【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【12】

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 試合の後に行われた訓練はサリーナにとって希望に満ちた楽しいものだった。幸先が良い。

 ――ここで必死に頑張って、実力を上げていけば、いずれは。

 オーギーの希望で蹴り技に対処する練習をさせられたが、サリーナも同時に一撃離脱の練習を積む事が出来て良かったと思う。要は敵に手の内を読まれなければ良いのだ。
 訓練がキリの良い所まで来たので、小休止しようという事になった。

 「少し休むか。同じマリー様付きの馬兄弟とは仲良くやれているか?」

 「ええ、まあ。ただ、前脚と後ろ脚だなんてちょっと変わった二つ名だなと思ったけれど」

 「ははは、あれはマリー様専用の二つ名だ。任務の時に名乗る本来の二つ名はヨハンが一角馬ユニコーン、シュテファンが二角馬バイコーンという」

 「そ、そう……あの、それ以外にもちょっと気になる事があるのよ」

 サリーナは人差し指をくいくい動かす。思い切ってオーギーに馬兄弟変態疑惑の事を相談してみる事にした。

 「……という訳なの。としか思えなくて」

 ひそひそ声で相談すると、オーギーは「ああ、その事か……」と遠い目になった。

 「実はその疑惑は俺達の中でもあってジルベリク様にも言ったんだが、結論から言えばあいつらはマリー様に対して崇拝に近い忠誠心を抱いているだけだ。行き過ぎているからそう見えるだけだと。普段俺達に接する時とかマリー様が関わらなければまともになるから安心していい。
 マリー様は発想が独特で色々な面白い事を思いつかれるが、馬兄弟に言わせれば、そのような時はマリー様に神霊様が降臨されているのだとか何とか。
 更にシュテファンはマリー様は聖女様に違いないと口にしていた。勿論万が一教会関係者に聞かれたら、とジルベリク様から注意されていたのだが」

 「はぁ!?」

 サリーナは顔を引きらせた。行き過ぎた忠誠というか、もはや狂信的な……。
 一体マリー様の何がシーヨク兄弟をそうさせたのだろうか?

 「本当だ。だからその件に関しては心配無い。殿もご存じだ」

 オーギーは目線で「だからあまり深く関わるんじゃないぞ」と語る。サイモン様まで了承済みならサリーナがどうこう言っても無駄だろう。平穏な侍女生活を送りたければ深入りしない方が賢いだろう。オーギーに言われずともそうしようとサリーナは頷いた。

 「わ、分かったわ。あまり気にしないようにする」

 「大変だろうが、頑張れよ」

 労わるような顔で飲むが良いと差し出された水筒を受け取ったサリーナが礼を言った時だった。
 近くからそれが聞こえて来たのは。

 「お前、そんなんで何故此処に来られたんだ?」

 「いくら何でも弱すぎるだろう。あの娘より弱いんじゃないか? 蛇ノ庄には碌な人材は居ないのか」

 サリーナの視線の先、少し離れた場所にはカールが居た。
 打ち据えられたのか、尻もちをついたまま「痛いなぁー。先輩方、お手柔らかにー」等とヘラヘラしている。

 絶やさぬ笑みに不快を覚えたのか、カールの目の前にいる隠密騎士が苛立たし気に声を荒げた。

 「ニヤニヤと――お前、やる気あるのか!? 御前試合の時も直ぐにへばりやがって!」

 「ありますよー?」

 「ならば立ち上がって武器を拾え! その体たらくでは早晩死ぬぞ」

 「待て、やる気が無い方が寧ろ良いんじゃないか? どうせ蛇ノ庄は――」

 一人がそう言い掛けた時、ジルベリクから鋭い叱責が飛ぶ。

 「そこ、口を慎め! それと鶏蛇竜コカトリス、訓練には真面目に取り組むように」

 「弱くてすみませんー」

 カールはよろよろとしながら立ち上がり、武器を拾った。屈んだ時に首回りから一瞬胸元が露わになる。

 「待って、血が!」

 サリーナは思わず声を上げた。
 胸に巻かれたさらしが見え、確かにそこが黒ずんでいるのが見えたのだ。

 「カール、あなた怪我をしているのね?」

 その指摘に、カールは一瞬無表情になって俯いた。
 前髪で目元が隠れ、口元だけが弧を描いているのが見える。

 「……バレちゃったかー、流石に傷が開いた状態じゃあちょっとキツいんですよねー」

 「何だと――何故言わなかった!」

 ジルベリクが詰問する。
 隠密騎士筆頭として責任を感じているのかも知れない。また、カールに信頼されていないと衝撃を受けたのだろうとサリーナは思った。
 カールはクククッと喉で笑う。

 「怪我をしていようがしていまいがー、真面目に取り組もうが取り組むまいがー、どうせ僕の行きつく先は同じですよねー?」

 「行きつく先?」

 「だって、蛇は償いをしなければいけないんですよー? 命の償いは命で以って贖えって奴でー」

 カールの言葉に、何時の間にか訓練の手を止めて注視していた隠密騎士達は息を呑んだ。

 「……もしかして、スヴェン殿に言われたのか?」

 ジルベリクが険しい表情になった。

 ――スヴェンと言えば、確か蛇ノ庄の当主の名だった筈。

 サリーナが訝しんでいると、カールは顔を上げた。

 「その為だけに僕が選ばれたんですー。だから安心して下さいねー。時が来れば、僕はちゃあんと償いをしてみせますからー」

 へらへらと浮かべる笑み。サリーナはカールの心が壊れかけているように感じた。

 「お前……」

 同じことを感じたのか、ジルベリクも絶句している。
 しん……と沈黙が下りた。

 「カール、怪我が治るまで訓練はもう良い。作業も免除する。手当を受けた後は部屋に戻って休んでいろ」

 「治したところでどうせ意味ないですけどねー」

 「良いから、言う通りにしろ! 俺はカールを連れて行く。お前達は訓練を続けるように」

 カールはジルベリクと数人の古株隠密騎士達に連れられて訓練場を離れて行く。
 その後、残された隠密騎士達は私語少なく訓練に打ち込んだのだった。


***


 一体、カールの身に何があったのだろうか。自分とこの屋敷に来た時は既に傷を負っていた?

 ――蛇は償いをしなければいけない。
 ――命は命で償う。

 ……もしかして、殉死したという蛇ノ庄の跡取り息子、ヘルムに関係している?

 訓練が終わり、さて部屋へ戻ろうという時。サリーナはカールの事をぐるぐると考えていた。
 オーギーに訊いてみるも、彼も分からないらしい。

 ただ、ヨハンとシュテファン兄弟と幾人かの隠密騎士達の表情が強張っていたように思う。

 「――サリーナ殿、ちょっと良いだろうか?」

 思考の渦に沈んでいると、誰かの声に呼び止められた。
 サリーナが顔を上げると前あ――もとい、一角馬ユニコーンのヨハンと二角馬バイコーンのシュテファンがこちらを見詰めている。

 ――聞かれた訳じゃ、ないわよね?

 さっきまでオーギーと話していた内容が内容だけに、思わず姿勢を正した。

 「はい、何でしょうか?」

 「同じマリー様付きになった事であるし、これから報告をしにサイモン様の元へ向かうのだが、一緒に来て貰いたい」

 「……分かりました」

 そう答えたものの、一体何を報告するのだろう? 疑問が顔に出ていたのか、シュテファンが「報告というのは例の玩具の事だ」と言う。

 「詳しくは道すがら――では、参ろう」

 ヨハンに促され、サリーナは彼らと共に歩き出した。
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