【全年齢版】媛彦談《ひめひこだん》〜足掻手《アガデ》〜

テジリ

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月に向かって彼は吼えた今宵は母の命日だ

幽鏡(ゆうきょう)

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母・幽鏡は三たび死んだ。
一度は領主に奪われた時
二度はしつりを産んだ時
三度は夜の手ほどきで。



その男は、傅役(ふえき)と呼ばれていた。

小寿林氏(こじゅりんし)の前領主亡きあと、
だれも反論の余地なく領主の資格を有するのは、
母が遺した肉塊。
異父弟・小寿林しつり(こじゅりんのしつり)唯一人だけ。

しかし、しつりは赤子同然。
老臣たちによる合議制が、小寿林氏に敷かれた。
ただし名目上、小寿林氏分家の者も加えておかねばならぬ。
白羽の矢が立ったのは、しつりの異父兄。
あれならまだ、成人して幾ばくもない若造だ。
末席に加えるには、ちょうど良い。

老臣たちが、牢と刑場の管理を所掌する刑部(ぎょうぶ)職をチラつかせると、若造はあっさりと首肯した。
その上、異父弟のお世話は全面的に老臣たちに委ね、決定事項は、傅役の権限で必ず追認するとまで誓った。

傅役は、それで肉塊がどうなろうと構わない。
自分さえよければ、どうでもいい。
それで死ぬなら、生きる価値など無かった証だ。



朝から牢で拷問に励む。
期待を裏切られた時の表情が、いちばん好きだ。

昼時、看守の首を刎ねた。
賄賂ごときで冤罪をでっち上げるなど、人の風上にも置けぬ。

無実の人間を責め立てても、楽しくも何ともない。
処刑も、尋問も、改悔の情もーーそれが
ほんとうの罪人だから、心躍るのに。



傅役が刑場へ向かう途中、乳母から使いが来た。

「お願いだよ……あの子をどこかへ預けておくれ!」

聞けば、乳母の夫である浮気爺が、
今度は耕作地から火付けの童子を連れ帰ったらしい。
ひと目見て気に入った。今日は母の命日だ。
干支が一回りして、そろそろ帰って来る頃だ。

「へー、こいつか。なあ火付け、
 醜夫・若朽・知欠・梼昧どれがいい」

「どうぞお好きに。何とでもお呼びくださいませ」
 
「ちっ、この阿諛(あゆ)が」

若造は、舌打ちしたのち
にやりと笑い、さらに告げる。

「今日からお前の名は——阿諛。
 “おもねり、へつらい”って意味だ。
 これからは、俺にへつらって生きるんだ」

阿諛は目を丸くし、
「そんな……ぺこぺこしなきゃならないの……?」
と震える。その姿が、たまらなくそそられる。

若造は笑って申しつける。
「そうとも。まずは形からだ」


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