リィナ・カンザーの美醜逆転恋愛譚

譚音アルン

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15.事案発生

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 「リィナ、どうしたの? 頭でも痛いの?」

 「ミニョン……」

 途方に暮れて、カイルさんと自分とのデートで経済格差があり過ぎる事を話す。
 彼女は呆れたように私の鼻の頭を突いた。

 「ばっかねぇ、そんなの気にしなくても良いのよ。デート代なんて男が出すって決まってるんだから」

 「で、でも……カイルさん凄くお金使うんだもん」

 それに、男女平等を掲げる社会で育ってきた身としては躊躇ちゅうちょしてしまう。
 もごもご言っていると、ミニョンはにやりと笑って頬杖をついた。

 「じゃあ、逢引宿で二人きりになって一日中ヤラせてあげれば? きっと満足するわよ」

 「ヤッ……そ、そ、そうじゃなくてね!」

 「あはは、あまり気張らずに、あんたはあんたに出来る事をすればいいじゃない。あの男はね、何処どこにいても何をしても、あんたと一緒に過ごす事が幸せなんだと思うわよ」

 「そ、そうかな」

 「そうよ」

 ミニョンはデートコースを幾つかと、ピクニック出来そうな場所を教えてくれた。

 「城壁から出たら危険な場所もあるんだろうけど、白金ss級と一緒なら公園も同然だと思うわ」

 あ、それは私もそう思います。

 「ありがとう、ミニョン。その代りと言ってはなんだけど、最近思い出した事があって……」

 彼女の言葉に元気付けられて気持ちが大分楽になってきた私は、彼女に相撲力士の太り方を伝えた。これならまああの激甘クッキーよりは健康的に太れるだろうと思う。
 何故そんな事を知っているのかって? それは私がその逆張りダイエットをした事があったからだ……結局挫折したけど。

 「へぇ、あまり歩かない、筋肉を鍛える、お腹が空く時間を長くする、食べてすぐ寝る、食事は小麦で出来たもの――パンとかクッキーとかを多めに食べる、ねぇ。それ、本当に太れるの?」

 「私の故郷に相撲っていう競技があってね、選手は太らないといけないんだけど、そのやり方なの。競技だから、ちゃんと筋肉を鍛えながらなるべく健康的に太らなきゃいけない。方法的には良いと思うよ。私はそれで……太ったから……多分ミニョンも太れると思う」

 挫折の記憶が痛い。
 力士の食事として、ちゃんこ鍋を思い浮かべる人が多いと思うけど、実はちゃんこ鍋はそれだけでは太らない。力士が太るのは、ちゃんこ鍋に付随して食べるご飯、つまり炭水化物によるのである。
 因みに逆張りダイエットは、よく歩く、お腹が空く時間を短くする、食べたらすぐ動く、炭水化物を少なめに食べる、というもの。
 筋肉を鍛える、のは自由。ミニョンには運動の代わりとして筋トレを勧めたけど。

 「『スモーウ』……それがそのスタイルの秘密って事かしら。分かったわ、やってみる。やっぱり陰ながらあんたも色々努力してたのね。でもそれを人に言わない見せないって姿勢は偉いわ。」

 「……ごっつぁんです……ミニョンも頑張ってね……」

 私は気まずさに目をらした。
 すみませんミニョンさん。努力じゃなくて単なる食いしん坊の怠惰です。

 「ところで、片想いしてるって言ってたドワーフの人とは最近どう?」

 考え出したら果てしなく落ち込みそうになる。私は話題を変えた。
 すると彼女は目を輝かせて花がほころぶように破顔する。

 「それがね、聞いてよ! あたしの事可愛いって言ってくれたの! あんたが白金ss級と付き合うってなって、落ち込んでたのを頑張って慰めてたんだけどね……」

 やっと彼があたしを見てくれるかも! と喜ぶミニョン。
 私も思わずつられてニコニコしてしまった。

 ミニョン、可愛いなぁ。彼女ならきっと地球でもモテる事だろう。恋する乙女は可愛い。
 片想いが一歩前進して何よりだ。


***


 事件が起こったのは午後、ちょうど食堂が夕食を出し始める時間の事だった。
 まだ店内には常連さん達、初めて見る方が数人ばかり。
 担当のテーブルに座ったお客さんに、早めの夕食の注文をサーブし終わった時だった。

 最近入った新人のウェイトレス、イーリスが「いらっしゃ……」と言いかけるのが聞こえたかと思うと、小さな悲鳴と共にけたたましい音がする。
 店内がざわめく中、これはお盆落としたなとばっとそちらを振り返ったものの、私は衝撃の余り凍り付いてしまった。

 「危ない、お嬢さん。お怪我はありませんか?」

 「あ……はい、大丈夫です! 申し訳御座いませんっ。お客様こそ、お怪我はないですか!?」

 入ってきたお客さんにかばわれたのだろう、その腕の中で顔を真っ赤にしてペコペコ頭を下げるイーリス。

 「伊達だてに冒険者をしておりませんよ、大丈夫です。立てますか?」

 そっと降ろして立たせながら浮かべたその微笑みに、イーリスは顔を赤くしたままぼうっとしてしまった。

 「かぁー、お前が人間の国に来るといつもこうだ。これだから顔の良すぎる奴は」

 「ウーコン・ズゥ、ひがんでもどうにもならんぞ。今に始まった事じゃないだろう」

 「嫁さんのいるお前には俺の気持ちなんてわかんねぇよ、ウーシン・ジャー」

 後ろからそのお仲間であろう人が二人、続いて入って来た。
 一人じゃなかったらしい。

 「はぁ……素敵。何てかっこいい人なの……」

 「そりゃお盆も落とすわなぁ。あの外見は反則だわ」

 お客さん達の会話が耳をただ通り過ぎて行く。
 ミニョンが雑巾を持って行くのが見えて、私もようやく我に返った。慌てて掃除道具を取りに走る。

 「失礼しました、お席へどうぞ」

 イーリスが件のお客さん達三人を連れてその場を離れたので、その隙にチャンスとばかりに出る。
 顔をうつむかせてミニョンを手伝いながらも、私の心の中は恐慌状態だった。
 箒を持つ手がわずかに震えてしまっている。

 何でここにいるの!?
 美意識が強いから人間の国には来たがらないんじゃなかったの!?

 ――しかも、よりによってカイルさんが来れない日に!

 私は自分の不運を呪った。

 イーリスが頭を下げていた客、それは。
 忘れもしないあのオークのA級冒険者、ハッガイ・ジュパージェその人だったのである。


【後書き】
元ネタ。
ウーコン・ズゥ=猿=孫悟空:スン ウーコン
ウーシン・ジャー=河童=沙悟浄:シャー ウージン
ジュパージェ=豚=猪八戒:ジュー パージェ
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