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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【47】
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「イサーク、メリー。戻って湯浴みをしましょう」
その後はお昼寝ね、と優しく言って、マリアージュ姫は弟妹君達を伴い屋敷へと向かう。
サリーナもそれに付き従って戻って行った。
その姿が小さくなると、馬兄弟がカールを見つめて微笑みを浮かべる。
「なかなかの走りであったぞ、カール」
「頑張った甲斐があったな」
「ありがとうございますー。正直に言えば、ついて行くのに精一杯でー。やはり人を乗せると練習以上にキツかったですー。先輩達はこれを毎朝されているなんて凄いですねー」
「ははは、我らも最初は同じようなものだった」
「何、その内慣れるだろう」
カールが苦笑いを浮かべ、一頻り皆で笑い合ったところで。
「カールがマリー様に『中脚』の二つ名を賜った事、我らは心から祝福しよう。実は昨夜、カールがマリー様の専属に加わる件が殿に認められ、正式に決まった。薬草の仕事もやって欲しいとの殿の希望で、我らの補佐という形になるが」
「えっ、本当ですかー?」
寝耳に水の朗報に、カールは目を瞬かせる。
昨夜、という事はカールの話が殿に伝えられたのだろうが……こんなにあっさりと認めて貰えて良いのだろうか?
カールがそう疑問を呈すると、「カールが真実を述べたからだ」と後ろ脚。
「近い内、蛇ノ庄に沙汰が下されるであろう」
前脚がその内容を語って聞かせる。カールの父、現当主イーヴォに蛇ノ庄の改革と立て直しが命じられるという事。
蛇ノ庄は隠密騎士を輩出出来ない期間、薬の調合で主家の役に立つ事となった、と。
そして――前当主スヴェンは、蛇ノ庄のこの状況を招いたとして二つ名の剥奪と武器の返還、そして二年間の蟄居。その上で現当主の手足となって蛇ノ庄の為に働く事が命ぜられた。
「蛇ノ庄が担って来た役目の話も聞いた。殿は、ジルベリク様に隠密騎士から実力者を選抜して組織編制を行うように、と」
「そう……ですか」
では、結果的に父イーヴォの望み通りになったのだ。それが本当に良い事か悪い事かは別にして。
カールだけ、蛇ノ庄から追われた。
「そしてカール自身についてだが――蛇ノ庄からの干渉無用、事実上の縁切りとなっている。追放同然の身となったことでそのように判断された」
「宙に浮く形となった所属だが、それは母方の縁戚としてジルベリク様――鳥ノ庄預かりという形になっている。
もし不満があればジルベリク様に相談すれば別の所属先を取り計らって下さるだろう」
「……いえ、それで構いませんー」
確かに蛇ノ庄と縁が切れたのなら、新たにカールの身元を保証する庄は必要だ。その場合、母ロザリーの実家鳥ノ庄が自然だろう。
鳥ノ庄――事実上ほぼジルベリクだろうが、彼はカールの事で何かあった場合責任を取る事になる。
今後カール自身不始末をするつもりはないが、そこまでの責任を引き受けてくれたジルベリクに礼は言うべきだろう。
そんな風に考えを巡らせていると、「それで、だ」と前脚の声に思考を中断させられた。
「早速だが任務の話がある」
***
「任務、ですかー」
不意に切り出され、カールは表情を引き締めた。
「ああ、実は昨夜、殿の執務室で話し合っている時に――」
そこで前脚は口だけを動かす。
カールもそこを注視し、読唇術に切り替えた。
この屋敷へ襲撃しようという者達がいる。マリアージュ姫やイサーク様、メルローズ様が狙われている。
その情報が『不死鳥の光』の頭目サンドル・キンブリーによって知らされたのだ、と。
――『不死鳥の光』。確かキャンディ伯爵家の支配下にある王都の裏社会組織か。
鶏蛇竜のカールはすぅっと目を細める。
『敵の狙いはマリー様達のお命でしょうかー?』
『いや、人質狙いだな』
『人質?』
『――硝石の製法』
簡潔な一言。
他所から絶え間なく来る間諜。幾ら何でも多過ぎるのではと疑問を呈した時、主家が硝石を作る実験を行っているとスヴェンが言っていたのを思い出す。
その秘密が領地にあるという情報を流しているからこちらに来るのだと。
まさかそれがここにきて繋がって来るとは。
カール達が悉く捕らえて処分してきたが、襲撃とは。間諜を送り込む側も業を煮やしたという事か。
『それも湿潤療法と同じくマリー様からの知識だ。他家にない目新しい物や食事も、ほぼマリー様が出所だと思って欲しい』
前触れも無く後ろ脚によって落とされた爆弾発言。
「は?」
カールはその余りの内容にポカンと口を開けた。
思考停止するカールに、『人質にされると一番不味いのがマリー様なのだ』と言う。
前脚が糸で繋がった二つの筒を腰のポーチから取り出した。
「これは、『糸デンワ』と言う。マリー様が玩具として我らに作るよう命じられたものだ」
使い方を教えられ、筒を耳に当てると。
もう一方の筒で前脚が話した言葉が、それなりの距離を離れているにも関わらずまるで耳の近くで話したように大きくはっきりと聞こえた。
カールは驚いたものの、マリアージュ姫なら不思議ではないと思う。
「玩具でさえこれだ。他にも色々とある。神の如き知識もな。勿論それだけではなく、お人柄も慈悲深い。兄君のカレル様にお聞きした話だが――」
イサーク様とメルローズ様が生まれた時、その身に纏う色で殿が奥方に不貞を疑ったことがあったそうだ。
放置気味だった弟妹君の世話を買って出、更には祖父母に似たのだと指摘したのが御年僅か六歳のマリー様だった。
マリー様が居なければ、主家は纏まりの無い冷たい家庭になっていたかも知れない。
そうなれば隠密騎士達にも悪影響は避けられなかっただろう。
――マリー様はキャンディ伯爵家の要、繁栄の源であり。殿の掌中の珠なのだ。
マリー様ご本人は社交界に出ず屋敷に引き籠りたいと宣言されているが、そうでなくとも殿はマリー様を外には出されないだろう。
しかしマリー様は成長する。その特殊性は何時までも隠しおおせるものでもない。
そうなれば――言葉を切って、前脚はカールを見据えた。
「カールよ、覚悟せよ。近い将来、マリー様はあちこちから狙われるようになる。いずれマリー様を守る隠密騎士も三人では足りなくなる。我らは他のご家族のどなたの専属よりも難しい仕事に直面する事になるだろう」
予言のような宣言。
全てを知った今、カールも恐らくそうなるだろうという確信をしていた。
マリアージュ姫には化け物から人へ戻る方法を教えて貰った恩がある。
――自分の働きでお守り出来るならば。
心が高揚し、五感が研ぎ澄まされていく。
あれだけなりたくなかった筈なのに、自分もやはり隠密騎士だったということか。
「……望む所ですー」
鶏蛇竜のカールは不敵に笑った。
その後はお昼寝ね、と優しく言って、マリアージュ姫は弟妹君達を伴い屋敷へと向かう。
サリーナもそれに付き従って戻って行った。
その姿が小さくなると、馬兄弟がカールを見つめて微笑みを浮かべる。
「なかなかの走りであったぞ、カール」
「頑張った甲斐があったな」
「ありがとうございますー。正直に言えば、ついて行くのに精一杯でー。やはり人を乗せると練習以上にキツかったですー。先輩達はこれを毎朝されているなんて凄いですねー」
「ははは、我らも最初は同じようなものだった」
「何、その内慣れるだろう」
カールが苦笑いを浮かべ、一頻り皆で笑い合ったところで。
「カールがマリー様に『中脚』の二つ名を賜った事、我らは心から祝福しよう。実は昨夜、カールがマリー様の専属に加わる件が殿に認められ、正式に決まった。薬草の仕事もやって欲しいとの殿の希望で、我らの補佐という形になるが」
「えっ、本当ですかー?」
寝耳に水の朗報に、カールは目を瞬かせる。
昨夜、という事はカールの話が殿に伝えられたのだろうが……こんなにあっさりと認めて貰えて良いのだろうか?
カールがそう疑問を呈すると、「カールが真実を述べたからだ」と後ろ脚。
「近い内、蛇ノ庄に沙汰が下されるであろう」
前脚がその内容を語って聞かせる。カールの父、現当主イーヴォに蛇ノ庄の改革と立て直しが命じられるという事。
蛇ノ庄は隠密騎士を輩出出来ない期間、薬の調合で主家の役に立つ事となった、と。
そして――前当主スヴェンは、蛇ノ庄のこの状況を招いたとして二つ名の剥奪と武器の返還、そして二年間の蟄居。その上で現当主の手足となって蛇ノ庄の為に働く事が命ぜられた。
「蛇ノ庄が担って来た役目の話も聞いた。殿は、ジルベリク様に隠密騎士から実力者を選抜して組織編制を行うように、と」
「そう……ですか」
では、結果的に父イーヴォの望み通りになったのだ。それが本当に良い事か悪い事かは別にして。
カールだけ、蛇ノ庄から追われた。
「そしてカール自身についてだが――蛇ノ庄からの干渉無用、事実上の縁切りとなっている。追放同然の身となったことでそのように判断された」
「宙に浮く形となった所属だが、それは母方の縁戚としてジルベリク様――鳥ノ庄預かりという形になっている。
もし不満があればジルベリク様に相談すれば別の所属先を取り計らって下さるだろう」
「……いえ、それで構いませんー」
確かに蛇ノ庄と縁が切れたのなら、新たにカールの身元を保証する庄は必要だ。その場合、母ロザリーの実家鳥ノ庄が自然だろう。
鳥ノ庄――事実上ほぼジルベリクだろうが、彼はカールの事で何かあった場合責任を取る事になる。
今後カール自身不始末をするつもりはないが、そこまでの責任を引き受けてくれたジルベリクに礼は言うべきだろう。
そんな風に考えを巡らせていると、「それで、だ」と前脚の声に思考を中断させられた。
「早速だが任務の話がある」
***
「任務、ですかー」
不意に切り出され、カールは表情を引き締めた。
「ああ、実は昨夜、殿の執務室で話し合っている時に――」
そこで前脚は口だけを動かす。
カールもそこを注視し、読唇術に切り替えた。
この屋敷へ襲撃しようという者達がいる。マリアージュ姫やイサーク様、メルローズ様が狙われている。
その情報が『不死鳥の光』の頭目サンドル・キンブリーによって知らされたのだ、と。
――『不死鳥の光』。確かキャンディ伯爵家の支配下にある王都の裏社会組織か。
鶏蛇竜のカールはすぅっと目を細める。
『敵の狙いはマリー様達のお命でしょうかー?』
『いや、人質狙いだな』
『人質?』
『――硝石の製法』
簡潔な一言。
他所から絶え間なく来る間諜。幾ら何でも多過ぎるのではと疑問を呈した時、主家が硝石を作る実験を行っているとスヴェンが言っていたのを思い出す。
その秘密が領地にあるという情報を流しているからこちらに来るのだと。
まさかそれがここにきて繋がって来るとは。
カール達が悉く捕らえて処分してきたが、襲撃とは。間諜を送り込む側も業を煮やしたという事か。
『それも湿潤療法と同じくマリー様からの知識だ。他家にない目新しい物や食事も、ほぼマリー様が出所だと思って欲しい』
前触れも無く後ろ脚によって落とされた爆弾発言。
「は?」
カールはその余りの内容にポカンと口を開けた。
思考停止するカールに、『人質にされると一番不味いのがマリー様なのだ』と言う。
前脚が糸で繋がった二つの筒を腰のポーチから取り出した。
「これは、『糸デンワ』と言う。マリー様が玩具として我らに作るよう命じられたものだ」
使い方を教えられ、筒を耳に当てると。
もう一方の筒で前脚が話した言葉が、それなりの距離を離れているにも関わらずまるで耳の近くで話したように大きくはっきりと聞こえた。
カールは驚いたものの、マリアージュ姫なら不思議ではないと思う。
「玩具でさえこれだ。他にも色々とある。神の如き知識もな。勿論それだけではなく、お人柄も慈悲深い。兄君のカレル様にお聞きした話だが――」
イサーク様とメルローズ様が生まれた時、その身に纏う色で殿が奥方に不貞を疑ったことがあったそうだ。
放置気味だった弟妹君の世話を買って出、更には祖父母に似たのだと指摘したのが御年僅か六歳のマリー様だった。
マリー様が居なければ、主家は纏まりの無い冷たい家庭になっていたかも知れない。
そうなれば隠密騎士達にも悪影響は避けられなかっただろう。
――マリー様はキャンディ伯爵家の要、繁栄の源であり。殿の掌中の珠なのだ。
マリー様ご本人は社交界に出ず屋敷に引き籠りたいと宣言されているが、そうでなくとも殿はマリー様を外には出されないだろう。
しかしマリー様は成長する。その特殊性は何時までも隠しおおせるものでもない。
そうなれば――言葉を切って、前脚はカールを見据えた。
「カールよ、覚悟せよ。近い将来、マリー様はあちこちから狙われるようになる。いずれマリー様を守る隠密騎士も三人では足りなくなる。我らは他のご家族のどなたの専属よりも難しい仕事に直面する事になるだろう」
予言のような宣言。
全てを知った今、カールも恐らくそうなるだろうという確信をしていた。
マリアージュ姫には化け物から人へ戻る方法を教えて貰った恩がある。
――自分の働きでお守り出来るならば。
心が高揚し、五感が研ぎ澄まされていく。
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