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最終章 イザベル 後編

46、パットを探そう

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 翌日の昼過ぎに親友のノアがお見舞いに来てくれた。彼女は来週結婚式を挙げ、この国の王太子妃になる。私も彼女を祝うために先日早めの帰国をしたのだ。
 
 久しぶりに会った彼女は最初、酷く心配そうな顔をしていたが、私が寝込んだ理由を聞いて楽しそうに笑いだした。
 
 「なんだ、それで熱を出したのか。城で出会ったパトリック殿から、君がいきなり高熱で倒れたと聞いて旅の疲れか流行病にでもかかったのかと心配した。」
 
 私は恥ずかしさに上掛けを目の下まで引き上げた。
 
 「ノアは結婚式の準備で今とても忙しいのに、わざわざお見舞いに来てもらってごめんなさい。」
 「いや、大丈夫。五年も準備期間があれば大概のことは終わっている。それに身軽な子爵令嬢のうちに、こうやって君に会いに来たかったからいい口実になった。知らせてくれたパトリック殿には感謝している。」
 
 そう言ってふっと笑った彼女はとても綺麗だった。彼女はクラウス王子と婚約して雰囲気が変わった。落ち着いて凛々しい男装のままながらも、女性らしさが滲み出ている。これが愛の力なのかしらね?
 ざっくり一つに結っている艶々の黒髪も、もう腰にまで届きそうだ。その長さに卒業してからの時間を思う。
 
 「あれから五年も経っちゃったのねえ。」
 「ああ。早いのものだな。子爵夫人になったベティーナは現在二人目を妊娠中で、結婚式後の夜会には出られないからと昨日わざわざ私の所へ祝いを述べに来てくれた。」
 「まあ!ベティーナ様はもう二人目を?!」
 「一人目は彼女に良く似た可愛らしい男の子で次は夫似の女の子を産むと力んでいたが・・・」
 「いいなあ、今度会いに行こうかしら。そういえば、ペトロネラ様は今どうなさっているの?」
 「彼女はまだ子供はいないが、いずれ私の子供と自分の子供を結婚させたいと意気込んでいる。お互い子供が生まれるか分からないし、子供同士の相性もある。まあ、クラウスが嫌がっているから難しいだろうな。」
 「皆、どんどん変わっていっているのね。」
 「ああ。変わったといえば、パトリック殿の成長っぷりは凄いな。あれよあれよという間に背が伸びて、私なんて彼と話していると首が痛くなりそうだ。」
 「そうね。」
 「しかもあの見目の良さ。最近周囲のご令嬢達がアピール合戦を繰り広げているらしいが、まあ、無駄だろうな。」
 「そうなのね。それならパットは私なんかよりもっと可愛くて、素直に好きと言ってくれる令嬢にすればいいのに。」
 
 うっかり口に出したその言葉に、ノアの眉が上がる。
 
 「パトリック殿はずっと君を想い続けているのに、そんなことを言ったら気の毒だ。」
 「だって、私の何処にそんな魅力があるわけ?!他の令嬢達の方がうんと可愛くて綺麗でパットとお似合いだと思うわ!大体なんであんなに格好良くなっちゃうの?私が横に並んだらおかしいじゃない!」
 
 私が掛布をはねのけ起き上がって叫べば、ノアも立ち上がった。
 
 「何を言うか!イザベル、君ほど愛する価値のある女性はいない!君と一緒にいると心が穏やかになって、小さな幸せがいっぱい見つかるんだ。出来るなら私が君と結婚したい。一生、君の隣で一緒に笑っていたいんだ!」
 
 そのあまりの勢いと真剣さに私はたじろいだ。
 
 ノアの中の私って・・・クラウス殿下の存在って・・・。
 
 慄く私の手を両手でぎゅうっと握りしめたノアは更に言い募る。
 
 「いいか、君は世界で一番素敵な女性なのだから、自信を持ってパトリック殿の横に立てばいい。私は彼なら君をこれ以上ないくらい大事にしてくれると思っている。」
 
 彼女は真面目な顔でそう言い切り、私は俯いて空いている方の手で掛布の端を握りしめた。
 
 「そりゃ、大事にしてくれるとは私も思うけれど・・・ノア、私はパットが急に大きくなっちゃってどうしていいかわからないのよ。私ってば、何故か彼はいつまでも小さな男の子なんだと思ってたみたい。どうしたらいいの?」
 
 やっと自分の心の中を言語化出来て自分でも納得すると同時に、ノアに助けを求めた。
 彼女はふむ、と握っていた手を離してぐしゃぐしゃと自分の頭をかいた。
 
 ああ、未来の王太子妃殿下の髪がボッサボサに!
 
 おっといけない、とサラリと髪紐を解き手櫛で器用に結び直しながらノアが黒い目を光らせた。
 
 「とりあえず君は今のパトリック殿をじっくり観察してみてはどうだろうか?見かけは変わったけれど、幼い頃から変わってない部分もたくさんあるだろう。それを積み重ねていけば自然に受け入れられるのではないかと。」
 
 なるほど、と私は頷く。確かに大きくなったパットもパットなのだから、その変わらない部分を繋げていけば私の中の幼い彼と今の彼が一人になるかもしれない。
 
 「ありがとう、ノア。私、やってみるわ。」
 
 
 ■■
 
 
 数日後、元気になった私は一歩引いてパットの観察を始めた。
 
 「・・・好き嫌いはなし。昔は野菜が苦手だったはずだけど?」
 
 「そんなことよく覚えてたね。でも俺はもう何でも食べられるよ。大きくなるためには好き嫌いしちゃいけないって言われたからね。」
 「?!」
 
 朝食後に廊下の隅でパットの観察日記を手帳につけていたら、本人に後ろから覗き込まれて飛び上がった。
 
 慌ててポケットに突っ込んでパットの方を向く。誤魔化し笑いを浮かべて逃げ出そうとすれば首を傾げられた。
 
 「何をしてたの?まさか俺の悪いところを見つけて婚約破棄しようとしてるとかじゃないよね?!」
 
 とんでもない勘違いをして泣きそうなその表情を見て、申し訳ないけれど笑ってしまった。
 
 ここは婚約したばかりの頃と変わってないのね!ひとつ、見つけたわ。
 
 「ふふっ、パットこそもう忘れたの?私からは婚約破棄しないって約束したじゃない。私はちゃんと覚えているわよ。」
 「良かった!俺も覚えているけど、今朝はなんだかイザベルからじっくり見られている気がしてどうしてだろうってドキドキした。じゃあ、何で俺の好き嫌いを調べてたの?」
 
 あからさまに安堵の表情を浮かべた彼は今度は不思議そうな声を出した。
 
 好き嫌いを調べる?!私はその言葉に今度は声を出して笑ってしまった。
 
 「あははっ、違うわよ。パットのあら探しをしているわけじゃないの。そうね、離れていた間に抜けたピースを見つけてはめていく作業中ってとこかしら。」
 
 「ふうん?それなら今から俺とデートしない?今日は城下の街に行くんでしょ。」
 「よく知ってるわね。」
 「ヴェーザー伯爵が朝の稽古の時に教えてくれた。出来たらついていってあげてって。」
 
 ・・・お父様が?!そういうことに気を回さない人だと思っていたのだけど、一体どうしたのかしら。
 
 「また熱をだしたらいけないからって。」
 
 私がぽかんとしていたらパットが決まり悪げに付け足し、それを聞いた私は吹き出した。
 
 「ふはっ!・・・そっか、私が熱を出したのは貴方が原因だって、お父様は知らないんだったわね。」
 「うん。・・・俺から伯爵にはちょっと言いづらくて。あの、熱が出ないよう貴方の許可なしには触れないし、嫌がることもしないからデートしてくれる?」
 
 「ええ、先に私の用事に付き合ってくれるなら、その後デートしましょ。重い物を買う予定だから持つの手伝ってね。」
 「やった!荷物は俺が全部持つからね!」
 
 快諾すればパットの顔が嬉しそうに輝いた。
 
 こういうところも変わってないみたい。でも待てよ、さっき私は彼に荷物を持ってねと言ったわね。それって彼を自分より力持ちだと思っているってことだから・・・あれ?私の中のパットはもう大きい方に更新されつつある?
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