【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【18】

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 庭師に割り当てられているという夕食の時間になったところでジルベリクが迎えに来てくれた。共に食堂に行くと、ジルベリクがパンパンと手を叩く。

 「皆、注目。今日から新たな見習いが入った」

 「初めましてー。蛇の庄、鶏蛇竜コカトリスのカール・リザヒルですー。どうぞよろしくお願いしますー」

 食事をしている男達の目が一斉にカールに向けられる。好奇心や疑念、値踏みするような視線の中、にこやかに挨拶を述べるカール。
 幾人からは好意的ではない冷ややかな眼差しを向けられているようだったが、恐らくヘルムの裏切りを知る者達なのだろう。
 本音を言えば人間関係などどうでも良かったが、煩わされないに越したことはないだろう。

 それよりも。

 ちらり、と視線を走らせる。
 馬兄弟は――あれか。合同試合で見た顔がそこにあった。
 何故か彼らの両隣は席が空いている。

 「ここでの食事はそこに重ねてあるトレーを取って、この配膳口で料理を貰う。食べた後は返却所と書いてあるそこの棚に」

 「分かりましたー」

 カールはジルベリクと共に食事を貰った。変わった料理だ。「座る場所は空いていればどこでも構わないのですかー?」と訊けば、そうだと言う。

 カールはぐるりと食堂を見渡した。だが、空いている席は馬兄弟の両隣にしかないようだ。仕方なくそちらへと歩みを進める。

 「こんにちはー。ここ座っても良いですかー?」

 「ああ、構わない」

 「ありがとうございますー」

 お礼を言ってカールは馬兄弟の隣の席に座った。ジルベリクはもう一方の空いている席に着く。

 「ええと、お二人はー……」

 言いながら、カールは馬兄弟をちらりと見た。

 「一角馬ユニコーンのヨハン・シーヨクだ。ただ、任務以外で私を呼ぶ時の二つ名は『前脚』と呼んで欲しい」

 「ヨハンの弟、二角馬バイコーンのシュテファン・シーヨク。同じく任務以外では『後ろ脚』と。よろしく頼む」

 カールの予想に反して、普通に応じて貰えたことに驚く。てっきりヘルムのことで警戒されると思っていたのに。
というか。

 「……その、『前脚』と『後ろ脚』というのは何でしょうかー?」

 一瞬思考が停止しかけていた。
 馬に因んだ一角馬ユニコーン二角馬バイコーンならまだ分かる。しかし『前脚』と『後ろ脚』とは……何かの生き物のそれなのだろうか?

 「こらこら、一角馬ユニコーン二角馬バイコーン。二人共、新人を揶揄うんじゃない」

 混乱するカールに、ジルベリクがどこか不自然な笑顔で馬兄弟に注意をしている。どうも彼らは大真面目に冗談を言っていたようだ。
 そう自分を納得させたカールは作り笑いを浮かべた。

 「なーんだ。人が悪いですよー」

 「揶揄ってなど……」と不本意そうに言いかけるヨハン。ジルベリクは困ったように頬を人差し指で掻く。

 「あー……この二人が専属になったマリアージュ様から頂いた二つ名なのだ。希望通りにしてやって欲しい」

 「わ、分かりましたー。こちらこそよろしくお願いしますね先輩方―」

 そう言いながらも、馬兄弟はこんな人物達だったか? と激しく違和感を感じる。カールが噂から想像していた人物像よりもかなり乖離しているような……。
 奇妙な二つ名だが、本来のそれよりも専属として仕えているマリアージュ姫が付けたという理由で優先させている辺り、相当忠誠心は強いのだろうが。
 考えても埒が明かない。カールは一先ず話題を変えることにした。

 「それにしても見たことがない料理ですねー。それに豪華ですー」

 普段の食事と言えばパンやチーズ、スープぐらいだろう。蛇ノ庄でもそういう食事ばかりだった。それなのにここではサラダと果物まで付いてくるのか。

 「この茶色いものは何でしょうかー。涎が出そうな匂いがしますねー」

 「ふふふ、百聞は一見に如かず。一つ食べてみるがいい」

 ヨハンに勧められて、カールは茶色い塊を口に入れてみた。
 歯を立てると、じゅわりと肉汁が溢れて来る。これは鶏肉だろうか。ニンニクと塩、肉汁が程良く調和していて――

 「これは、美味しいですねー!」

 傷の痛みを忘れそうな程だ。

 「美味いだろう? カラアゲという料理で、当家でしか味わえないそうだ」

 王都屋敷勤めの特権だな、と笑うシュテファン。これ以外にも色々な美味しい食事が食べられるという。
 どうせ蛇ノ庄には帰れない身だ。ささやかな楽しみとしては悪くないかも知れない。
 楽しみを見出したカールは少しだけ前向きになった。

 「ところで先輩方は既にマリアージュ様の専属だなんて凄いですよねー! 見習いでいきなり抜擢されるなんて、やっぱり大きな功を立てたからでしょうかー?」

 カールがにこやかに尋ねると、食堂の空気が張り詰める。聞きようによってはヘルムの裏切り事件で出世したのかと皮肉気に問うているのも同然だからだ。
 事情を知る者達はそう受け取ったようで、幾つか鋭い視線が突き刺さって来たのを感じた。
 ジルベリクが周囲を一瞥し、カールを咎める様に見つめる。

 「……いや、馬兄弟が功を立てたのは専属になった後だな。マリアージュ様は滅多にお出掛けにはならず、またご本人も社交界には出ないと仰られている。しかしその反面、少々、その……活発なお方でな。弟妹君達と共に庭遊びをされることが結構あるのだ。その際、お怪我をなさらぬよう護り、時にお相手するようにと殿が直々に馬兄弟に命じられた」

 「へー、そういうこともあるんですねー」

 そう言いながら、事前にスヴェンに言われた情報と脳内で照合するカール。馬兄弟が武に抜きんでているとはいえ、お転婆姫の遊び相手程度で専属に任じられたとは――どうやら王都の隠密騎士達は随分と緩んでいるようだ。
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