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魔王の家で、はじめての晩ごはん
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千夏が起きる前に、マネージャーが手慣れた様子で二人の男に手錠をかけた。
どうして手錠を持ってるんだろう……。
「制圧のプロによくナイフを向けたもんだ」
夜刃昌磨が僕を持ち直しながら、マネージャーに話しかけている。とても自然に。
これ、お姫様だっこというやつでは?
「そのメガネで弱そうに見えたんじゃねぇか? コンタクトにしろよ」
「考えておきます」
テキパキと二人が後片付けを済ませている間、
僕はといえば、夜刃昌磨に抱っこされ、彼の服をつかんでカタカタと震えていただけだった。
事は終わったと理解しているのに、会話もちゃんとできるのに、なぜか震えが止まらなかった。
「もしもし、警察ですか? 悪者を二人捕まえたので迎えに来てあげてください。怪我人がいるので、私たちは先にその子を病院に連れていきます。ええ、近くに病院ありますので。かなり殴られて、ひどく出血があります。どういったことがあったかは動画を送ります。〇×病院というところで……」
マネージャーのそんな声が聞こえて、これまで千夏にされてきたことは、やっぱり犯罪だったんだと、この時ぼんやりと考えた。
ゆらゆらと揺られ、意識がはっきりしたのは車で丸裸にされた時だった。
「はっ! な、なんですか?」
「ゲロまみれで病院に入るつもりか? 俺の服を着ろ」
出されたのはLサイズの高級ブランド服だった。
「っこ、こんな高そうな服、着れませんよ……っ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと着ろ。今度は俺に殴られたいのか? プレゼントだから別にかまわねーよ」
どう見ても新品で、いまだに嘔吐物のニオイがする僕が着て良い代物じゃない。だけど、殴られるのは二度とごめんだ。
「うぅ……ありがとうございます」
「いい加減泣き止め。いい大人がぐしぐし泣きやがって、みっともない」
「ぐすっ……すみません」
***
ヤクザまがいは逮捕され、病院で優しい言葉と治療を受けることができた。
あとは警察からの事情聴取でいったん終止符を打った。
だけど、これにて一件落着とはいかなかった。次の議題は、僕の住まいについてだ。
別れ際、しきりに財布の中を確認する僕を見て、夜刃昌磨が辛辣な声をかけた。
「それ、百円ショップの財布じゃねぇか? 貧乏クセェ」
恥ずかしくて、僕はサッと財布をポケットにしまいこんだ。
余計なお世話です。どうして天下の夜刃昌磨が百円ショップの財布デザインをご存じなんですか。
「なんでさっきからそんなに財布の中を見てるんだ」
ジッと夜刃昌磨に見られた。
首をすくめ、背中を丸める。なんでもありません、と言ったら「あぁ?」とすごまれた。怖すぎて、勝手に口が動いてしまった。
「あ、えっと、その……ネットカフェを利用するのは初めてで、足りるかと心配で……」
十九にもなって、ネットカフェで一泊できるかどうかもわからない金額しか所有してない自分が情けない。
「どういうことだ?」
ジムの余った一室の倉庫を借りて、そこで住まわせてもらっていたこと。
今しがた、千夏の逮捕を知った父親から二度とジムに近づくなとメールが来たこと。
千夏とその父親には後ろめたい過去があり、借金があることを伝えた。
夜刃昌磨のマネージャーが聞いてきた。
「睦月さん、社会人になって何年目です?」
「四年目になります」
「さすがに、ホテルに泊まるお金くらい、ありますでしょう。そんなに高いものじゃないですよ」
ちょうど口座の残高を見ていた僕は、携帯を相手側に見えるようにした。ついでに財布の中身も。
わびしい数字にマネージャーは「あらまぁ……」となんともいえない感想の声を出した。
僕は男ながらに恥ずかしさを強く感じた。
「あ、もう二十一時ですか。夜刃さん、申し訳ないですが、私はこれで失礼しますよ」
病院での治療、そして警察からの事情聴取は長引き、夜はかなりふけこんでいた。
全員腹が減っている。早く帰って何か食べたいところだろう。夜刃の腹からはエンジン音が響いている。
「めんどくせぇな。続きは明日だ。睦月、今日は俺んちに泊まれ」
魔王みたいな人と一夜を無事に過ごせるかどうかは疑問に思ったが、ここで、遠慮すれば野宿になる。
「すみません、今夜だけ、よろしくお願いします」
***
バタンと車のドアが閉まる。
「運転免許も持ってねぇのかよ」
「すみません……」
「帰ったらお前が飯作れ。料理くらいならできるだろ」
「はい、それなら。スーパーに寄ってもいいですか?」
どこも折れてなかっただけ不幸中の幸いではあるが、全身が痛いので、できれば休みたいところだった……。だけど、一泊させてもらえるんだから、我儘は言えない。料理を作るだけで一泊させてくれるんだ。ありがたく思わないと。
「あの、どうして今日はジムにいらっしゃったんですか?」
「お前の社長んとこに文句言いに来たんだよ。行ったらいねぇから、勝手にトレーナー室ってとこ入ったんだよ。社長は四階だと思いますって、頭くしゃくしゃの男が教えてくれた。……そしたらテメェがゲロまみれになってんのを見つけたんだよ」
くしゃくしゃの頭……あ、広報の子だ。
あの子は僕の味方でもなければ、千夏にゴマをするような子でもなかった。
もし彼が夜刃昌磨に居場所を伝えてくれていなかったら、どうなっていただろう?
想像して、ゾッとした。
「おい、ここでいいか? まだ営業してそうだ」
スーパーに停めてもらい、車を降りた。
「俺が降りると騒ぎになる。ひとりで行ってこい」
「あ……えと、そ、その……」
言いにくい、非常に言いにくい。この人相手にご飯代ください、なんて。
いや、ここは僕が出すべきだ。何を考えてるんだろう。ご飯代くらい出さなくてどうする?
「ああ、金か。これ使え」
渡された黒いカード。
片手で受け取ったそのカードを、両手で大切に持ちなおす。
世の中にブラックカードを使ってる人って本当にいるんだ。なんて思いながら早足で買い物に向かった。
***
キッチンに立っている間、ずっと視線を感じて非常にやりにくかった。
そんなに見なくても、毒なんか入れないのに。
「できました。鶏むね肉と豚肩ロースの生姜焼き、あとブロッコリーとゆで卵のごまマヨ和えです。
ちょっと野菜も少ないかなと思って、ひじきと大豆とにんじんの煮物も作ってみました。あと豆腐とわかめとネギの味噌汁です。お米にはもち麦少し混ぜてます。甘いものは大丈夫ですか? デザートに無糖ヨーグルトにはちみつとバナナを用意してみました。
どうぞお召し上がりください」
職場ではよく食事について相談をされる。なので、こういったスポーツマン向けの献立を提案していた。他人に作るのは生まれて初めてで、心臓が口から飛び出そうだった。
ブラックカードを持ってるくらいだから、きっと毎日美味しいものを食べてるに違いない。
まずい、って言われたらどうしよう?
――もぐ。
一口目、クリア。
――もぐ、もぐ。
二口目もクリア。
夜刃昌磨の箸は止まることが無かった。
ほっと胸を撫でおろす。どうやらお口に合ったようだ。
「鶏むねは低脂質で回復向きなんです。豚肩ロースはスタミナ補給用で、生姜と玉ねぎで疲労回復と食欲アップを狙っています。ビタミンと良質な脂質で筋肉の修復をサポートし、噛み応えもあって満足感が高くなるような献立にしてみました。デザートは筋肉疲労の回復と睡眠の質アップ狙いで……」
「ああもういい、もういい。静かに食わせろ。管理栄養士だったのか?」
「いえ、独学です」
「そうかよ。しゃべってねぇでお前も食え。静かにな」
「はい、いただきます」
自分には、シンプルな塩味のおかゆをつくった。喉や腹が痛く、嚥下するのにも苦労する状況だった。
ふー、ふーと冷ましながら口へ含む。
ただのおかゆなのに、どうしてか、今まで食べていた食事の中でもダントツに美味しく感じられた。
千夏から解放されたからだろうか。
そういえば、誰かと一緒に、こうやって夕食を食べるのはいつぶりだろう?
「あ、あの……」
「黙って食えって言ったろ」
「あ……はい、すみません」
感謝を伝えたくなっただけなんだけどな。
借金を返さなくちゃいけないのは変わらないけど、もう、僕は今までのように千夏に怯えて生きる必要はなくなったんだ。
***
ep.7「住み込み条件は添い寝でした 」へ続く
どうして手錠を持ってるんだろう……。
「制圧のプロによくナイフを向けたもんだ」
夜刃昌磨が僕を持ち直しながら、マネージャーに話しかけている。とても自然に。
これ、お姫様だっこというやつでは?
「そのメガネで弱そうに見えたんじゃねぇか? コンタクトにしろよ」
「考えておきます」
テキパキと二人が後片付けを済ませている間、
僕はといえば、夜刃昌磨に抱っこされ、彼の服をつかんでカタカタと震えていただけだった。
事は終わったと理解しているのに、会話もちゃんとできるのに、なぜか震えが止まらなかった。
「もしもし、警察ですか? 悪者を二人捕まえたので迎えに来てあげてください。怪我人がいるので、私たちは先にその子を病院に連れていきます。ええ、近くに病院ありますので。かなり殴られて、ひどく出血があります。どういったことがあったかは動画を送ります。〇×病院というところで……」
マネージャーのそんな声が聞こえて、これまで千夏にされてきたことは、やっぱり犯罪だったんだと、この時ぼんやりと考えた。
ゆらゆらと揺られ、意識がはっきりしたのは車で丸裸にされた時だった。
「はっ! な、なんですか?」
「ゲロまみれで病院に入るつもりか? 俺の服を着ろ」
出されたのはLサイズの高級ブランド服だった。
「っこ、こんな高そうな服、着れませんよ……っ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと着ろ。今度は俺に殴られたいのか? プレゼントだから別にかまわねーよ」
どう見ても新品で、いまだに嘔吐物のニオイがする僕が着て良い代物じゃない。だけど、殴られるのは二度とごめんだ。
「うぅ……ありがとうございます」
「いい加減泣き止め。いい大人がぐしぐし泣きやがって、みっともない」
「ぐすっ……すみません」
***
ヤクザまがいは逮捕され、病院で優しい言葉と治療を受けることができた。
あとは警察からの事情聴取でいったん終止符を打った。
だけど、これにて一件落着とはいかなかった。次の議題は、僕の住まいについてだ。
別れ際、しきりに財布の中を確認する僕を見て、夜刃昌磨が辛辣な声をかけた。
「それ、百円ショップの財布じゃねぇか? 貧乏クセェ」
恥ずかしくて、僕はサッと財布をポケットにしまいこんだ。
余計なお世話です。どうして天下の夜刃昌磨が百円ショップの財布デザインをご存じなんですか。
「なんでさっきからそんなに財布の中を見てるんだ」
ジッと夜刃昌磨に見られた。
首をすくめ、背中を丸める。なんでもありません、と言ったら「あぁ?」とすごまれた。怖すぎて、勝手に口が動いてしまった。
「あ、えっと、その……ネットカフェを利用するのは初めてで、足りるかと心配で……」
十九にもなって、ネットカフェで一泊できるかどうかもわからない金額しか所有してない自分が情けない。
「どういうことだ?」
ジムの余った一室の倉庫を借りて、そこで住まわせてもらっていたこと。
今しがた、千夏の逮捕を知った父親から二度とジムに近づくなとメールが来たこと。
千夏とその父親には後ろめたい過去があり、借金があることを伝えた。
夜刃昌磨のマネージャーが聞いてきた。
「睦月さん、社会人になって何年目です?」
「四年目になります」
「さすがに、ホテルに泊まるお金くらい、ありますでしょう。そんなに高いものじゃないですよ」
ちょうど口座の残高を見ていた僕は、携帯を相手側に見えるようにした。ついでに財布の中身も。
わびしい数字にマネージャーは「あらまぁ……」となんともいえない感想の声を出した。
僕は男ながらに恥ずかしさを強く感じた。
「あ、もう二十一時ですか。夜刃さん、申し訳ないですが、私はこれで失礼しますよ」
病院での治療、そして警察からの事情聴取は長引き、夜はかなりふけこんでいた。
全員腹が減っている。早く帰って何か食べたいところだろう。夜刃の腹からはエンジン音が響いている。
「めんどくせぇな。続きは明日だ。睦月、今日は俺んちに泊まれ」
魔王みたいな人と一夜を無事に過ごせるかどうかは疑問に思ったが、ここで、遠慮すれば野宿になる。
「すみません、今夜だけ、よろしくお願いします」
***
バタンと車のドアが閉まる。
「運転免許も持ってねぇのかよ」
「すみません……」
「帰ったらお前が飯作れ。料理くらいならできるだろ」
「はい、それなら。スーパーに寄ってもいいですか?」
どこも折れてなかっただけ不幸中の幸いではあるが、全身が痛いので、できれば休みたいところだった……。だけど、一泊させてもらえるんだから、我儘は言えない。料理を作るだけで一泊させてくれるんだ。ありがたく思わないと。
「あの、どうして今日はジムにいらっしゃったんですか?」
「お前の社長んとこに文句言いに来たんだよ。行ったらいねぇから、勝手にトレーナー室ってとこ入ったんだよ。社長は四階だと思いますって、頭くしゃくしゃの男が教えてくれた。……そしたらテメェがゲロまみれになってんのを見つけたんだよ」
くしゃくしゃの頭……あ、広報の子だ。
あの子は僕の味方でもなければ、千夏にゴマをするような子でもなかった。
もし彼が夜刃昌磨に居場所を伝えてくれていなかったら、どうなっていただろう?
想像して、ゾッとした。
「おい、ここでいいか? まだ営業してそうだ」
スーパーに停めてもらい、車を降りた。
「俺が降りると騒ぎになる。ひとりで行ってこい」
「あ……えと、そ、その……」
言いにくい、非常に言いにくい。この人相手にご飯代ください、なんて。
いや、ここは僕が出すべきだ。何を考えてるんだろう。ご飯代くらい出さなくてどうする?
「ああ、金か。これ使え」
渡された黒いカード。
片手で受け取ったそのカードを、両手で大切に持ちなおす。
世の中にブラックカードを使ってる人って本当にいるんだ。なんて思いながら早足で買い物に向かった。
***
キッチンに立っている間、ずっと視線を感じて非常にやりにくかった。
そんなに見なくても、毒なんか入れないのに。
「できました。鶏むね肉と豚肩ロースの生姜焼き、あとブロッコリーとゆで卵のごまマヨ和えです。
ちょっと野菜も少ないかなと思って、ひじきと大豆とにんじんの煮物も作ってみました。あと豆腐とわかめとネギの味噌汁です。お米にはもち麦少し混ぜてます。甘いものは大丈夫ですか? デザートに無糖ヨーグルトにはちみつとバナナを用意してみました。
どうぞお召し上がりください」
職場ではよく食事について相談をされる。なので、こういったスポーツマン向けの献立を提案していた。他人に作るのは生まれて初めてで、心臓が口から飛び出そうだった。
ブラックカードを持ってるくらいだから、きっと毎日美味しいものを食べてるに違いない。
まずい、って言われたらどうしよう?
――もぐ。
一口目、クリア。
――もぐ、もぐ。
二口目もクリア。
夜刃昌磨の箸は止まることが無かった。
ほっと胸を撫でおろす。どうやらお口に合ったようだ。
「鶏むねは低脂質で回復向きなんです。豚肩ロースはスタミナ補給用で、生姜と玉ねぎで疲労回復と食欲アップを狙っています。ビタミンと良質な脂質で筋肉の修復をサポートし、噛み応えもあって満足感が高くなるような献立にしてみました。デザートは筋肉疲労の回復と睡眠の質アップ狙いで……」
「ああもういい、もういい。静かに食わせろ。管理栄養士だったのか?」
「いえ、独学です」
「そうかよ。しゃべってねぇでお前も食え。静かにな」
「はい、いただきます」
自分には、シンプルな塩味のおかゆをつくった。喉や腹が痛く、嚥下するのにも苦労する状況だった。
ふー、ふーと冷ましながら口へ含む。
ただのおかゆなのに、どうしてか、今まで食べていた食事の中でもダントツに美味しく感じられた。
千夏から解放されたからだろうか。
そういえば、誰かと一緒に、こうやって夕食を食べるのはいつぶりだろう?
「あ、あの……」
「黙って食えって言ったろ」
「あ……はい、すみません」
感謝を伝えたくなっただけなんだけどな。
借金を返さなくちゃいけないのは変わらないけど、もう、僕は今までのように千夏に怯えて生きる必要はなくなったんだ。
***
ep.7「住み込み条件は添い寝でした 」へ続く
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