貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

賢者認定儀式。

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 賢者の儀式当日の午後。

 私は聖女の衣装を身に纏い、領都アルジャヴリヨン中央大修道院の聖堂に居た。
 旧市街でもとりわけ高い尖塔を持ち、時代を感じさせる重厚なイメージを抱かせるそこ。
 建造当初から代々のキャンディ伯爵家によって幾度となく手を入れられたのだろう。高い天井には美しい宗教絵画が、そして銀のシャンデリアが幾つも下がり、窓には贅沢で精緻なステンドグラスが嵌められていた。

 あの会議室での話し合いの結果、月女神への祈りを加える事になったが、結局「それでも体面があるので太陽神を形だけでも月女神の上に」という事で落ち着いた。まあそこが落としどころだろう。
 勿論サングマ教皇に打ち合わせ内容を詳しく伝えて了解を取ってある。

 教皇はこの機に私が打ち合わせの場で語った事を『聖女様の明かされた言葉』として教義に取り込み、教会における月女神と賢者の扱いを変えるようだ。言わば太陽神と月女神の和解――勿論それは聖女様を頂く寛容派の教皇はこれまでの教会とは違う、という異教徒達アヤスラニ帝国へのアピールでもある。
 あわよくば、聖女が地揺れと大波を警告した事と合わせてアヤスラニ人への布教も狙っているのかも知れない。

 教皇には太陽神信仰と異なる月女神信仰の教義について私がどう考えているのかも質問されたが、その教義自体が砂漠という厳しい環境の中で生き残る為の生活指針という事で定められたものであると伝えておいた。また、環境に応じて教義を定めるのも必要だという事も。

 食料・資源を巡る部族間抗争で戦に明け暮れていれば男があっけなく死ぬ。
 寡婦と孤児が出てしまうのでその保護の為の一夫多妻制度だったり。また、酒を飲むと喉が渇いて貴重な水を無駄に消費してしまうので禁酒だったり、男が女に欲望を抱くと子供が増えて食料不足に陥るので女性に肌を隠させたり。
 豚を食べないのも、それが貴重な穀物を消費する生き物だからだ。食べても良いとされる牛や羊や山羊は草を食べるので、人間との食べ物が被らない。
 それらの教義を無視すれば、厳しい土地では奪い合いからあっという間にヒャッハーな混沌世界になるだろう。
 宗教が発生した土地環境を考えれば、教義というものは結構合理的に出来ていたりするのである。
 ただ、そのまま別の環境に持ってくればトンチンカンになるというだけで。

 閑話休題。

 目の前には山と積まれた銀細工の数々。勿論これらは先だってのパレードの際に売れた品々で、動員された職人達が悲鳴を上げながら大量生産したもの。
 これから私が賢者の儀式に先駆けた太陽神への祈りを捧げて場を浄化すると共に祝福を与えてお守り化するつもりなのである。
 何という一石二鳥!
 所々インゴッドも積まれているのは間に合わなかったのだろう。それも含めて精一杯祝福させて貰いますとも!

 太陽神の祈りを捧げんと錫杖を掲げた私の側には法衣を着たグレイとダニエリク司教。エトムント枢機卿はイドゥリースと共に儀式のその時まで別室で控えてくれている。
 信徒席の最前列には父サイモンを始めとする家族達、そして来賓兼立ち合い人としての神聖アレマニア帝国の第二皇子ヴェスカル、カレドニア女王リュサイ一行、山岳国家ヘルヴェティアのアルトガルの姿。
 そう、リュサイ女王は聖女の庇護を受ける事を選んだのである。

***

 太陽神への儀式を終え、一旦休憩時間となり軽食を摘まむ。その間、聖堂内では銀細工が片付けられ、賢者の儀式の場へと整えられていた。

 私達は聖堂に入場し、所定の場所で賢者の訪れを待つ。
 やがて満月が東の空に上り始めた頃、エトムント枢機卿とイドゥリース、それに付き従うようにスレイマンが入場して来た。
 何でも、イドゥリースの母親はスレイマンの伯母にあたる人物であり、スレイマンの一族は遠く賢者の部族の血を引いているという話である。

 聖女の衣装が白を基調としたものだったのに比べ、賢者のそれは闇に溶け込むような濃紺だった。
 満月を象った鏡を頂くサークレットに金糸銀糸の映える古代めいた衣装。
 聖堂に入場して来たイドゥリースが灯されたシャンデリアの僅かな光を浴びるその様は、黄金のランプから煙と共に『ご主人様、何かご用ですかシュベークルベーク?』等と出て来そうな感じで魔法使いを彷彿とさせる。

 私の目の前までやってくると、エトムント枢機卿が脇に移動しする。
 イドゥリースはそのまま胸に手を当て、軽く頭を垂れた。

 「これより、賢者認定儀式を執り行う」

 エトムント枢機卿が宣言し、太陽神への祝詞を唱える。次いで、立ち合い人である貴族・王族達の名を読み上げて行った。
 私はそこで初めて錫杖を掲げてシャラリと鳴らし、イドゥリースを寿ぐ。

 「人々よ。賢者の誕生を見、そして喜ぶべし。賢者は月女神の御子である。月女神は太陽神の御光を受けて宵闇を照らし、人々に優しき眠りと安寧を齎す神。賢者もまた、闇夜にあって世の人々を守る灯となるであろう。私、聖女マリアージュの名において、ここに賢者イドゥリースの誕生を宣言する! 聖なるかな、父たる太陽神ソルヘリオス。聖なるかな、母たる月女神ルーナセレネ」

 「聖なるかな、聖なるかな、慈悲深き月女神ルーナセレネ……」

 イドゥリースが月女神への祝詞を唱え終わったその時、強い満月の光がステンドグラスから降り注いだ。
 イドゥリースのサークレットの鏡がその光を照り返し、私の白い衣装に太陽神と月女神が並んだ像を浮かび上がらせる。
 それを見た儀式の参列者達から「おお」「奇跡だ」等とどよめきの声が上がった。

 ど、どうしよう。

 内心冷や汗ものである。
 イドゥリースのサークレットの鏡は勿論魔法の鏡仕様なのだが、本当なら後ろの祭壇に置いてある蝋燭を使って演出するつもりだったのだ。
 リハーサルまでしたのにまさかのアクシデント。

 ええい、ままよ。

 「神々が祝福しておられます。今ここに、賢者イドゥリースが神の名の下に認められました。彼は私と共に神のご意志を世に述べ伝え、人々を救うべく力を貸して下さる事でしょう」

 出番を奪われた蝋燭には悪いが、私はこのまま押し切る事にした。
 無理やり結びの言葉を述べて儀式の終了を宣言した直後。

 「「「太陽神様万歳! 月女神様万歳!」」」

 「「「聖女様万歳! 賢者様万歳!」」」

 人々から口々に太陽神と月女神、聖女と賢者を讃える声が上がったのだった。
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