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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
裁きの針。
おにぎりパーティーが無事終わり、客人達を見送った後。
私はグレイといつものメンバー、そしてアルビオン第二王子コンラッド――ラドを引き連れ、王都の東の外れにあるレギュイ監獄にやってきていた。勿論カラスのリーダーにも空から追って来させている。
「これが話に聞く裁きの針。遠くからは見たことがありましたが……近くで見ると不気味ですね。周りはこんなに賑やかなのに、これだけ別世界のような」
と感想を述べたのは、馬車の窓からカーテンを少し開けて外を窺ったラド。
ラドの言う通り街中に突如聳え立つ城塞は、例えるなら日本の一般人の中に一人だけ筋肉粒々高身長のマフィアみたいな外人が混ざっている――そんな異物感がある。
ちなみに監獄周辺は労働者階級エリア。近隣にはガン・バルジャンやコゼット達が住むスラムもあり、治安が良いとは言えない。
「ご存知かとは思いますが、監獄となる前の戦多き時代――ここは王都の東の境界の守り、聳え立つ尖塔を敵を刺す針に見立てて名付けられた要塞でした。
平和な時代が訪れ、人口増加に伴って王都を囲む城壁が拡充された後は監獄として使われ始めるようになり。要塞は完全に街の中に飲み込まれて今があるのだと」
グレイが説明する。囚人の身分や罪状毎に分けて収容されているが、特に凶悪犯と高貴な囚人を収容する区画は特別なのだという。毒竜は前者の『黒き深淵』、好色王は後者の『銀の籠』に捕らえられているそうだ。
そんな話をしている間に外で馬の脚共が動き、監獄の門番と何らかのやり取りを交わしたのだろう――鎖や木の軋みの音と共に跳ね橋が降ろされて、馬車が動き出した。
***
グレイのエスコートで馬車を降りると、三名の役職者達に出迎えられた。先触れをしておいた事――そしてお忍びとはいえ、聖女が来るとなれば出迎える側にもそれなりの面子があるのだろう。
「お初にお目にかかります。監獄長として代々王の針の鍵をお預かりしているアルチュス・モルヴァヴァンにございます」
「王都守護総監のシプリアン・ノアイユにございます。王都守護隊や夜警団を指揮し、『王の目』として治安維持に努めております」
「……監獄補佐官として監獄の管理や守備を担っております、アドリアン・クレルモンと申します。このような罪の掃溜めで穢れ無き聖女様にご挨拶することになろうとは、一生涯無いものと考えておりました。光栄に存じます」
確かモルヴァヴァンは男爵家、ノアイユは伯爵家、クレルモンは騎士爵家だったっけ――そうグレイが呟く。
監獄長は慇懃に、王都守護総監はこちらへの興味を隠し切れない様子でそれぞれ歓迎の言葉を口にしたが、監獄補佐官アドリアン・クレルモンはあまりこの訪問を良く思っていない模様である。彼の言葉を解釈すると、『場違いな監獄に、聖女が何しに来やがった』だ。
気色ばむ馬の脚共に対しても、「騎士の末席を穢す身としては、聖騎士様方にもご挨拶を。運命の恩寵によりお役目を賜られたのは、全ての騎士が羨んでいることかと存じます」と。
その表情や声の様子から察するに、『へっ、運だけで聖騎士になれたのは羨ましいこって』ってところだろう。
「聖騎士様方は聖地で実力を示され、教皇猊下の承認を得られた上で任じられたという事は有名な話にございましょう。決して運が良かったというだけでなれるものではない事は、私はよく存じております」
目線で監獄補佐官を咎めながらフォローを入れる監獄長アルチュス・モルヴァヴァン。
その顔色はすっかり青くなっている。
まあ無理もないか。
私が聖女であることもそうだが、それ以上に母の実家のペルティエ侯爵家の現当主は『法務卿』――つまり、監獄長の上司に当たるからだ。
「まあまあモルヴァヴァン卿。運も実力の内……と申します。監獄補佐官様のお言葉も、必ずしも間違いではないでしょう。
皆様にはお忙しい中ご迷惑をお掛けしますわね。私達は今日はあくまでもラドさんの身元保証兼付き添いで参りましたから、用が済めばすぐさま退散致しますから、お気遣い無きよう」
にこやかに応酬しつつ、精神感応で監獄補佐官の脳内を覗くと、ああ……成る程。
高位貴族の子弟ばかりの近衛騎士隊。騎士爵の家の出ながら、実力でサブリナ王妃付きの近衛に推挙されるまでになっていたのだが――その直前、かのアルバート暗殺未遂事件が起こりその話はご破算に。行き場を失ったことで監獄に左遷。実務も三人の内で一番身分が低く、なまじ剣の腕はあるもんだから黒き深淵の極悪犯達の世話が多い――実質守護総監の小間使いである。騎士としての誇りが穢されていく不遇の日々でやさぐれている、と。
馬の脚共に絡んだのも、自分の不運と腐った現状と引き比べての妬みだろう。
んー……間接的に彼の栄光を邪魔したのは事実だし。
私が見るところ、この監獄は守護隊派と騎士団派の対立構造が働いており、監獄長はその調整役という感じか。
アドリアン・クレルモンを鬱屈させたまま放置すると、監獄内は権力争いが間違いなく激化する。そこに外部から付け込まれて凶悪犯を逃がす等の不祥事が起きそうだ。
中間管理職である監獄長の胃と頭皮の為にも、鬱憤を晴らさせるがてら邪魔なプライドはへし折っておくべきだろう。それに、黒き深淵の担当なら、毒竜に会いに行く口実にもなるかも知れない。
「時に、アドリアン・クレルモン卿と仰ったわね。小耳に挟んだのですが、何でも卿は剣の腕に秀で、騎士爵ながら近衛騎士に推挙されるまでの実力者だとか」
「よくご存知ですね……」
俄かに警戒心を見せる監獄補佐官。私は構わずにっこりと微笑んだ。
「そうですわ! ラドさんの面会を待たせて頂いている間、宜しければ聖騎士達と手合わせをして頂けませんこと? ただ手合わせだけではお互いに張り合いがありませんから、負けた方が勝った方の願いを一つ聞く――ということで如何かしら?」
私はグレイといつものメンバー、そしてアルビオン第二王子コンラッド――ラドを引き連れ、王都の東の外れにあるレギュイ監獄にやってきていた。勿論カラスのリーダーにも空から追って来させている。
「これが話に聞く裁きの針。遠くからは見たことがありましたが……近くで見ると不気味ですね。周りはこんなに賑やかなのに、これだけ別世界のような」
と感想を述べたのは、馬車の窓からカーテンを少し開けて外を窺ったラド。
ラドの言う通り街中に突如聳え立つ城塞は、例えるなら日本の一般人の中に一人だけ筋肉粒々高身長のマフィアみたいな外人が混ざっている――そんな異物感がある。
ちなみに監獄周辺は労働者階級エリア。近隣にはガン・バルジャンやコゼット達が住むスラムもあり、治安が良いとは言えない。
「ご存知かとは思いますが、監獄となる前の戦多き時代――ここは王都の東の境界の守り、聳え立つ尖塔を敵を刺す針に見立てて名付けられた要塞でした。
平和な時代が訪れ、人口増加に伴って王都を囲む城壁が拡充された後は監獄として使われ始めるようになり。要塞は完全に街の中に飲み込まれて今があるのだと」
グレイが説明する。囚人の身分や罪状毎に分けて収容されているが、特に凶悪犯と高貴な囚人を収容する区画は特別なのだという。毒竜は前者の『黒き深淵』、好色王は後者の『銀の籠』に捕らえられているそうだ。
そんな話をしている間に外で馬の脚共が動き、監獄の門番と何らかのやり取りを交わしたのだろう――鎖や木の軋みの音と共に跳ね橋が降ろされて、馬車が動き出した。
***
グレイのエスコートで馬車を降りると、三名の役職者達に出迎えられた。先触れをしておいた事――そしてお忍びとはいえ、聖女が来るとなれば出迎える側にもそれなりの面子があるのだろう。
「お初にお目にかかります。監獄長として代々王の針の鍵をお預かりしているアルチュス・モルヴァヴァンにございます」
「王都守護総監のシプリアン・ノアイユにございます。王都守護隊や夜警団を指揮し、『王の目』として治安維持に努めております」
「……監獄補佐官として監獄の管理や守備を担っております、アドリアン・クレルモンと申します。このような罪の掃溜めで穢れ無き聖女様にご挨拶することになろうとは、一生涯無いものと考えておりました。光栄に存じます」
確かモルヴァヴァンは男爵家、ノアイユは伯爵家、クレルモンは騎士爵家だったっけ――そうグレイが呟く。
監獄長は慇懃に、王都守護総監はこちらへの興味を隠し切れない様子でそれぞれ歓迎の言葉を口にしたが、監獄補佐官アドリアン・クレルモンはあまりこの訪問を良く思っていない模様である。彼の言葉を解釈すると、『場違いな監獄に、聖女が何しに来やがった』だ。
気色ばむ馬の脚共に対しても、「騎士の末席を穢す身としては、聖騎士様方にもご挨拶を。運命の恩寵によりお役目を賜られたのは、全ての騎士が羨んでいることかと存じます」と。
その表情や声の様子から察するに、『へっ、運だけで聖騎士になれたのは羨ましいこって』ってところだろう。
「聖騎士様方は聖地で実力を示され、教皇猊下の承認を得られた上で任じられたという事は有名な話にございましょう。決して運が良かったというだけでなれるものではない事は、私はよく存じております」
目線で監獄補佐官を咎めながらフォローを入れる監獄長アルチュス・モルヴァヴァン。
その顔色はすっかり青くなっている。
まあ無理もないか。
私が聖女であることもそうだが、それ以上に母の実家のペルティエ侯爵家の現当主は『法務卿』――つまり、監獄長の上司に当たるからだ。
「まあまあモルヴァヴァン卿。運も実力の内……と申します。監獄補佐官様のお言葉も、必ずしも間違いではないでしょう。
皆様にはお忙しい中ご迷惑をお掛けしますわね。私達は今日はあくまでもラドさんの身元保証兼付き添いで参りましたから、用が済めばすぐさま退散致しますから、お気遣い無きよう」
にこやかに応酬しつつ、精神感応で監獄補佐官の脳内を覗くと、ああ……成る程。
高位貴族の子弟ばかりの近衛騎士隊。騎士爵の家の出ながら、実力でサブリナ王妃付きの近衛に推挙されるまでになっていたのだが――その直前、かのアルバート暗殺未遂事件が起こりその話はご破算に。行き場を失ったことで監獄に左遷。実務も三人の内で一番身分が低く、なまじ剣の腕はあるもんだから黒き深淵の極悪犯達の世話が多い――実質守護総監の小間使いである。騎士としての誇りが穢されていく不遇の日々でやさぐれている、と。
馬の脚共に絡んだのも、自分の不運と腐った現状と引き比べての妬みだろう。
んー……間接的に彼の栄光を邪魔したのは事実だし。
私が見るところ、この監獄は守護隊派と騎士団派の対立構造が働いており、監獄長はその調整役という感じか。
アドリアン・クレルモンを鬱屈させたまま放置すると、監獄内は権力争いが間違いなく激化する。そこに外部から付け込まれて凶悪犯を逃がす等の不祥事が起きそうだ。
中間管理職である監獄長の胃と頭皮の為にも、鬱憤を晴らさせるがてら邪魔なプライドはへし折っておくべきだろう。それに、黒き深淵の担当なら、毒竜に会いに行く口実にもなるかも知れない。
「時に、アドリアン・クレルモン卿と仰ったわね。小耳に挟んだのですが、何でも卿は剣の腕に秀で、騎士爵ながら近衛騎士に推挙されるまでの実力者だとか」
「よくご存知ですね……」
俄かに警戒心を見せる監獄補佐官。私は構わずにっこりと微笑んだ。
「そうですわ! ラドさんの面会を待たせて頂いている間、宜しければ聖騎士達と手合わせをして頂けませんこと? ただ手合わせだけではお互いに張り合いがありませんから、負けた方が勝った方の願いを一つ聞く――ということで如何かしら?」
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