【全年齢版】媛彦談《ひめひこだん》〜足掻手《アガデ》〜

テジリ

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月に向かって彼は吼えた今宵は母の命日だ

卒業

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鮎が中学に行くようになって間もなく、教室は完全に「無視の空間」になった。
最初は「新しい転校生」として、クラスメイトたちの好奇の視線を集めた。  
だが、すぐに勘付かれた。  

こいつ、根暗すぎ。  
目が合っても秒で逸らすし。  
話題について来れないし。
先公からは贔屓。

思春期特有の、未熟な排他的感情。
その全てが、悪い方向に作用した。



鮎の席は、廊下側の中列。  
グループワークやペアの時だけ、先生が無理やり誰かの班に入れる。  
でも、誰とも話さない。  
ノートも取らない。  
休み時間は、図書室に逃げる。
無視は静かで、当然で、残酷だった。



保健室の先生が気づいて、  
「具合悪いの?」と鮎に尋ねたのが、  
初めて誰かに話しかけられた日だった。
それから、鮎は保健室登校になった。

保健室には、同じように教室を避ける生徒が沢山いた。  
・過敏性腸症候群の男子  
・リストカットの痕が残る女子  
・パニック障害の女子
・知的や発達のハンデを抱える男子
・元不登校の女子

保健室組は、互いに深入りしないルールを持っていた。
だから鮎にとっても、「楽」だった。

でも、高校受験の年になると、  
彼らは参考書を開き、  
彼女らはイヤホンで英語を聴き、  
全員自分のペースで、過去問を解き始めた。
会話は減り、視線は、ほぼ参考書に釘付け。
鮎は、また置いてきぼりになった。



鮎の中学生活は、 
課題が未提出でも、テストが白紙でも、
出席日数は保健室で補えた。
結局、何もしなくても卒業できた。
恥ずかしくて、卒業式は欠席した。



鮎の中学卒業前のある日。
鏡太郎が、リビングでコーヒーを片手に言った。

「鮎。高校には行かなくていい」
「でも……」
「予備校に通えばいい。高卒程度認定試験を取るルートがある。
 お前には、たぶんそれが合っている」

鏡太郎はノートパソコンを開いて、
鮎に予備校の個別指導コースを見せる。

「ここは個別だから、マイペースでやれる。  
 俺もサポートする。 
 大学へ行きたいなら、それで可能だ」

鮎は、しばらく黙っていた。

「もう……保健室にも……行かなくていい?」
「ああ。お前の好きなように過ごせ」

鏡太郎は、そっと鮎の手を取った。

「俺が全部面倒をみる。お前は俺のそばで、自分のペースで泳げばいい」
「……鏡太郎さん……」

鏡太郎は、微笑んだ。
その日から、鮎の学校生活は終わった。

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