【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【14】

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 カールは気力と意識を保ち続け、キャンディ伯爵領領都アルジャヴリヨンの城に辿り着いていた。
 入り口で名乗った後、事前にスヴェンより渡されていた書状を提示する。程無くしてエドガール・コジー前男爵に会って貰えることとなった。

 「蛇ノ庄、リザヒル家のカール。貴方の王都行きは延期になったと聞いていました。しかもつい一昨日、貴方が怪我を負ったまま行方不明になった、との知らせが」

 どういうことですか、とこちらを訝し気に見て来るコジー前男爵に、カールはへらりと笑みを浮かべる。

 「ああ、実はそのことなのですがー」

 そう答えながら、必要な薬を幾つか作っていて良かったとカールはつくづく思った。

 蛇ノ庄を出て間もなく。
 傷は思ったよりも深かったようで、カールは痛みと熱に浮かされ倒れかける羽目になったが――早速解熱薬が役に立った。
 今この時も、痛み止めが無ければカールが相当無理をしていることを悟られてしまっていただろう。
 死ぬにしても、蛇ノ庄から出来るだけ遠く離れたい――その一心だったが、存外自分は生に固執していたらしい。

 一人山の中で苦しみ、死の淵に立った時。カールは母ロザリーの夢を見た。
 川を挟んだ向こう、花畑の中に立つ母の姿。
 カールが母様、と呼んで自分もそっちへ行きたいと願うも、母は険しい顔をして「こっちへ来ないで化け物!」と悲鳴を上げる。
 尚もカールが母の名を叫ぼうとした時、代わりに出たのは人間の言葉ではなく何かの鳴き声。
 カールが腕を母へ向かって伸ばすと、腕にはびっしりと羽と鱗が生えていた。

 そこでカールは目が覚めた。薬が効いたのか、熱は引いている。

 ――ああそうか。僕はもう、化け物になってしまってたんだっけ。あの明るく美しい花畑へ、母様のところへ行けないんだ。

 すとん、と納得したように腑に落ちた。

 『今のお前には、主家の為に敵を少しでも多く殺して死に――蛇の贖罪及び忠誠心の証の生贄となる価値しかない』

 スヴェンの言葉が脳裏に蘇る。

 「化け物の生き様としてはそれがお似合い、ってことなんだろうな……」

 だったら望み通りにしてやろうとも、とカールは嗤う。
 もう蛇ノ庄には帰れない。最期まで化け物らしく生きていくしかなかった。カールには進み続ける以外の選択肢は無いのだから。

 蛇ノ庄を出る時に攪乱の為に馬を放して来たので、スヴェンやイーヴォが気付いた時には馬を探しに行く羽目になり、蹄の跡を追ってもどの馬に乗ったのか定かでないからカールを捕まえることは難しくなる。
 実際先に領都の城へ辿り着かれたとはいえ、カールが追手と行き会うことはなかったのである。

 そんなことを思い出しつつ。

 「王都へ向かうのに問題はないと言ったのですがー、心配性の父が許してくれそうになくてー。従兄弟のことは残念だったからこそ、彼の代わりに早く主家の御為に働きたいと思っているのですー。なので、黙って抜け出して来てしまいましたー」

 行き違いで混乱させてしまい申し訳ありませんー、と深々と頭を下げ、のんびりした口調で謝罪を交えつつ説明するカール。
 案の定、主家の為に役に立ちたいというのを咎められる事はなかった。
 また、何も言わずとも、エドガール・コジー前男爵はヘルムの事件もあってカールが先走ったのだと察してくれたようだった。

 「そうですか……貴方の篤き忠誠心、大旦那様や旦那様はお喜びになることでしょう。傷は本当に大丈夫なのですか?」

 「少し休めば問題ございませんー」

 「分かりました。ならば明日にでも隠密騎士として二つ名を授けるようにと大旦那様に進言しましょう。三日後に王都へ向かって貰うことになるでしょう。
 ただ、どうしても辛いようなら多少日程をずらすことも可能ですので申し出るように」

 「ご配慮を頂き感謝致しますー。一つだけお願いがあるのですがー……」

 連れ戻されたくないので蛇ノ庄への連絡は自分が発ってからにして欲しい、と願い出ると、意外にもあっさりその願いは聞き届けられた。
 その後、カールに宛がわれた部屋にはエドガール・コジー前男爵自ら案内してくれることに。

 「私情を挟むようですが、実は貴方が来てくれて私は安堵しているのですよ。孫娘、サリーナを王都まで宜しく頼みます」

 それでは明日、大旦那様にお目通りする手筈になっていますので。
 そう言ってコジー前男爵は去っていく。

 成程、それを伝えたくてわざわざ送ってくれたのか、と合点がいった。
 少なくとも山猫は、自分よりは余程大事にされているようだ。

 確か、コジー夫人の代わりにマリアージュ姫の専属として向かうのだったか、と羨ましく思う。
 前提条件が雲泥の差だった。これから王都の屋敷でカールは生きて行かなければいけない。
 最初から姫の専属として優遇されている山猫と違い、カールはヘルムの件で最初から厳しい立場に置かれることは容易に想像がついた。
 スヴェンの意思に沿うようで癪に障るが、確かに山猫を取り込んでおけば何かと役に立つだろう、と心に刻んでおく。

 与えられた部屋の扉を閉じると、カールは気力を振り絞って包帯を取り換え始める。

 父イーヴォの治療は確かなもので、傷口を焼き清めた後にカールも良く知るヤロウにオレガノ、オオバコやローズマリー、セージといった薬草――それらを組み合わせて作った秘伝の傷薬を染み込ませた、特別な包帯できつく巻かれていた。
 傷口を改めると、無理をした為にまだ完全には塞がっていない。それでも数日休む猶予があれば王都への旅は大分マシなものになるだろう。

 処置を終えてベッドに倒れ込んだ後、カールはひたすら泥の様に眠った。
 夢は、見なかった。
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