地図アプリにまつわる経済小説あるいは昼ドラバトル人格障害対決〜最後はばぁば無双〜

テジリ

文字の大きさ
101 / 127
あるトマト畑にて

推しは推せるときに推せ

しおりを挟む
「O太!タクシーを呼べ!総合病院で検査入院だ!」

四郎の声が会食の席に響く。
一同ざわめく中、Cは目を丸くして――

「エ、エエ?! ぜったい上手くいくと思ったのに……!」

四乃は、驚きと涙をこらえきれずに立ち上がる。

「Cさん……今は病院に行きましょう。
お医者さまに話したら、きっと心も落ち着きます。
私も同行しますから!」

その真っ直ぐな声に、その場の何人かが、思わず涙ぐむ。
しかし当の四郎は、顔を引きつらせながら思う。

(ち、違う……そういう意味じゃないんだ……!
これは俺の推し活の終焉を阻止するための、緊急医療行動なんだ……!)

そこへ――

「タクシーが参りました。お急ぎ下さい😊」
O太が現れ、わざとらしく爽やかな笑みを浮かべる。

(お前……わかってて言ってるな?)
四郎は、無言で睨みつけた。




 S家親戚や、長年仕える重役たちが、小声でさざめき合う。
「やっぱり母子家庭だから……」

「たしか母親もうつ病だとか」

「遺伝かも知れませんよ。あんな騒ぎを起こすなんて、もう普通じゃない」

「本人も“離婚したい”なんて言ってるなら、むしろ助けてやった方がいい。
 四乃様もまだまだお若いし、今どきなら再出発できるだろう」

(きさまらあ! ……聞こえているぞ。いや、聞こえないふりをしているだけだ)

四郎の喪服の胸ポケットの中で、指先が小刻みに震える。
それを抑えながら、淡々と湯呑を置く。

「……皆さま、どうかそれ以上はお控えください」

声は静かで、抑制が効いていた。
だが、目の奥は冷えている。

「“遺伝”という言葉で片付けられるものではありません。
 あの者は、常に人を思いやる。
 今日の件は、心が擦り切れただけのこと」

しん、と空気が張りつめる。
年長の重役が咳払いをし、話題を変えようとするが、
S家親戚筋のO歌が、まだ納得していないように口を開く。

「でもねえ……四郎お兄様、社長のあなたがかばうと、
 余計に世間は誤解しますよ。
 “S家は隠蔽体質だ”って」

(隠蔽? ああ、そうだな。
 お前たちにとっては、“厄介事”のひとつでしかないんだ)

しかし四郎は、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべ、
「ご忠告、感謝します」とだけ答えた。

その笑みの奥で、心の声が続く。

(俺が隠したいのは、Cの“問題”じゃない。
 Cの“孤独”だ。
 ——あんなもの、誰にも見せてたまるか)




 会食はそのままお開きとなり、片付けもひと段落した頃、四郎の私用スマートフォンが震えた。
画面には「総合病院」の文字。

一瞬、息が止まる。
(……早いな)

人払いも忘れ、廊下に出て通話ボタンを押す。

「はい、私です。……ええ、分かりました」

静かな応答。
だが医師の口調には、どこか慎重な響きがあった。

『ご本人は現在、安静にしておられます。

 脳に異常は見られませんでした。
 知的や発達、精神的徴候もありません。
 極めて落ち着いた受け答えでした。

 四乃様より法事でなにがあったか聞かされていなければ、ふざけるんじゃありませんと家に帰すところでしたね。』

「……そう、ですか」
四郎は、普段はかけない眼鏡の奥でまぶたを閉じ、
わずかに眉間を押さえる。

『狂気的演出、おそらくは人格障害から生じたものかと。
 詳しくは検査する必要がございますが、どこまでが演技でどこまでが真実か――
 ご本人の非協力的態度からも、診断は難しい。

 ですが、ご家族の方には、過度に詰め寄らず、静かに支えてあげてください。』

「家族……」
小さく反芻した。
(俺は……家族、なのか?)

『それと、ご本人が——あなたに会いたいと』

息が、止まった。

「……私に?」
『はい。“四郎様に伝えたいことがある”とだけ』

通話の終わりに医師が静かに告げた。
『今夜は、まだ面会時間を少し延ばせます。お急ぎであれば——』

「……すぐに伺います」

通話を切る。
廊下の灯が、いつもより冷たく感じた。
(伝えたいこと——何だ)
(離婚のことか。それとも……俺が“説破”と応じた、あの瞬間か)

外に出ると、風がやけに生温い。
喪服の襟を整え、タクシーを呼ぶ指先が、かすかに震えていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...