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第二章 ノア
17、婚約問答
しおりを挟む「走り回らせてすみませんでした。」
結局、私の頭に浮かんだことといえば、とりあえず謝ることだった。
クラウス王子がどういうつもりで走り回ったか、ということはひとまず考えず、走り回らせたことについてのみ、謝ることにした。
ぺこりと頭を下げた私を、下から頬杖をついて見上げた王子はムッとした表情のままで返してきた。
「別に走り回ったのは僕の勝手だから、謝らなくてもいい。それより僕は、君に婚約を嫌がらせだと思われたことがとても辛かった。」
「あ、それも勘違いだったようで、申し訳ありませんでした。」
「なんか、軽い謝罪だなあ。でも、受け入れてくれるなら、いいか。」
にこっと笑顔になった王子にホッとしつつも彼の言に疑問を抱く。
「何を受け入れると?」
「え、僕との婚約。そして将来的に結婚して夫婦になること。」
すっと立ち上がり、爽やかな笑顔で見下ろされ言われた台詞に私は飛び上がった。
「それはダメです!受け入れてません!」
絶対に嫌だ!と目線でも訴えて王子を見つめる私に彼は顔を近づけて首を傾げた。
「婚約の申し込みが嫌がらせじゃないとわかってなお、拒否する理由は?君のアドバイス通り『結婚するにあたって障害がない貴族の娘に親から先に申し込んだ』んだけど?『令嬢は親の決めた相手と結婚することに抵抗がない』って言ったのは君だよね?」
やっぱりそれを参考にしていたのか!私は片手で目を覆って下を向いた。
「それは一般的な話であって、私に有効なわけではなく。」
「何故?君は男装はしているけど、一般的な子爵令嬢だよね?すでに父親のロサ子爵本人が同意してサインした婚約書類があるわけだし、君一人の力で覆せると思う?」
「その書類、まだ認可されてませんよね?」
「ふふ、どう思う?」
王子の何かを含んだような笑みが気になって恐る恐る尋ねれば、満面の笑顔で尋ね返され血の気が引いた。
昨日の今日だ、まさか、もうすでに国王の許可が降りているなどということはないだろう?
知らぬうちに身体が震えだしている。
私が王妃に?そんな未来は全く考えたことがない。
どうしよう、どうすればいい?
予想外の連続に頭が働かず、考えが纏まらない。
「そこまでの反応をされるとは思ってなかったな。そんなに僕と結婚するのが嫌?」
急に不安そうな声になった王子を見上げた私の顔は彼以上に酷かったと思う。
王子はすごく困った顔になってソファに座ったままの私の前に跪き、そおっと膝に置いていた私の手をとった。
「ごめんね、君の気持ちを考えず浮かれすぎた。」
「浮かれてたんですか?」
先程までの困惑が薄れる程の衝撃的な言葉に、思わず聞き返した。私の勢いに王子はふわっと笑ってはにかむ。
「それはそうだよ。今度の気になる女性は何処の誰か分かっていて、手を伸ばせば届く場所に居るんだ。あやふやな記憶の初恋の人とは違う。会話ができて触れることも可能なんだと思うと夢のようだと思った。」
その幸せそうな表情にどきり、と心臓が揺れた。この人をこんな風にさせているのが、私だと?まさか、そんな。
きっと何か大いなる勘違いフィルターが掛かってしまっているに違いない。
なにせ、あの短時間しか話したことがないのだから。そうだ、本当の私を知れば直ぐに婚約の申し込みを取り下げてくれるだろう。
それに一縷の望みをかけて、私は口を開いた。
「殿下、私は貴方の思っているような人間ではないです。噂を集めるのが趣味だし、美人じゃないしそばかすはあるし、令嬢のくせにお淑やかではなく非常にガサツだし、大口を開けて笑います。」
「それ、大体僕が思ってる通りだけど?この三ヶ月、もちろん君についても色々調べたんだよ。」
私は黙り込んだ。そりゃそうか。王妃にしようって女だ、とことん調査されるか。王子が気に入った、だけで許可がおりるわけがない。
「最初はやっぱり男装で短髪の異色の令嬢っていうんで、そりゃあ大臣達が渋る渋る。」
うんうん、当然だ。私は心の中だけで大臣達に激しく同意した。
「でも、僕ももう十九だしねえ。僕が初恋にかまけている間に、目ぼしい令嬢達はもう婚約したり結婚しちゃったからねえ。」
なんてことだ。確かに結婚年齢に達したにもかかわらず、クラウス王子の婚約者はなかなか発表されなかった。
それに加えて王家も積極的に探していないようだということで、もう既に年が離れた他国の王女と水面下で結婚が決まっていて、お相手が年頃になったら発表されると数年前からまことしやかに噂されていたっけ。
実は王子は初恋の男の子を探すのに夢中で、それを見た王家の方々は王子の恋愛対象が男だと思って悩んでいた、というのが真相なのだが。
「それに祖父の国王陛下も父の王太子殿下も叔父のハーフェルト公爵も『ひと目惚れ?じゃあ、どうしようもない。ロサ子爵令嬢に決まりだ』って大臣達に言ってくれたから。」
私は頭をかきむしりたくなった。
なんでこの国の王族は王子のひと目惚れに納得してあっさり認めてるんだ?!
・・・え?いや、待て?誰が、誰にひと目惚れしたって?
「殿下、ひと目惚れってなんですか?あの日、どこら辺にそんな要素がありました?私は美人でもなく、王子の命を救った訳でもないですよね?」
「王子である僕にあれだけはっきり『初恋はそのままでいいから次へいけ』って言ってくれたのは君だけだったし、君は僕からひたすら逃げようとばかりしてたから、面白いな、と。それに僕は顔の美醜で好き嫌いを決めてはいないんだ。」
「殿下、面白いはひと目惚れじゃないですよ。」
「母にも同じこと言われたけど、『今一番気になる女性なんです』と伝えたら、『それならいいわ』って言われたんだ。」
「気になるとひと目惚れもまた違うような気がしますが?」
「うん、まあ、祖父も父も叔父も『ひと目惚れ』で結婚してるからそう言ったほうが通りがいいと思って。」
こんなとこは計算高いんだな、とまじまじと王子を見る。そして、あることに気がついて喜びの声を上げそうになった。
「ということは、私のことは『面白くて気になる』というだけで、特に好きというわけではないのですね!それなら殿下は、きっと直ぐに他の方を好きになるでしょう。私との婚約書類は今すぐ破棄して、その方との出会いを待つべきです。」
これで解決だ、と私は喜んで鞄から書類を取り出した。
さあ、王子側の書類と共に破棄してお終いだ。
だが、揃えて出したその書類はあっという間に王子に奪われた。
「僕の勘ではこの『気になる』はもうじき『好き』に、最終的には『愛』に変わると思う。だから、他の男に持っていかれないうちに君と婚約したかったんだ。」
じっと目線を合わせて真剣な顔でそんなことを言われたら、さすがの私も顔に血が集まる。
なんてことを言うんだ、恥ずかしくないのかこの人は!
言われ慣れない言葉を聞いて反応出来ない私の隣に、王子がぽすんっと座ってきた。一人分、隙間があるのは彼なりの気遣いか。
彼はずっと跪いていて痛くなったのか、膝を擦りながら手にした書類を眺める。
「何これ。全権委任状まである。ふーん、ロサ家は君に全てを任せるのか。じゃあ、ここで君を落とせばいいんだね。ありがたい。」
落とす、とは?!なんとも不穏な王子の口調に私の腰が浮いた。やっぱり逃げた方がよさそうだ。
「私の方は貴方が気になっていないので、好きになる予定も、ましてや愛に変わる予定もありません。ですので、この婚約はお断りします。」
「そんなのまだ分からないじゃないか。僕はこれから君に好きになってもらうために全力で努力するよ?」
「それではその結果が出た時に、また申し込み直して下さい。」
「嫌だ。君は何処かに逃げちゃいそうだから絶対に婚約は解消しないし、離さない。」
「そんなの、横暴です!」
全力で抗議した。
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