貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

ファッションのファッショな同調圧力。

 「不可抗力よ! 第一ヒースが群生している場所でしか出来ないものなんだし、聞かれたところで」

 「しっ、声が大きいよ、マリー! ドナルド卿、申し訳ないのですがその話はここでは……屋敷に戻ってからさせて頂いても宜しいでしょうか? 人の目や耳がある宮廷では、ちょっと……」

 「はっ、畏まりました」

 あれ……?

 嫌にあっさり引き下がった事に私は拍子抜けをした。もっと食い下がるかと思ったのに。
 騎士ドナルドのグレイに対する態度に微妙な違和感を感じるのは気のせいか?
 女王リュサイも訝し気な視線を騎士ドナルドに向けている。首を傾げていると、玲瓏な声が響いてきた。

 「ヒースでしたら、神聖アレマニア帝国の北部にも沢山咲いておりますわ」

 サラサラと衣擦れの音と軽快な足音。
 見ると、先刻分かれた皇女エリーザベトがそこに立っていた。

 「あっ……失礼致しました。聖女様、先程ぶりでございます。まだ宮殿にご滞在でいらっしゃって安心致しました。ご歓談中にお邪魔してしまった無礼をお許し下さいませ」

 「まあ、エリーザベト様――彼女の席を」

 立ち上がって指示を出すと、動き出すサリーナ達。
 少し離れた場所に控えていた宮殿の侍女達がお湯を沸かし始めた。
 皇女エリーザベトは優雅に淑女の礼を取る。

 「お気遣い感謝致します。聖女様、私は神の刻印をこの身に授かることを決意致しました。それをお伝えに参ったのでございます」

 「わざわざ来て下さったのですね。よくぞご決断なさいました。私を信じて下さり、感謝致します。今後エリーザベト様は神の刻印を率先して受けた皇族として、神聖アレマニア帝国の民の模範となられることでしょう。疱瘡の災いも、皇女様の信仰心を恐れて避けて行くに違いありませんわ」

 私も返礼し、にっこりと微笑んで彼女を迎え入れた。

 「聖女様……あの、このようなことを申し上げるのは恐れ多いことかと存じますが、私と友達になって頂けないでしょうか?」

 座った後、おずおずと切り出す皇女。唐突な申し出に、私は目をぱちくりとさせる。

 「まあ」

 「私、これまで友と呼べる方が一人も居りませんでした。国外に出て、リュシー様やメティ様と初めて友達となって。
 嬉しかったのですわ。聖女様はお二人と御友人であらせられるのでございますよね? 私も、その輪に加えて頂ければ、と……」

 そう言ってこちらの顔を窺うように見つめて来る皇女エリーザベト。
 どの道彼女とはカレル兄抜きで仲良くならねばと考えていたので渡りに船である。
 私はにこりと微笑んだ。

 「うふふ、構いませんわ。では、私のことはマリーとお呼びくださいませ。エリーザベト様の愛称はリシィ様、で宜しかったかしら?」

 女王リュサイが先程口にしていた皇女の愛称を言うと、彼女はぱっと顔を輝かせる。

 「は、はい! ありがとうございます、マリー様!」

 「よろしくお願いしますわね、リシィ様」

 そこへ、サリーナがティーポットを持ってきた。
 皇女エリーザベトに給仕されると同時に、全員分の紅茶が淹れなおされる。

 「先程、マリー様はヒースの話をされていらっしゃったようですが……」

 「ええ、カレドニア王国に群生地があるとかで……」

 「アレマニア帝国にもヒースが多く咲いていたのですね」

 「そうなんですの! リュシー様は本当に私と共通点が多いですわ!」

 そんな風に和やかに雑談していると、「やっと仕事が終わりましたよ、私も混ぜて下さい」とアルバート王子が現れる。
 ヒースの薬効から有名な詩人の一節まで話題に上ったところで、庭園に華やかな貴族令嬢の一団が現れた。
 カレル兄シンパとは別の集団のようだ。

 「聖女様が本日宮殿においでになると知り、ご挨拶に参りましたの」

 ……だそうだが、精神感応で読み取った限りではそれにかこつけてアルバート王子を追い回していた模様。しかも、元第二王子派の令嬢ばかりである。
 今も、私というよりかはアルバート王子にロックオンしている。
 まあ、私やグレイに害が無ければいいか。
 そう思っていたのだが。

 「まあ、素敵なお召し物。聖女様ともなれば、余人の理解出来ない芸術的感覚をお持ちなのですわね」

 「そうね、宮廷に初めてお見えになった時の素晴らしい襟を思い出しますわ」

 おほほ、うふふ。

 実質逆恨みだが、私に一矢報いたいと思ったのか。
 令嬢達は褒めちぎることで貶めるという高等技を繰り出してきた。
 私はメティを後見しているようなものだし、余計に気に食わないのだろう。
 それよりも、何故か皇女エリーザベトの顔色が何となく悪いような。

 疑問に思って彼女の心を探ってみると、なんとまあ。
 目の前の令嬢達にもいじめみたいなことをされていた模様。
 アルバート王子と皇女エリーザベトの政略結婚……あり得なくはないな。
 まあ、売られた喧嘩は買ってやろう。
 私は小さく首を傾げた。

 「ねぇ、ご存じ? 流行とは常に始めは先駆者が常識を打破し、切り開いていくもの。それを人々が真似をしだして、流行となっていくんですのよ」

 精神感応で周辺に居る鳥達に呼びかける。
 東屋の屋根に、近くの木々の枝に羽音が落ちていく。数人の令嬢達が不安そうに周囲を気にし始めた。
 私は立ち上がると同時に閉じた扇の先端を突きつける。気圧されたように、後退る彼女達。

 「今皆様がお召しになっているようなドレスも、先駆者が着始めた頃は眉を顰められることもあったかも知れませんわね。
 ただ、流行も極まって、皆が同じような服を着るようになれば――まるで兵士の制服のように画一的でつまらなく、味気なくなるもの。そうなれば、人の見分けすらつきにくくて不便ですわ」

 手を下げて、扇を顔の前で開く。全員同じに見えるというのはさぞや屈辱的だろう。
 と言っても、流行を否定する気はない。流行によって経済が動くからだ。
 ただ、自分は流行を追い散財する側ではなく、仕掛けて儲ける側に回りたいだけである。
 次は聖女風ドレスが流行る(というか流行らせる)のだ。それを馬鹿にするのは許さん。

 「わ、私達が兵士だと……?」

 「いくら聖女様でも言い過ぎではありませんか?」

 怒りを露にする令嬢達。
 私は「いえ、貴女方のことではなく、一般論ですの」とすっとぼける。

 「今の宮廷に、流行の先駆者は何人いらっしゃるのかしらねぇ? 私、社交界に疎いものですから、ご存じなら教えて下さらない?」

 ――少なくともお前らではないよな。

 微笑みながら小首を傾げて揶揄する。アルバート王子が「分かります、確かに夜会等では皆同じような装いですよね」と追い打ちをかけると、彼女達は分かりやすく気色ばんだ。
 その内の一人が青筋を立てて扇を広げる。

 「一般論として! ……先駆者が何人いらっしゃるのかは存じませんが、あんまり先駆的でも人々がついて行けないのではと思いますわ。
 反面、保守的になり過ぎてもどうかと存じます。お年を召した方々は懐かしまれるでしょうけれど、皆様は困惑されるかと存じますわ」

 そう言って、皇女エリーザベトに鋭い視線を流す令嬢。
 女王リュサイやメティはこの国の流行の装いだが、皇女エリーザベトはお国のドレスだった。
 この国の流行とは違う。神聖アレマニア帝国もエスパーニャ王国も似たような感じで、トラス王国での祖父母の代のそれに近いものだ。
 そして、『皆様』と言っているが、この場合は『自分達』を指している、と。
 私の新調聖女ドレスばかりか皇女の服装を馬鹿にしてくるとは。かつて園遊会での出来事は記憶の彼方らしい。

 私はわざとらしく声を上げた。

 「まあ! ついて行けないということは、その皆様は若さの特権である思考の柔軟性に欠けていらっしゃるのね。宮廷の皆様の平均年齢は上がってしまっているのかしら? 若い世代が少ないのは由々しき事態ですわ」

 「なっ……!」

 私の切り返しに絶句する令嬢達。
 視界の隅でアルバート王子とメティが笑いを堪えている。

 「そうそう、一つ面白いことを教えて差し上げますわね。古い流行というものは、時を経て洗練さを増した上で復活することも多々あるんですの。
 もしかしたら私達の子供や孫の代でそうなるかも知れません。いえ、数年後かも――そうなると素敵ですわね」

 エリザベス女王襟のリバイバルも、諦めていないからな。
 にっこり笑ってじっと見つめてやる。そこへ、偶然にもどこからかカラスの鳴き声が『カァ!』と大きく響いてきた。
 それを聞いた令嬢達は途端に慌てだし、顔を引き攣らせながら「おほほ、そうですわね」「存じませんでした」「急ぎの用を思い出しました、御前失礼致しますわ!」等と言い、尻尾を巻いて逃げるように去っていった。

 そう言えば、宮廷ではそういう『設定』になっていたんだっけ。
 誰しもやましいことの全てを太陽神の化身カラスに見透かされ、聖女に告げ口されたくはないもんな。
 令嬢達が遠ざかったところで、アルバート王子とメティが声を上げて笑い出した。

 「相変わらず、お見事ですね」

 「見ていて気持ちがスッとしたわ!」

 ふっ……流行に惑わされず、個性を追い求める水瓶座の時代アクエリアンエイジ
 それを生きた私に、あのような下らんファッションのファッショファシズム的な同調圧力をかけるとは。
 一万、いや一億と二千年早いんだよ!
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