【全年齢版】媛彦談《ひめひこだん》〜足掻手《アガデ》〜

テジリ

文字の大きさ
128 / 137
月に向かって彼は吼えた今宵は母の命日だ

清流の女王

しおりを挟む
五年間。
鏡太郎にとって、それはまるで砂時計を睨み続けるような時間だった。

鮎は最初、ローマ字すら読めなかった。
「k」の次が「a」なのか「i」なのか、指が止まる。
英単語はゼロ。
「cat」を「犬」と本気で思っていた。
分数は1/2+1/3で頭を抱え、
「なんで6が出てくるの……?」と泣きそうになった。

鏡太郎は毎晩、鮎の横に座り、
震える手を包み、
一文字ずつ、一問ずつ、
根気強く教えた。

16歳の年、鮎は「自分はバカだ」と毎日呟いた。
17歳の年、テストが1点上がるたびに泣いた。
18歳の年、初めて現代文で80点を取ったとき、
鏡太郎の前で震えながら喜んだ。

「鏡太郎さん……俺……やればできる……?」

鏡太郎は、ただ「そうだ」と答えた。
内心では、
(あと少しだ。あと少しで、お前は完全に俺のものになる)

精神の波は激しかった。
1ヶ月猛勉強して、2ヶ月何も手につかなくなる。
「俺はダメだ」と鮎が泣き崩れる夜は、
鏡太郎は黙って抱きしめた。
「ダメじゃない。お前は俺の鮎だ」

五年間、
鏡太郎は一度も怒らなかった。
一度も急かさなかった。
ただ、「俺がいるから、大丈夫だ」と繰り返した。

そして、
鮎が十九歳になった十月。

合格通知が届いた日。

鮎はリビングで封筒を開け、
手が震えて紙を落とした。

「……全部……合格した……」

鏡太郎は静かに近づき、
鮎の肩に手を置いた。

「鮎」

振り向いた瞬間、
鏡太郎は鮎の唇を奪った。

柔らかく、吸い付くような感触。
まさに清流の女王。

「鏡太郎さん……?」

鮎はもう十九歳。
児相の保護は外れ、
戸籍は最初から別々。
教育的義務も果たした。

鏡太郎に見初められた時点で、
鮎に逃げ場など、どこにもなかった。

中学卒業と同時に鏡太郎の扶養に入り、
外で働けるのは単発バイト程度。
対人恐怖は治らず、
公務員試験は高卒が最低条件。
民間の中卒可の仕事は限られている。

大学?専門学校?
学費は途方もない。
奨学金は返せない。
給付型など夢のまた夢。
鮎に、そんな熱意はない。

可哀想な鮎。清流の女王。
都会の大海原の片隅で拾われて、
澄んだ川でしか生きられぬ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

処理中です...