしらね。」
 
 お茶会の場にイザベル達と一緒に戻れば、夫人達が口々に褒めそやしてくれた。この慣れない状況にどうしていいか分からず戸惑う。
 
 ドレスを着て高位の貴族夫人と会話することなど一生ないと思っていたのに。
 
 
 イザベルが一生懸命代わりに相手をして話を終わらせようとしてくれているが、太刀打ちできる相手ではない。
 
 側で立って見守っているだけの王子をちらりと睨めば、ふわりと空気が動いた。
 
 「皆さん、もう十分ロサ子爵令嬢と歓談されましたよね?後の時間は僕に譲って下さい。」
 
 その台詞と同時に肩に手を置かれて向きを変えられ夫人達から離された。
 
 「あら、クラウス殿下も彼女と話したかったのね。気が付かずごめんなさい。どうぞ、二人で話していらっしゃい。」
 「殿下はもう十九なのに未だ婚約者がおられないんですもの。色々なご令嬢とお話なさるのはいいことね。」
 
 某夫人の余計な一言で場が沸いた。
 
 それを聞いた隣のイザベルが私と王子を交互に見てくる。私はさすがに顔をしかめて首を振った。
 
 「イザベル、誤解しないでくれ。身分が違いすぎる。」
 「身分なんて気にしなくていいと思うけど。君だってれっきとした子爵令嬢じゃないか。」
 
 イザベルより早く反応してきた王子は無視して、彼女の方へ一歩踏み出せば直ぐに引き戻された。
 
 「ごめんね、ヴェーザー伯爵令嬢。ちょっとだけ君の友人を借りるよ。本当に話があるんだ。」
 「み、見えるところでお話くださいますか?」
 
 私の嫌そうな気配を察して、王子には逆らえないはずのイザベルが必死で確認してくれた。
 
 王子はにこやかに頷いてから私を促した。イザベルが私の腕を掴んで言った。
 
 「何かあったら直ぐに駆けつけるから!」
 「酷い言われようだね。本当に話すだけだから、何もしないよ。」
 「イザベル、私は大丈夫だからパトリック殿と楽しんでて。」
 
 さすがに人目があるところでは何もしてこないだろうと伝えたが、イザベルは離れ難そうに立ち尽くしている。
 そこにパトリック殿がやってきて、私と王子が見える所で待っていよう、と彼女に声を掛けて先程座っていたテーブルに誘っていた。
 
 それでイザベルも納得したのか大人しく婚約者について行った。
 
 本当に出来た少年だな・・・。
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