貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

甘い罠。

 「こんな強い想いは初めてなのです。今まで会った、数々のご令嬢、貴婦人達よりも――聖女様、私は貴女様のことが……やはり、ご迷惑でしょうか」

 色気ある苦悩の表情で、切々と訴えて来るレアンドロ王子。こいつが美男なだけに、女性達は皆ころっと騙されることだろう。
 もし、精神感応で企みを知らなければ――グレイと会う前であれば。
 うっかりぐらりと来たかもしれないな。まあ、意味のない仮定だが。

 「恐れながら、殿下。マリー様が困っておいでです」

 「このような場でマリー様に不埒な真似をなさるおつもりなのか」

 「そうであればいくらエスパーニャの王太子とてただでは置かぬぞ」

 サリーナと馬の脚共が厳しい視線を向けて来る。しかしそれで引く相手では無かった。

 「侍女殿に聖騎士殿――私は不埒な真似などではなく、真摯に聖女様と話しているのです。邪魔をしないで頂きたい」

 私は慌てて三人に「手を出すな」と精神感応を送る。人間は面倒な国際問題になりかねない。

 「あ、あの……レアンドロ殿下。そのような……困ります、私には夫がおりますし。殿下にもエリーザベト様がいらっしゃるのでしょう? それに兄が来てしまいますわ。この手をお離し頂けませんか……?」

 烏のリーダーは――結構近くに居るな。数羽の仲間と共にこっちをじっと窺っている。
 それを確認してから努めて可憐で恥じらう乙女を装い、私は弱弱しく手を引いた。
 脈ありと見たのか、レアンドロ王子は微笑む。

 「婚約のことはどうとでもなりましょう。それよりも、そのような反応をして下さるということは、少しは希望があるということでしょうか――」

 その時、近付いて来る足音。

 「これは……どういう状況だ?」

 姿を現したのはカレル兄だった。
 レアンドロ王子は一瞬眉を顰めたように見えたが、そこでやっと「失礼、」と手を離して立ち上がる。
 私は訝し気にしているカレル兄に近付いた。

 「カレル兄様……」

 『後で全部話すから!』と精神感応を送る。

 「! ……分かった。レアンドロ殿下、私に話がおありと伺ったのですが」

 「わざわざ来てくれて感謝する。話と言うのは謝りたいのだ。私はカレル卿のことを誤解していた。醜い感情で酷いことを言ってしまい、今まで本当に申し訳なかった……」

 レアンドロ王子はいかにも申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
 カレル兄はそっと大きく息を吐くと、紳士の礼を取る。

 「いえ、誤解が解けたなら良いのです。殿下の誠意は受け取りました。お互い水に流しましょう」

 カレル兄がレアンドロ王子をあっさりと許し、「では、私はこれで……」と立ち去る。
 その背中を見送ったレアンドロ王子は私の方を向くと紳士の礼を取る。

 「聖女様、これで胸のつかえが取れました。立ち会って頂き、感謝申し上げます。それで、先程の続きなのですが、」

 言いながら、こちらに手を伸ばそうとして――

 ――カァ!
 ――クワァ!

 羽音と共に舞い降りて来たリーダー達。彼らはレアンドロ王子――正確には、その腕や頭に襲い掛かった。
 勿論私の命令である。
 嘴で突かれたり足で引っ掻かれたり。堪らず手を引っ込めて後退りし、慌てふためく王子。

 「忌々しいカラス如きが、この――!」

 腕を振り回し、凄い形相でリーダー達を睨み付ける相手に、私は「お止め下さいまし!」と制止をかける。

 「この子達は父たる太陽神ソルヘリオスの目と耳――害せば神の怒りが下りますわ。太陽神は、人妻である私に言い寄った殿下のことを咎められたに違いありません」

 「な、それは本当ですか!?」

 驚愕に目を見開くレアンドロ王子。
 私は頷いた。

 「はい。私とグレイの結婚は太陽神の御前で成立しておりますから。それを覆そうとするならば――もう少し詳しくお話を聞いてみますわね」

 私はリーダーを腕に止まらせ、内緒話のジェスチャーをした。

 「レアンドロ殿下……太陽神はこう仰せになっておりますわ。
 『聖女の夫グレイは聖女に課せられた使命を全うする手助けをし、教会や人々に多大に貢献しているという功績がある。
 それを押しのけてまで聖女の夫となり代わろうとするのであれば、それ以上の功績を立て、神の課す難問を見事解いて見せよ』と」

 「では! グレイ卿よりも私が功績が高ければ――」

 「私は、父たる太陽神がお認めになられた相手の妻になる、それだけなのです」

 「分かりました……聖女様の使命、それを私にも手伝わせて頂けませんか?」

 「そうは仰っても……グレイが積み重ねて来た功績を一度に覆そうとなさるのならば相当の代償が必要になりますわ。
 それに、神のご意志を覆す程の難問を解けなければ折角立てた功績が水の泡になります――それでも?」

 ちらり、と視線を向けると、レアンドロ王子は闘志に満ちた眼差しをしていた。困難に燃えるタイプらしい。

 「構いません、貴女が私のものになるのならば!」

 ……一応忠告はしたからな。後で苦情は受け付けないぞ。

 「分かりました。殿下がそのおつもりならば、私も覚悟を決めましょう。私は聖女として、不寛容派の堕落を正し、民を導かねばなりません。その上で、困っていることがございますの」

 胸の前で手を組んで、助けて下さいますか、と言うと、レアンドロは「私に出来ることであれば」と頷いた。

 そこで私は真実と嘘を織り交ぜて話し出す。
 アレマニアには不寛容派が幅を利かせている。しかしこちらの教会は財政難で、教皇側が不利だ。教会の運営の為、を買って欲しい、と。

 「その……出来れば『』でお願い出来ますか? ここ数年は不作が続くと神は仰せになりましたし、砂糖で保存食を作り、役立てて頂ければ、と」

 「八割!? それでは損をしませんか?」

 出回っている砂糖と同じ値段でも構いませんが、と強気なレアンドロ王子。しかし私は人々に少しでも砂糖を行き渡らせたいのだ、と首を横に振った。どの道大量生産により砂糖の相場は大暴落する予定なのだ。

 「分かりました。ではその御心のままに……」

 あまり深く考えず、二つ返事でOKするレアンドロ王子。
 脳内では大当たりフィーバーである。私はにっこりと笑顔になった。

 「ありがとう存じます。室内に戻り、レアンドロ殿下の功績として、宣言致しましょう。その旨の書類を認めるのに、オディロン陛下を始めとする貴人達の立ち合いと承認があれば、でしょうから」

 「聖女様……いえ、マリアージュ様! そこまで私の事を考えて下さるとは」

 感動したように打ち震えるレアンドロ王子。その震えが別の原因に変化するのはそう遠い未来ではないだろう。

 「そんな……では、戻りましょうか」

 「では、エスコートを」

 差し出された手を内心嫌々ながら手に取ると、レアンドロ王子は密着して腰に手を回して来た。
 うへぇ。
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