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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【18】

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 ――どれだけ走っただろうか。

 サリーナは池の畔まで来ると、そのまま足元から崩れ落ちて泣き伏した。
 声を上げてわんわんと泣く。こんなに泣いたのは子供の時以来かも知れない。

 マリー様から貰ったハンカチがぐっしょりになった頃、ふと近付いて来る草を踏む足音。
 サリーナはのろのろと顔を上げた。

 「あ、あなた……」

 「……山猫ちゃん、大丈夫ー?」

 月明かりの中、現れたのはカールだった。
 言葉こそは軽い感じの問いかけだが、その声にはこちらを気遣うような感情が見える。

 「良かったら、これどうぞ使ってー。頂き物だけどー」

 差し出されたハンカチ。
 そこに見覚えのある『クトゥルフ』の意匠を認めたサリーナは一瞬面食らい、思わずクスリと笑う。

 「……ありがとう。マリー様からよね?」

 サリーナが涙声で礼を言ってハンカチを借りると、カールは少し離れた所に腰を下ろした。
 会話に不自由しない程度に人一人分空けた感じだ。

 「……一番面白いのを選んだんだー。マリー様から見所があるって言われちゃったよー。見れば正気を失う化け物なんて、僕ぴったりだと思ってさー」

 マリー様の感性は面白いよねー、とからからと笑うカール。そのままごろんと腕を枕に仰向けになった。

 静寂が訪れた。
 暫く夜の風に揺れる木々の囁きと、サリーナの啜り上げる音。
 やがて落ち着きを取り戻したサリーナは、膝を抱えて座り直した。

 「……ハンカチ、洗ってから返すわ」

 「気にしないで良いよー……と言っても山猫ちゃんは真面目だから気にするかー。何時でも構わないからねー」

 カールはこちらに視線を投げる事もせず、夜空に浮かぶ月を見たまま返事をした。
 草むらの中から小さな虫のかそけき声があちこちから聞こえて来る。

 ――カール、あなたは本当は強かったのね。
 ――強さを隠していたのは何故?
 ――蛇ノ庄で何があったの?

 色々訊きたい事が脳裏を去来する。そう言えばサリーナはカールの事を良く知らない――その事に気付いた。
 一方的にサリーナが表面だけを見て勝手に決めつけ、嫉妬し、警戒していただけ。

 それなのに、先程カールは何故か自分の事を庇ってくれたのだ。

 ――私に謝らせる為だけに、戦ってくれた。でも何故?

 口籠り、言葉を探す。
 暫しの沈黙の後、サリーナは口を開いた。

 「……隠密騎士の訓練に夢中になって、侍女の訓練に出てなかったの。だから仲間と認めないって言われてしまった。
 私、何をやっても中途半端だわ……隠密騎士にもなれず、侍女もやっていけるかどうか分からない。
 ……本当は、隠密騎士として認めて貰えるあなたが羨ましくてたまらなかった」

 「へぇ、奇遇だねー。僕も隠密騎士になんてなりたくなかったよー。寧ろ侍女になれる山猫ちゃんが羨ましいぐらいー。
 僕は山猫ちゃんと違って夢も希望も持って無いからそれも羨ましいって思ってたー。
 ところでさー、何で侍女になりたくなかったのー?」

 「侍女って女の武器を使う所があるでしょう? 私は見た目が冴えないから、優秀な侍女になれるとは思えない。
 でもそれは、隠密騎士ならば美徳だって父が言ったの。だから私はどうしても隠密騎士になりたかった。
 そうすれば自分に価値があると思えるから。
 厳しい訓練にも食らいついて必死に頑張ったわ。侍女なんてなりたくなかった……でも、もう駄目ね」

 「そっかー。優秀な隠密騎士になるよりもー、不出来な侍女の方が良いと僕は思うなー」

 「っあなたに何が分かるの!? 本当はそこらの見習いなんかよりも圧倒的に強くて、隠密騎士として認めて貰えるあなたに!」

 サリーナは思わず声を荒げた。しかしカールは気にした様子も無く淡々と続ける。

 「何も知らない山猫ちゃんに特別に教えてあげるー。
 ヘルム君は殉職だって言われてるけどー、本当は主家を裏切ったんだってさー。
 そして蛇ノ庄はその贖罪をする為に僕を生贄にすると決めたんだよねー」

 「え……?」

 「ヘルム君の訃報が蛇ノ庄に届いてからずっと僕はひたすら敵を殺してさー、口じゃ言えない程の残酷な拷問をさせられる日々だったんだー。
 お前は心が弱いから鍛えるんだってさー。慣れればどうってことなくなるからってー。
 心が強くなる所かおかしくなりそうだったよー。いや、もう正気を失っておかしくなっているのかも知れないねー。
 お蔭で今の僕は壊れかけた殺戮人形みたいなものなんだよねー。もうさー、殺し過ぎると人が人に見えなくなるし何とも思わなくなるんだよー。笑えるよねー。
 主家の為に敵を少しでも多く殺して死んで来いってー。僕の死で、蛇ノ庄の忠誠心を証明して罪を贖うそうだよー」

 「っ……!」

 語られた真実、カールの置かれて来た状況を想像したサリーナは思わず口元を両手で覆った。
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